第003話 王杯大会編その2


01 5回の予備戦フェンディナVS陸 海空(りく かいくう)


 王杯大会エカテリーナ枠の予備戦5回がまず行われる事になった。
 初戦で、吟侍はソナタとぶつかることになった。
 相手はソナタ。
 どうやって戦えば良いのか、いまいち判断がつかなかった。
 悩んでいると、申し出があったという事でソナタとの戦いは2番目以降になった。
 その申し出をしたのは茶屋で出会った破戒僧、陸 海空(りく かいくう)だった。
 彼の予備戦は4番目だったのだが、対戦相手のフェンディナもオーケーを出したので1番最初の試合に繰り上がった。
 予備戦なので、特に順番に制限はない。
 申し出があった順番に試合をしても全くかまわなかった。
 気の弱い穏やかな性格のフェンディナのことだから、相手の申し出を素直に受けたのだろうというのが真相だろう。
 フェンディナと言えば、穏やかな性格とは裏腹に恐ろしく高い、潜在能力を秘めている全能者オムニーアの少女だ。
 本来の力を出せれば、吟侍であっても勝つのは難しいと思える才能の持ち主だが難点はあの優しそうな性格だ。
 あの性格が思ったような力を発揮出来ずにいるのは吟侍にも解った。
 何にしても、彼女と戦う前に彼女の力を見ておきたかった吟侍はこの試合に注目した。
 フェンディナと陸 海空は戦いの舞台、超空洞ヴォイドの中央に設置された特設のリングの上に立つ。
 その十キロ四方のリングの上にだけ一応、重力と空気は確保出来ているが、後は基本的に無重力、無酸素の状態が続いている。
 吟侍やソナタも酸素をどうにかできる力を確保出来ていなければこの舞台で戦うことは出来なかっただろう。
「よ、よろしくお願いします」
 とフェンディナがぺこりと挨拶した。
「こちらこそよろしくお願いします。いやぁ、助かりましたよ、フェンディナさん。あなたと今、戦えて。時間が経つ程、あなたには勝てなくなる。拙僧が勝てるとしたら、今、この時しかないと思っていましたからね。間違いなく、貴女はこの大会の参加者の中で最強の力を秘めていらっしゃる」
 と陸 海空は言った。
 フェンディナが力を出し切れていないのは吟侍も感じていたこと。
 殺し合いが勝敗の分かれ目ではないこの王杯大会では屈服させる事で勝利を得る。
 ならば、生命の危険の無い状態でフェンディナを制する事が出来れば、彼女の力を覚醒させることなく、陸 海空は勝てるとふんだのだ。
 海空には驚く程、優れた封印術がある。
 それで封印すれば、いかにフェンディナと言えど、動きは封じられるだろう。
 フェンディナに力を発揮させずに勝つ。
 それが、海空の必勝法なのだろう。
 海空にとっては、優勝の妨げになる不確定要素の第一位はフェンディナだと考えていた。
 だからこそ、邪魔なフェンディナを最初に潰しておこうという腹なのだろう。
 対峙する両者。
 海空の方は気が満ち満ちている。
 戦闘準備は万全と言ったところだろう。
 対して、フェンディナの方の気は乱れに乱れている。
 元々、10番の化獣ティルウムスが脳内に侵入して来たフェンディナは同じく身体に化獣ルフォスを侵入させていると噂のあった吟侍を追って、風の惑星ウェントスまでやってきていた。
 それまでは三名の姉にべったりだった彼女は争いというものから遠ざかった生活をしていた。
 フェンディナに降りかかる火の粉は三名の姉達が振り払ってきたのだ。
 だが、その姉達に心配させまいと、フェンディナは一人で旅に出た。
 しかし、ずっと姉の庇護の元で育って来たフェンディナにはすぐに危機が迫った。
 外からのならず者達や内側の脅威であるティルウムスの浸食だ。
 ならず者達からの脅威から解放されるにはティルウムスに全てを捧げるしかない。
 そうなれば、フェンディナは確実にティルウムスの傀儡となる。
 少なくともティルウムス自身はそう考えていた。
 だが、実際には違った。
 違っていたのだ。
 姉たちはあまりにも馬鹿げた力を秘めてしまったフェンディナに力を使わせないように、代わりとしてティルウムスをあてがっていたのだ。
 大きな区分けで、長い系統を見てみれば、フェンディナはクアンスティータと同じ系統を持って生まれてきた少女だった。
 その系統とは複合多重生命体。
 フェンディナもまた、複数の身体を持つという事だ。
今までは、設定を変える力を持つ、長女ロ・レリラル、アカシックレコードの知識を持つ次女ジェンヌ、結果を捻じ曲げる力を持つ三女ナシェルという鉄壁のガードが居たため、四女フェンディナは覚醒してこなかった。
 だが、生命の危機に瀕した時、その両の瞳より力の一部が解放された。
 その力はルフォスやティルウムスなどの他の化獣クラスの力ではない。
 クアンスティータにも対抗しうる力だった。
 その力の解放を前にティルウムスは一瞬にして萎縮した。
 絶対の自信を持っていたティルウムスは一発で恐怖を感じたのだ。
 フェンディナに眠っていたその力はその後、ならず者達を一掃して、再び、静けさを取り戻した。
 それから何事もなかったように不安げなフェンディナが目を覚ました。
 それは、いつもの周りに対してどこか怯えたような感じのフェンディナだった。
 だが、ティルウムスはその瞳の中にいる何かに対して怯え始めた。
 それからフェンディナの身体の不協和音が始まる事になった。
 ティルウムス自身も本来の力を出せなくなってしまっているのだ。
 力が身体にほとんどシンクロしないアンバランスそのものの状態、それが今のフェンディナだった。
 むしろ、ほとんどゼロパーセントのシンクロ率で、よくもまぁ、これだけのパワーが出せると感心するくらいだった。
 アピス・クアンスティータとの戦いをこのほとんどゼロの状態でよく生き残ったというべきだろう。
 その状態は今でも続いている。
 だが、それは、長くは続かない。
 瞳の中の何かがクアンスティータに抵抗するために再び目覚める時が来る恐れがある。
 その力を解放させるまえに封印してしまおう。
 それが、海空の選んだ作戦だった。
 だからこそ、試合は早い方が良い。
 身体のバランスが崩れまくっていて、ほとんど発揮されていない今だからこそ、出来る封印術をこの怯えながら戦っている少女に施す。
 そのための作戦を綿密に海空は立てていた。
「拙僧は七つ武器という武具を所持していてね。これはその一つ、来刀刃(らいとうじん)という刀身(とうしん)のない柄(つか)です。近いイメージで言えば、ゴルフのドライバーやアイアンのようなものでね。何種類もあるんですよ」
 と自身の持っている武器の説明をする。
 戦闘経験の未熟なフェンディナは勝手に今は戦闘の時間ではないと判断し、それを馬鹿正直に聞いている。
 実はすでに、海空は別の手段を実行していた。
 彼は使役した悪鬼仁(おきに)と呼ばれる鬼をベースにした怪物を召喚していた。
 黒悪鬼仁(くろおきに)と白悪鬼仁(しろおきに)と呼ばれる二匹の悪鬼仁(おきに)を小人化させて召喚し、こっそり超封印術の準備を進めていた。
 海空自身は会話で時間稼ぎを行っていた。
 使うつもりのない来刀刃の説明を長々としているのもそのためだった。
 フェンディナは素直な子。
 だから、闘いを仕掛けてこない相手には、出方をうかがうだけで、彼女も何もしてこない。
 また、彼女は吟侍の事が気になっている。
 同じ、化獣に浸食された者同士、悩みとか打ち明けたいと思っているのだ。
 この王杯大会エカテリーナ枠など、ついでに参加したに過ぎない。
 大して興味はないのだ。
 優勝しないと偽クアンスティータに殺されてしまうかも知れない。
 だから、参加しているのに過ぎない。
 闘いの気構えからして、フェンディナは他の参加者とは違っていた。
 やる気がないと受け止められていても仕方がない。
 そんな状態だった。
 だからこそ、海空の付け入る隙は十二分にあった。
「今だ、喝っ!」
「うっ、な、なにを???」
 海空の合図で、フェンディナが四方八方からくる封印札でがんじがらめにされる。
 この封印札は1枚あたり、ドラゴンでさえも数千億匹は完全消滅させる程の封印能力を持っている。
 それが、数百万枚フェンディナにまとわりつく。
 さらに、覆いかぶせるように様々な超封印術が施される。
 種類だけで、数百種類に及ぶ。
 やがて、一本の鉢巻きとなり、それがフェンディナの目を覆う。
「あ、あ……」
 フェンディナはうめく。
「これで声が出せるとは何たる潜在力。やはり、拙僧の考えは間違っていなかった。あなたを封じずして、拙僧の優勝はない」
 海空が叫ぶ。
 すると、フェンディナの頭から身体の透けた少年が現れた。
 ティルウムスだ。
『貴様、ワシになにをした?』
 どうやら、ティルウムスはまだ動けるようだ。
 フェンディナの瞳の中の何かは封じたようだが、それでもまだ、脳にティルウムスが残っている。
 ティルウムスは本棚のようなものを召喚する。
 彼の化獣としての力、集団の力を発揮しようとしたのだ。
 だが、
「お主の分は、これだ」
 鉢巻きの上からまるで孫悟空の金冠のような封印術を施される。
 たちまち、ティルウムスもフェンディナの脳内に引っ込む。
『き、貴様ぁ……』
「フェンディナ殿の敗因は今大会最強と思われるポテンシャルを持ちつつもそれをほとんどゼロのシンクロ状態のまま出場した事。いかに、強大なパワーを持っていようと、それをうまく発揮できていなければ勝てる道理はない」
「う、うぅ……」
「負けを認めなされ。さすれば、すぐに解いてしんぜよう」
 海空は敗北宣言を促す。
 気の弱いフェンディナは、
「こ、降参です。負けましたぁ」
「喝っ!これで動けるはずです」
「あ、ありがとう」
「それはこちらのセリフです。貴女が降参してくださらなければ、拙僧は貴女の中の脅威に威殺されるところでした。ほれ、あれだけの封印術がすでにボロボロですよ。早めに降参していただいて、むしろ助かった」
「そ、そうなんですか?」
「誇って良い。貴女はこの大会の参加者の誰よりも強い。ただ、運がちょっとなかっただけだ」
「は、はい……」
 闘いも終わり、海空はフェンディナの封印をすぐに解いた。
 勝てば、フェンディナを封印している意味はないからだ。
 フェンディナにとってはちょっと残念な結果だとも言える。
 それは決勝となるトーナメントに参加できないので、吟侍とお近づきになれる機会がその分減るからだ。
 だが、トーナメントに参加できるようになったからと言って、気の弱い彼女が吟侍と戦えたかどうかは怪しかったので、負けて正解だったかもしれない。
 四名の内、誰かが優勝しないと偽クアンスティータに殺されるという状態ではあるが、勝ち残るには気弱なフェンディナにとっては少々、荷が重い。
 だから、他の三名の邪魔にならないように、どこかで負けないといけない。
 それならば、吟侍と戦ってギクシャクするよりもその前に負けた方が良い。
 それが彼女の判断だった。
 その試合を見ていた吟侍は、
「惜しいな。あの子(フェンディナ)の力がおいらにあれば、優勝は訳なかったんだけどな。性格が災いしたか」
 という感想を述べた。
 いかに戦闘能力が飛び抜けて高かろうと戦う気持ちが弱ければ、偽クアンスティータには勝てない。
 それは吟侍も同意見だったからだ。
 吟侍は正直、海空がフェンディナを倒してくれて助かったと思った。
 吟侍だった場合はフェンディナを抑えるだけの封印術は持っていないし、下手に攻撃すれば、瞳の中の何かを覚醒させてしまう。
 そういう危うい相手だった。
 そう分析した。
 予想外のフェンディナの脱落により、誰が勝ちあがるか見えなくなったエカテリーナ枠の予備戦第2試合は吟侍達ではなかった。
 吟侍の方は覚悟を決めていたが、ソナタの方が決心がつかないらしく、第5試合にして欲しいと申し出ていた。
 フェンディナと海空の試合を第1試合にするのが認められるのだから、第5試合にして欲しいというのも当然、認められる。
 よって、次も別の試合が組まれる事になった。


02 5回の予備戦フテラ・ウラVSガート


 予備戦の第二試合はフテラ・ウラとガートという選手の闘いが行われる事になった。
 全く知らない相手同士……という訳ではない。
 フテラ・ウラの方には吟侍達はすでに出会っている。
 海空の後に出会った、自分こそがクアンスティータに次ぐ、2だと言っていた三人の怪物女、その内の一人だ。
 しっぽの生えた緑の(身体の)女。
 そんなイメージで吟侍はとらえていた。
 やはり、王杯大会エカテリーナ枠に出て来たようだ。
 対するガートという選手──これも人間じゃない。
 吟侍は知らなかったが彼の心臓部にあるルフォスの世界の隙間から試合をのぞき見していたウィンディスがその正体について知っていた。
 元々、親戚の子の戦いぶりを見るかのように、前のフェンディナの試合を見ていたウィンディスだったのだが、ガートに対しても興味を持った。
「あら、珍しい、あれ、師主族ラスティズムじゃないの?しっぽが翼の様になっている翼尾(よくび)ウイング・テイル、肩の部分にある突起物は肩角(けんかく)ショルダー・ホーン、背中の光輪は光円陣(こうえんじん)ライト・サークル、……うん、間違いない。三つの特徴を持っているからそうだわ」
「何か知ってるのか?」
「えぇ、まぁね。あれ、竜族より高等な種族って言われている師主族よ。とても純度が高い魔法のようなもの、稀法(きほう)ってのを使うわ」
 聞いた事がない単語がならび、吟侍はウィンディスにさらに尋ねる。
「稀法ってのは?」
「例外はいくつもあるから確実にそうだとは言えないんだけど、能力浸透度が恐ろしく高い魔法っていうのが稀法だと思ってもらえば良いわ」
 能力浸透度というのは魔法などの効果が相手に伝わる純度の事を言う。
 例えば、能力浸透耐久度(のうりょくしんとうたいきゅうど)が1しかない不老不死の相手に能力浸透度(のうりょくしんとうど)が2のナイフで突き刺せば、不老不死の相手を殺すことが出来る。
 つまり、能力効果の効き目を表す数値だった。
 様々な例外もあるが、魔法は基本的に能力浸透度は1から10くらいで、稀法は1000以上の能力浸透度であると言って良かった。
 まともにぶつかれば、魔法による攻撃は無効、防御も無効と言って良かった。
 だが、魔法以外の特殊な力というのは全宇宙には無数存在する。
 特殊な力同士の相性というものもある。
 メジャーな特殊能力としては魔法だが、対戦相手のフテラ・ウラが魔法を使うとは限らない。
 別の力を持っているかも知れない。
 何にせよ、自身をbQだと言っているのだ。
 それなりの力を持っているのではないかというのは推測出来る。
「貴様か、自分がbQだとのたまわっている愚か者は」
 ガートが挑発をする。
 超レア種族にして、超高等種である彼にとって、軽はずみに自身がbQだなどとは口が裂けても言えない言葉だった。
 宇宙は広い。
 自身を超える者は数多く存在する事をガートは自覚していた。
 恐らく本当に実力がある存在は自分で強いとは言わない。
 黙っていても、その実力は周りに理解されるからだ。
 故に、分不相応な自己評価をする者が許せなかった。
 それが、フテラ・ウラに対する嫌悪感となって現れていた。
「誰に向かってものを言っている。この私こそがbQだ。クアンスティータ以外の誰にも負けん」
 強がって見せるフテラ・ウラ。
 その表情は自身たっぷりだ。
 それを見て不快感を示すガート。
 どうやら、基本的な考え方から、ガートとフテラ・ウラはソリが合わないようだ。
 試合は開始され、稀法による連続攻撃を仕掛けるガート。
 吟侍は自身の特技、ウィークポイントレシピを使っていないので、稀法については解らない。
 が、見たところ、魔法よりも構成が複雑化された力であるように感じた。
 フテラ・ウラは稀法による攻撃を受け続けていた。
 交わすつもりがないらしく、どんどんダメージを受けていた。
 ボロボロになりながらもニタつくフテラ・ウラ。
 ついにはギブアップすることなく攻撃を受け続けて、身体が霧散してしまう。
 が、次の瞬間、再び、元気な状態で姿を現した。
「?」
 疑問に思いながらも再び攻撃を開始するガートだったが、異変に気づき攻撃をやめる。
「どうした?攻撃しないのか?」
 不敵に笑うボロボロのフテラ・ウラ。
「なるほど……その姿は反転変換器か」
 ガートはその正体に気づいた。
 ガートと今まで対峙していた女性の姿は反転変換器と呼ばれる生体器官だ。
 反転変換器がダメージを受ければ受ける程、異空間に隠れた反転変換器と反属性の本体には栄養となって吸収されるというものだった。
 本体と反転変換器をつないでいるものはしっぽだ。
 しっぽとしっぽで、本体と反転変換器が繋がっていて、ダメージを栄養に変換していたのだ。
 攻撃を受けていてもしっぽだけはしきりに庇っていた。
 しっぽが切り離される事――それは、本体へ栄養が届かない事を意味していた。
「さすがだ。私の秘密をこんなに早く暴露されるとはな」
 不敵な笑顔と共に、本体のフテラ・ウラが隠れていた異空間から姿を現してきた。
 しっぽとしっぽで繋がっているが、片方は本体、もう片方は反転変換器。
 だが、全く同じ姿をしていて傍目にはどちらが本体か解らない。
 全くの真逆の属性であるため、どちらかにはダメージを与えられてももう片方には癒しや栄養になってしまう。
 また、本体を倒さないと倒した事にならない。
 これはなかなかに厄介な力の持ち主であった。
 吟侍であれば、本体にも反転変換器にも両方通じるダメージを生成できるだろうが、ガートにはその力はない。
 下手に攻撃が出来なくなった。
 これ幸いと攻撃を仕掛けるフテラ・ウラ。
 彼女の力はこの反転変換器の力だけではなかった。
 彼女は圧縮体となって小さくなり、通常の人間と同じようなサイズになっていたが、本来は星よりも大きな星物(せいぶつ)と呼ばれる超巨大生物でもあった。
 超危険生命体でもあるので、本来、様々な宇宙~(うちゅうしん)、宇宙魔(うちゅうま)等によって隔離されている存在だ。
 殆どが隔離されている星物だが、フテラ・ウラのように圧縮体となって小さくなれる力を持つ者は宇宙~、宇宙魔の目をかいくぐって存在する事が出来ていたのだ。
 実際のフテラ・ウラの大きさは太陽系と同じくらいの大きさだった。
 反転変換器からの栄養を吸収し、どんどん大きくなっていたため、このくらいの大きさにまで成長した。
 途方もなく大きくなったフテラ・ウラによる攻撃が始まる。
 指ではじくだけでももの凄い強大な破壊力が巻き起こる。
 師主族ラスティズムであるガートも大きくはなれるがせいぜい小山程度。
 フテラ・ウラの比ではなかった。
 さらに彼女は反転変換器との二つの身体を持っている。
 大きさからくる破壊力ではフテラ・ウラの方が圧倒的に高かった。
 伊達に自分はbQだと名乗っている訳ではなかった。
 途轍もない巨体とパワーを併せ持った存在だった。
 惑星ウェントスで本来の姿になったらウェントスを押しつぶしていただろう。
 それほどの存在だ。
 ガートは渋々、負けを認めた。
 ――が、フテラ・ウラがbQだと認めた訳ではない。
 確かに凄い存在だったが、このフテラ・ウラよりも強い存在はたくさんいるはずだ。
 ガートにとって、どうしようもない力というのはこのフテラ・ウラからは感じない。
 負けはしたが、決して、彼の言っている事が間違いであったという事ではないのだ。
 衛星通信でこの予備戦の試合も中継されているので、観客達はフテラ・ウラの大きさにただただ、ビックリしたのだった。
 予備戦とは言え、エカテリーナ枠に出場する選手はみんなただ者ではないという感じだった。


03 5回の予備戦レズンデールVSレディーメーカー


 続く、予備戦の三戦目はレズンデールとレディーメーカーとの戦いになった。
 今回、吟侍はどちらとも面識がない。
 どちらも無名。
 どのような力を持っているのか全くわからなかった。
 だが、レズンデールの方からは尋常ではない強大なパワーを感じられた。
 対する、レディーメーカーの方は確かにある程度の強さは感じるが、そのレベルで言えば、通常の絶対者アブソルータークラス。
 このエカテリーナ枠というよりは通常の王杯大会に参加した方が良いのでは?と感じた。
 レズンデールは
「貴様の様な身の程知らずが参加して良い大会ではない。早々に立ち去れぃ」
 と言った。
 吟侍はレズンデールを無冠の強者として認識した。
 恐らく、レズンデールは今まで対戦相手を全て始末してきたのだろう。
 だから、その噂が世に広まる事は無かった。
 それでも、その身体から立ち上る気配はただ者では無いことを物語っている。
 戦わなくてもそのまとっている雰囲気だけでもそれは十分感じ取れた。
 レディーメーカーは、
「ちょっと、待って下さい。僕は出ません。僕は代理のものです」
 と慌てて、訂正した。
 このままでいたら、彼がレズンデールと戦う事になってしまうので、それを否定したのだ。
「代理?」
 モニターごしに吟侍は怪訝顔になった。
 代理だという意味が解らなかったからだ。
 それはレズンデールにとっても同じ感想だろう。
 レディーメーカーは、
「僕は単なる運び屋です。彼女の名前も解らないので、とりあえず僕の名前を……、普段、女性をプロデュースしている者で、レディーメーカーと言います。よろしく」
 と言ったが、意味が解らない。
 一体なんの話をしているのか要領を得ない。
「だからなんだ?貴様が出ないのに貴様の名前を使っている意味がわからん」
 レズンデールは怒鳴る。
「お、怒らないで、今、彼女を持ってきますから……」
 レズンデールの迫力に気圧されるように、レディーメーカーはそそくさとその場を一旦、離れる。
 そして、お姫様だっこをして、女性のように見える何かを運んできた。
「なんだ、それは?」
 レズンデールが尋ねる。
 レディーメーカーは、
「彼女が相手をします」
 と言って、女性のようなものを舞台の上に寝かせた。
「遺体じゃないのか?」
 レズンデールは再び尋ねる。
「彼女は【トゥルースレス】です」
 レディーメーカーが答える。
「【トゥルースレス】ですって?」
 吟侍と共に試合を観戦していたウィンディスがビックリしたような顔を取った。
「知ってるのか?」
 吟侍は彼女に尋ねる。
「知ってるも何も……」
 ウィンディスは吟侍に説明を始める。
 【トゥルースレス】とは遺体の様な存在。
 生きていた時代があるわけではなく、突然、現れた不可思議な存在。
 全く意味をなさない存在とされているので、真実という意味のトゥルースに否定のレスをつけて【トゥルースレス】と呼ばれている。
 そのままでは全く動かないが、【疑似精神】をインストールすることによって、動かす事が可能であると言われているが、元々、意思のない存在なので、生者と理解しあう事は出来ないとされている。
 動かすという事はかなりの危険をはらむという事でもあるため、全能者オムニーア達は危険視しているものでもあった。
「ちょっとあんなものを本気で動かす気?」
 ウィンディスはハラハラと見ている。
「僕は彼女に恋してしまったんですよ。僕の人生は彼女に捧げても良いと思って……」
 ウキウキしながら、【トゥルースレス】に疑似精神をインストールしていたレディーメーカーだが、その途中で、【トゥルースレス】に首を跳ねられ絶命。
 レズンデールが慌てて、疑似精神のインストールを中断させて、また、慌てて、アンインストールした。
 その慌てぶりからももし、【トゥルースレス】が解放されていたら、大惨事になっていただろうことは容易に想像がついた。
 レディーメーカーの死亡により、レズンデールの不戦勝という形で勝敗がついた。
 この場にふさわしくない、レディーメーカーという青年が自身の妄想を膨らませ、【トゥルースレス】という危険なものに幻想を抱いて暴走したという結果になった。
 吟侍はまだまだ、自分の知らない脅威というものがあるんだと実感した。
 このエカテリーナ枠では初の死者が出た事になるが、元々、最低基準として、星を破壊出来るかどうかという参加基準が設定されている。
 死亡してもそれはやむなしという覚悟は全選手出来ている。
 それは吟侍やソナタについても同じ事だった。
 だが、吟侍はともかく、ソナタの方は死者が出た事に少なからずショックを覚えた。
 圧倒的な力を手にしたが、自分はこういう死者が出ても全くおかしくない大会に出ているんだと初めて実感したのだった。


04 5回の予備戦ツェーゾVSスグェーヨ


 続く予備戦、第四試合はツェーゾとスグェーヨの試合になる。
 この試合のどちらともやはり面識はない。
 が、そんなことよりも、この試合の後はいよいよ、吟侍とソナタはぶつかることになる。
 ついに、その時が近づいたかと緊張する吟侍とソナタだった。
 その心配があったというのもある。
 一瞬の油断があった。
 その一瞬の油断で吟侍の背後に回り込む影があった。
 吟侍の控室には吟侍やルフォス、ウィンディス以外ではその影が一つ、いや、二つ現れた。
「な、何もんだ、お前ぇたちは……?」
 吟侍は戦慄する。
 今まで、こんなに背後まで急接近された事などなかったからだ。
 この影がやる気だったら、殺されていたかも知れない。
 それほど、危なかった。
「そんなに警戒しなくて良いわ。ごめんなさいね、試合前に。私の名前はニナ。ニナ・ルベルよ。こっちは、マネージャーをしてもらっているファーブラ・フィクタ。貴方達の前世でもある」
 影の一つ、ニナと名乗った女が話かけた。
 ニナと言えば、神話の時代、七番の化獣ルフォスを産んだ母親とされている名前だ。
 父親の名前は怪物ファーブラ・フィクタ。
 ちょうど、ルフォスの両親の名前と同じ名前が揃っているという事になる。
 気配からもどちらもただものではないのが解る。
 ニナが【貴方達】と複数形で言ったのは怪物ファーブラ・フィクタの魂は七つに分かれ、その内の一つが吟侍の魂となったからだと言う。
 つまり、単純に考えて、怪物ファーブラ・フィクタは七倍の魂を持っているという事になる。
 吟侍の心臓から様子をうかがっていたウィンディスは、
「貴女は……」
 とつぶやいた。
 どうやら、ニナと名乗る女の事を知っているようだった。
 ウィンディスの情報では、ニナ・ルベルと名乗る女の顔は全宇宙のトップアイドルと同じものだという。
 吟侍の恋人、カノンも歌手をやっているが、いかに歌がうまくても、彼女は全宇宙のトップアイドルにはなれない。
 それは全宇宙が広すぎるため、全域にカノンの歌を届ける事が出来ないからだ。
 だが、このニナ・ルベルは違う。
 それが可能なのだ。
 彼女は複合多重生命体(ふくごうたじゅうせいめいたい)だからだ。
 彼女は自身の分身をいくつも作る事が出来る。
 だから、さまざまな宇宙でその歌を披露することが出来る。
 また、空気のないところでも通る声、テレパス・ヴォイス、数千種類に及ぶ声質変化、1億オクターブを超える音階など全宇宙でトップになる要素を全て兼ね備えているのが彼女だ。
 彼女は複数の芸名を持っているため、本名というものが解らなかった。
 だが、彼女の本名がニナ・ルベルというのは納得がいくものがある。
 複合多重生命体であるならば、24の身体を持つ、クアンスティータを産み落とす事も可能であると思えるからだ。
 ニナの説明では、彼女は王杯大会エカテリーナ枠のゲストとして、呼ばれたらしい。
 正式には16名によるトーナメントが行われる前に紹介されるらしいが、その前に吟侍に挨拶に来たという。
 怪物ファーブラ・フィクタとしても同じ魂を持つ、吟侍の資質を確かめに来たらしい。
 今まで黙っていた怪物ファーブラ・フィクタは口を開いた。
「少し、いたずらをしておいた。お前の対戦相手、ソナタ・リズム・メロディアスと言ったか……」
 突然のソナタの名前が出た事に対し、吟侍は
「何をした?」
 と凄んで見せた。
 ソナタに手を出すような事があれば許さないとばかりの表情だった。
 それに対して、さして気にしないような表情で、怪物ファーブラ・フィクタは
「なぁに、大したことはしていない。お前もあのお嬢ちゃんも闘いにくそうだったからな、余計な感情に惑わされないように、お前に対する憎悪を増幅させておいた。勝てばもとに戻してやるよ」
 と言った。
 なんて事をするんだという表情を浮かべる吟侍だったが、ルフォスは
『吟侍、親父には勝てねぇ。今は我慢だ』
 と言った。
 それは吟侍も理解した。
 このまま戦えば間違いなく、怪物ファーブラ・フィクタに殺される。
 それでは、なんの意味もない。
 この男が何かを企んでいるのは解るが、今はそれを阻止することもできないからだ。
 怒りに任せてとびかかるのは良策ではない。
 だから、吟侍は我慢した。
「さすが、俺の魂の一部を持っている男だ。よく我慢したな」
「お前と同じ魂だなんで認めてねぇよ」
「認めようが認めまいが、お前は俺の魂の一部の転生した魂を持って生まれている。根っこは一緒だ」
「何を企んでいる?」
「何も……親は愛する子供の誕生を願っている。……ただ、それだけさ」
 吟侍と怪物ファーブラ・フィクタはにらみ合う。
 近親憎悪という感情があるのかも知れない。
「二人ともやめて。私達は挨拶に来ただけ。夫の非礼は詫びるわ、芦柄 吟侍君」
 ニナ・ルベルは頭を下げる。
 吟侍は無言だが、戦うつもりはないという態度を示した。
 その後、少し会話して、ニナ・ルベルと怪物ファーブラ・フィクタは吟侍の控室を出ていった。
 吟侍は己の無力感を呪った。
 怪物ファーブラ・フィクタには勝てない。
 そう判断した自分が悔しかったのだ。
 明日の好転のためにとは言え、パンチの一つも放てなかった自分が情けなかった。
 今のが最善の方法だとはわかっていてもそれを素直に喜べない自分がいた。
 その辺はまだ、吟侍も未熟であると言えた。
 その後、第4戦を観戦するが、全然、試合に集中できなかった。
 ニナと怪物ファーブラ・フィクタに意識をかき乱された気分だった。
 その集中できなかった第4戦ツェーゾVSスグェーヨの試合が始まった。
 ツェーゾの特徴は吸収者(きゅうしゅうしゃ)マンジェ・ボワール族という肩書きを持っている。
 マンジェ・ボワール族は自身の力をアップさせるために他の存在をどんどん吸収していくという特徴を持っている。
 そのため、他の存在から危険視され一族が虐殺されたという過去を持っていた。
 殆どのマンジェ・ボワール族は殺され、宇宙絶滅危惧種の一つに認定された存在でもあった。
 それだけ恐れられている種族だと言っても良い。
 一方、スグェーヨの方は、フォービドゥン・ゴーストと呼ばれる存在だ。
 ファーブラ・フィクタの世界にいる宇宙の悪霊で何らかの原因で肉体を失った魂などが殆どで、取り憑くターゲットを見つけると甘い囁きをして、徐々に肉体の支配権を奪っていき、気づいた時には別人になってしまうという状態を引き起こす存在でもある。
 そして、肉体を奪われた者は新たなるフォービドゥン・ゴーストになるとされている。
 こちらも危険度マックスの存在だと言える。
 危険な存在同士の戦いは、意外に早く決着がついた。
 ツェーゾがスグェーヨを丸ごと吸収してしまい、一瞬にして決着がついたのだ。


05 5回の予備戦吟侍VSソナタ


 第4戦も決着がついた事により、いよいよ、吟侍とソナタの戦いの時がやってきた。
「吟侍ぃ〜殺してやるぅ〜」
 ソナタは怪物ファーブラ・フィクタのちょっかいにより、吟侍に対してむきだしの殺意を向けてくる。
 そのままでいたら、ソナタに殺されてしまうかも知れなかった。
 吟侍としては黙ってソナタにやられてやる訳には行かない。
 仮にソナタのために殺されたとしても後で正気に戻ったソナタがショックを受けるのは目に見えている。
 だからこそ、吟侍の取るべき手段は、ソナタとの戦いで怪物ファーブラ・フィクタの呪縛を解き放つ事、ただ、その一点だ。
 吟侍とソナタの関係は故郷の星、セカンドアースのメロディアス王国にあるセント・クロス孤児院をソナタがカノンと共に政(まつりごと)の一環で訪問して来てからの付き合い、いわゆる幼馴染みという関係だ。
 最初はいがみ合っていたが、いつしか打ち解け、仲良く遊んだ間柄。
 喧嘩もしたし、仲直りもした。
 言ってみれば家族のような存在だ。
 やがて、7番の化獣ルフォスの力を手にしてからは吟侍はソナタに黙って小突かれるという選択をしている。
 潜在能力、パワーで圧倒的な差が生まれてしまったためだ。
 力任せにやりあっていたら、ソナタを殺してしまう。
 だから、吟侍は力を極力抑え、ソナタが吟侍をツッコむ時、自ら頭を差し出すようにしていた。
 それは、ソナタの方も理解していた。
 吟侍との力の差が圧倒的に広がってしまったため、吟侍は思いっきりやりあう事は出来なくなったが、それでもソナタの相手をしてくれる。
 そんな優しさもソナタは好きだった。
 だが、風の星ウェントスに来てからのソナタの急激なパワーアップにより、その関係は微妙に狂いが生じてきていた。
 ソナタも力任せに吟侍を攻撃してしまえば、吟侍を殺してしまう事もありえるのだ。
 思いっきりやり合えない――そういう関係になってしまっていた。
 それでも微妙な距離感でやっていこうと思っていた。
 が、それを怪物ファーブラ・フィクタのちょっかいで台無しにされようとしていた。
 ソナタは恐らく、本気で来る。
 吟侍を殺しにやってくる。
 ソナタの成長ぶりは吟侍も驚く程凄いものだった。
 油断していたら、吟侍と言えどもタダでは済まないだろう。
 怪物ファーブラ・フィクタの精神操作は大体、解る。
 少し前に、自分も失われた世界、ロスト・ワールドでその力の強制力を体感して来たばかりだからだ。
 自分が自分でない感覚。
 あれは気持ちの良いものではない。
 少しでも早くソナタを解放してあげたい。
 吟侍はそう思っていた。
 ならば、どうするか?
 吟侍にはウィークポイントレシピという力がある。
 この力は弱点が存在しない相手に弱点属性を作り出すという力だ。
 この力の応用で、怪物ファーブラ・フィクタの精神操作を解除する力を合成出来れば。
 そう考えていた。
 言うが早いか、吟侍は右手人差し指と中指に意識を集中させて集めた光のエネルギーをソナタに向けて放つ。
 が、分析中に違和感を感じて、ウィークポイントレシピの光が霧散した。
「な、何だ?今のは……」
 吟侍はビックリした。
 それはソナタの意識を支配していたのが、この全宇宙には全く存在しない種類の属性を持っていたからだ。
 複数の属性を合成して、合う属性を作れば済むという問題ではなかった。
 宇宙にあるどの属性を混ぜても答えに結びつかない。
 そんな属性だったのだ。
 吟侍は怪物ファーブラ・フィクタという男の力を見誤っていた。
 暗示や能力効果などによる精神操作。
 それとは別の何かでソナタの意識はコントロールされていたからだ。
 今の吟侍の力では解除出来ない。
 そう、直感した。
 ソナタの思考を元に戻すには怪物ファーブラ・フィクタに戻してもらうしかない。
 そんな絶望感が吟侍の意識をよぎった。
 焦る吟侍を余所にソナタの攻撃が始まる。
「ソプラノ、アルト、テナー、バス」
 ソナタが得意のCV4を呼び出す。
 声霊(せいれい)を器に乗り移らせる事でゴーレムとして扱えるソナタの必勝パターンだ。
 以前のCV4であれば、吟侍にとっては取るに足らない程度のレベルだった。
 だが、今のソナタの力は想像以上に跳ね上がっている。
 見たこともない器を四体召喚し、それに声霊を乗り移らせ、攻撃を開始する。
 男女2体ずつのスーパーゴーレムの連携攻撃に防戦一方の吟侍。
 愛らしいキャラクターだったはずの声霊達も主であるソナタの洗脳に左右されているのか全くかわいげの無い態度で襲ってくる。
 更に、ソナタは四体ずつセットで次々と器を召喚し、CV4に次々と乗り移らせ攻撃パターンを変えて攻撃を仕掛けてくる。
 吟侍に対し、同じ攻撃パターンを続けていたら、動きが読まれてしまうという事を理解しているのだ。
 絶えず戦術を変更して、動きを読みにくくしているのだ。
 吟侍の事を深く理解しているソナタならではの攻撃と言える。
 更に、今までは戦いはゴーレムに任せて、戦いには加わる事が無かったソナタだったが、今は女悪空魔(めあくま)マーシモの力も得ているので、本人の戦闘力も上がっている。
 4体ずつのスーパーゴーレムの攻撃パターンに変化をつけるという形でちょこちょこ攻撃に加わってくる。
 慎重に攻撃しなくてはいけない吟侍に対し、ソナタは全力でぶつかってくる。
 吟侍にとってはかなり分の悪い戦いとなっていた。
 更に言えば、ソナタには、ウィンディスに渡された3つ目の薬で身につけたはずの、力を隠し持っている。
 恐らく、隠し球という形で使うのだろうが、戦闘パターンが複雑な吟侍に対抗するために牽制として、取っておくつもりなのだろう。
 何があるのかわからなくては吟侍も迂闊には動けないからだ。
 吟侍は再び、ウィークポイントレシピの光をソナタに向けて放つ。
 利かないのは解っている。
 だから、今度は別の効果を考えている。
 ウィークポイントレシピは元々、対象者の体内に入り、身体の中を分析してまわり、弱点属性を見つけ出して、その材料を仕入れてくるために、対象者から、光が出ていくという能力効果を持つ。
 今回はその出て行く効果を利用し、逆に、ソナタを構成している物質を全て、その場から追い出す効果を強化して解き放った。
 そのため、ソナタという存在を構成する物質だけが、その場から追い出される。
 後には怪物ファーブラ・フィクタの精神操作に使われた、全宇宙に存在していないはずの何かだけがその場に残る。
 つまり、何だか解らないものに対処するのではなく、解っている部分――ソナタの部分だけを動かして分離させたのだ。
 追い出された、ソナタの構成物質を続けてレア・フォースの網を作り出し、かき集めて、ソナタを再構成させた。
 危険な賭だったが、これが、吟侍の取れる最善の策だった。
 怪物ファーブラ・フィクタの精神操作から解放され、気を失っているソナタ。
 それを抱きかかえる吟侍。
「大変だったね、おそなちゃん」
 吟侍は優しく、ソナタに囁く。
 ソナタは気を失っているが気持ちよさそうに寝息を立てている。
 しばらくするとソナタは目を醒ます。
「……あれ?ここは……」
 ソナタの無事を確認した吟侍は
「おはよ、おそなちゃん。悪い夢を見ていたみたいだよ」
 と微笑んだ。
 ソナタは、
「ちょっと、やだ、寝顔見てたの?起こしてくれれば良いのに」
 と頬を赤らめた。
「ごめん、気持ちよさそうに寝てたから……」
 と吟侍。
「何で悪夢を見てたのに気持ち良さそうに寝てんのよ?」
 と突っ込まれ、
「あれっ?確かに変だね……」
 と言い訳する。
 いつもの吟侍とソナタだ。
 状況が理解出来ずにいるソナタ。
 吟侍は試合が始まっていて、今、丁度戦っている所だと説明した。
「なるほどね、吟侍、負けないわよ」
 ソナタはやる気だ。
「え?まだ、やるの?」
 吟侍は困り顔だ。
 ソナタには勝ちを譲って貰いたいと思っているのだ。
 出来ればこれ以上戦いたくはない。
 ソナタは、
「あったり前でしょ……と言いたいところだけど、何となく解るわ。助けてくれたんでしょ。……ありがと」
 と言った。
「え?いや、その……」
「こーさん」
「え?」
「降参って言ったのよ。参った。本当は私のとっておきの力を見せて上げたかったけど、またの機会にするわ。今回は勝ちを譲ってあげる。どうやら、あんた、勝ち続けなきゃ行けないみたいだしね。ただし、勝たせてあげたんだから、途中で負けたら承知宇しないわよ。しっかり優勝して来なさい。これは命令よ。誰にも負けんじゃないわよ」
「あ、ありがと、サンキュー、おそなちゃん」
 ソナタが身につけた新たな力のお披露目はなかったが、それでも、ソナタにとっては自分を助けるために、吟侍が頑張ってくれた。
 それだけは何となく感じていたので、それで満足だった。
 吟侍にとって最愛の相手は妹のカノンかも知れない。
 だけど、この戦いの間だけは吟侍はソナタのタメだけに尽力してくれたのは間違いないのだ。
 それが嬉しかった。
 ソナタの降参により、吟侍が勝ち残り、これで、王杯大会エカテリーナ枠で戦う16名が揃った事になった。
 予備戦からも解るように、くせ者揃いのエカテリーナ枠。
 吟侍が優勝出来るとは限らない。
 だが、残った吟侍、ステラ、エカテリーナの内の誰かが優勝しなくては、偽クアンスティータに命を奪われるかも知れないのだ。
 まだ、偽クアンスティータの刺客である、bRを名乗る存在も誰の事を言っているのか解らない状態だ。
 生き残るためには優勝するしかない。
 吟侍は勝ちを譲ってくれたソナタのためにも優勝する事に決めたのだった。

 いよいよ王杯大会エカテリーナ枠本戦が始まるとなって、セレモニーが執り行われた。
 そして、先ほど、吟侍の控え室に訪れたニナ・ルベルが全宇宙のトップアイドルとして紹介された。
 最も、ニナは別の名前で呼ばれていた。
 アレマとか呼ばれていたが、それは彼女が使っている芸名の一つだろう。
 ニナの傍らにはマネージャーとして、怪物ファーブラ・フィクタの姿もあった。
 正直、何を狙っているか解らない。
 歌を歌っていた事から本当にゲストとして呼ばれていただけかも知れない。
 だが、怪物ファーブラ・フィクタ――彼は何かを狙っている目をしていた。
 ソナタの洗脳はただの余興に過ぎない。
 彼の本当の狙いは恐らく、これからなのだ。
 警戒しつつも対戦の抽選会に参加する吟侍。
 これからトーナメント戦で戦う相手が決まるのだ。
 固唾を飲んで結果を見守る吟侍。
 このトーナメントは勝ち上がる度に抽選会が行われる。
 それは、前の戦いで対抗策を練りにくくするためでもある。
 これによって、選手は次にぶつかる相手以外は解らない状態が作られる。
 準決勝を勝てば、さすがに次の相手は解るが、それまでは次の相手は解らない状態でトーナメントが執り行われる。
 吟侍の対戦相手――それは、ステラだった。
 ソナタに続いて、幼馴染みを前世に持つステラが相手となってしまった。
 ステラとの戦いもどう対処したら良いのか困ってしまう。
 彼女とは戦いではなく、話し合いたかったし、これではまた味方?同士のつぶし合いとなってしまう。
 対戦相手を知ったソナタも微妙な表情だった。
 ステラの前世である依良 双葉(いら ふたば)とは彼女も幼馴染みだからだ。
 ステラにもソナタの時の様に、怪物ファーブラ・フィクタのちょっかいが入るかも知れない。
 そうなったら、また、戦いにくい状況になる。
 二度も同じ方法で解決出来るとは思いにくい。
 怪物ファーブラ・フィクタの事だから、今度は分離しにくい効果をしてくるかも知れない。
 また、ソナタは未来から来ているのだ。
 吟侍も知らない技術が数多く開発されているかも知れない。
 ソナタとはまた、別の意味で戦いにくい相手であることは間違いなかった。
「ちょっと、吟侍、ステラといちゃいちゃするんじゃないわよ」
 ソナタは激励のつもりでそう言った。
「は、はは、別に乳繰り合うんじゃないんだけど……」
「解っているわよ、そんな事は、ただ、ちょっと心配になっただけ」
「心配ないよ、彼女もおいらを殺そうとはしないだろうし……」
「そんなのわかんないわよ」
 とソナタ。
 自分でも何となく、吟侍を殺そうと思って戦った事を理解していたのだ。
 ステラも同じ目に合わないとも限らない事はソナタも理解していた。
 恐らく、ソナタの控え室に訪ねて来た男(ソナタは怪物ファーブラ・フィクタの名前は知らない)が関わっていると思っている。
 ソナタはその男が訪ねて来てから記憶が飛んでいたからだ。
 その男には吟侍に近いイメージもあったのでつい、気を許して対応してしまったが、よく考えたら吟侍には無い狂気の様な印象も受けていた。
 吟侍を悪人にしたら、ちょうどそんな感じだと感じていた。
 ソナタも何だか言い知れぬ不安を感じていた。
 吟侍はフェンディナが負けてしまった事で、自分達が勝ち残る可能性が低くなったと言っていた。
 フェンディナとはそれだけの逸材だったのかと思ったが、吟侍の見立てだから恐らく、間違いないだろうと思った。
 吟侍もソナタも不安に思っている。
 王杯大会だけに集中していれば良いという状況ではないからだ。
 暗躍する存在にも気を配らないといけない。
 吟侍の警戒意識はマックスとなった。

 一方、控え室に戻ったニナ・ルベルと怪物ファーブラ・フィクタは何やら話しをしていた。
 ニナ・ルベルは自分のお腹をさすり
「もう少しで、この子達は生まれてくるのね……」
 と言った。
 怪物ファーブラ・フィクタは、
「そうだ。俺達の子が生まれてくる」
 と言った。
 俺達の子供達――それは、クアースリータとクアンスティータの双子を指していた。

 ――そう、このニナ・ルベルこそがクアースリータとクアンスティータを続けて産み落とすのだ。
 クアンスティータはそのまま、第二のニナの腹へと核が移動し、第二のクアンスティータを産む準備に入る事になるが、第一のクアンスティータは間違いなくこのニナ・ルベルが産み落とす。
 現在、この事を知るものはいない。
 ニナ・ルベルのお腹は膨らんではいない。
 傍目には彼女が妊娠している事は解らないのだ。
 だが、確実に、クアースリータと第一のクアンスティータは彼女のお腹に居る。
「あ……動いた」
 ニナ・ルベルはお腹で動くのを感じた。
 それはクアースリータかクアンスティータかは解らない。
 だが、どちらかは動きだし、生まれてくる準備を始めている。
 神話の時代より、その誕生を恐れられたクアンスティータ生誕の日は迫ってきていた。
 既に、11番の化獣、レーヌプスまでは誕生している。
 後は12番の化獣クアースリータと13番の化獣クアンスティータが生まれてくれば、全ての化獣が誕生する事になる。
 7番の化獣ルフォスが恐れるクアンスティータ。
 その誕生へのカウントダウンが始まっていた。


続く。




登場キャラクター説明


001 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
芦柄吟侍
 ウェントス編の主人公であり、ファーブラ・フィクタのメイン主人公。
 子供の頃、故郷、セカンド・アースを襲った絶対者・アブソルーター達を追い払った事から英雄と呼ばれる。
 その時、心臓を貫かれるが、七番の化獣(ばけもの)ルフォスの核でそれを補い、以降、ルフォスの力を使える様になる。
 勇者としての格は他の冒険者達より上だが、それだけに、他のメンバーより、強い敵を引きつける。
 創作バトルを得意としていて、攻撃方法のバリエーションはやたら多い。
 敵からすると最も厄介な勇者である。
 ウェントスでの救出チームに参加する。
 しばらくソナタ達の成長を見守っていたがクアンスティータがらみで本気にならなくてはならない時が近づいて来ている。


002 ソナタ・リズム・メロディアス
ソナタ・リズム・メロディアス
 ウェントス編のヒロインの一人。
 吟侍(ぎんじ)の恋人、カノンの双子の姉であり、共に行けない彼女の代わりに吟侍と共にウェントスの救出チームに参加した。
 吟侍の事が好きだが隠している。
 メロディアス王家の第六王女でもある。
 王家最強術であるCV4という特殊能力を使う。
 CV4は4つの声霊、ソプラノ、アルト、テノール、バスを器に入れる事により、特殊な能力を持ったキャラクターゴーレムとして操る能力である。
 力不足を指摘されていたが、ルフォスの世界のウィンディス、ガラバート・バラガの助力により極端な力を得ることになる。
 第一段階として、女悪空魔(めあくま)マーシモの力の覚醒、第二段階として、全能者オムニーアの外宇宙へのアクセスという力を得ることになる。


003 ルフォス
ルフォス
 吟侍(ぎんじ)の心臓となった七番の化獣(ばけもの)。
 ネズミに近い容姿をしていて、最強の化獣である十三番、クアンスティータを異常に恐れていて、その恐怖に打ち勝つために、最も勇気を示した吟侍と命を同化する道を選んだ。
 ルフォス・ワールドという異世界をまるまる一つ所有していて、その世界のものは全て彼の戦力である。
 異世界には修行するスペースもあり、冒険者達の修行場として提供していた。
 異世界にある三つの核、マインドコア(心核)、スキルコア(技核)、ボディーコア(体核)を合わせる事により、新しい怪物等を生み出す事も出来る。
 ルフォス・ワールドはそれ以外にもロスト・ワールドという既に失われた世界をいくつも圧縮保存してある。
 ルフォス・ワールドには大物が隠れ住んでいる。


004 ウィンディス
ウィンディス
 元全能者オムニーア。
 吟侍(ぎんじ)と契約し、ルフォスの世界で管理者になった。
 ルフォスに依頼されて圧縮してあったロスト・ワールドという既に失われている世界の解凍作業をしている。
 様々な知識を持つ知恵者でもある。













005 フェンディナ・マカフシギ
フェンディナ・マカフシギ
 3名の姉(ロ・レリラル、ジェンヌ、ナシェル)達と別れて一人旅をしていた全能者オムニーアの少女。
 戦闘向きではない大人しい性格だが、自身のポテンシャルは姉たちをも遙かにしのぐ。
 また、そのポテンシャルの高さ故に脳に10番の化獣(ばけもの)ティルウムスを宿す事になる。
 心臓に7番の化獣ルフォスを宿すという吟侍を探していた。
 吟侍にティルウムス以外の何か秘密があると思われている。
 潜在している力が覚醒すれば、偽クアンスティータよりも上回ると推測されている。
 脳を支配している筈のティルウムスが、すぐ下の両方の瞳より下を異常に警戒している。





006 ティルウムス
ティルウムス
 全能者オムニーアの少女、フェンディナの脳に取り憑いた10番の化獣(ばけもの)。
 神話の時代には生まれていなかったが、その力は1番の化獣ティアグラや7番の化獣ルフォスをもしのぐと言われている。
 本棚のようなものを作りだし、その中の本に描かれている者全てを戦力とする。
 姿形は半透明の少年の姿をしている。














007 陸 海空(りく かいくう)
陸海空
 吟侍達が冒険の途中で会った謎の僧侶風の男性。
 王杯大会エカテリーナ枠に出場出来る程の技量を持ちながら、勘が鋭い筈の吟侍にすらその力を悟らせなかった程の実力者。
 気さくな性格のようだが、実際にはどうなのかは不明。
 別の場所では鬼と呼ばれていた。
 自己封印(じこふういん)という自分に、かける封印を幾重にもしている。
 それは、クアンスティータ対策でもある。
 封印術を得意とする。








008 フテラ・ウラ
フテラ・ウラ
 自称、クアンスティータに次ぐ第二の実力者を名乗っている女性。
 しっぽが生えていて緑色の肌をしている。
 太陽系程の巨体を隠し持っている。



















009 ガート
ガート
 龍族よりも上位種とされる師主族ラスティズムの戦士。
 師主族はしっぽが翼の様になっている翼尾(よくび)ウイング・テイル、肩の部分にある突起物は肩角(けんかく)ショルダー・ホーン、背中の光輪は光円陣(こうえんじん)ライト・サークルという特徴を持っているが、その基準を満たせば形は師主族の中でも様々ある。
 ガートはその内の一つの形態とされる。
 特徴として、魔法よりも能力浸透度が高い稀法(きほう)を使う。







010 レズンデール
レズンデール
 謎に満ちた強者。



















011 レディーメーカー
レディーメーカー
 【トゥルースレス】と呼ばれる存在に魅了された男性。
 【トゥルースレス】のプロデュースをするも、【トゥルースレス】によって殺害される。















012 トゥルースレス
トゥルースレス
 意思を持たない生命体の様な形を持った謎の存在。
 人の心は持たず、意思疎通はほぼ無理とされている。
















013 ツェーゾ
ツェーゾ
 吸収者(きゅうしゅうしゃ)マンジェ・ボワール族の戦士。
 何でも吸収して自身の力とする力の持ち主。
 宇宙絶滅危惧種の一つ。














014 スグェーヨ
スグェーヨ
 フォービドゥン・ゴースト。
 取り憑くことにより、肉体を乗っ取っていく存在。
 囁く者とも呼ばれている。















015 ニナ・ルベル
ニナ・ルベル
 空気のないところでも通る声、テレパス・ヴォイス、数千種類に及ぶ声質変化、1億オクターブを超える音階等の特徴を持つ宇宙のトップアイドル。
 が、正体はニナ・ルベルというクアンスティータを産む運命にある女性。
 いくつもの芸名を持っている。
 アレマという芸名を現在使っている。













016 怪物ファーブラ・フィクタ
怪物ファーブラ・フィクタ
 暗躍する神話の時代から生きる男。
 最強の化獣(ばけもの)クアンスティータの父でもあり、芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の前世でもある。















017 ステラ・レーター(ラ・エル/依良 双葉(いら ふたば))
ステラ・レーター
 未来の世界において、最強の化獣(ばけもの)クアンスティータと戦いを繰り広げて来た組織、新風ネオ・エスクの一員。
 新風ネオ・エスクは大きく分けて三つの組織があり、レッド・フューチャー、グリーン・フューチャー、ブルー・フューチャーに別れる。
 ステラはグリーン・フューチャーの一員で、かかしという超兵器を使う。
 また、若くして亡くなった依良 双葉(いら ふたば)という吟侍の幼馴染みの生まれ変わりでもある。