第006話 通界者(つうかいしゃ)

イグニス編006話挿絵

01 目の前の脅威


 私の名前は南条 朱理(なんじょう しゅり)――現在、仲間と共に存在しない事になってしまうという宇宙世界、抜界(ばつかい)に連れてこられている。
 連れてきたのは【死の回収者ファイシャ】――最強の化獣(ばけもの)クアンスティータを極端に恐れるその女によって連れてこられている。
 だけど、今、私達の目の前にはそれ以上の脅威とも言える存在が立ちふさがっている。
 【魔女ナァニ】――現界(げんかい)の神話において、クアンスティータを初めとするって、クアンスティータが最後なんだけど――化獣を産みだしたとされる最悪の魔女、ニナの姉とされる女だ。
 【魔女ナァニ】は【聖女ネーナ】と魔女ニナの双子の姉妹の姉と位置されるけど、それは定かじゃ無い。
 存在が曖昧なのだ。
 だから、神話が書かれている文献でも【魔女ナァニ】についてはあやふやに書かれていて、途中で存在が消えている。
 それが、抜界という宇宙世界を作っていたとしたら、何となく納得してしまうという存在だ。
 途中で消えたから存在があやふやになっているのだ。
 だけど、その【魔女ナァニ】が目の前に居る。
 正確には幻影だけど、確かに【魔女ナァニ】を名乗る女が目の前に居るのだ。
 【魔女ナァニ】は神話において、妹の魔女ニナに対して激しい対抗意識を持っていたとされている。
 なので、魔女ニナが13核の化獣を産むと知るや、自分もそれに対抗して、10匹の王獣(のけもの/能獣)を産んだとされている。
 王獣は化獣のように勢力という力こそ持たないものの、本体のパワーは化獣のそれに匹敵すると言われている。
 また、能獣とも言われるように、それぞれ、代表する特別な力を持っているとも言われている存在だ。
 私達の目の前に居るのはその王獣を産みだした母親なのだ。
 対応次第では、全ての王獣と敵対するという事も考えられる。
 それについては、うちのチームのリーダーである芦柄 導造(あしがら どうぞう)君には異論があるみたいだけれどね。
 彼が言うには、王獣も化獣と同じように一枚岩ではないだろうとの事。
 吟侍君の心臓となっているとは言え、7番の化獣ルフォスが私達の修行をつけてくれたというのもある。
 対して、1番の化獣ティアグラや8番の化獣オリウァンコは敵対していると言える。
 つまり、王獣も敵になったり味方になってくれる者が居るのではないかという事を言っていた。
 確かにその通りかも知れない。
 だが、この【魔女ナァニ】は全ての王獣の母でもある。
 母と敵対したら、王獣も全て敵に回るのでは無いかという懸念もあるのだ。


02 通界者(つうかいしゃ)


 私達がいろいろ不安に思っていたけど、結果としては一応事なきを得た。
 【魔女ナァニ】は私達をテストするという事で一旦引いてくれたのだ。
 【魔女ナァニ】が言うには導造君を気に入ってついている王獣の名前は4番のルッケーサだという。
 ジェンドには8番ミルアッラ、
 ニアマリアには1番オーフキア、
 そして、【ファイシャ】には2番のトゥエンムウングが手を貸そうという動きを見せているという。
 【ファイシャ】にも手を貸そうとしている王獣が居るとは意外だったけど、私達はそれらの他の存在に対して、王獣が手を貸す資格があるのかどうかをテストしたいとの事だった。
 そこで、出てくるのが【魔女ナァニ】の忠実なしもべとされる存在、【通界者(つうかいしゃ)】だ。
 【通界者】とは他の抜界に居る存在の通訳をするようなものだという。
 本来、他の抜界に居る存在は私達の居るこの抜界には渡ってこれないのだが、【通界者】を通してなら渡ってこれると言う。
 別の抜界の者は存在する事が出来ないが、【通界者】と共に居ればこの抜界で存在する事が出来るというものだ。
 その【通界者】は1400万名存在しているとされているらしい。
 私達が受けるテストとは、その1400万の中からランダムに選んだ10名の【通界者】が他の抜界から連れてきた存在を倒せというものだった。
 【通界者】と一口に言ってもピンからキリまであり、たった一つの存在しか【通界】――つまり他の抜界から連れてくる事が出来ない【通界者】も居れば、複数、団体の存在をいっぺんに【通界】出来る【通界者】も居る。
 また、【通界】される存在のレベルも同様にピンからキリまである。
 大した事ない存在一名を【通界】する【通界者】もいれば、
 大した事ない存在複数名を【通界】する【通界者】もいれば、
 ものすごい存在一名を【通界】する【通界者】もいれば、
 ものすごい存在複数名を【通界】する【通界者】も居る。
 大きく分ければこの4パターンになるが、一番、私達にとって良いパターンは大した事ない存在一名を【通界】する【通界者】で逆に一番都合が悪いのはものすごい存在複数名を【通界】する【通界者】という事になる。
 だが、10名も居れば、私達にとって都合の悪い【通界】をする【通界者】がいるかも知れない。
 ルールとしては、私達は【通界者】自身には手を出さない方が良いという事になる。
 【通界者】を始末したら、その【通界者】の数は無効。
 新たに1名の【通界者】が追加されるというものだ。
 どうしようも無い存在を呼び出されてしまったら、最悪、その手も使う事を視野に入れなければならない(【通界者】が死亡したら、【通界】されていた存在は元の抜界に戻る事になるらしい)が、出来るだけ戦闘回数を減らすにはやはり、用意された10名の【通界者】が連れてくる存在を倒すというのがベストだろう。
 私達の戦いは離れた場所から【魔女ナァニ】によって監視されている。
 つまり、不正は出来ない。
 私達はテストされる側。
 それを回避する自由はない。
 【ファイシャ】に続く脅威が私達にプレッシャーをかけてくる。
 まったく、どうしようもないわね。
 どうしたものか……。
 私達はまた、気分が落ち込んだ。
 私達が受けるテスト――
 それは、抜界での1日に1回、【通界者】が訪れるという。
 私達はその【通界者】が【通界】させた、1名もしくは複数名の存在を撃破する。
 それを十回繰り返し、生き残れば合格というものだ。
 【通界者】達は、ばらばらに他の抜界で活動しており、【魔女ナァニ】の呼びかけに応じて現れた先着10名までが私達の相手と言う事になる。
 あたりが来るかハズレが来るか?
 それはわからない。
 全ては運次第。
 たやすい相手しか【通界】出来ない【通界者】ばかりが、近くの抜界に居れば、そんなに大した事ない事だけど、恐ろしい存在を【通界】出来る【通界者】が居たら、負ける事は当然あり得ないとして、果たしてたった1日で倒せるかどうかが問題だ。
 別に1日で倒せとは言われていないけど、1日経てば、次の【通界者】が次の存在を【通界】させてしまうのだ。
 休む時間も考えたら当然、丸一日なんて使えない。
 とにかく、やるしかない。
 やらなければ、テストは不合格。
 私達が排除される運命が待っているのだから。
 緊張する。
 テストは明日から始まる。
 今はただ、体を休めるだけだ。
 【ファイシャ】の資格が来ない事を祈る。
 【ファイシャ】の方も王獣とのコンタクトをつけるみたいだから、私達の邪魔はしないと思うんだけどね。
 私達の邪魔をするという事はテストをする【魔女ナァニ】の意向に反するという事でもあるのだからね。
 今は休もう――
 とにかく、疲れた。
 なんだか眠い。
 お休み……


03 【通界者】が【通界】させた存在との戦い1


 私達が起きると目の前に一人の男が立って居た。
 見たことない人だ。
 誰?
 もしかして……
 私の思考が動き始めたのにあわせてその男が声をかける。
「目が覚めたかい?僕の名前はアルゴ――【通界者】と呼ばれている存在だ。君たちだろ?【ナァニ】様がテストして欲しいって存在は?僕が一番乗りでラッキーだったんじゃない?僕はたった一つの存在しか【通界】できないからね。君たち、運が良いよ」
 と言った。
 アルゴという男の話を鵜呑みには出来ない。
 たった一つの存在しか【通界】出来なくても、私達を超える力を持つ存在を【通界】出来るかも知れないんだから。
 私達は身構える。
 アルゴは、
「じゃあ、始めるよ」
 と言って両手の平を開いて、腕を左右に広げる。
 それから円弧を描く様に90度ずらす。
 右手は頭上に左手は真下に位置させる。
 それからまた、左右に腕を戻す。
 すると、それが合図だったのか、抜界のある部分に亀裂が入る。
 そして、ガラスが割れるかのように破片が飛び、中から何かが出てくる。
 どうやら、他の抜界から何かの存在を呼び出したようだ。
 それから、私達には理解出来ないような会話をその存在とする。
 これが通訳にあたる行為なのだろう。
 やがて、納得したような感じの態度を示した呼び出された存在は曖昧だった姿が晴れてその姿を現した。
 見た目は普通の男性の様に見えなくもない。
 ただし、お腹の部分を除けばだけど。
 お腹が無いのだ。
 正確には胸から上の部分と腰から下の部分を一本の棒のようなものでつなげているという状態になっている。
 その姿から見ても普通の存在とはとうてい思えなかった。
 アルゴは、
「彼の名前は、【マサカッサー】だよ。他の抜界に居た存在になるね。――で、どうするんだい?彼と戦う者は誰にするんだい?それとも全員でかかってくる?」
 と聞いてきた。
 どうする?
 という感じで私達が目配せをしていた時、一人、前に進み出る者が……
 クリスティナ・ラートその人だった。
 クリスティナは、
「私が出る。ダーリン……私を見ていて……」
 と言った。
 ダーリンとは導造君の事だ。
 彼女は死にたがりだけど、不死身の体を持っている。
 だけど、それは特別な絶対者アブソルーターとなっていたからだ。
 元々人間だった彼女は無理矢理薬を飲まされて絶対者となった。
 体が過剰反応し、不死身の肉体を得たと言っていた。
 今は、抜界に来た事によって、神御(かみ)、悪空魔(あくま)、化獣(ばけもの)の加護が遮断されている。
 他の絶対者アブソルーターは【ファイシャ】という新たな主を選んだが、彼女は選んでいない。
 つまり、ほとんど無力の状態だ。
 そんな彼女が出ると言うの?
 ちょっと無茶じゃ無い?
 このままじゃ本当に死んじゃうかも知れないわよ。
 止めて、導造君。
 導造君は、
「やれるのかい?」
 と言った。
 違うでしょ。
 止めるとこでしょ、今は。
 クリスティナは、
「うん……やれる……」
 と根拠の無い自信で答える。
 わかって無い。
 わかって無いよ、お二人さん。
 今は、クリスティナの力はほとんど無いと言っても良いのよ。
 ここに来て戦いの経験から多少、力を得たけど、それでも【ファイシャ】の置き土産として得ていた分裂能力も敵対した事によって不死の能力同様にどんどん弱まっていっていたじゃない。
 彼女はよわっていっているのよ。
 いたわるべき存在になりつつあるのよ。
 導造君、そこのところわかってる?
 導造君は、
「じゃあ、がんばって……」
 と言った。
 だ〜か〜らぁ〜違うでしょ。
 と思った私の顔は真っ赤になった。
 クリスティナは基本的に導造君の言うことしか聞かない。
 導造君じゃなきゃ止められないと思ったから期待したのに。
 と考えていたら、導造君が私に、
「彼女は何か考えがあるんだと思うよ、朱理ちゃん。信じて見よう」
 と言ってきた。
 まさか、私の考えていた事がわかったの?
 信じろって言われても……
 敵は未知数。
 クリスティナは力に不安要素満載。
 それでどうやって信じろってんのよ。
 私は不安でハラハラした。
 そうこうしている内に、クリスティナと【マサカッサー】の戦闘が始まる。
 もう止められない。
 なりゆきを見守るしかない。
 私が心配した通り、案の定クリスティナは防戦一方だった。
 【マサカッサー】は上半身と下半身の間に空いている腹のある部分からいろんな物が出てくる。
 どうやら、腹の部分が異空間とつながっているようで、そこから何か出てくるという戦闘スタイルがこの【マサカッサー】の戦闘スタイルらしい。
 びっくりするほどの力を持っている訳ではないが、それでもこれまで攻めてきていた新絶対者ネクスト・アブソルーター達よりはよっぽど強敵だ。
 やっぱり、彼女には荷が重い。
 私はそう思っていた。
 だけど、それは私の取り越し苦労だったようだ。
 攻撃を防ぎながら彼女は何かを模索している。
 私がそれに気づき始めた時、彼女は事を起こしていた。
 クリスティナは両手の平を開き、左右に大きく手を伸ばす。
 そして、90度ずらし、右腕を頭上に左腕を真下にする。
 それからまた、90度戻し、左右に手を広げた状態に戻す。
 ――そう、これは先ほど、【マサカッサー】を呼び出す時に、アルゴが取った動作だ。
 それを見よう見まねで彼女はやったのだ。
 まさか、こんな事をして同じ事が出来るはずもない――そう思っていたのだけど、さっきと同じ現象が起きる。
 抜界のある部分に亀裂が起き、やがてガラスが飛び散るように割れ、中から何かが出てくる。
 それから、クリスティナはなんだかわからない会話を話し出す。
 本当にアルゴがやっている事をなぞっている。
 クリスティナが呼び出したなんだかわからない存在は納得したように這い出て来て、姿を現す。
 姿形は上半身が胸まであって、腹の部分が無く、腰から下の下半身と上半身を棒のようなものがつないでいる姿だ。
 そう、これも【マサカッサー】とそっくりだ。
 違うのは【マサカッサー】は男性型、クリスティナが呼び出したそれは女性型くらいの違いだろうか。
 クリスティナは、
「仮契約完了、【サッカーサマー】」
 と言った。
 どういう事?
 どうやら、この女性型の生命体の名前は【サッカーサマー】らしいけど、後はなんでクリスティナが出せたのかがわからない。
 試しに私もやってみたけど、当然出来ない。
 ちょっと軽いパニック状態の私にハイースが説明してくれた。
 ハイースは、
「私もまさか……とは思っていたけど、やっぱり出来たのね……」
 と言った。
 私が、
「どういう事?」
 と聞くと、ハイースは、
「【通界者】――と言っても、私達はそこのアルゴという男しか知らないけど、彼は私達絶対者アブソルーターの持っている特殊な因子とそっくりの因子を持っているのよ。絶対者であるために必要不可欠な要素、それをあの男は持っている。絶対者アブソルーターとして、神御、悪空魔、化獣からそれぞれ加護を得るのに必要な因子というのがあって、それがあるからこそ、加護が得られるという重要なもの。抜界に来て、加護が途絶えたとしてもその因子だけは残って居る。アルゴという男が【通界】ってやつをやった時、その因子の部分が反応していたの。これは絶対者だけがわかる感覚だから、あなた方がわからないのも無理は無い。私とクリスティナさんは、絶対者の因子を持っているから、もしかしたらと思っていたんだけど、【通界】に必要な因子と加護を得るために使っていた因子は全く同じみたい……」
 と言った。
 つまり、それはクリスティナとハイースも【通界】という手段が使えるという事を意味していた。
 ただ、ハイースが言うには、通訳にあたる、呼び出した者との会話が特殊で、理解するには時間がかかりそうだとの事。
 だから、クリスティナもとりあえず、アルゴがやった通訳を真似て呼び出したため、【マサカッサー】に似ている【サッカーサマー】くらいしか呼び出せず、しかも本契約ではなく、仮契約をするしか無かったようだ。
 今回限りの仮契約。
 つまり、現状では同じ手が使えない一度きりの手段だ。
 クリスティナはこの僅かな可能性にかけていたということか。
 やるじゃん。
 【マサカッサー】と同種のタイプの【サッカーサマー】の攻撃はやはり同種。
 同種対同種の戦いだから、決着はつかないと思ったけど、どうやら、このタイプは雌の方が強いらしい。
 【サッカーサマー】が優勢となり、とどめはクリスティナが刺した。
 それを見たアルゴは、
「お見事としか言いようがないね。じゃあ、僕は退散するよ。じゃあね」
 と言って立ち去った。
 最初はどうなるかと思ったけど、どうやら一勝。
 最初のテストは合格ってところかな?
 まずは一安心ってところね。
 私は安堵のため息をついた。


04 【通界者】が【通界】させた存在との戦い2


 次の日、別の【通界者】が現れた。
 その【通界者】の名前はユーゴと言った。
 ユーゴは【腕化族(わんけぞく)】という存在を【通界】させてきた。
 この一族は腕に何かを同化させたり寄生させたりしてそれを武器として、戦う存在のようだ。
 対する私達はハイースが出るという事になった。
 昨日のクリスティナが使えたのであれば、ハイースはどうか?
 という事で彼女の【通界者】としての力が出せるかどうかを見る意味でもハイースが戦うという事になった。
 正直、彼女の夫、ジェンドとの事もあったので、メンタル面で不安が残る彼女だけど、彼女も落ち込んでいたままではいられないと覚悟を決めたようだ。
 ハイースも昨日のアルゴの動作に習って同じ動作を繰り返す。
 両手の平を開き、左右に広げ、それを90度ずらす。
 だが、慌てたのか、彼女は右手を頭上に左手を真下にするという動作では無く、反対の左手を頭上に右手を真下にする動作をしてしまった。
 途中で気づくが今更変えられない。
 動作を途中で止めたら何が起きるかわからないからだ。
 とにかく最後までやりきるしかない。
 そのまま、左右に手を戻し、動作完了。
 失敗するかも知れないと不安にかられたが、どうやら、右左の違いは別にかまわないようだ。
 アルゴやクリスティナの時と同じように、抜界に亀裂が入り、ガラスが割れるように割れ、中から何かの存在が現れる。
 そして、同じように私には理解出来ない言語で、なにやら話したかと思うと、ハイースが呼び出した存在が納得したのか這い出て来て姿を現す。
 ハイースは、
「仮契約完了。【ドゥデスカ】」
 と言った。
 左右間違えてポージングしたからか、【マサカッサー】や【サッカーサマー】とは異なる姿だった。
 その姿は、左半分の男のように見えた。
 右半分が無い存在だった。
 体の一部が見えない存在としては同じかも知れないが、印象としては【マサカッサー】や【サッカーサマー】とは別の存在に見えた。
 【ドゥデスカ】の力はちょっとあれだった。
 戦う相手の半分に寄生し、徐々にもう半分も奪っていくというグロ過ぎるものだった。
 見ていておどろおどろしい、ちょっと味方キャラとは思いたくないような存在だった。
 だけど、贅沢は言っていられない。
 【通界者】としてはまだまだ未熟なハイースやクリスティナは自由に存在を選べないのだから。
 出てきた存在ととにかく契約するしかないのだ。
 戦い方はともかくとして、勝つには勝てた。
 これで二勝。
 今日も事なきを得た。
 【魔女ナァニ】のテストが終わった時に二人(ハイースとクリスティナ)がこの【通界】の力を昇華させて行くしか無いわね。

 三日目に現れた【通界者】の名前はマーク。
 マークが【通界】させたのは、【リタップ】他数名だった。
 【リタップ】と呼ばれた男以外は名前は無い様だ。
 対する私達はブリジットが出ると言ってきた。
 【リタップ】は自身にとっての音楽、私達にとってはノイズに合わせて戦う部族みたいな戦士だ。
 対するブリジットは切り札を用意したみたいね。
 【今日のガチャ】――と呼ばれるアイテム。
 導造君を初めとしていろんな相手からアイテムを奪ってきた彼女が用意するものの中では最強クラスの力を示すかも知れないというもの。
 ただし、うまくいけばの話だけど。
 いわゆるガチャガチャのようなものなんだけど、一日一回しか使えないというもの。
 超がつくほど有効なアイテムが出てくる事もあれば、全く役立たずのガラクタが出てくる事もある。
 つまり、超ハイリスクのあるアイテムと言える。
 これを使いながら他のアイテムは使えないため、まさに賭けのアイテムになる。
 ギャンブラーね。
 彼女が出したアイテムは催涙スプレーの様なものだ。
 これが吉と出るか凶と出るかは戦って見ないとわからない。
 【リタップ】が仕掛ける。
 ノイズでリズムを取っているため、非常にとらえづらい動きをしている。
 ブリジットはスプレーを吹きかけるが如何せん、ヒットしない。
 それでも自身が出したアイテムを信じて吹きかけ続ける。
 勝負は【リタップ】優勢に見え、もう駄目だと思われたその時、このなんだかよくわからないスプレーのようなアイテムの正体がわかった。
 ブリジットが吹きかけていた霧のようなもの――それは、細かいミクロ宇宙だった。
 空中に散布し、その細かいミクロ宇宙が【リタップ】に触れた瞬間、膨張する。
 その膨張エネルギーにより、リタップは引き裂かれた。
 ガラクタかと思ったけど、とんでもないアイテムだった。
 ブリジットは、
「名付けて【ミクロコスモスプレー】!いただきました」
 と言った。
 霧状に散布して、相手が触れるのを待つだけだから、有効範囲はせまいけど、ヒットすれば致命の一撃になる強力な兵器を彼女は手にした。
 【今日のガチャ】で手に入れたアイテムは消える事は無い。
 つまり、彼女はこれから【ミクロコスモスプレー】を常備アイテムとして使用出来るのだ。
 やられた【リタップ】からはバッチのようなものが落ち、それを拾った名も無い存在が次の【リタップ】となり再度、攻撃を仕掛けて来た。
 なるほどね。
 バッチを付け替える事で、【リタップ】の複製を作っていくという事か。
 他の存在に名前が無いのは【リタップ】がやられた場合、次の【リタップ】となるからなんだ。
 だけど、【ミクロコスモスプレー】を手にしたブリジットは動揺しなかった。
 冷静に対処し、【ミクロコスモスプレー】で出した小さな宇宙の塊に【リタップ】やまだ【リタップ】になっていない存在を誘い込み、見事全滅させた。
 こうして、三日目も勝利となった。

 次の四日目から七日目は私達四聖獣の力をもつ4人が出ることになった。
 四日目は西川 虎児(にしかわ とらじ)、
 五日目は東 龍也(あずま りゅうや)、
 六日目は北島 武(きたじま たけし)、
 七日目は私、南条 朱理が戦いの舞台に立った。
 同じような戦い方の繰り返しだったから、まとめて説明させてもらうわね。
 私達に与えられた課題は四聖獣の強化等だ。
 私で言えば朱雀の力だけでは、【通界者】達が連れてくる存在に太刀打ち出来なかった。
 なので、四者四様に強化が必要だった。
 実は私達4人は7番の化獣ルフォスの所有する宇宙世界、ルフォス・ワールドで四聖獣の力を得た時、渡されていたものがあったの。
 それは、心核、技核、体核という四聖獣の元にもなった核だった。
 ルフォス・ワールドでは心を司る心核、能力を司る技核、体を司る体核の三つが合わさる事により、怪物などを生み出す事が出来る。
 核は核でも化獣の元になる核ではなく、もっと小さな核ね。
 それによって、私達は地球の神話などを参照にして四聖獣というものを作り出していたのよね。
 でも、これはあくまでも仮のイメージであり、本家本元があるとしてもそれは地球に存在しているのであって、私達の四聖獣は名前とキャラを借りただけのただのイメージの産物でもあったの。
 私達が修行中にルフォスは言っていた。
『全く力が入っていない心核と技核と体核を渡しておく。これがあれば、外の宇宙世界で材料を集めて新たな怪物を作り出し、お前達の力にすることが出来る。で?いくつ欲しい?』
 と。
 私達4人はあんまり興味もなかったので、適当に4つずつもらった。
 後で役に立つとは全然思っていなかったからね。
 まさか、後々、必要になるとは思っていなかった。
 今、思えばもっともらっておけば良かったと今更ながらに後悔したわ。
 だけど、そんな愚痴も言っていられない。
 与えられた条件でやるしかない。
 私達の手持ちの核は4セットずつ。
 つまり、4タイプの怪物を作り出してそれを自身の力とすることが出来るはずなのよね。
 自身の力不足を感じていた私達はこれまでの冒険で、全く力が入っていなかった3種類の核にせっせと要素をためていたのよ。
 そして、三種類の核を合わせて、新たなる怪物を作り出した。
 まずは1タイプ目の新怪物としてね。
 ただ、私達のイメージ不足か4人とも怪物というよりはドロドロのなんだかよくわからない存在が出てきただけなんだけど、それを新たな力として戦って勝つことが出来たの。
 私達の相手は都市伝説として現界に存在していた4つの存在だった。
 どうやら私達と同様にクアンスティータから抜界に逃げたのだろう。
 4日目は極悪夢(ごくあくむ)のオルゴールという都市伝説の元になったオルゴールだった。
 5日目は明日は別人という都市伝説。
 昨日まで親しくしていた友人が明日には全くは別人となる現象を指す。
 6日目は抜け絵回廊という都市伝説。
 様々な絵が描かれた回廊があり、それは満月の夜になると絵が一斉に抜け出て、その回廊の絵は無くなるというもの。
 真っ白になった回廊にまた、絵を描くと次の満月の夜には絵は一斉になくなるというものを言う。
 7日目の私の相手は通信モンスターという都市伝説。
 送られてくるパーツを集めて組み立てるとモンスターができるというもの。
 送り元は不明で、心の闇を実体化させる現象とされている。
 完成したモンスターは作った人間に忠実で、隙を見せると食べられてしまうという諸刃の剣のようなものとされている。
 それらの都市伝説が私達の相手となった。
 勝ったから良いようなものの、まともに戦ったらぞっとするような相手ばかりだったわ。

 8日目と9日目は我らが神御様達の出番だった。
 何も一人ずつで戦えとは言われて居ないけど、10日という事で私達は自然と1人(柱)で戦う事になっていたみたい。
 8日目のエテレイン様の相手は、破滅と絶望の記憶媒体というアイテムだった。
 これは、何であるかは不明だけど、それに記憶されている何かを呼び出すと、破滅と絶望が訪れるとされている超危険なアイテムだった。
 全てを巻き込んで自殺する事を望む絶望主義、破滅主義者にとって喉から手が出る程欲しがるという最悪のアイテムね。
 破滅と絶望の記憶媒体に記憶されていると言われている幻の怪物が居て、その名前はヴォーグェンという。
 ヴォーグェンの名前は【暴言】という言葉から発生した怪物とされている。
 それが彼女の相手だった。
 だけど、ドジっ子だけど、さすがに女神御様だけあって、私達が心配する事は無かったわね。
 新たな力を出すまでもなく今まで使っていた力だけでも十分、敵を倒す事が出来たわね。
 続く9日目はハザード様。
 彼の相手は、災厄の花瓶と呼ばれる都市伝説。
 聞いたところによると地球にも似たような伝説があってそれは、パンドラの箱と呼ばれているらしい。
 災厄の花瓶の場合は無数にあるとされ、その全てに一輪の花が生けてある。
 その花を取り除くと花瓶が割れ、中から災厄が一つ出てくるというものね。
 これの所有者が相手だったんだけど、天罰を与えて瞬殺したわね。
 これで私達が9日目も勝利した事になる。
 明日の導造君が出る戦いに勝利すれば、【魔女ナァニ】のテストに合格した事になるはず……よね?


05 【通界者】が【通界】させた存在との戦い3


 いよいよ、最終日。
 これまでなんとか一日以内に【通界者】が連れてきた存在に勝つことに成功している。
 だから、今日もと思うけど、最終日だから、今日一日で勝利する必要はない。
 とにかく勝てれば何日かかっても良いはずよね。
 後はリーダーに任せるか。
 がんばってね、導造君。
 導造君は、
「僕で最後か、緊張するなぁ〜」
 と言った。
 わかる。
 大取だもんね。
 終わりよければすべてよしという言葉があるように、この最後の戦いに全てがかかっていると言っても過言じゃない。
 今までよくてもこの最終日の戦いに負けてしまったら全てが台無しになる。
 だから、どうしようも無かったら私達も助っ人に入るつもりではいるけど、今まで一人ずつで戦っていたのに最後だけ、全員でっていうのもありなのかな?
 でも、これは導造君が4番の王獣ルッケーサの力を得るのにふさわしいかどうかを見るテストでもある。
 つまり、これまでの9日間の戦いはオマケであったとも言えるのだ。
 導造君自身の適正を見るという意味では彼一人に任せるのが良いのかも知れない。
 出来たら私達の手を借りずに勝って欲しいところよね。
 そわそわして待っている導造君を前にして私達が待っていると最後の【通界者】が現れた。
 ごくん……
 と誰かののどがなった。
 だけど、私の気持ちも同じね。
 今までの戦いを見る限り、ものすごい大物が出てきたという感じでは無かったようにも思える。
 難敵ばかりだったけど、それでも私達ががんばれば勝てるレベルの相手ばかりだった。
 次もそうとは限らない。
 最後の最後にという場合も考えられる。
 果たして最後の存在は導造君でも勝てるレベルなのか、否か。
 最後の【通界者】が口を開く。
「やぁ、私の名前はヘルツ。私が紹介するのは現界における都市伝説の一つだよ」
 と言った。
 正直、ホッとした。
 都市伝説であれば、私達が今まで相手をしてきたやつと同レベルくらいだろう。
 私達はそう考えていた。
 だけど、それは私達の大きな間違いだった。
 最後にして、最大の障害が私達の前に立ちふさがった。
 【通界者】ヘルツが紹介した都市伝説の名前は、悪女のランジェリーと呼ばれるアイテムだ。
 これは、悪女のランジェリーと呼ばれる下着を着けるとどんな聖女も悪女に変わるとされているものを指す。
 つまり、導造君の相手は下着姿の元聖女の悪女という事になる。
 下着姿――これはニアリリスの悪夢を思い出す。
 導造君はニアリリスにこっぴどくやられていたので、その時の恐怖心がどこかに残って居る。
 導造君がニアマリアとの対戦を何となく嫌がっているのもその時の恐怖がどこかに残って居るからだと私は見ている。
 正に悪夢再びという格好なのだ。
 しかも、この元聖女達も問題だ。
 【聖女ネーナ】に連なる元聖女達なのだ。
 【聖女ネーナ】は現界の神話において【魔女ナァニ】の所在が途切れた後、度々登場した。
 【聖女ネーナ】の特徴としては、他の【聖女】と呼ばれる存在を育て、その【聖女】達が偽クアンスティータ達とも戦っていたという。
 偽物とは言えあのクアンスティータと戦っていた存在なのだ。
 その歴代の【聖女】達を悪女のランジェリーで悪女化させたのが導造君の相手という事になる。
 しかもご丁寧に呼び出した元【聖女】の人数分、悪女のランジェリーは用意されている。
 正に、導造君にとっては相性も最悪なら、勝てない可能性がかなり高い相手とも言えた。
 冗談じゃ無いわ。
 こんなのが相手なら、私達が加わっても勝てるかどうかわからないじゃない。
 反則よ、こんなの……。
 王獣の力を使っても勝てないかも知れないじゃない。
 私は正式に抗議したい。
 だけど、そんな抗議も聞き入れられるはずもない。
 【通界者】ヘルツの方を倒すか?
 だけど、これは明らかに勝負を逃げた事になる。
 それを【魔女ナァニ】がどう見るか……。
 私達は決断を迫られる。
 私達の苦悩を察知したのか、導造君は、
「ありがとう、みんな。なんとか僕一人でやってみるよ」
 と言った。
 大丈夫なの?
 私は心配しか出来ないんですけど。
 勝てるビジョンが思いつかない。
 なんとか逃げ切ることしか考えられない。
 不安でたまらない。
 それでもやるって言うの?
 私は導造君を見た。
 ……やる気だ。
 彼はやる気だ。
 彼がやる気なら私達に止める権利はない。
 彼を信じて見るしか無い。
 固唾を飲んで見守る。
 敵の元【聖女】の数はざっと見、100人以上いる。
 【聖女ネーナ】の伝説に関係している【聖女】の数は少なくとも100万人以上いるはずだから、全員ではない。
 だけど、100人以上は明らかに多い。
 この数に対して導造君は一人で戦おうと言うのだろうか?
 導造君だけじゃなく、私も緊張するわ。
 導造君は、
「うまく行けば、一瞬でかたがつくかも知れないよ」
 と言った。
 力ない笑顔で言ってたけど、それがなんだか頼りない。
 頼りないのは導造君本来のキャラクターだとしても、もう少し安心させて欲しい。
 これを相手にいったい何が出来るって言うの?
 あれこれ考えている内に戦闘が始まった。
 と同時に、導造君は何かを構える。
 何をする気?
 私が見たのは100名以上居た元【聖女】の数がたった1人になった光景だった。
 導造君が出したのはやはり新技【シャドウチェンジパートナー】だった。
 とてもじゃないけど、【見えないトリガー】あたりじゃ相手にならない。
 だからそれは当然としても、彼が出したのは【影角行】だった。
 飛車角と言えば、将棋の駒では最強とされる2駒だ。
 その一つ、【角行】を使った事まではわかったけど、何をしたのかよくわからなかった。
 その疑問は導造君が答えてくれた。
「残念。全員と行きたかったけど、一人残っちゃったか。クアンスティータが誕生したら時空を操る力は使えないと思っていたけど、ここは抜界。時空を操る力が使えるかも知れないと思ったんだけど、やっぱり使えたね。部分的にしか出来ないけど、僕の【影角行】は時間を巻き戻す事ができるんだよ。ここは9回【通界】が行われてきた場所だからね。
時間を巻き戻せば、僕にも【通界】現象は作り出せるかも知れないと思ったんだよね。僕がやったのは巻き戻しだから、他の抜界から存在を運んでくる現象の逆。存在を別の抜界に送り返すという現象を作り出したんだよ」
 と言った。
 これは相手にじゃない。
 私達に説明してくれたんだというのはわかった。
 解説ありがとう。
 とにかく相手は元【聖女】ただ一人。
 この元【聖女】さえなんとかすれば良いんだから、勝機は見えて来た。
 さっきまでの絶望的な数ではない。
 相手はたった一人なのだ。
 【通界者】ヘルツは、
「あらら、一人になっちゃったか。でも【聖女】イライザだったね。君、出来るよね?」
 と言った。
 【聖女】イライザは、
「お任せください。私は負けません」
 と言った。
 そうだ、敵は一人になったとは言え、偽クアンスティータと戦った経験のある【聖女】なんだ。
 例え一人でもまともにやって勝てる相手ではないというのは変わりない。
 時間を巻き戻して別の抜界に送り返すという裏技はもう使えない。
 すんなり、戻されるという事はしないだろうから。
 だとすると後はどうする?
 大ピンチという事は変わりなかった。
 導造君は【影角行】を引っ込める。
 次なる一手をどう打つのか?
 再び緊張が走る。
 怖い。
 見ているだけで、怖いわ。
 戦場に立って居る導造君はどんな気持ちなのかしら?
 【聖女】イライザと対峙する導造君。
 導造君はすでに新たな気を影に送っている。
 次の駒を用意するみたいね。
 一方、【聖女】イライザの方は余裕で構えている。
 文献によると、【聖女】とは五大能力があるとされている。
 五大能力のいくつが使えるかでのその【聖女】の格がある程度決まるとされている。
 五大能力とはすなわち――
 血脈技能(けつみゃくぎのう)、
 光転翼(こうてんよく)、
 武装糸(ぶそうし)、
 超浄髪(ちょうじょうはつ)、
 清澄心(せいちょうしん)の五つ。
 血脈技能とはその【聖女】が生まれるまでの祖先全ての技能を使えるというもので、【聖女】の基礎とされている。
 光転翼は、クアンスティータに例えれば背花変(はいかへん)と呼ばれる万能細胞にあたるもの。
 光転翼は背花変の様になんでもという訳にはいかないけど、武器の様なものにはある程度変化させて使う事が出来るとされるもので、これがあるかないかで偽クアンスティータと戦えるかバックアップに回るしかないかが変わってくるという。
 武装糸は、まとまった糸状の武器で、糸の先には無数の武器につながっているという。
 これを引っ張ってあてる事により、無数の武器の攻撃がいっぺんに相手にヒットしたりする強力なもの。
 超浄髪は、超浄化作用のある髪の毛を指す。
 【聖女】の毛髪は現界においては最高の宝の一つとされており、それを示すように、最強の盾にも最強の矛にもなると言われている。
 清澄心についてはよくわかっていない。
 【聖女】の心とも心臓とも気持ちとも言われていて、これを持っている【聖女】は【聖女ネーナ】のみとされている。
 清澄心は持っていないとして、果たして、この【聖女】イライザがいくつの五大能力を持っているかが問題よね。
 少なくとも血脈技能は持っていると予想出来るけど。
 とかなんとか考えている内に戦闘は始まった。
 【聖女】イライザが突っ込んでくる。
 導造君は影に送り込んだ気を変えたらしく、まだ、気が影に渡りきっていない内に攻撃が始まってしまった。
 彼は、見えないトリガーによる攻撃で牽制する。
 だけど、見えないトリガーの弾道はだいたい読める。
 歴戦の戦士の技量も持っている【聖女】には全く通用しない。
 音の聞こえる範囲であれば、導造君は瞬間移動が出来る。
 それを駆使して、死角から見えないトリガーの攻撃を続けるけど、やはりあたらない。
 何をしているの?
 何故、【シャドウチェンジパートナー】を使わないの?
 このままじゃやられるわよ。
 そうこうしている内に導造君は【聖女】イライザに捕まった。
 そして、イライザの髪の毛も利用した固め技を決められる。
 恐らく、血脈技能の一つなのだろう。
 女のしなやかで艶やかな髪は束ねれば強力な武器にもなるという事を証明しているかのようだ。
 なんとか抜け出すも、導造君にはさらに追い打ちがかかる。
 またしても自身の髪の毛を利用した攻撃。
 さしずめ、【ヘアラリアット】と言ったところか。
 【聖女】イライザの長い髪の毛をまとめて束にして、それをぶつけるというもの。
 シンプルだけど、これは痛い。
 まともにくらっちゃった、導造君は足下がふらついている。
 危ない。
 さらに追加攻撃。
 髪の毛によるチョークスリーパー。
 導造君は苦しそうな表情を浮かべている。
 それでもまだ、【シャドウチェンジパートナー】を出さない。
 【聖女】イライザはジャーマンスープレックスを決める。
 さらにぶん投げた。
 どうやら、さっきからの攻撃はプロレスみたいな格闘技を基礎とした戦闘術のようね。
 敵の戦法はわかったけど、導造君はまた、出さない。
 何となく、影に送り込んでいる気の種類を変えているみたいね。
 【聖女】イライザを相手にするのに最も適したパートナーを出したいみたいだけど、それが決められないという状態になっている。
 しかも、【聖女】イライザは導造君を休ませず、吹っ飛ばしたりしながら体力を奪ったりダメージを与えている。
 導造君の【シャドウチェンジパートナー】は彼の影に彼の気を送る事でパートナーを召喚出来るというもの。
 吹き飛ばされると上空に体が浮かび、影が小さくなったり消えたりするから、うまく影に気を送り込めていないんだ。
 踏ん張れないと、導造君は【シャドウチェンジパートナー】の力が使えない。
 敵はそれをわかっているんだろうか?
 だから、吹き飛ばしたりしながら攻撃しているのだろうか?
 だとするとうまい!
 さすがと言うしかないわね。
 切り札である【シャドウチェンジパートナー】を使わせない戦術で戦っている。
 導造君は使わないのじゃなくて、使えないんだ。
 ここへ来て、【シャドウチェンジパートナー】の弱点の様なものがわかってしまった。
 これが広まれば、【シャドウチェンジパートナー】も多用できなくなる。
 これはまずいわね。
 そんな心配をしていた私だったけど、導造君はしっかりと考えていた。
 確かに地面に影は作れないけど、例えば手を重ねないである程度放して上下に感覚を作ればその間に影が出来る。
 つまり、太陽光などの光さえあれば、導造君の体だけを使って影は作り出せるのだ。
 【聖女】イライザの油断をついて、導造君は両手で作った影の隙間から、
「【影銀将2】」
 を呼び出した。
 【影銀将2】は【聖女】イライザが身につけていた悪女のランジェリーを切り裂いた。
 【聖女】イライザの実力は本物で、例え、血脈技能一つしか使えなかったとしても今の導造君では勝てないかも知れない。
 だから、導造君は一点集中で賭けたのだ。
 【聖女】イライザを傷つける事ではなく、彼女が着ていた悪女のランジェリーを切り裂く事に。
 一瞬、スッポンポンになった【聖女】イライザだけど、すぐに自身の光転翼を使って鎧を作り出し、それを着用した。
 【聖女】イライザは、
「ありがとう。呪縛から解き放ってくれて」
 と導造君にお礼を言った。
 悪女のランジェリーから解き放たれた【聖女】イライザは戦いを止めてくれた。
 という事はひょっとして導造君の勝ち?
 おいおい、何なのこの格好良さは?
 まるで吟侍君みたいじゃないの。
 どうしちゃったの君は?
 まるで別人みたいよ。
 凄い。
 超かっこいい。
 見違えちゃったわよ。
 【聖女】イライザが戦意喪失した事により、【通界者】ヘルツは彼女を元の抜界に戻した。
 と、同時に私達の10日目の勝利も確定する。
 やった。
 やったわ。
 【魔女ナァニ】の用意したテストに合格したわ。
 手をたたき喜び合う私達。
 そこへ、再び【魔女ナァニ】の幻影が現れた。
 【魔女ナァニ】は、
「どうやら、全くの無能という訳でもないようだ……」
 と言った。
 失礼ね。
 これでも何度も死線をくぐり抜けてきたのよ。
 無能呼ばわりされるいわれなんてないわよ。
 ――という抗議は本人には出来ないけどね。
 怒らせたら、合格が取り消しになるかも知れないからね。
 導造君は、
「これは何のテストですか?」
 と聞いた。
 確かにそうだ。
 何のテストだったのよ、これ。
 訳もわからずに、10日間にわたって敵と戦わされて。
 勝ったから合格で納得出来るわけないでしょ。
 説明して欲しいわよ。
 という私の思いに【魔女ナァニ】は一応の答えを出してくれたみたいね。
 【魔女ナァニ】は、
「近いうちに王獣同士の戦いがある。この私の後継者を決める戦いがな。親心からルッケーサが無能な者に力を貸したのではないかと少々心配だった――それだけだ。王獣は全員可愛い我が子だからな」
 と言った。
 んじゃ、我が子同士を戦わせるなよ。
 不毛だろ、そんなの。
 というツッコミは我慢しておくとする。
 この場を逃れて助かりたいからね。
 【魔女ナァニ】は冗談が通じるような相手とも思えないしね。
 私達にはさらなる新たな試練の道が用意されているのかも知れない。


続く。









登場キャラクター説明


001 芦柄 導造(あしがら どうぞう)
芦柄 導造
 イグニス編の主人公。
 芦柄三兄弟の末っ子で、出涸らしの三男と呼ばれるヘタレな少年だった。
 気弱な状態を作り出していた【ファイシャ】が身体から抜け出て兄二人に近い勇気を持てる様になった。
 ルフォスの宇宙世界で【見えないトリガー】という異能力を身につける。
 また、音が届く範囲での瞬間移動を可能としている。
 スキルアップを果たしているが、【抜界】での更なるスキルアップを求められる。
 影に気を送り共に戦うパートナーを影召喚する【シャドウチェンジパートナー】という力を身につけるがそれが王獣(のけもの/能獣)による力だとされている。
 力を貸しているのは4番の王獣ルッケーサと言われて居る。



002 南条 朱理(なんじょう しゅり)
南条朱理
 イグニス編の語り部。
 導造(どうぞう)のパーティーに参加するも彼の暴走で、いきなり、支配者のジェンドに挑み、仲間とはぐれてしまう。
 その後は導造と行動を共にするが、彼が次々と怪しい女性を仲間にしていくのに手を焼いている。
 吟侍(ぎんじ)の心臓、ルフォスの世界で修行を積み、その世界で三つのコアを集めて聖獣朱雀を創造し、自らの力とする。
 また、4種類ずつの心核、技核、体核に要素をためて、新たな怪物の力を得ようとしている。


003 ハイース・ガメオファルア(元ヘスティア)
ハイース・ガメオファルア
 仲間とはぐれた導造(どうぞう)達の前に現れた謎の女性だったが、正体は元、イグニスの支配者ジェンドの妻であることが判明した。
 自らも上位絶対者だったが、【抜界】に来たことで化獣からの加護が絶たれてしまい、早急な対処を必要とする。
 イグニス編のヒロイン。
 絶対者としての因子が【通界者(つうかいしゃ)】としての因子と同じ事がわかり、【通界】能力を得る。
 これは、他の抜界から存在を連れて来て交渉する力。


004 ブリジット・コルラード
ブリジット・コルラード
 導造(どうぞう)がセカンド・アースに居た頃から、彼を【カモネギ君】として利用してきた悪女。
 イグニス編のヒロイン。
 何度も騙される導造はお気に入り。
 導造達とは別の国ニックイニシャル帝国出身で、別のパーティーを組んでイグニスまで来ていたが、仲間とはぐれてしまっている。
 【アイテムラバー】というアイテムと恋人関係のような状態になり助けてもらうという特殊能力を持つ。
 切り札の【今日のガチャ】という一日一度しか使えないアイテムを使い、【ミクロコスモスプレー】という小さいミクロ状の宇宙空間の霧を吹く道具を得る。
 これは敵に触れたとたんに急膨張して敵を引き裂くという強力なアイテム。


005 クリスティナ・ラート
クリスティナ・ラート
 魔薬アブソルートを飲んでしまった特殊絶対者の少女。
 イグニス編のヒロイン。
 元人間で、死にたがっている。
 が、アブソルートの影響で死ねない。
 導造(どうぞう)の事を気に入り、一緒に死のうとする。
 神御、悪空魔、化獣の加護を得ていたが、【抜界】に来たことでその加護の供給が途絶えてしまう。
 絶対者としての因子が【通界者(つうかいしゃ)】の【通界】因子と全く同じ事に気づき、他の抜界から存在を引っ張って来て交渉して味方とする力を得る。


006 エテレイン
エテレイン
 イグニス編のヒロイン。
 女神御(めがみ)の一柱でドジである。
 火の姫巫女、ビアナに間違えた神託をした。
 本来、最強の化獣、クアンスティータ誕生を防ぐため、自らの力を封印して、吟侍(ぎんじ)に会いに来たが、彼と導造(どうぞう)を間違えたため、吟侍の居るウェントスではなく、導造のいるイグニスに来てしまった。
 力を封印しているため、星を渡る力が無くて困ってしまう。
 力がろくに出せないまま、【抜界】に来てしまったことにより、現界では存在していないという事になってしまう。


007 ハザード
ハザード
 惑星アクアでカノンを監視していたが、クアンスティータ誕生事件でエテレインを見つけ連れ戻そうとするが、共に、抜界に引き込まれてしまった。
 41柱の1柱である神御(かみ)ドクサの化身である。
 普段はメロディアス王家の第四王女シンフォニアの従者をしていた。
 【神御の閃光】という全方位に光のエネルギーを送り、敵味方を判別してダメージを与える力を持つ。
 この力は粘着質をもっていて、一度とらえた敵に絶えずダメージを与え続ける。
 回避が極めて困難な技。
 他にも千里眼のような目玉を作り出す力もある。


008 魔女ナァニ
魔女ナァニ
 【ファイシャ】をも超える力を持つ存在。
 神話では魔女ニナの姉と呼ばれている。
 存在が安定しておらず、曖昧な存在。
 化獣(ばけもの)に匹敵する力を持つとされる10匹の王獣(のけもの/能獣)を産み落としたとされる。
 妹の魔女ニナに強い劣等感を持っている。
 他に、【聖女ネーナ】という妹が居るとされている。


009 聖女ネーナ
聖女ネーナ
 神話において、偽クアンスティータと数々の死闘を繰り広げたとされる100万人以上いる【聖女】を率いていたとされる最高の【聖女】
 五大能力があるとされ、先祖の力全てが使える【血脈技能(けつみゃくぎのう)】、クアンスティータで言えば背花変(はいかへん)にあたる準万能細胞【光転翼(こうてんよく)】、糸の塊の先端に数々の武器がつながっており、一度に大ダメージを与える事が出来る【武装糸(ぶそうし)】、現界においては最高の宝の一つとされ、その超浄化能力により、最強の盾にも矛にもなる【超浄髪(ちょうじょうはつ)】、心臓とも心とも気持ちとも言われる【聖女】最大とされる謎の能力【清澄心(せいちょうしん)】が使える聖女は彼女だけとされる。
 他の聖女は【清澄心】以外の1つから4つの五大能力がどれだけ使えるかによって、格付けされる。