第007話 王獣(おうじゅう/能獣)
01 これからの課題――奇跡を信じて
私は南条 朱理(なんじょう しゅり)。
クアンスティータを極端に恐れている【死の回収者ファイシャ】の巻き添えを食って、現界では存在しなかった事にされてしまう謎の宇宙世界、抜界(ばつかい)に仲間と共に連れてこられて少し経つ。
最初の内は、【ファイシャ】が用意する刺客、新絶対者ネクスト・アブソルーター達と戦っていたけど、新たな脅威が私達の前に現れた。
クアンスティータの生みの親、魔女ニナの姉にあたる【魔女ナァニ】だ。
【魔女ナァニ】は魔女ニナが産んだ化獣(ばけもの)に対抗して、10匹の王獣(のけもの/能獣)を産んでいて、どういう訳かその内の一匹がうちのリーダー、芦柄 導造(あしがら どうぞう)君を気に入ったらしく、彼に【シャドウチェンジパートナー】という新たな異能力を提供してくれているみたい。
その事自体はありがたい事でもあるんだけど、導造君に力を貸している4番の王獣ルッケーサも含めて10匹の王獣達は【魔女ナァニ】の後継者として認められるため、近々、王獣同士で争う事になっているみたいなのよね。
余所でやって欲しいところなんだけど、他の王獣に対して、ルッケーサが手を貸している導造君の力量が心配だった【魔女ナァニ】は私達も含めてテストをしてきたの。
10日にわたり、毎日、1人ずつの【通界者(つうかいしゃ)】と呼ばれる存在が他の抜界から存在を連れて来てそれと戦わされたって訳。
全く迷惑な話よね。
難敵ばかりだったけど、最後の10日目にして最大の障害となった【聖女】達を退け、なんとかテストは合格したみたい。
合格祝い――という訳じゃないみたいだけど、【魔女ナァニ】の幻影が再び私達の前に現れ、現在に至るという訳ね。
――で、現れた【魔女ナァニ】によって王獣同士の戦いが近いうちにあると説明されたのよね。
どうやら、王獣はそれぞれ、パートナーとなる存在を決めて手を貸すみたいで、王獣同士というよりは、王獣が手を貸しているパートナーが戦って勝ち上がって来た1名をパートナーとしている王獣が【魔女ナァニ】の正式な後継者となるみたいね。
わかっている王獣のパートナーだけど、
1番の王獣オーフキアのパートナーが宿敵ニアマリア。
2番の王獣トゥエンムウングのパートナーがやっぱり宿敵の【ファイシャ】。
4番の王獣ルッケーサが導造君として、
8番の王獣ミルアッラのパートナーがこれも宿敵のジェンドになる予定みたい。
つまり、まだ――
3番の王獣クーフス、
5番の王獣クテペン、
6番の王獣ラーフィブ、
7番の王獣ウナイレス、
9番の王獣トスラ、
10番の王獣ローコナが不明という事になるわね。
この6匹のパートナーについてはこの抜界には居ないみたいで、【通界者】がそのパートナーを連れてくるみたいね。
パートナーが4名揃っているこの抜界に他のパートナーも連れてくるみたい。
導造君はこの戦いに巻き込まれたという事になるわね。
さて、どうしたものか……
どうやら、私達は導造君の戦力として数えられるみたいだけど、基本的には導造君がルッケーサの力を使って戦うという事がメインとなる。
つまり、導造君主体の戦いという事になるわ。
導造君に大きな責任がかぶるという事になる。
だんだん頼りになってきた彼だけど、その彼一人にこの重責を担わせるにはちょっとかわいそうな気がする。
代わってあげたくても、それは【魔女ナァニ】もルッケーサも許さないだろう。
やるしかない。
やるしかないのよ君は。
【聖女】達を退けた様に、また、奇跡を見せて。
02 カノン・アナリーゼ・メロディアス?
導造君が【魔女ナァニ】に何故、自分達がテストされたのかを聞くと、意外な答えが返ってきた。
それは、お花ちゃんが導造君にはその資格が無いと【魔女ナァニ】に進言したというのだ。
お花ちゃん――カノン・アナリーゼ・メロディアス第七王女は七英雄やシアン・マゼンタ・イエロー、パスト・フューチャーらと共に水の惑星アクアを冒険しているはず。
お花ちゃんがこの抜界に来たという話はどうもピンと来ないのだ。
お花ちゃんの性格から考えて、導造君の立場を危うくするような事を言うだろうか?
そもそも、惑星アクアで友達の救出活動をしていたはずの彼女が何故、抜界に来ているのだ。
そのあたりが腑に落ちない。
【魔女ナァニ】から聞く彼女の人物像が私達が知っている彼女の人物像と一致しないのだ。
悔しいけど、彼女は私達なんかより、ずっと出来た人間だ。
王女であり、女神御セラピアの化身であるという事を差し引いても敵相手に交渉で人命救助を行おうという奇特な人物だ。
それが、クアンスティータから逃げてきて、さらに、【魔女ナァニ】に取り入るようにして、導造君をおとしめようとする発言をするっていうのがわからない。
【魔女ナァニ】の話だと、お花ちゃんもまた、王獣に気に入られ、力を得ていて、王獣の争いに参加するらしいんだけど。
本当に、それ、お花ちゃんなのかしら?
というのが私達の正直な気持ちだった。
本人は惑星アクアから来たと言っているのは一致していても俄には信じがたいのよね、こればっかりは。
気になるのなら、本人の映像を見せると【魔女ナァニ】が言ったので、お言葉に甘えて、見させてもらった。
その姿を見た私達は怒りがこみ上げて来た。
やっぱり偽物じゃん。
この女のどこがお花ちゃんなのよ。
カノンっていう名前は結構あるみたいだから、これは【カノン・アナリーゼ・メロディアス】何ですか?と聞くと【魔女ナァニ】は、
「この女はアノン・マナリーゼ・メロディアと名乗っていた」
と答えた。
偽物じゃん。
ばったもんじゃん。
本物を真似たそっくりさんじゃんそれ。
しかもあんまり似てない。
本物の方がずっと綺麗だし。
お花ちゃんは優しいから、怒らないかもしれないけど、彼女のファンが聞いたら激怒するわよ。
って、ここにも居たわね、熱烈ファンが。
導造君は、
「ふざけるな、お花ちゃんに謝れ!」
と激怒した。
虎児、龍也、武もむかついた顔をしている。
こいつらも彼女のファンだったわね。
ハザード様は、
「恐らく、この女はカノン王女のなりすましだろう。彼女は惑星アクアでかなりの人気を得ていた。それにあやかろうとしたものだろう。カノン王女はクアンスティータに気に入られていたという情報もあったから、偽物をやっているのが辛くなって何らかの手段を用いて抜界に逃げたのだろう。クアンスティータお気に入りの女性の真似をするのはある意味、クアンスティータに喧嘩を売っているようなものだからな」
と言った。
なるほど、あのクアンスティータに気に入られるっていうのはさすが、お花ちゃんと言うべきね。
で、偽物のアノンとか言う女は居場所が無くなって抜界にとんずら。
そこで、【魔女ナァニ】に導造君はお花ちゃんの幼なじみだとでも聞いたのだろう。
逆恨みから、導造君に嫌がらせをしたって事かしらね。
何にしてもろくでもない女ね、こいつは。
私は、
「あの……この女のアノン・マナリーゼ・メロディアでしたっけ?それ、偽名だと思いますよ。良いんですか?それ許して?」
とささやかな仕返しをさせてもらった。
これで、【魔女ナァニ】にとってのあの女の印象は悪くなるはず。
いひひひひってところよ。
私の言葉を聞いた【魔女ナァニ】は、
「どうやらお互い良からぬ感情を抱いているようだな。ならば、最初にお前達を対戦させるか……」
と言った。
ごめん、導造君。
むかついていたとは言え、余計な因縁を一つ増やしてしまいました。
このしわ寄せは導造君がひっかぶる事になるかも知れないわ。
私も出来る限り協力するから、許して。
だって、本当にむかついたんだもん。
吟侍君をとったお花ちゃんに嫉妬しなかったと言えば嘘になるけど、それでも私の祖国のお姫様。
私の自慢でもあるのよ。
それを訳のわからない女にけがされた。
その気持ち――お花ちゃん大好きのあなたもわかるわよね。
だから、一緒にぶっ倒しましょう。
あのふざけた女を。
あ〜なんか、やる気出てきた。
闘志が爆発よ、もう。
【魔女ナァニ】に改めて聞くと、初戦でぶつかる事が決まったこの女の本名はゲーラというらしい。
職業は元、歌優(かゆう)――聞いた事ない職業ね。
お花ちゃんのふりをして彼女の人気を利用して、結構な猛者を味方につけているようね。
この女に力を貸しているのは3番の王獣クーフスらしい。
導造君に味方している4番の王獣ルッケーサが彼に【シャドウチェンジパートナー】と言う力を与えたように、ゲーラにも何らかの特殊能力を与えているはず。
また、導造君が私達という味方を持っているように、味方にした猛者達も何らかの力を持っていると思った方が良いわね。
ルッケーサ対クーフス――【魔女ナァニ】にとってはそういう意味なんでしょうけど、私達には関係無い。
ゲーラっていう女をぶっつぶす。
【ファイシャ】もニアマリアもジェンドも後回し――まずはこの女だ。
私達はゲーラの戦力分析をすることにした。
03 偽カノン、ゲーラチームの戦力分析
私達はハザード様にお願いして、偽お花ちゃんであるゲーラのチームの戦力分析をするために千里眼の力をもっている巨大な目玉を出してもらった。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
自分達のチームの力は大体把握している。
後は、敵チームだ。
敵チームの戦力分析を正しく出来れば、勝つことが出来るはず。
ハザード様が抜界を探し回り、ついに、隠れているゲーラ達の場所を突き止めた。
卑怯――とは思わない。
元々、この女から喧嘩をふっかけてきたのだ。
こっちだってやるときゃやるわよ。
敵の戦力くらいのぞき込んでやるわよ。
ってことで、どれどれ……
ゲーラはどこ?
居た、あそこだ。
ゲーラは何かを振る舞っている。
食事ね。
胃袋を掌握する事で従わせているのかも知れないわね。
いろんな奴がいるわね。
ひい、ふう、みっと……ざっと200名くらいいるわね。
まぁ、これくらいの戦力なら導造君が【聖女】との戦いで100人以上と戦っているし、正直、【聖女】と比べれば烏合の衆にも見える。
この中に大物がどれだけいるかよね。
私は周りをよく見る。
どいつもこいつも小者感満載って感じね。
私は、ハザード様に、
「注意するような奴はこれと言って居ないんじゃないんですか?」
と聞いた。
ハザード様は、
「いや、この中には俺たちと戦う時に使うだろうレギュラーはいないだろう。少し離れた位置を見てみる。……これだ」
と言った。
そこには、フードを目深にかぶった存在が、えーと、20名くらい?
何しているの、こいつら?
エテレイン様が、
「たぶん、こっちがレギュラーでしょうね」
と言った。
見ると全員がマントをしていて、そのマントに数字が書かれているわね。
えーと、一番大きな数字は……22かしら?
つまり、22名のレギュラーがいるってことね。
私達の倍以上居る訳ね。
ノルマとしては2名以上倒さないといけない訳か。
でもこの全員が大物とは限らない。
あ、一人、フードを取った。
中からものすごいごっつい鎧を着た男が出てきた。
全員中肉中背だと思っていたけど、どうやらあの衣装、体型を変化させる効果があるみたいね。
「ふはぁ〜っ」
とか言ってそうな感じね。
誰、あれ?
すると、ハイースが、
「あれは……もしや……」
と言った。
元絶対者アブソルーターである彼女の知り合いという事はあれも他の絶対者アブソルーターかと思った。
聞いた話じゃ、他の星の絶対者アブソルーター達と以前、王杯大会と言うオリンピックみたいなものが行われていたらしいけど、風の惑星ウェントスにエカテリーナとかいう、常識外れの絶対者アブソルーターが居て、その女の独壇場になってしまうから、行われなくなったらしいけど、以前、大会が行われていた時に知り合ったのかと思ったからね。
でも、違っていたみたいね。
王杯大会が行われていた時に知り合ったというのは合ってたけど、絶対者アブソルーターではなかったようね。
王杯大会とは絶対者アブソルーターがその力を示す場でもあったんだけど、力試しとして、他の星の猛者達も招待していてその時、招待された猛者の一人みたいね。
何でも、当時の絶対者アブソルーター数名を虐殺して、失格になって絶対者エカテリーナによってつまみ出され――もとい、追放された男らしい。
名前は、【鎧王(がいおう)】。
鎧をまとっているから着いたあだ名らしいけど、噂じゃ、余りにも強大なパワーを抑えるための鎧で、その鎧が壊れた時、本来の力を解放させると言われて居る凶悪な男みたいね。
この男の番号は22――一番大きい数字を探していたから覚えていたんだけど、果たしてこの数字、この22名の中で最強なのか、最弱なのか、あるいは番号は関係ないのか?
何にしてもレギュラーの一人であることに変わりないようね。
あ、他の奴、19番に注意されたみたいね。
さしずめ、むやみやたらにフードを取るなってところね。
あ、暴れた。
手のつけられない暴れん坊ってところかしらね。
あ、20番に押さえつけられた。
どうやら、【鎧王】って男が一番小者のようね。
だとすると、他の21名は【鎧王】以上の実力者だって事が考えられるわね。
でもこれではっきりした。
ゲーラチーム――そんなに簡単には勝たせてもらえないかも知れない実力者がいるって事はわかったわ。
【鎧王】以外がフードを取らない以上、他の21名がどんな奴らかはわからない。
これ以上見ても成果は得られないようね。
それはハザード様も理解したのか、千里眼の大目玉を引っ込めた。
ゲーラチームは何となくわかったけど、他のチームはどうなっているのかしらね?
【ファイシャ】は部下とかいっぱい居そうだけど、ジェンドやニアマリアは基本的に一人だろうし、敵がチームで来る以上、仲間を見つけないと苦しいんじゃないかしら?
だとするとどうなるのかしら?
それに、まだ、他の抜界から来る王獣の力を得た存在がはっきりしない。
どんな奴がその資格を得たのか?
それが、わからない。
ゲーラの場合は【魔女ナァニ】からの情報があったから調べられたけど、他の存在は今のところ、情報が全くないのよね、これが。
戦いはゲーラを倒せば終わりって訳じゃ無いから、ゲーラを倒した後の事も考えないといけない。
今は目の前の敵に集中した方が良いのかも知れないけど、ゲーラチームを撃破した後すぐに連戦にならないとも限らないし、相手になるチームの事はある程度把握したいところよね。
【魔女ナァニ】に聞いて見るか?
いや、駄目ね。
話してくれるとはとても思えない。
ゲーラからのちょっかいがあったから、今回は特別にゲーラの顔を見せてもらってそれでようやく千里眼で探り出す事が出来ただけの事。
姑息なゲーラの事だから、何らかの方法で私達の情報を得ていたのだろうけど、それは例外。
基本的には話してくれないというのが暗黙のルール。
同じ抜界に居たという事で、どうせわかるからという事で、【ファイシャ】、ニアマリア、ジェンドが参加するという情報も得られただけ儲けものと思わないとね。
私達による、ゲーラチームの戦力分析はこうして終わった。
04 ウルトラ賢者ユーモア
翌朝、導造君を訪ねて【通界者】が一人訪れた。
この【通界者】が誰という事は問題ではない。
問題はこの【通界者】が持ってきた挑戦状だ。
差出人は【アノン・マナリーゼ・メロディア】からのものだ。
つまりはゲーラからのものだ。
あの女この後に及んでまだお花ちゃんのふりを続けるつもりか。
勝負は明後日との事だった。
後、問題がもう一つ。
【通界者】がもう一人、誰かを連れて来ていたのだ。
誰?このじーさん。
【通界者】は言う。
「君たちとの戦いを彼に見学させて欲しい」
と。
じーさんは、
「わしゃ、ユーモアというものじゃ。5番の王獣クテペンと契約させてもらっとる。見ての通り老いぼれじゃ。じゃが、王獣戦に出ねばならん。年寄りには酷な話しじゃと思わなんか?」
と言った。
じーさんの名前がユーモアだというのはわかったけど、王獣の力を得ている正体不明の存在に見学を許せと言われて、はいそうですかと答えられる訳ないでしょ。
導造君が、
「あの……悪いんですけど、僕たちのライバルになるなら……」
と断ろうと言う姿勢を示す。
だけど、ユーモアは条件を提示してきた。
「何もただでとは言わんよ。わしゃ、こう見えてもウルトラ賢者と呼ばれておってのう。クアンスティータ学に精通しておる。見学させてくれたら、クアンスティータ学の情報をお教えしよう。ためになると思うがのぅ」
と言ってきた。
クアンスティータ学と言えば、お花ちゃんが勉強していた超難(ちょうむず)い学問の事だ。
クアンスティータを中心とした学問で、クアンスティータを理解するための研究を元に発展させた学問で、決してクアンスティータを理解することは出来ないが、新しい発見がどんどん出てくるので、学問として成立したものだ。
はっきり言って私達のレベルじゃ全くわからない領域ね。
わからない私達のために、エテレイン様が追加で説明してくれた。
クアンスティータ学というのは全宇宙最高学部の究極学(きゅうきょくがく)――大学とかより、遙か上の学部の事ね。
その究極学を研究している究学生(きゅうがくせい)達が主に研究しているらしい。
それはIQ300であるお花ちゃんさえ入れない学校らしい。
現界の頭脳の頂点とされているらしい。
その究学生の中でもトップ10に入る頭脳の持ち主をQトップと呼ぶらしいんだけど、ウルトラ賢者というのはそのQトップをもしのぐ知識の持ち主とされているらしい。
つまり、超がいくつもつくようなレアな頭脳の持ち主って事になる。
そのあらゆる事に精通しているとされているウルトラ賢者がこのユーモアというじーさんらしい。
クアンスティータ学を理解するという事は、その分だけ、他の存在を凌駕するという事で、その情報は数多の存在がのどから手が出るほど欲しがっているというものらしい――よくわかんないけどね。
その説明でクアンスティータ学が凄いというのは何となくだけわかったけど、だとするとこのじーさん、とんでもない強敵じゃない。
そんなじーさんに、情報なんて渡したく無いわよ。
冗談じゃ無いわ。
断って導造君。
――って、悩んでいる。
そこ、悩むところじゃないでしょ?
クアンスティータ学の情報は確かに魅力的かも知れないけど、このじーさんとも戦わなければならないかも知れないのよ。
【聖女】並に警戒する相手でしょうが。
あ……了承した。
馬鹿なのあなた?
私は、
「……なんで、了承しちゃったのよ……」
と消え入りそうな声で言った。
しばらくかっこいいところばかり見てきたから忘れてたけど、導造君は基本的にお馬鹿さんだったんだ。
だから、ブリジットにもよくだまされていたし、悪女がよく、カモとして導造君にまとわりついてきていた。
こういう駆け引きが全く出来ない人だったね、君は。
クアンスティータ学の知識を得たら確かに後々役に立つことがあるかも知れないけど、それには、このじーさんに勝てたらという条件がつくのよ。
当然、このじーさんは、自分が持っている最大の情報は教えてくれないだろうし、私達に教えてもらえるのはせいぜい少し得した気分にさせてくれるような軽いネタくらいでしょうね。
今からでも遅くないから、拒否しなさい。
って、いつの間にかあのじーさん、メモ残して消えてるし……
あぁ……見学を許しちゃった……。
どうしよう。
とにかく、今は明後日戦う事が決まったゲーラチームの事を考えるしかない。
あー心臓がドキドキする。
もう、なんなのよ。
不安しかないじゃない。
って、いつもの事か。
何が何でも強引にでも這いつくばってでも勝つしかないわね。
やってやるわよ。
やれば良いんでしょ。
導造君と一緒にいるとハラハラするわ。
こうして、また、一日が終わった。
ゲーラチームとの対戦まで後一日となる。
05 VSゲーラチーム
ゲーラチームとの対戦前に残された一日を使って、私達はできる限りの事をした。
私は当然、心核、技核、体核に出来るだけの要素を盛り込んで行ったし、他の仲間達も自分の力を上げる努力をしていた。
泣いても笑っても明日はゲーラチームがここにやってくる。
そうなると戦うしかない。
逃げることは出来ない。
逃げれば【魔女ナァニ】の逆鱗に触れる。
それだけは避けなくてはならない。
だから、戦うしかない。
敵は恐らくゲーラも含めて23名。
他にも仲間が居たみたいだけど、他の連中は烏合の衆にしか見えない。
例え200名くらい居ても倒そうと思ったら私達であれば誰でも出来るんじゃ無いかと思っている。
問題は戦い方だ。
総力戦になったら、数的不利は否めない。
どうにか、個人戦なんかに持って行けないかと私は考えている。
敵の大将は姑息な女、ゲーラ。
それを素直に了承してくれるとは到底思えない。
敵が一人だった場合は強敵でもその敵に集中すれば、なんとかなるかも知れないけど、複数の相手だった場合、集中は出来ない。
敵の能力も判明していないので、大苦戦するんじゃないかと私は思っている。
負けるつもりは全くないけどね。
明日には結果が出る。
――いかん、いかん、今はスキルアップに集中せねば。
私は努力を続けた。
という訳で今は勘弁ね。
明日に備えているんで。
翌日、決戦の日がやってきた。
もうまもなく、ゲーラチームが現れるだろう。
困ったときの神頼みみたいになっちゃったけど、どんな困難もクアンスティータと関わる事を考えれば遙かにまし。
合い言葉はクアンスティータよりはずっとまし。
この言葉を希望に変えて、私達は戦うだけよ。
まもなくして、ゲーラ達が現れた。
ゲーラは、
「私はアノン・マナリーゼ・メロディア。王獣クーフスの力を受け継ぎし者よ」
と名乗った。
それはもう良いわよ。
あんたの本名がゲーラだって事はこっちはわかってんだから。
今更お花ちゃんのそっくりさんのふりをしたってしらけるだけよ。
導造君は、
「僕の名前は芦柄 導造。王獣ルッケーサの力をもらっているらしい。出来れば、無駄な争いはしたくない。僕と貴女で戦うっていうのはどうだい?」
と言った。
なるほど、代表戦か。
大将同士が争うことで無駄な戦いを回避しようって事ね。
対して、ゲーラは、
「オッケー、そっちはあんたが出るのね。こっちは23番目に私が出るわ。それで良いわね」
と言った。
良いわけないでしょ。
何なのそのへ理屈はぁ!
つまり、そっちは、22名の切り札全てを使うって事でしょ。
そんなふざけた申し出が飲める訳ないでしょうが。
続けて、ゲーラは、
「こっちは213人の兵隊を戦わせても良いのよ。それをしないだけでもありがたいと思ってもらわないと」
と言った。
一体この女はどの口がそんな事を言うのかしら。
213人の兵隊は所詮烏合の衆じゃないの。
そんなもん戦わせたって何の戦力にもなんないわよ。
要は最大戦力で導造君一人と戦わせたいって事でしょ。
まぁ、それはユーモアのじーさんが見ているから、手の内は出来るだけ見せないようにしたいって事なんでしょうけどね。
それにしてもそっちに都合が良すぎるわよ。
そんなふざけた条件飲める訳ないでしょうが。
導造君は、
「わかった。僕が23人抜きすれば、僕のチームの勝ちなんだね」
と言った。
ちょっと、導造君、何考えてんの?
一人で戦う気?
これは王獣の代行の戦いなんだから、大将のあなたが負けたらこっちは負けになるのよ?
それわかって発言しているの?
ゲーラは、
「そういう事になるわね。そっちは兵隊を傷つけずに済んでラッキーでしょ?」
と訳のわからない理屈で押し通そうとしている。
導造君は、
「そうだね、ラッキーかも知れないね」
と言った。
本当に大丈夫なの?
心配よ、お姉さんは。
だけど、本人がやる気なら止められない。
実は導造君――ユーモアのじーさんが見学すると言った事に対してオッケーを出したので、じーさんからクアンスティータ学について教えてもらっている。
じーさんが残していったメモでね。
メモといっても、映像が出てくる特殊な紙だから本人が居なくてもちゃんと教えてもらえたって訳。
はっきり言って、クアンスティータ学なんて、超難い学問、導造君にわかるわけないと思っていたんだけど、じーさんはなるべくわかりやすく要点だけをまとめて彼に教えこんでいた。
横で聞いていた私は半信半疑だったけど、じーさんが言っていた事が本当なら23人抜きというのは決して難しい事じゃないかも知れない。
じーさんにとっては自分の理論が証明される事を目で見て確認出来るという利点があり、導造君にとっては大幅なスキルアップとなるWin-Win(ウインウイン)な関係となるのだけど、聞いていて私はあんまり信用出来なかったっていうか――
とにかく、導造君としては、そのクアンスティータ学の応用を試してみたいというところなんでしょうけど、相手は王獣の力を持ったいけ好かない女とそれの虜になった22名の愚か者達なのよ。
ちゃんと勝てるの?
不安、不安、不安、不安なのよ、私は。
だけど時は待ってはくれない。
22番のマントをしたフードをかぶった男が姿を現す。
わかってます。
彼は【鎧王】ですね。
ちょっと前に覗かせていただきましたので。
対するは導造君――やっぱり君が出るのね。
大丈夫?
心配を余所に戦闘が始まる。
【鎧王】の特徴は強力な石化能力だ。
彼のまとう巨大な色つきの気に触れると触れた者は石に変えられてしまう。
石になったら元に戻せばなんとかなるかも知れないけど、【鎧王】はすぐに、石になった相手を破壊する。
そうやって王杯大会を追い出されたそうだ。
対する導造君はジョージ神父が仕送りしてくれたアイテムを取り出した。
アイテムの名前は、鎧着(がいぎ)という服だ。
鎧着は、服の上に鎧のイラストを描いたものだけど、これを着用すると鎧を着ているのと同等の防御力を強化出来るというものだ。
はっきり言ってしまえば、今の段階でそれほど役に立つアイテムとも思えない。
事態はクアンスティータの誕生がきっかけで周りのレベルも跳ね上がっている。
クアンスティータから逃げてきたこの抜界においても例外じゃない。
敵は今まで相手にしてきた絶対者アブソルーター達よりも上位種が出てきている。
それを相手にジョージ神父から送られて来たアイテムではいささか頼りない。
だけど、その使い道の無いアイテムに導造君はクアンスティータ学の知識を応用してパワーアップすると言う。
クアンスティータ学と言っても応用は千変万化、多種多様いろいろある。
その中でも私達にわかりやすい、能力浸透度(のうりょくしんとうど)と能力浸透耐久度(のうりょくしんとうたいきゅうど)について、ユーモアのじーさんは解説してくれた。
簡単に言えば、能力浸透度とは能力の強さで、能力浸透耐久度は能力に耐える力の強さを指す。
よく、不死身を例に挙げて説明され、例えば、能力浸透耐久度が2の不死身の存在は能力浸透度が1のナイフでは傷一つ、つけられず、能力浸透度が2のナイフでは不死身の存在もナイフも傷つき(あるいはどちらも効果がないか)、能力浸透度が3以上のナイフでは不死身の存在を殺せるというものだ。
そこまでは私達もこれまでの戦いで学んで知っていた。
ユーモアのじーさんはそこから先を教えてくれた。
つまり、敵の能力浸透度と能力浸透耐久度を下げ、自分の能力浸透度と能力浸透耐久度を上げる方法だ。
今までは能力浸透度と能力浸透耐久度は例外を除き、固定だと思っていたから、能力浸透度や能力浸透耐久度の高い相手には勝てないと思っていた。
だけど、能力浸透度や能力浸透耐久度が上下するのであれば、人間であるが故にこの二つが低い、私達にも威力の強い能力というのが得られるという事になる。
これがわかるかわからないかでずいぶん、戦い方が違ってくるのだ。
恐らく、導造君はこの【鎧王】戦で、それを確かめようとしているんだろう。
だけど、本当に大丈夫なの?
クアンスティータ学はクアンスティータの力じゃないのよ?
あくまでもクアンスティータを理解しようとして、いろいろ試してそれが学問に発展しただけのもの。
クアンスティータの力に比べたら全然信用出来ないのよ。
失敗したら石になっちゃうのよ。
その事だけはわかって欲しいわね。
間合いを取りつつ、じりじりと【鎧王】が導造君に近づいてくる。
【鎧王】の色つきの気を導造君に触れさせようというつもりでしょうね。
対する導造君は、鎧着を着て少しずつ近づいている。
彼もまた【鎧王】の出す気に触れようとしている。
目的は同じ、そっと【鎧王】の気と導造君が触れるという事だ。
導造君の鎧着は、本来、鎧の効果は持っているものの、気に対する防御能力は皆無に等しい。
鎧着の隙間から導造君の肌に【鎧王】の気が触れたが最後、彼は石にされるだろう。
間髪入れずに【鎧王】はその石になった導造君を破壊するだろうから、もしもの時は私達が助けに入らないと彼は殺されてしまう。
これはルールに反する事だから、【魔女ナァニ】の逆鱗に触れてしまうかも知れないけど、背に腹は替えられない。
とにかく、救わないといけない。
だから、私はいつでも飛び出せる準備をしていた。
他の仲間も同じ気持ちだろう。
恐らく、導造君が殺されれば、【魔女ナァニ】は私達から興味を無くす。
すると、他の王獣の力を得た者達から邪魔者として消される可能性が高い。
どちらにしても導造君の敗北は私達の全滅につながる事かも知れない。
だからこそ、この戦いは負けられない。
例え、この【鎧王】に勝ってもまだ22回戦わなければならない。
うんざりするくらいの絶望が私達を襲っている。
【うんざり】っていうところが味噌ね。
なんとなく面倒くさいという気持ちが入っている。
つまり、少し余裕があるって事ね。
って事は絶望じゃないのかも知れないわね。
面倒臭いけど、私達は負けを認めた訳じゃ無い。
勝つつもりでいる。
負けるつもりなど毛頭無いわね。
誰があのむかつく女に負けてやるもんですか。
絶対勝つ。
必ず勝つ。
何が何でも勝つ。
勝つためには何でもやる。
それが私達のチームの総意だった。
そして、いよいよ、鎧着を着た導造君が【鎧王】の気に触れる。
どうだ?――
導造君は……
石になっていない。
動いている。
やった?
やったの?
私がそう思った時、導造君は、
「すぅ……」
と一瞬息を吸い、続けて、
「はっ!」
と吐き出しながら、【鎧王】の土手っ腹に強烈な一撃を与えた。
ユーモアのじーさんから導造君が聞いた能力浸透度と能力浸透耐久度を変化させる方法はいくつかあったけど、その中でも一番簡単で、本当にそれだけで良いの?と正直疑ってしまうような方法――イメージ変換だ。
それは、Aと言うものを見ながらBと言うものをイメージすると言った方法だ。
脳をだます事で出来るという方法らしいけど、なんでそれだけでと思ってしまったのよね。
でも、これをやるのは意外と難しい。
Aというものを見てしまったらどうしてもAというイメージが消えない。
Bというものだという風にはなかなか思えないのだ。
それをどうにかしないと能力浸透度と能力浸透耐久度を変化させる事は出来ないらしい。
じーさんに聞いた時、私もちょっとやってみたけど、出来なくて、正直、疑わしかったからやめちゃったんだけど、導造君は繰り返し練習していた。
で、結果――
倒しちゃったわね、本当に、あれだけで……
導造君は【鎧王】に対して、掌底打ち(しょうていうち)をした。
ただし、能力浸透度を極端に上げてみせて。
もちろん、AをBに思うというのは基礎でそこから、少し応用が必要なんだけど、まさか本当にあれだけで、【鎧王】を倒しちゃうとは思わなかったわ。
私も後で覚えようかしら……
ともかく、初戦は導造君の勝ちって事になるわね。
後、22名。
まだまだいるなぁ……
とにかく、次以降も見てみよう。
さっきの戦い――ちょっとは信用しても良いかなと思える勝利だったわね。
ゲーラは悔しがり、
「何をしているの。次よ、次行きなさい」
と言った。
ざまぁみろってのよ。
ふざけた事ばかりやっているからこうなるのよ。
ゲーラに指名されて、21番のマントをした者がフードを取り正体を現す。
導造君。
第二戦もがんばってね。
初戦の疲労は無いし、これも大丈夫でしょ?
06 導造の快進撃
導造君の次なる相手の名前は、ちょっと省かせてもらうわね。
名前を名乗ったみたいなんだけど、その次とその次とその次――つまり、21番のマントから18番のマントまでの奴なんだけど、私の目には全部同じに見えたのよね。
正直、どいつがどの名前だったかよく覚えていないって訳。
ハザード様の千里眼によると、どいつかが【鎧王】を押さえ込んでいたけど、正直、もう記憶にさえ残って無いわね。
実際に戦っていた時に言えば良かったんだけど、4名が4名とも訳のわからないうんちくを述べていて、理解出来なかったので、それで名前とか覚えるの忘れちゃったのよね。
私の目にはどれも錬金術か陰陽道みたいなやつをやっていたように見えたんだけど、ゲーラに言わせると違うらしいのよ。
何でも四大方術というのがあって、えーと、相性が良く無いとかの理由で一つのチームに四大方術師が揃う事は無いらしく、それが、21番から18番までで揃っていてコンプリート出来ているのが凄いとかなんとか自慢していたけど、私達が聞きたい情報はあの女は話さないから、その四大方術とかがわからない私達にとっては何の事だか、さっぱりなのよ。
理解出来たところまで考えると、対戦相手の相性として、四大方術師っていうのは質が全く違うために、必ずどこかに苦手とする相性の持ち主がいるはずだっていうんだけど、導造君は淡々と相手して全員倒しちゃったのよね――4名とも。
これもユーモアのじーさんに聞いたクアンスティータ学の応用なんだけど、全ての属性に対応する術式というのがあるらしく、それを用いて導造君は四大方術師に対抗したらしいのよね。
敵の油断っていうのもあると思うんだけど、ユーモアのじーさんは、敵の誤認を誘う方法っていうのを導造君に教えていたの。
それは、【鎧王】戦の時の応用なんだけど、別の属性の衣みたいなのを何重かにまとう事によって、敵が誤認しやすいんだと言っていたわね。
敵は相手が別の属性の衣をまとっているのを看破すると、安心してそれ以上探ろうとする者はほとんど居ない。
なので、あらかじめ敵に看破される事を見越して、何重にも嘘の属性の衣をまとうという方法で、答えを言ってしまえばなんてことはない戦闘術の応用で、パワーアップとは全く関係無く、導造君でも敵を欺く事が出来るというもの。
敵の敗因としては、方術師であるが故に自身の看破能力を過信しすぎたために、実際とは違う導造君の属性が内側にあるのに驚き、それぞれ、自滅して行ったというところね。
導造君の勝ち方としてはそういうところなんだけど、敵の能力については先ほども言ったように私の目からみたらどれも一緒。
術の内面から見れば全く違うのでしょうけど、見た目はほぼ一緒。
だから印象に残らなかった。
でも、ハザード様に聞いたところによると、これは、クアンスティータも持っている力だというから驚きだった。
クアンスティータの場合は能力が封じられたとすると能力以外の力でその能力と同じ効果を持たせる事が出来るらしい。
それも無数のバリエーションで。
つまり、能力の分類ではない力も使えるという事らしいけど……そっちの方は確かに凄いけど、方術師達の方は別でしょ。
クアンスティータの様に無数のバリエーションを持っているんじゃなくて、同じように見える攻撃を4名で4パターン持っていたってだけの話でしょ。
クアンスティータと比べたらクアンスティータが怒るんじゃ無いの?
クアンスティータじゃないけど、クアンスティータと一緒にしないでと言いたいわね。
まぁ、よくわからない方術師との戦いはこれくらいにさせてもらって次は17番のマントのやつね。
見ているとだんだんゲーラの奴がいらついて来ているのがよくわかるわね。
まぁ無理も無いけどね。
絶対有利の状況だったのに、導造君にあっさり5人抜きされているわけだからね。
5人選抜だったらもう決着がついているところよね。
ゲーラは、
「私に恥をかかせないでよね」
と言った。
17番の男は、
「お任せくださいカノン様……」
と言った。
その男、しっかりとお花ちゃんの名前言っているじゃない。
もう、そっくりさんで済む段階じゃないわよ。
しっかり仲間をだましているじゃない。
そいつはお花ちゃんじゃないって言ってやろうかしら。
まぁ、その女が偽物だと証明する事は今のところ出来ないけどね。
その言葉を聞いて導造君がむっとした。
お花ちゃん大好きの彼にとってはお花ちゃんの名前に従っている男をだましているゲーラが許せないっていうところかしらね。
その気持ちは大将戦まで取っておいてもらって、今は目の前の17番のマントの男に集中してね。
気持ちはわかるけど。
17番のマントの男の名前は【ザット】――今度は覚えていたわ。
【ザット】の能力は肉体強化。
体を状況に合わせて堅くしたり柔らかくしたりして、戦うタイプ、つまり、戦士タイプね。
こういう肉だるまの相手は正直、導造君は苦手としていた。
パワーで押し切る相手だとどうしても非力な彼は気後れしてしまう。
こういう相手は彼の義兄、芦柄 琴太(あしがら きんた)君があっているんだけどね。
肉体派の彼ならば真っ向勝負でぶつかっていくでしょうね。
こういう体力馬鹿を相手にする時は、ウィークポイントを狙って一気に勝負をかけた方が得策ね。
体力勝負に持って行かれると導造君だと、スタミナの心配が出てくる。
17番って事はこの他にゲーラも入れて17名と戦わなければならないから、体力が削られるのは避けた方が良い。
ただでさえ連戦なんだからね。
【ザット】は、
「いくぞ、おらぁ〜っ」
とかけ声をあげて、猛攻撃をしかける。
力任せにぶんぶん体を振り回し、肉弾戦に持って行こうとしている。
導造君はもちろん、そんな誘いには乗らない。
敵の土俵で戦う必要はない。
自分のペースに巻き込んで冷静に対処すれば、導造君にも十分勝機はある――って言っている内に勝負はついたみたいね。
【鎧王】の時と同じく掌底を相手の腹に決めたみたい。
導造君曰く、これにもクアンスティータ学が生きているらしい。
敵の攻撃を見極める力っていうのかしらね?
敵の特徴から敵の行動を予想して、あらかじめ、敵の死角に入って攻撃を微妙に避けるという方法みたいだけど、もしそれが出来るってんならちょっと凄いんじゃない、導造君。
ユーモアのじーさんの事を【お師匠様】と呼んでいたけど、確かにこれまでの勝利はユーモア様々なところがあるわね。
じーさんにクアンスティータ学の応用を聞いていなかったら、きっともっと苦戦している。
増して、連戦なんて出来なかったと思うわ。
だけど、わかって居る?
あのじーさん、いずれ敵として君と戦う事になるかも知れないのよ。
クアンスティータ学の本家本元のじーさんはかなりの強敵になるって事は簡単に想像がつくでしょ?
あなたの有利がそのままユーモアの戦力となっているのよ。
私は、導造君がゲーラチームに対し、余裕を持って戦えば戦うほど、ユーモアのじーさんが怖くなっていた。
いずれはこの戦術が敵に回るのかと思うと末恐ろしい感じがした。
クアンスティータ学はクアンスティータの力じゃ無い――それはわかっているけど、やっぱり、クアンスティータを研究する学問だけあって、ただの学問じゃなかった。
クアンスティータ学の神髄ってやつを見せられたら、私達は全滅するのではないかと一瞬悪夢を見た気がした。
導造君の快進撃は続く。
続く16番のマントを羽織った男の名前は、【ソルダ】。
【ソルダ】は武闘家だ。
様々な武術を会得している達人のようだ。
クアンスティータ学による相手の死角を見つけて動く動きにも対応している。
つまり、【ザット】よりは強敵だということになる。
導造君は、
「すうっ……」
と息を吸い、
「影香車1!」
を呼び出した。
【影香車1】は4番の王獣ルッケーサに導造君が与えられた力、【シャドウチェンジパートナー】の一つだ。
【影香車1】の攻撃を頭上に向かって解き放つ。
それは、強力なエネルギーの塊だ。
天高く攻撃が届いたところで攻撃を反転させて、導造君自身に向けて【影香車1】の攻撃を動かす。
まさか、自殺する気?
と思ったけど、それは違った。
地球風の言葉で言えば【背水の陣】かな?
死中に活を求めるとも言うかしら?
ぎりぎりのぎりぎりまで自分自身に攻撃を向ける。
当然、敵は警戒して離れるが、間合いを詰めつつ、攻撃はぎりぎりのぎりぎりまでかわさない。
敵が攻撃すれば、導造君が自身に向けた攻撃があたってしまうから攻撃出来ない。
一瞬の一瞬にも満たない見極め。
その一瞬にも満たない時にようやく避ける。
と同時に、敵を踏み台にしてその場を離れる。
踏み台にされた敵は導造君が自身に向けて放っていた攻撃をまともに受ける。
【ソルダ】は、
「く、クレイジー……なや……つ」
と言って倒れた。
確かにクレイジーだわ。
ほんのちょっとでもタイミングをずらしたらアウトって戦法だもの。
攻撃によっぽど自信がなければ出来ない方法よ。
どうなっているの導造君?
導造君は、
「なんだか、どんどん強くなっていく様な感覚だ。吟兄が持っている感覚ってこんな感覚なのかな?ちょっと近づけた気分だよ。気分がハイになっているような感覚だ」
と言った。
なんとなく、まずいかも知れないと私は思った。
気分が高揚しすぎているんだ。
クアンスティータ学の応用がうまくいきすぎて、高揚しているんだけど、自分の力量を上回る効果が出てしまってうまく、対処がとれてないんだ。
これで一度でも失敗すると大変な事になる。
なんとか彼を落ち着かせなければ。
だけど、落ち着いたら、この勢いは止まる。
どうしたら良いの?
じーさんには感謝しているけど、この時はどうすれば良いのか教えてもらっていない。
まさか、じーさん、同士討ちを狙って?
いや、考えすぎか?
でも、わかんない。
とにかく不安が止まらないわ。
どうすれば良いの?
だけど、敵は待ってはくれない。
次の15番のマントの戦士が前に出てきた。
優勢だけどピンチ。
そんな不安が私を支配してきた。
続く。
登場キャラクター説明
001 芦柄 導造(あしがら どうぞう)
001 芦柄 導造(あしがら どうぞう)
イグニス編の主人公。
芦柄三兄弟の末っ子で、出涸らしの三男と呼ばれるヘタレな少年だった。
気弱な状態を作り出していた【ファイシャ】が身体から抜け出て兄二人に近い勇気を持てる様になった。
ルフォスの宇宙世界で【見えないトリガー】という異能力を身につける。
また、音が届く範囲での瞬間移動を可能としている。
スキルアップを果たしているが、【抜界】での更なるスキルアップを求められる。
影に気を送り共に戦うパートナーを影召喚する【シャドウチェンジパートナー】という力を身につけるがそれが王獣(のけもの/能獣)による力だとされている。
力を貸しているのは4番の王獣ルッケーサと言われて居る。
また、ウルトラ賢者ユーモアによりクアンスティータ学を応用した戦術を学ぶ事になる。
002 南条 朱理(なんじょう しゅり)
イグニス編の語り部。
導造(どうぞう)のパーティーに参加するも彼の暴走で、いきなり、支配者のジェンドに挑み、仲間とはぐれてしまう。
その後は導造と行動を共にするが、彼が次々と怪しい女性を仲間にしていくのに手を焼いている。
吟侍(ぎんじ)の心臓、ルフォスの世界で修行を積み、その世界で三つのコアを集めて聖獣朱雀を創造し、自らの力とする。
また、4種類ずつの心核、技核、体核に要素をためて、新たな怪物の力を得ようとしている。
003 ハイース・ガメオファルア(元ヘスティア)
仲間とはぐれた導造(どうぞう)達の前に現れた謎の女性だったが、正体は元、イグニスの支配者ジェンドの妻であることが判明した。
自らも上位絶対者だったが、【抜界】に来たことで化獣からの加護が絶たれてしまい、早急な対処を必要とする。
イグニス編のヒロイン。
絶対者としての因子が【通界者(つうかいしゃ)】としての因子と同じ事がわかり、【通界】能力を得る。
これは、他の抜界から存在を連れて来て交渉する力。
004 ブリジット・コルラード
導造(どうぞう)がセカンド・アースに居た頃から、彼を【カモネギ君】として利用してきた悪女。
イグニス編のヒロイン。
何度も騙される導造はお気に入り。
導造達とは別の国ニックイニシャル帝国出身で、別のパーティーを組んでイグニスまで来ていたが、仲間とはぐれてしまっている。
【アイテムラバー】というアイテムと恋人関係のような状態になり助けてもらうという特殊能力を持つ。
切り札の【今日のガチャ】という一日一度しか使えないアイテムを使い、【ミクロコスモスプレー】という小さいミクロ状の宇宙空間の霧を吹く道具を得る。
これは敵に触れたとたんに急膨張して敵を引き裂くという強力なアイテム。
005 クリスティナ・ラート
魔薬アブソルートを飲んでしまった特殊絶対者の少女。
イグニス編のヒロイン。
元人間で、死にたがっている。
が、アブソルートの影響で死ねない。
導造(どうぞう)の事を気に入り、一緒に死のうとする。
神御、悪空魔、化獣の加護を得ていたが、【抜界】に来たことでその加護の供給が途絶えてしまう。
絶対者としての因子が【通界者(つうかいしゃ)】の【通界】因子と全く同じ事に気づき、他の抜界から存在を引っ張って来て交渉して味方とする力を得る。
006 エテレイン
イグニス編のヒロイン。
女神御(めがみ)の一柱でドジである。
火の姫巫女、ビアナに間違えた神託をした。
本来、最強の化獣、クアンスティータ誕生を防ぐため、自らの力を封印して、吟侍(ぎんじ)に会いに来たが、彼と導造(どうぞう)を間違えたため、吟侍の居るウェントスではなく、導造のいるイグニスに来てしまった。
力を封印しているため、星を渡る力が無くて困ってしまう。
力がろくに出せないまま、【抜界】に来てしまったことにより、現界では存在していないという事になってしまう。
007 ハザード
惑星アクアでカノンを監視していたが、クアンスティータ誕生事件でエテレインを見つけ連れ戻そうとするが、共に、抜界に引き込まれてしまった。
41柱の1柱である神御(かみ)ドクサの化身である。
普段はメロディアス王家の第四王女シンフォニアの従者をしていた。
【神御の閃光】という全方位に光のエネルギーを送り、敵味方を判別してダメージを与える力を持つ。
この力は粘着質をもっていて、一度とらえた敵に絶えずダメージを与え続ける。
回避が極めて困難な技。
他にも千里眼のような目玉を作り出す力もある。
008 魔女ナァニ
【ファイシャ】をも超える力を持つ存在。
神話では魔女ニナの姉と呼ばれている。
存在が安定しておらず、曖昧な存在。
化獣(ばけもの)に匹敵する力を持つとされる10匹の王獣(のけもの/能獣)を産み落としたとされる。
妹の魔女ニナに強い劣等感を持っている。
他に、【聖女ネーナ】という妹が居るとされている。
009 ゲーラ(アノン・マナリーゼ・メロディア)
惑星アクアでカノンのなりすましをやっていた元、歌優(かゆう)の女。
カノンがクアンスティータに気に入られた事により、現界には居られなくなり、抜界へと逃げてきた。
アノン・マナリーゼ・メロディア(カノン・アナリーゼ・メロディアスの偽物)と名乗って部下を引き連れて3番の王獣クーフスの力を得て、抜界での覇権を目指す。
導造がカノンの知り合いだと知るや逆恨みから、導造をおとしめるような事を【魔女ナァニ】に告げるような姑息な女。
010 ウルトラ賢者ユーモア
対ゲーラ戦を見学させて欲しいと導造達に近づいて来た謎の老人。
実はクアンスティータ学の神髄を究めている凄い知能の持ち主。
クアンスティータ学はクアンスティータを知ろうとする学問でクアンスティータの力ではないが、クアンスティータの名前を使っているだけあって、その知識を得た者は大きな力を得ることになる。
5番の王獣クテペンのパートナーとなっている。