第002話 偽クアンスティータ編後編


02 恋敵達


「はっ……」
 意識を取り戻す吟侍。
 一瞬の隙の間に吟侍はロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスという世界での冒険を経て、新たなる力を手にしてきた。
 一瞬前には持っていなかった力を今の吟侍は持っている。
 次の一瞬で状況を把握する。
 アピス・クアンスティータの超絶戦闘能力の前にエカテリーナ、フェンディナ、ステラは苦戦している。
 攻撃しているのはこちらだが、余裕はアピス・クアンスティータの方にある。
 超猛攻を受けているアピス・クアンスティータの方に勝機があるというのはこの場の誰もが思っていた。
 攻撃がやんだ時が、アピス・クアンスティータの反撃の時。
 だから、エカテリーナ達は攻撃の手を緩められない。
 いずれ疲弊するのは火を見るより明らかだった。

 強いとは思っていたが、偽者のさらに末端ですら、これだけの戦闘能力を有するクアンスティータ。
 育ての親ジョージ神父が絶対に関わるなと言っていたのがよく解った。
 だが、関わってしまったものは仕方がない。
 吟侍は瞬時に気持ちを切り替えて攻撃に加わった。
「出でよ、エルクラーヌ・ユニット」
 吟侍が叫ぶ。
 それに呼応するかのように女性型のシルエットが現れる。
 失われた世界の一つ、ジェネシス・フィアスで手に入れて来た新たな力の一つだ。
「目標確認。排除する」
 エルクラーヌ・ユニットはそうつぶやくとアピス・クアンスティータの元に向かった。

ドガガガガガガガがガッ

 轟音を立ててぶつかるアピス・クアンスティータとエルクラーヌ・ユニット。
 ジェネシス・フィアスで確認した通り、膂力はアピス・クアンスティータと互角と言って良かった。
「なんと、こいつは……」
 エカテリーナが驚く。
 パワーには自信を持っていた彼女でさえ、アピスクアンスティータのパワーは圧倒的だった。
 目の前に現れた女性が対等に渡り合っているのを見てびっくりしたのだ。
「す、凄い……」
 それはフェンディナとて、同じ事だった。
 彼女達、マカフシギ家は生きながらえたが、殆どの全能者オムニーア達は1番の化獣(ばけもの)ティアグラの策略にはまり、クアンスティータの生け贄にされている。
 その後、10番の化獣ティルウムスの力を得たとは言え、クアンスティータと名のつく者に対する恐怖はぬぐえない。
「………」
 無言ではあるが、ステラも同様の気持ちだ。
 クアンスティータと言えば、彼女の居た未来の世界を壊滅状態にした最強の化獣だ。
 彼女は第五本体とぶつかっていたがそれ以前の本体の力も決して侮れない事は骨身にしみている。
 目の前にいるのは本体ですらなくて、偽者で有ること、さらにその末端であるという事を差し引いてもクアンスティータと名のつくものと渡り合うなど聞いたことが無かった。
 彼女はクアンスティータが生みだしたものに必死で対抗する生活をしていたのだから。

 吟侍はさらに追い打ちをかける。
「出でよ、スパヴェンタ・クォリティー、セレール・ファクト」
 球状の物体と不思議な珍獣を召喚する。
 女性型のエルクラーヌ・ユニット、球型のスパヴェンタ・クォリティー、獣型のセレール・ファクト、共に、ジェネシス・フィアスで吟侍を苦しめた超兵器だ。
 敵がこれらを用いて吟侍を殺すつもりだったら、彼は瞬殺されていた。
 それ程の力を秘めている。
 敵の目的を利用して何とか取得する事が出来たが、何時やられてもおかしくない危険なものだった。
 だが、危険を冒しただけはある。
 アピス・クアンスティータを追い詰めるのに十分な戦力となってくれている。
 エルクラーヌ・ユニットはグランバグドーラーという女性型兵器。
 スパヴェンタ・クォリティーはスターフォルムフォートレスという星形兵器。
 セレール・ファクトはハードディープギフトという獣型兵器。
 この三つの超兵器は108体ずつ存在する。
 その気になれば、他の超兵器も召喚するつもりでいる。

 ――だが……

 ピーッ
 という音が突然なった。

「ぐっ」
「うっ」
「うぁっ」
「あ……」
 吟侍達は耳をふさぐ。
 吟侍の反応を見て、三つの超兵器も動きを止める。
 戦闘が中断される。

「あぁ、残念、時間切れだ。良いところだったんだけどな」
 アピス・クアンスティータはそうつぶやいた。
「ど、どういう事じゃ?」
 エカテリーナが質問する。
「次の愚か者が現れたって事さ。僕達は働き蜂みたいなものだからね。始末しにいかないといけない。だから、帰してあげるよ、元の場所に」
「な……」
 【何だと】と言いかけて吟侍は言葉を止めた。
 このまま戦い続ければ吟侍達がやられるのは明白だったからだ。
 いたずらに刺激したら、ここに連れ込まれているエカテリーナ達の身も危ない。
 敵は目の前のアピス・クアンスティータだけではないのだ。

 よく考えたら、このアピス・クアンスティータは末端中の末端。
 アピス・クアンスティータの一部に過ぎない。
 この小さいと言われている巣ですら、何万というアピス・クアンスティータがいるのだ。 まともに戦えば、全滅するのはこっちなのだ。
 時間切れと言って戦いをやめてくれるのであれば、それに乗っかった方が得策なのだ。
 倒す事は出来なかったが、三種類の超兵器を持って来たお陰で命をつなぐことは出来た。
 それだけでも良しとするべき事なのだ。

 生き残った。
 クアンスティータに関わったら、それだけでももの凄いことなのだ。
 吟侍達は屈辱の解放を受け入れた。

 アピス・クアンスティータによって吟侍達は元の場所へと戻された。
 気づくとソナタ達の姿が見えた。
「ど、どうしたのよ、吟侍。ボロボロじゃない。あのクアンスティータとか言っていた偽者とはどうなったの?倒したの?」
 ソナタは涙目になって心配してくれていた。
 だが、それがかえって惨めだった。
 負けて帰って来たという気持ちにさせた。
「なんつうか、色々あってさ、あっち行ったりこっちいったりして時間切れになって解放された」
「はぁ?何言ってんの?全然、意味わかんないわよ」
「知らない方が良い。絶望するだけだ。とにかく、クアンスティータって名乗っている奴はすんげー危険だって事が解った」
「……そう。まぁ、あんたが無事なら良いわ。偽者とは言え、クアンスティータと関わって生きて帰るなんてあんた、凄いじゃない」
「おいらもそう思う」
 などと話していた。
「姫様!」
 突然、ロックがソナタを呼ぶ。
「何、どうしたのよ?」
 ソナタがロック達が身構えている方向を向く。
 そこには、一つの鏡が置いてあった。
 今まで、そこには無かったもものだ。
 鏡には人影が映っていて、それはエカテリーナだった。
 鏡の力を使う2番の化獣フリーアローラの力を使って、吟侍の飛ばされた所まで、鏡を飛ばしたのだ。
 鏡は三面に割れ、エカテリーナが映っている真ん中の鏡の左右にフェンディナとステラが映った。
 エカテリーナが機転を利かせて、バラバラに戻された4名が話せるように鏡を飛ばしたのだ。
「よぉ、あんた達も無事に戻れたか」
 鏡に向かって気さくに手をあげる吟侍。
 が、ソナタ達にしてみれば、訳のわからない女、しかも全員劣らぬ美少女達が映っている。
 吟侍の事が気になるソナタとしては気が気じゃない。
「なんなのよ、この女共はぁ〜」
 吟侍の首を絞めて問い詰めるソナタ。
「ま、待ってくれ、話を……きゅぅ……」
 気を失いそうになる吟侍。
「あ……」
 ちょっと力を入れすぎたかと慌てるソナタだった。
 とても、これ以外にも女の子達と関わってきたとは言えない吟侍だった。

 三銃士の慰めもあって、ソナタは何とか聞く耳を持ってくれて、吟侍は自分がアピス・クアンスティータに巣の中に連れて来られてからあった出来事を説明した。
「はぁ……なんて言うか、相変わらず無茶苦茶ね、あんた」
 絶体絶命の状況から生還していた事を知ったソナタ達は感心した。
 吟侍は自分達とはレベルの違う位置にいると改めて確信した。
 内容が濃すぎて話を聞くだけでも大変だ。
 エカテリーナの鏡を通して、彼女達との会話も進み、三人の美少女、全員が吟侍に対して興味を持っているのを知ったソナタは改めて吟侍の首を絞めるのだった。

 だが、ソナタにもちょっと気になる出会いでもあった。
 美少女の一人、ステラ・レーターはラ・エルというコードネームで未来の世界の一つ、グリーン・フューチャーで活躍しているらしいが、それ以外にもう一つ秘密があった。
 彼女の前世の名前は依良 双葉(いら ふたば)。
 吟侍とソナタの幼馴染みだった。

 双葉は若くして、病で死んでしまったが、よく、吟侍とカノン、はてなという少女と四人でママゴトをしていた。
 吟侍がお父さん役。
 年下のはてなは子供役。
 そして、カノンとよくお母さん役を取り合っていた少女が双葉だった。
 そう言えば、彼女にはどことなく双葉の面影が残っている。
 ソナタはそれを見て、笑っていたが、本当は自分もママゴトに加わりたかった。
 吟侍によく、お父さん役を代わってくれと言われて、なんで私がお父さん役なのよと殴っていたが。
 彼女は生まれ変わって、未来の世界の超戦士として生きていたのだ。
 この事をカノンが知れば泣いて喜ぶんじゃないかと思った。
 双葉が死んだとき、カノンはお母さん役をいっぱい譲ってあげるんだったと泣きじゃくっていたから。

 双葉は未来の世界で吟侍が勇者としてクアンスティータと戦えたかもしれないという可能性を聞き、過去へ渡るメンバーとして志願した。
 もちろん、自分が吟侍の幼馴染みという事が知られてしまうと任務に支障がでると判断されるから、誰にも言えずに、一人、秘密を隠して過去へ渡ったのだ。
 ずっと自分の気持ちを押し殺して来た。
 吟侍と最初に接触出来る権利をレッド・フューチャーに奪われ、自分達グリーン・フューチャーはもう一つの組織、ブルー・フューチャーと共に後だと言われてもひたすら逢いたい気持ちを我慢してきた。
 再会は絶体絶命のピンチという過酷な環境だったが、それでもステラは嬉しかったという。
 それを告げられた時は思わずソナタももらい泣きしてしまった。

 ステラだけじゃない。
 フェンディナもエカテリーナもクアンスティータの脅威を回避して見せた吟侍という男に深い興味を持っている。
 ソナタの女としての直感が、恋敵達の存在を認識するのだった。
 エカテリーナの鏡での話合いは、エカテリーナの親友の絶対者アブソルーター、アナスタシアの城に招待するという事で締めくくった。
 ステラもフェンディナもアナスタシアの城を目指すとの事だった。

 大ピンチはあったが、それにより新たな出会いもあった。
 吟侍達一行はアナスタシアの城を目指して、進路を南西へと変えた。
 時折、突風が吹きすさぶ風の星。
 だが、それも幾分慣れてきた。


03 王杯大会(おうはいたいかい)へ


 吟侍達はアナスタシアの城への道中、相談をしていた。
 相談内容は、エカテリーナ達との会話の内容についてだった。
 鏡を通して話した三名の女の子の内、エカテリーナはこのウェントスを支配する絶対者、アブソルーターの一人だった。
 それもウェントスの中では敵無しの最強と言われていた。
 つまり、絶対者アブソルーターの中で最も強い者なのだ。
 彼女は最強と呼ばれながらも奴隷達の支配には興味を持っていなかった。
 むしろ、強い敵と戦う事を喜びとしていた戦闘狂だった。
 危なかったが、アピス・クアンスティータとの戦闘は彼女にとっては嬉しいハプニングだった。
 充実した時間だったと言っても良い。
 それほど、強い敵を求める性格だった。
 彼女は奴隷達の支配よりも絶対者アブソルーター達の間で行われる王杯大会(おうはいたいかい)に力を注いでいた。
 王杯大会とは地球で言えばオリンピックのような大会で、絶対者アブソルーター達がその強さを競う場でもある。
 奴隷達にとっては表向き盛り上がったように見せてはいるが、支配者達の権力争いにしか映っておらず、本音の部分では盛り下がってはいるが、絶対者達にとっては自分の絶対者としての立ち位置を決める大会でもあったため、力を入れていた。
 だが、ここ近年、2番の化獣フリーアローラの力を持ったエカテリーナの一人勝ち状態が続いていて、絶対者アブソルーター達もしらけていた。
 元々、四連星である土の星テララ、火の星イグニス、水の星アクア、風の星ウェントスの絶対者達で行われていたこの大会もいつしか各星が個別に行われる大会へと縮小傾向にあり、ウェントスにおいてはエカテリーナが参加するなら他の絶対者は参加しないという状態になっていた。
 戦いたいのに相手がいない。
 そんな欲求不満だった彼女は突然、強制転移させられた。
 その前に一度、風の星、ウェントスが崩壊するのも確認した。
 転移させられた先には個別では全く敵わない強敵、クアンスティータが居た。
 戦いながらも自分の攻撃が全く決まらない程の実力を持つアピス・クアンスティータ戦に打ち震えた。
 全く相手にならなかったとは言え、この戦いはエカテリーナの眠っていた戦闘狂としての血を再び活性化させたのだ。
 アピス・クアンスティータに対して共に戦った吟侍、ステラ、フェンディナについても興味をひかれた。
 自分と同じ様に、アピス・クアンスティータに評価された者。
 それだけでも吟侍達と戦ってみたいという気持ちは大きくなったのだ。

 現在、王杯大会は二部門に別れている。
 一つは通常のウェントス版王杯大会。
 もう一つはエカテリーナ枠王杯大会だ。
 通常の王杯大会にはエカテリーナはエントリー出来ないことになっている。
 が、エカテリーナが認めた者が了承すれば、エカテリーナ枠での選手登録が認められ、エカテリーナ枠王杯大会が開催されるのだ。
 吟侍、ステラ、フェンディナはその王杯大会エカテリーナ枠に招待されたのだ。
 エカテリーナに勝てれば他の絶対者アブソルーター達に奴隷を解放するように提言しても良いと言ってきたのだ。
 ウェントス最強のエカテリーナが提言してくれるのであれば、影響力はかなり大きい。
 一気に、友達を救い出す事も可能性として十分にあり得る。
 吟侍としても願ってもいない事だ。

 だが、問題が、一つある。
 三銃士とソナタも腕試しとして、王杯大会に参加する事にしたのだが、ソナタもエカテリーナ枠に参加すると言ってきかないのだ。
 CV4という器に4名の声霊(せいれい)のどれかを憑依させることによってゴーレムとして操る力を持っているソナタだが、正直、戦闘能力から言うと吟侍はもちろん、エカテリーナ、ステラ、フェンディナと比べてもかなり劣っている。
 アピス・クアンスティータによって巣に引き込まれた時、ソナタは選ばれなかった。
 戦闘能力がアピス・クアンスティータの求めるレベルに達していなかったからだ。
 アピス・クアンスティータ戦の時の様に危険な状態にはならないとは思うが、それでも、戦闘能力の差から考えると大怪我は免れないだろう。

 ソナタとしては恋敵になりそうな三名に負けたくないという気持ちもあるのだろうが、吟侍の目からは無謀としか思えない。
 少なくとも今の状態ではエカテリーナ枠で戦わせる訳にはいかない。
「無理すんなって、おそなちゃん」
 吟侍がやめさせようとする。
 だが、吟侍がそう言えばそう言うほど、ソナタはむきになる。
「大丈夫よ。私だってやれるわ」
「姫、吟侍の言うとおり通常の王杯大会に参加した方が……」
「何ですって、ロック、あんたまで、私じゃ役不足だって言うの?」
「そういう訳では……」
「じゃあ、何だって言うのよ」
「それはその……」
「おそなちゃん、ロックも困っているじゃねぇか。察してやれよ」
「出るったら出るのよ」
 吟侍や三銃士の制止にもかかわらずソナタはむきになる。
 本心は吟侍に認められたい乙女心だったのだが、当の本人は解っていない。

 このままでは平行線をたどるだけなので、吟侍が1つ提案をした。
「わかったよ。じゃあ、王杯大会ってのにはまだ、時間があるみたいだからゆっくりアナスタシア城に行こう。その途中で、おそなちゃんのスキルアップをする。アナスタシア城に着いた時点である一定のレベルに達していたら、おそなちゃんもエカテリーナ枠で出なよ。だけど、達していなかったら、悪いけど、出場は諦めてもらう。それで良いか?」
「解ったわよ、で、その基準はどう決めるの?」
「おいらが用意した相手と戦って勝ってもらう。負けたら諦めてもらうってのはどうだ?」
「引き分けは?」
「引き分けも負けと一緒だな。生きていたら勝ちって考え方もあるけど、やっぱり勝てるくらいのレベルに達してないと……」
「解ったわ。じゃあその対戦相手を教えてよ。そいつを超える様に目指すから」
「了解。ちょっと待ってな」
 吟侍は思案する。
 ソナタを傷つけないレベルで彼女を圧倒できる相手を用意しないといけない。
 吟侍はルフォス・ワールドへ一旦移動して、管理者である全能者オムニーアのウィンディスに会った。
 ルフォス・ワールドには心核、技核、体核という三種類の核が散らばっていて、その三種類の核を合成させると存在を作り出す事ができるのだ。
 ウィンディスに丁度良い対戦相手を調合してもらおうと思っていた。
 吟侍はまず、これまでの経緯を軽く話した。

「……なるほどねぇ。フェンディナちゃんかぁ。私が知っているのは彼女が赤ちゃんの時だったから、彼女は覚えていないかもしれないわね。まさか、同じ全能者が生きているとは思わなかったわ」
 ウィンディスとフェンディナは同じ全能者オムニーアだ。
 殆どがクアンスティータの生け贄になってしまったため、同族が生きていたというのは嬉しいニュースでもあった。
 世間話もそこそこに吟侍はソナタに対して丁度良い相手を用意するように依頼した。
「ソナタちゃんを傷つけたくないというあなたの気持ちはわかったけど、ソナタちゃんの気持ちを考えるとあなたの味方だけをするっていう訳にもいかないな」
「おそなちゃんの気持ち?」
「もう、ニブチン。まぁ良いわ。あなたにはカノンちゃんがいるんだし……」
「おはなちゃんが何で今、出てくるんだ?」
「女の子の気持ちに無頓着でいるとその内、カノンちゃんにもふられちゃうぞ」
「え?え?え?どういう事?」
 恋愛音痴の吟侍はどういう事か解らない。
「そういうのはあなた方で解決なさい。私は基本的にノータッチ」
「え?用意してくれないの?」
「用意はするわよ。ただし、ソナタちゃんの気持ちを考えてね。彼女の思慕いが強いなら、彼女もエカテリーナ枠での参加を認めてあげたいしね。ある一定レベルの相手を用意するわ。気持ちが強ければ、彼女はそれを倒せるでしょうね。それで良いわね」
「……言ってる事はよくわからんが、ある一定以上のレベルの強さになればおいらも反対する理由はないし……」
「そういう事言っているんじゃないの。乙女の気持ちの問題」
「さっぱりわからん。なんなんだ、それは?」
「自分で気づきなさい、男でしょ」
「そりゃ、男だけど?」
「はい、この話はおしまい。相手は見繕っておくから、この錠剤をソナタちゃんに飲ませてあげて。これで対戦相手のレベルが解るようになっているから」
「……わかった」
 吟侍は納得しないまま頷いた。
 錠剤が三種類あるのも気になったが、ウィンディスがソナタに対して悪意を持っていないのは解っていたので、とりあえず信用する事にした。

 元の世界に戻った時、ソナタにウィンディスからだと言って錠剤を渡した。
 何故だか、吟侍が居ないところで飲んで欲しいと言われたのでそれも伝えた。
 最初は一つ目の錠剤だけという事も付け加えた。

 ソナタはその夜、吟侍と離れた場所に宿を取り、ウィンディスの用意した錠剤を飲んだ。
 ウィンディスの用意した三つの錠剤にはそれぞれ意味があった。
 一つ目はウィンディスとの通信を可能にする錠剤だった。
 対戦相手のレベルを教えるというのはこれにあたる。
 ウィンディスが直接ソナタにレベルを伝えるというものだった。
 だが、それは他にも役目がある。
 吟侍に内緒で、ソナタに提案する為の薬でもあった。
 ソナタの恋愛にも協力したいというウィンディスの気持ちだった。
 ウィンディスの見立てによるとソナタの双子の妹であるカノンが女神御セラピアの生まれ変わりであるという事は、ある可能性も考えられるというものだ。
 セントイビルバランス――。
 善悪のバランスを意味するその言葉だ。
 双子の姉であるソナタは神御(かみ)の生まれ変わりである妹カノンの反属性、悪空魔(あくま)の生まれ変わりである可能性が高いというものだ。
 二つ目の錠剤はその眠っていると予想される悪空魔の力を解放させるというものだった。
 だが、例え、悪空魔の力が解放されても化獣の力を有するエカテリーナとフェンディナ、化獣と渡り合ってきたステラには力が及ばない。
 そこで、三つ目の錠剤がある。
 この三つ目の錠剤はウィンディス達全能者オムニーア達の切り札でもある。
 この力を評価して1番の化獣ティアグラは全能者達をクアンスティータの生け贄に選んだのだ。
 この錠剤は化獣の力が及ばない外宇宙の力へのアクセスだ。
 これと上手くリンク出来れば、エカテリーナ、フェンディナ、ステラ達とも十分渡り合える力を身につける事が出来るだろうという話だ。
 この話を吟侍の居ない所でウィンディスはしたかったのだ。
 この三つの錠剤の内、二つ、悪空魔の力の解放の錠剤と外宇宙へのアクセスの力はどちらも命の危険と隣り合わせだ。
 彼女の命の心配をしている吟侍達の前では当然、その話は出来ない。
 だが、この二つの力を手に入れる事が出来るのであれば、ソナタは吟侍の右腕としてふさわしい力を手にすることになる。
 ウィンディスの用意する相手など物の数ではなくなるはずだ。
 当然、それを得るためにはそれだけのリスクが伴う。
 自分の気持ちに命を賭けられるか?
 それを聞きたかった。
 ソナタの返事はもちろん、決まっていた。
 もとより、命がけで吟侍との冒険について来たのだ。
 そのくらいで諦めるつもりなら初めからウェントスに来ていない。
 ソナタは残り二つの錠剤も飲むつもりだ。
 同時に二つ飲むのは自殺行為。
 悪空魔の解放の錠剤を飲んで安定したら、外宇宙へのアクセスの錠剤を飲む事になる。
 ソナタはまず、二つ目の錠剤を飲んだ。
 その瞬間彼女は全身の激痛に苦しむ。
 思っていた以上の苦痛だ。
 彼女はこれを七日七晩耐えなくてはならない。
 平静を装いつつ、吟侍達と旅を続けなくてはならない。
 ソナタは耐え続けることにした。
 当分は寝れないな――
 そう覚悟を決めた。

 吟侍は吟侍で別の事を考えていた。
『吟侍、何を考えているんだ?』
 ルフォスは吟侍に尋ねる。
「あぁ、いや、あのな……今回アピス・クアンスティータと戦って思ったんだ。クアンスティータに対抗するにはどうしたら良いかを……」
『今、挑んでも勝てねぇ。それだけは確かだ』
「そうだな。おいらもそう思う。いろいろ試してみてえ事はあるが、やっぱ、行き着く先はクアンスティータに勝てるのはクアンスティータだけってことかなって思うんだ」
『俺達には無理だってことか?』
「いや、アピス・クアンスティータは自分で偽者のクアンスティータって言っていた。それは、クアンスティータじゃねぇって事だろ?なら、クアンスティータじゃなくてもクアンスティータの力を手にする方法があるって事じゃねぇか?」
『どういう事だ?何を言っている?』
「神話の時代、怪物ファーブラ・フィクタってのが、魔女ニナってのと一緒にクアンスティータの元を作り出したんだろ?つまり、作り出す方法があるって事じゃねぇのか?肉体改造かなんかをやって、そうだな……おいら自身がクアンスティータ化出来れば、クアンスティータ達と互角に戦えるんじゃねぇかってさ……」
『出来る訳が……』
「無いと思うのか、ルフォスは?おいらは違うと思うぞ。ただ、これは最後の手段だ。色々他を試してみて、ダメだったら、これを試してみる。それで良いか?」
『とんでもねぇ事を考える奴だ。いいぜ、付き合ってやる。このクアンスティータに対するどうしようもねぇ恐怖心もクアンスティータになる事で解消されるかもしれねぇしな。どのみち、他に手はねぇ』
「そっか。良かった。お前ぇに反対されたら、おいらとしては打つ手無しだと思っていたんだ。それだけでも今回の戦いは意味があった」
『そうだな……』

 思う事はそれぞれ。
 吟侍達の冒険は続く。

 続く。



登場キャラクター説明


001 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
芦柄吟侍
 ウェントス編の主人公であり、ファーブラ・フィクタのメイン主人公。
 子供の頃、故郷、セカンド・アースを襲った絶対者・アブソルーター達を追い払った事から英雄と呼ばれる。
 その時、心臓を貫かれるが、七番の化獣(ばけもの)ルフォスの核でそれを補い、以降、ルフォスの力を使える様になる。
 勇者としての格は他の冒険者達より上だが、それだけに、他のメンバーより、強い敵を引きつける。
 創作バトルを得意としていて、攻撃方法のバリエーションはやたら多い。
 敵からすると最も厄介な勇者である。
 ウェントスでの救出チームに参加する。



002 ソナタ・リズム・メロディアス
ソナタ・リズム・メロディアス
 ウェントス編のヒロインの一人。
 吟侍(ぎんじ)の恋人、カノンの双子の姉であり、共に行けない彼女の代わりに吟侍と共にウェントスの救出チームに参加した。
 吟侍の事が好きだが隠している。
 メロディアス王家の第六王女でもある。
 王家最強術であるCV4という特殊能力を使う。
 CV4は4つの声霊、ソプラノ、アルト、テノール、バスを器に入れる事により、特殊な能力を持ったキャラクターゴーレムとして操る能力である。






003 ルフォス
ルフォス
 吟侍(ぎんじ)の心臓となった七番の化獣(ばけもの)。
 ネズミに近い容姿をしていて、最強の化獣である十三番、クアンスティータを異常に恐れていて、その恐怖に打ち勝つために、最も勇気を示した吟侍と命を同化する道を選んだ。
 ルフォス・ワールドという異世界をまるまる一つ所有していて、その世界のものは全て彼の戦力である。
 異世界には修行するスペースもあり、冒険者達の修行場として提供していた。
 異世界にある三つの核、マインドコア(心核)、スキルコア(技核)、ボディーコア(体核)を合わせる事により、新しい怪物等を生み出す事も出来る。
 ルフォス・ワールドはそれ以外にもロスト・ワールドという既に失われた世界をいくつも圧縮保存してある。




004 ロック・ナックル
ロック・ナックル
 ソナタを守る三銃士の1人。
 神御(かみ)の拳を持つ。
 吟侍事をあまり信用していない。














005 ニネット・ピースメーカー
ニネット・ピースメーカー
 ソナタを守る三銃士の1人。
 三つの目を持ち、神通力を使う。














006 カミーロ・ペパーズ
カミーロ・ペパーズ
 ソナタを守る三銃士の1人。
 神形(しんぎょう)職人。
 自らが神形デウス・フォルマ777号となった。
 666号である魔形を追っている。













007 ウィンディス
ウィンディス
 元全能者オムニーア。
 吟侍(ぎんじ)と契約し、ルフォスの世界で管理者になった。
 ルフォスに依頼されて圧縮してあったロスト・ワールドという既に失われている世界の解凍作業をしている。
 様々な知識を持つ知恵者でもある。












008 カゼッタ・フゥルクロワ
カゼッタ・フゥルクロワ
 風の姫巫女。
 吟侍達に安全に旅を進める方向を示している。














009 エカテリーナ・シヌィルコ
エカテリーナ・シヌィルコ
 風の惑星ウェントスに君臨している絶対者アブソルーターの一人。
 2番の化獣(ばけもの)フリーアローラをその子宮に宿しているため、最強と呼ばれている。
 戦闘狂であり、奴隷達の支配よりも強い相手との戦いを求める。
 突然のトラブルで出会った吟侍の事を気に入った。














010 フリーアローラ
フリーアローラ
 風の惑星ウェントスの絶対者アブソルーターのエカテリーナの子宮に宿っている女性型の化獣(ばけもの)。
 鏡と花畑をイメージした力を持ち、一枚一枚名前を持った花びらを求めてやってくる名前の無い超怪物達を支配する力を持つ。














011 フェンディナ・マカフシギ
フェンディナ・マカフシギ
 3名の姉(ロ・レリラル、ジェンヌ、ナシェル)達と別れて一人旅をしていた全能者オムニーアの少女。
 戦闘向きではない大人しい性格だが、自身のポテンシャルは姉たちをも遙かにしのぐ。
 また、そのポテンシャルの高さ故に脳に10番の化獣(ばけもの)ティルウムスを宿す事になる。
 心臓に7番の化獣ルフォスを宿すという吟侍を探していた。












012 ティルウムス
ティルウムス
 全能者オムニーアの少女、フェンディナの脳に取り憑いた10番の化獣(ばけもの)。
 神話の時代には生まれていなかったが、その力は1番の化獣ティアグラや7番の化獣ルフォスをもしのぐと言われている。
 本棚のようなものを作りだし、その中の本に描かれている者全てを戦力とする。
 姿形は半透明の少年の姿をしている。














013 ステラ・レーター(ラ・エル/依良 双葉(いら ふたば))
ステラ・レーター
 未来の世界において、最強の化獣(ばけもの)クアンスティータと戦いを繰り広げて来た組織、新風ネオ・エスクの一員。
 新風ネオ・エスクは大きく分けて三つの組織があり、レッド・フューチャー、グリーン・フューチャー、ブルー・フューチャーに別れる。
 ステラはグリーン・フューチャーの一員で、かかしという超兵器を使う。
 また、若くして亡くなった依良 双葉(いら ふたば)という吟侍の幼馴染みの生まれ変わりでもある。











014 アピス・クアンスティータ
アピス・クアンスティータ 
 吟侍達が遭遇してしまった、偽者のクアンスティータの一名。
 偽者と言っても公式で認められた存在であり、本物のクアンスティータに対して悪意を持って接する存在を始末する役目を持っている。
 アピス・クアンスティータはクアンスティータとしての要素に蜂の要素を混ぜ合わせた力を持っている。
 特大、大、中、小という4種類の巣を持っていて、特大は1つ、大は10、中は1000、小は10000000の巣がある。
 そのそれぞれに女王蜂にあたるアピス・クアンスティータと働き蜂にあたるアピス・クアンスティータがいる。
 本体とされるのは特大の巣の女王蜂にあたるアピス・クアンスティータ。
 だが、小の巣の末端の働き蜂タイプのアピス・クアンスティータでさえ、吟侍、エカテリーナ、ステラ、フェンディナの四名を圧倒する力をもっている。





015 エルクラーヌ・ユニット
エルクラーヌ・ユニット
 吟侍が既に失われた世界ロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスで手に入れて来た女性型超兵器グランバグドーラーの一体。
 その膂力はアピス・クアンスティータに匹敵する。









016 スパヴェンタ・クォリティー
スパヴェンタ・クォリティー
 吟侍が既に失われた世界ロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスで手に入れて来た星型超兵器スターフォルムフォートレスの一体。
 そのパワーはアピス・クアンスティータに匹敵する。














017 セレール・ファクト
セレール・ファクト
 吟侍が既に失われた世界ロスト・ワールドの一つ、ジェネシス・フィアスで手に入れて来た獣型超兵器ハードディープギフトの一体。
 その力はアピス・クアンスティータに匹敵する。