第005話 魔女ナァニ出現
01 これまでの状況
私は南条 朱理(なんじょう しゅり)、現在は仲間と共に、抜界(ばつかい)という宇宙世界に閉じ込められている。
抜界に来たという事は、元居た、現界においては存在しないという事になってしまったという事を意味しているらしい。
冗談じゃ無いわ。
必ず元の世界に戻る――と言いたいところだけど、現界にはあの最強の化獣(ばけもの)クアンスティータが生まれちゃっただろうし、怖くて戻れない。
オマケに、この抜界では、クアンスティータを恐れて逃げてきた【死の回収者ファイシャ】による支配が始まっちゃっている。
敵対していた絶対者アブソルーター達も新絶対者、ネクスト・アブソルーターという新体制で私達に牙をむいてきている。
そんな中、【ファイシャ】の配下となっていたジェンド・ガメオファルアと芦柄 導造(あしがら どうぞう)君の戦いがあった。
なんとか引き分けたけど、本気で殺そうと思ったら導造君は恐らく負けていただろう。
そんなジェンドは奥さんであるハイース・ガメオファルアが私達と行動していたという責任を負って、格下げになっていた。
上位絶対者だった彼は中位絶対者にあたるレベル3の新絶対者となっていた。
その後、【ファイシャ】の配下であることを捨てたジェンドは私達の元を去って行った。
妻であるハイースに目をくれる事もなく。
ジェンドは去ったが、レベル4になったニアマリアなどの強敵もまだ残って居る。
ニアマリアは、新絶対者の最上位であるレベル5になることを目指している。
だから、私達とは休戦状態。
というのが私達の現在の状態と言える。
ニアマリア以外の新絶対者、ネクスト・アブソルーターの襲撃に備えて、私達は準備をする必要がある。
敵は待ってはくれないのだ。
仲間を集めて相談しなくては。
02 聖女ネーナと魔女ナァニ
私は、別の場所で待っていた仲間達にこれまでの状況とジェンドが立ち去る前に発した二つの名前が気になるという事を告げた。
ジェンドは確かに言った。
【聖女ネーナ】と【魔女ナァニ】という名前を。
本家本元である最強の化獣クアンスティータとその両親、怪物ファーブラ・フィクタとその妻、魔女ニナが有名過ぎて影に隠れていたが、文献に残っている神話の伝承にはこの二つの名前も残って居る。
【聖女ネーナ】も【魔女ナァニ】も魔女ニナの姉とされる女性をさしている。
【聖女ネーナ】は魔女ニナの双子の姉とされていて、【魔女ナァニ】は単なる姉とされているので、【魔女ナァニ】、【聖女ネーナ】、魔女ニナによる三姉妹だったとも言われている。
最強最悪の魔女とされるニナとは対照的に【聖女ネーナ】は神話の後の時代、度々、偽クアンスティータと戦った聖女として何度も生まれ変わって出現していたとされている。
【聖女ネーナ】は元々、ニナの双子の妹とされていたが、それだと、双子の妹であり弟であるクアンスティータを思い起こさせるとして、反対である双子の姉という設定に作り替えられて語り継がれている存在で、実在しない架空の存在とも言われている。
魔女ニナに双子の姉妹が居たというのは眉唾ものの話であり、真偽を確かめる手段も無い事から確かめようのない真偽のはっきりしない話とされている。
対して、【魔女ナァニ】の方は【聖女ネーナ】よりは信憑性の高い話として語り継がれている。
魔女ニナの様に化獣(ばけもの)を生む力を持っていたにもかかわらず、怪物ファーブラ・フィクタはパートナーとして妹のニナを選んだとされている。
それに嫉妬した魔女ナァニは化獣に代わる存在を産み落とそうとしたが、肝心の交わるべきパートナーに恵まれなかった。
また、化獣を生み出すのに必要な核を得られなかったために、仮想生殖(かそうせいしょく)と呼ばれる仮想の子作りでいろいろ試したと言われている。
それは、生殖を行ったら、どのような存在が誕生するかを試す行為で、実際に生殖活動をする訳では無かったとされている。
精度は99.997%と言われているのでほぼ正確な子供の予想がつき、優秀な子供を残す事を優先させているカップルなどはこの仮想生殖での子供の能力が低いと判断して別れる事もあるという。
この仮想生殖を繰り返して中心玉(ちゅうしんぎょく)という化獣の核に相当するものに結論としてたどり着いた。
底知れないパワーを秘めた核が手に入らなかった魔女ナァニはその代わりとして、宝玉に特殊な強化を施した玉を作り代役とした。
それが中心玉だ。
核との違いは勢力を生み出せる力を持っているかいないかなので、パワーは化獣に匹敵するが、勢力を生み出す力は無いとされている。
その中心玉を使って生み出されたのが1番から10番までの王獣(のけもの/能獣)だ。
魔女ナァニ単独で生み出しているので、Y染色体が無く、全て女性の姿をしているとされる王獣は誕生した時、偽クアンスティータ達によって排除されたというのが私が文献でみた情報となる。
王獣の名前は確か――
1番の王獣(のけもの/能獣)オーフキア
2番の王獣(のけもの/能獣)トゥエンムウング
3番の王獣(のけもの/能獣)クーフス
4番の王獣(のけもの/能獣)ルッケーサ
5番の王獣(のけもの/能獣)クテペン
6番の王獣(のけもの/能獣)ラーフィブ
7番の王獣(のけもの/能獣)ウナイレス
8番の王獣(のけもの/能獣)ミルアッラ
9番の王獣(のけもの/能獣)トスラ
10番の王獣(のけもの/能獣)ローコナ
――だったかしら?
王獣の別名、能獣の名前が指すように王獣はそれぞれ特別な力を持っているとされている。
勢力という恐ろしさは無いにしても相手は化獣並の力を持つとされる超モンスター――ぶつからないに越したことは無いわね。
もしも、ジェンドが言っていた二つの名前がこれらを指すのであればの話だけどね。
だけど、もし、【ファイシャ】がそれを抜界に取り込んでいたら……
仲間を脅すつもりはなかったけど、化獣並の怪物が出てくるかも知れないという情報だけは共有しておいた方がよさそうだったからね。
案の定、仲間達は静まりかえったけど、それでもクアンスティータを相手にするよりは遙かにましなのは事実。
あのクアンスティータと比べても仕方ない事だけど、今は出来る事はやって、気持ちとして、どんな相手が出てきてもパニックにならないように心の準備だけはしておきたいところね。
まずは、それよりも新絶対者ネクスト・アブソルーターの方が問題ね。
当面、関わってくるだろう敵はそいつらだろうからね。
03 私達のリーダー
それにしても、相談した時の導造君の成長ぶりには目を見張るものがあったわね。
あんな意見も言えるようになったなんて関心したわ。
「ちょっと、良いかな?」(導造)
「なんやねん、導造――しょんべんなら後にせいや」(西川 虎児(にしかわ とらじ))
「違うよ。ちゃんと意見を言おうと思ったんだよ。僕は考えたんだけど、もしも、王獣っていうのが相手にいるならその中のいくつかを仲間に出来ないかなと思って」
「何を言っている?聞いていなかったのか?王獣は敵として現れるかもしれないと言っていたんだぞ」(北島 武(きたじま たけし))
「――そうかな?僕は思ったんだけど、僕達の異能力はさ、吟兄(ぎんにい/芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ))の心臓になっている7番の化獣(ばけもの)ルフォスの宇宙世界から得てきた力だよね」(導造)
「そうや、それがなんなんや?」(虎児)
「ルフォスは1番の化獣ティアグラと敵対していたって聞いた。8番の化獣オリウァンコだって、お花ちゃん(カノン・アナリーゼ・メロディアス)にちょっかいをかけてきてルフォスともめていたって聞いた事がある。つまり、化獣たちは一枚岩じゃなかったって事だよね?だったら、王獣だってそうじゃないかな?10匹も居るんだし、中には僕たちに味方してくれるやつが居てもおかしくないかもしれないと思ったんだ」(導造)
「なるほど――一理あるな、それは」(東 龍也(あずま りゅうや))
「だけど、どうやってそれを見極めるの?私達、そんな方法知らないわよ」(ブリジット・コルラード)
「話せばわかる奴がいたら交渉して見るっていうのは?」(導造)
「相手は、王獣だぞ?話している間に殺される可能性が高い」(武)
「戦う前に言い合う事って結構あるじゃない?その時にさ、なんとかならないかな?」(導造)
「賛成……」(クリスティナ・ラート)
「ありがとう。お花ちゃんは交渉でなんとかするって言っていたのを思い出したんだ。その時、僕は出来る訳ないって思ったんだけど、吟兄は【やってみろ】って言っていた。出発前のあの時、その言葉が言えなかったのが悔しかった。僕には何故あの台詞が言えなかったんだって思って落ち込んだんだ。あれが言えなかったからお花ちゃんは僕を選んでくれなかったのかな?って後悔もした。だけど、お花ちゃんのあの時思っていた事を少しでも理解したいからって訳じゃないんだけど、一度、敵かどうかわからない存在と話してみるのもありなんじゃないかな?って思ったんだ。ただそれだけ……なんだけど……」(導造)
――あの後、静まりかえったっけ。
はっきり言って、お花ちゃんの交渉でなんとかするって考えばかげてるって私は思っていた。
殺そうと思ってやってくる相手に話し合いでどうにかなるようなものじゃない。
七英雄の悪ガキ達がついて行ったみたいだけど、お花ちゃん達の行動はすぐに破綻すると思って居た。
だけど、確かに、吟侍君はお花ちゃんを信じていた顔をしていた。
恋人のお花ちゃんと別行動なのに永遠の別れになるって顔はしていなかった。
必ずまた会えるって顔をしていた。
吟侍君とお花ちゃんのそういうところには入り込めないなって思って居た。
だけど、ここにもう一人、そのばかげた行動を取ろうとしている人がいた。
敵と話す――その事がいかに勇気がいることか。
それをまさか導造君の口から聞くとは思わなかったわ。
わかって居る――、きっと吟侍君とお花ちゃんのパーティーはもっと上のレベルの相手と戦っている。
ひょっとしたらクアンスティータと戦っているかも知れない。
だけど、あの二人は引かない。
それぞれのやり方で面と向かって戦っている気がする。
それは幼なじみだからわかる感情。
ずっとあの二人を見てきたから。
憧れだったから。
届かないとわかっていても目指してきた二人だから、私達の様に抜界には逃げずに戦っているはず。
むざむざと殺されているとは思えない。
私達でさえ、ここまでやれているのだから、二人はもっと先まで進んでいる。
私達には二人の真似は出来ない。
私達には私達のリーダーがいる。
芦柄 導造という名前のリーダーが。
頼りない――ううん、今は頼りになるリーダーが。
今は彼を信じて、彼の行動に従おう。
そんな気分にさせてくれている。
ちょっと前まではヘタレだったのに、少しだけかっこいいぞ、導造君。
この相談で、聖女ネーナか王獣になら話をしてみるのもありではないかという結論になった。
04 新たな仲間ハザード(神御(かみ)ドクサ)
私達は新絶対者ネクスト・アブソルーター達の襲撃を受けていた。
それも繰り返し。
突っかかってくるのがレベル1からレベル3までの新絶対者達だった。
どいつもこいつも手柄に飢えているのか、あの手この手で向かって来た。
【ファイシャ】はよっぽど私達の事が邪魔なのか、どうやら、私達を始末した新絶対者のレベルを上げると言ってきたようだ。
餌につられた馬鹿が私達に向かってきやすいように。
だから、余計、中位から下位の新絶対者達は躍起になって向かってくる。
だけど、レベル3までならなんとか私達でも十分、対抗出来た。
こちらには女神御(めがみ)エテレイン様もいるし、十分勝てた。
そうそう、女神御と言えば、私達一行にもう一柱、神御様が加わってくれた。
その方の名前はハザード様。
ハザードっていうのが神御様の名前ではなく、人間としての名前で、お花ちゃんが女神御セラピアをその身に宿しているように、彼もドクサという名前の神御様をその身に宿す転生者のようね。
彼は、私達の故郷であるセカンド・アース――
そのセカンド・アースの大国の一つであるメロディアス王家の使いで来ている。
――そう、お花ちゃんや吟侍君と一緒に行っているおそなちゃん(ソナタ・リズム・メロディアス)の実家だ。
彼はお花ちゃん(第七王女)とおそなちゃん(第六王女)の四番目の姉にして、王位継承権が現在第一位の第四王女、シンフォニア様の従者らしい。
妹達の様子が心配になったのか、それとも監視のためか、この4連星(火の惑星イグニス、土の惑星テララ、水の惑星アクア、風の惑星ウェントス)にも来ていたらしい。
最初はお花ちゃんの様子をうかがっていたらしいんだけど、クアンスティータが誕生するという事で神御様側も忙しくなったらしく、集合がかかったらしいのよね。
その時、イグニスから動けない状態にあるエテレイン様に気づき、彼女を迎えに来たらしいんだけど、【ファイシャ】によって、私達と同じように抜界に連れてこられてしまったという訳。
つまり、巻き込まれてしまったって事ね。
エテレイン様が間違えてイグニスに来ていなかったら、巻き込まれる事も無かったんでしょうけど、不幸な方と言うしか無いわね。
クアンスティータから逃れられたという事で言えば運が良かったのかもしれないけど。
情けない理由での登場になってしまった彼だけど、エテレイン様の封印も解いてくれて、本来の神御としての力を取り戻したって訳。
二柱の神御様がついているって事で私達もだいぶ楽になった訳ね、これが。
という訳で、レベル3の新絶対者は絶対者で言えば中位絶対者にあたる存在。
中位と言えば、神御様や悪空魔が加護を与えていたレベル。
加護を与えていたそのものの存在が味方になっている今、レベル3までなら敵じゃないって事ね。
問題はレベル4とレベルMAX(5)ってことね。
この二つは上位絶対者に相当するからこれは本来、化獣が加護を与えていたクラス。
負ける事はないにしてもレベル3までの様に易々と勝てるというレベルではなくなるって事になるわね。
それと不気味なのはニアマリアね。
彼女は上を目指すと言って休戦を持ちかけていたけど、風の噂ではとっくにレベル5になっているはず。
にも関わらず、私達に戦いを挑んで来ない。
レベルMAXのはずなのに……何故?
わからないけど、今は戦って行くしかない。
そろそろ敵さんもレベル3までなら私達の相手にはならないというのが理解できているはず。
だとすれば、レベル4かレベル5の敵が現れるかも知れない。
05 レベル4の新絶対者ネクスト・アブソルーターとの戦い
予想はしていたけど、とうとうレベル4の新絶対者ネクスト・アブソルーターが刺客として現れた。
そいつの名前はカテゴリ。
そいつは、導造君との一騎打ちを申し込んできた。
レベル4であるカテゴリが導造君を倒せば、レベル5への昇進が確定するのだろうが、関係無いと言っていた。
決闘が好きというだけの存在らしい。
タイマンか……七英雄あたりが喜びそうなシチュエーションよね。
こんな戦い受けないかと思ったけど、導造君は受けた。
そして、こうして、私達が見守る中、導造君対カテゴリの戦いが始まろうとしていた。
導造君もここまでくるまでにかなり成長した。
今回の戦いで新たに身につけた力を試そうと言うことなのだろう。
導造君は、
「じゃあ、始めるけど、約束通り僕は一人で戦うよ。あなたはそれが望みなんでしょ?」
と言った。
カテゴリは、
「そうだ。俺はリーダーの首を取る事を生きがいとしている。それ以外に興味は無い。リーダーはお前なのだろう?」
と返した。
導造君は、
「一応、そういう事になっているね」
と言った。
「少し前まではとてもじゃないがリーダーには見えん男だったと聞いたが、何がお前をそこまで変えたんだ?聞いていた雰囲気と同じ男とは思えん」
「さぁね。それは【ファイシャ】に聞いたのかい?帰ったら、伝えてくれるかな?僕はお前をもう、恐れないって」
「決着は生きるか死ぬかだ。伝えたかったら、自分で伝えるんだな。もっとも、俺に勝てればの話だけどな」
「残念だよ。僕は無理に殺そうとは思わないんだけど。強くなって行けば行くほど、戦いの空しさって感じるようになっているんだよね。手当たり次第、気に入らない者をつぶそうとする【ファイシャ】って、以外に大したことないような気がしているんだよね」
「それは【ファイシャ】様が聞いたら激怒するな」
「クアンスティータから逃げているって点では僕らと大差ないからね。だったら、そんなに恐れるほどでもないかなって思うんだ」
「それ(クアンスティータ)が怖いのは全ての存在に共通する事だ」
「そうかな?もしかしたらうちの兄ちゃんは怖がらないかもよ。ってことは【ファイシャ】はうちのにいちゃんより弱いって事になるんじゃない?」
「小僧、言わせておけば……」
とカテゴリは激怒する。
よっぽど気に障ったんだろうね。
でも、本当に言う様になったね、導造君は。
私がよく覚えている君は、本当に情けない言葉しか出さなかった。
だけど、今は敵を言い負かしている。
これは、自信がなければ出来ない事だよ。
それだけ、成長したってことだね。
お姉さん、感心しちゃうよ。
おっと、そう思って居る内に、戦闘が始まった見たいね。
カテゴリが攻撃を仕掛ける。
カテゴリの力は変身。
大して珍しくも無いわね。
その場に応じて形態を変えて攻撃して来るタイプね。
基本的に近接戦闘を重視したタイプね。
特殊すぎる力でもないから、さして慌てる事もないわね。
今の導造君なら冷静に対処すれば、レベル4と言えども負けるような相手ではない。
言っている間にカウンターで導造君が倒した。
新たな力を試すまでの相手ではなかったって事ね。
と思っていたら、
「小僧、倒したと思ったか?」
と見当違いの場所からカテゴリが現れた。
下を見ると倒したはずのカテゴリの遺体はドロドロに溶けて居なくなっている。
なるほどねぇ――どうやら、本体は別の場所で安全を確保して、自分の意のままに動く人形(?)に戦わせて自分は高見の見物……と、そういう訳ね。
一対一の決闘が聞いてあきれるわ。
束になってかかってくるなとは言わないけど、それならそれで、私達も参加するだけだわ。
私は、
「じゃあ、導造君、私達も参加するってことで……」
と言ったんだけど、導造君は手で制した。
つまり、あくまでも一人でやるって事ね。
本体が作り出してきた人形を使っている以上、一対一の条件は満たしているって判断したって事かしら?
まぁ、確かに、化獣とかは勢力を力として持っているから、複数で来るなと言われてしまったら、化獣は戦えないわね。
化獣相手に一対一の概念は当てはまらない。
なら、これもありか。
私達は黙って見守る事にした。
見ていると導造君が構えている。
どうやら、新技を出すようだ。
気をためる導造君。
カテゴリその2は警戒したのかすぐには向かってこない。
所詮は頭の首目当ての単なる小者か。
たまたま、【ファイシャ】に気に入られてレベル4にはなっているけど、本来レベル4の器では無い存在に過ぎない。
【ファイシャ】は自分が気に入る気に入らないで新絶対者ネクスト・アブソルーターのレベルを決めている。
ジェンドはレベル4か5にふさわしい器量の持ち主だったけど、【ファイシャ】と敵対しているハイースの夫だという理由でレベル3に下げた。
他にも今まで挑んできたレベル3までの相手にももっと上の器量を持っている新絶対者ネクスト・アブソルーター達は居た。
居たが、【ファイシャ】に気に入られてなかったために上位レベルにはなり得なかった。
こういう事は人間の社会でも当てはまる。
上の人間の好き嫌いだけで、人事を決めているような会社は成長しない。
力のある人間がやる気を出さないからだ。
いくらがんばっても上司に取り入っているだけのろくでなしが上の立場になっていれば、やる気もそがれる。
当然、そういう会社は衰退する。
そういう意味でも人事っていうのは大切なんだ。
適材適所。
それが出来ないところは次第に衰退してくる。
【ファイシャ】の配下はそれにあたる。
だから、絶対者アブソルーターだった時よりも、新絶対者ネクスト・アブソルーターの方が脆(もろ)い。
現に、絶対者アブソルーター達には苦戦した記憶があるが、新絶対者ネクスト・アブ祖ルーター達になってからの苦戦は記憶にない。
それどころか、どんな相手と戦ったのかも定かじゃ無いくらいだ。
それだけ、印象に薄かった。
個性が無いと言うべきか。
力も【ファイシャ】に与えられている力なので、力に対しての重みがない。
あくまでも借り物のような軽さだった。
それは、このカテゴリに対しても言えること。
大した力とはどうしても思えない。
導造君も、カテゴリに対しては、あくまでも新技を試すだけの練習相手としかとらえていないようだ。
決着はすぐにつくな――私はそう思った。
導造君の新技――それは、【シャドウチェンジパートナー】という力だった。
この力は突然、目覚めた。
ある時、突然使えた力だった。
何がどうして使えたのかはわからない。
とにかく、いきなり使える様になった力なのだ。
抜界に来た事が影響したのか、それとも【ファイシャ】の置き土産だったのか?
理由はわからないけど、ある時、気づいたら使っていた。
そんな力。
【シャドウ】とつくからには影を使う力。
影を動かし、影を通じて、導造君のパートナーとなる存在を出現させる力――それが、【シャドウチェンジパートナー】という力だった。
十何種類か呼び出せるみたいだけど、実はよくわかって無いのよね――この力……。
よくわからない力を多用する訳にはいかないので、導造君はほとんど使っていなかったんだけど、カテゴリは練習相手にちょうど良いと考えて使うつもりになったみたいね。
カテゴリは変身能力こそあるけど、実は大した脅威とも思えないし、戦う体を複製して来るみたいだから、一気に倒さなければ何度も試せると考えたってとこね。
ため込んだ気のエネルギーが導造君の影に伝わり、その影にたまったエネルギーが何かを召還する。
導造君は、
「影歩兵(かげふひょう)1召還」
と言った。
決まったという感じの表情だ。
影【歩兵】――どうやら将棋の駒をネーミングにしたようね。
先日、私に地球の遊びの一つ、将棋についていろいろ聞いていたのはこういう事か。
私が教えたのは最もポピュラーな本将棋――確かに、味方の数は、歩兵(と金)9、香車(成香)2、桂馬(成桂)2、金将2、銀将(成銀)2、飛車(竜王)1、角行(竜馬)1で一致する。
王将・玉将を導造君自身ととらえれば、将棋の駒みたいな感じになる。
みんな一つずつ変身もするし、金将にあたるのが変身しないというのであれば、ぴったり将棋の駒と導造君の力は一致するという事になる。
うまい名前を探したわね。
だけど、贅沢を言わせてもらえれば、【影歩兵1】、【影歩兵2】じゃ寂しいから、【影歩兵1何々】みたいな感じにつけたらもっと良いかな?
まぁ、つけるのは能力の持ち主である導造君の自由なんだけどね。
まぁ、一度に19キャラも名前つけるのは大変だから、とりあえず【影歩兵1】でも良いか。
導造君は攻撃をしない。
本来の攻撃パターンとしては、【シャドウチェンジパートナー】と導造君が組んで攻撃するというものなんだろうけど、それだと、導造君は【シャドウチェンジパートナー】の力を確認出来ない。
だから、戦闘は【シャドウチェンジパートナー】に任せて彼自身は力の確認作業をするようだ。
カテゴリはスパーリングパートナーとして利用されているというのにも気づかずに自身の力を誇っている。
だが、それを説明してやるいわれは無い。
導造君の力の確認のため、私達は黙ってみていよう。
こうして、導造君とカテゴリの戦闘は続いたけど、導造君は、【影歩兵9】まで出したところで戦闘を止めてカテゴリを倒してしまった。
私が、
「どうして、決着つけちゃったの?まだ、半分以上残ってるでしょ?」
と聞くと、導造君は
「一度に全部は覚えられないから……」
とちょっと恥ずかしそうに言っていた。
この辺がまだ、頼りなかった頃の導造君が残っているって感じね。
ちょっと安心もするわね。
何にしてもカテゴリ撃破。
次なる敵に備えましょう。
06 ニアマリア再び
レベル4の新絶対者ネクスト・アブソルーターとの戦闘が行われるようになってしばらくして、あの女はやってきた。
ニアマリアだ。
この女もまた、成長している。
成長しているのは私達だけじゃないって事ね。
この女のレベルはMAXのレベル5。
ついに、私達と決着をつけに来たってところね。
私は、
「ついに私達とやりに来たってことね」
と言ったけど、ニアマリアは、
「それがね、事情が変わったの。今日はその事を伝えに来ただけ。戦うのはもう少し先になるわね」
と言ってきた。
導造君は、
「どういう事だい?貴女は僕らの事が憎いんじゃ無いのかい?」
と聞いた。
「最初は確かにそうだったけど、今は感謝しているわ。この先に行けるんだからね」(ニアマリア)
「何言うてんねん、レベルMAXなんやろ?打ち止めやん」(虎児)
「それがね、さらに上に行けるのよ、私、レベル6……いいえ、もはや、新絶対者ネクスト・アブソルーターでさえなくなると言うことになるかしら」(ニアマリア)
「何があるの?」(ハイース)
「ジェンド・ガメオファルアから聞いたんでしょ?王獣の事……そこまで言えばわかるかしら?いいえ、まだ無理ね」(ニアマリア)
「なんだか楽しそうね?」(朱理)
「楽しいわ。こんなにうれしい事ないもの」(ニアマリア)
「何があるか聞かせて欲しいな」(龍也)
「良いわよ。説明してあげる」
まるで、友達に良いことを話に来たかのようなニアマリアの態度だったが、私達は青ざめる事になる。
予想通り、王獣達もこの抜界に来ていたのだ。
いくら【ファイシャ】でも、10匹もの王獣に勝てる訳が無い。
そこで、【ファイシャ】は人質としてお気に入りを魔女ナァニに差し出す事にしたのだ。
それで選ばれたのがニアマリアだった。
時、同じくして、ジェンドも王獣に取り入ろうとしていたらしいが、そっちは王獣の加護を得るという形のもの。
だが、ニアマリアは王獣の一匹と同化するという道が与えられるとの話だ。
上位絶対者アブソルーターの古怪(グーグワイ)の作られた存在(オートラブドール)に過ぎなかったニアリリスはニアエヴァとなり、ニアマリアとなって、ついには王獣化の道が開けたのだ。
これは、ものすごい出世となる事を意味している。
うれしくなって自慢しに来たというところか。
嫌味な女ね。
化獣と同等のパワーを持つと言われる王獣化をすれば、ニアマリアは手が届かない存在になるかも知れない。
それこそ、私達など、瞬殺出来るほどの力を得るのだ。
だが、ニアマリアが言ったことはそれだけじゃ無かった。
導造君が突然、身につけた新たな力――【シャドウチェンジパートナー】は王獣の一匹の力そのものだと言っていた。
王獣は、別名、能獣と言われるように能力が肉体を持った存在。
そのため、王獣にはそれぞれ、代表する特別な力を持っているとされている。
導造君の【シャドウチェンジパートナー】も王獣に取り憑かれたため、得た力だと言うのだ。
全くぶったまげたわよ。
導造君、【ファイシャ】の次は王獣に取り憑かれたって事?
つくづく取り憑かれ体質だわね。
ニアマリアとしては、導造君同様に王獣の力が安定していないから、私達との戦闘を避ける。
だけど、やる気ならこの場でやっても良いと脅してきた。
私達と対峙して、それだけの自信があるって事はあの女は何かの力を隠し持っているって事になる。
私達はビビった。
ビビって、戦いを避けた。
王獣から化獣を連想し、化獣からあのクアンスティータを連想したのだ。
その時、私達は全員、体中から震えが来た。
怖かった。
本当に怖かった。
敵は王獣の力を持ったのであって、クアンスティータの力を得たわけではない。
それはわかっているんだけど、クアンスティータが生まれる時の衝撃が強すぎて、まだ、恐怖として、私達の心の奥底に残っていたのだ。
戦って成長して来てはいるけど、結局はクアンスティータから逃げてきたという事には変わりが無い。
それが、例え、【ファイシャ】に巻き込まれたんだとしても。
気持ちで私達はクアンスティータから逃げていた。
私達に【ファイシャ】の力があったなら、同じように逃げていたかも知れない。
そう思った。
ニアマリア自身には恐怖は感じられなかった。
なのに、クアンスティータの亡霊に負けた――そんな気分だった。
ニアマリアは言いたいことだけしゃべったら、また、帰って行った。
戦ってもいないのに負けた気分にさせられた。
悔しい。
マジ悔しい。
私達は敗北感を味わった。
07 レベル5の新絶対者ネクスト・アブソルーターとの戦い
敗北感を味わったけど、敵は待ってはくれない。
私達は【ファイシャ】の刺客、新絶対者ネクスト・アブソルーターの襲撃にあっていた。
どう考えても当初考えていた新絶対者の数を超えている。
どうやら、【ファイシャ】の奴、新絶対者の数を増やしているな。
だから、ニアマリアを手放しても良いと考えているのかも知れない。
ニアマリアの事も気になるけど、【ファイシャ】も勢いづけさせる訳にはいかない。
なんとか、しなくてはならない。
こっちには神御様も2柱いるんだし、一気に攻め込んだって――そう考えている矢先、とうとう、レベル5の新絶対者ネクスト・アブソルーターが現れた。
レベルMAX――とは言っても、ニアマリアはレベル6以上に相当するレベルに行くみたいだから、レベル5をレベルMAXというのもおかしな話かも知れないけど、ニアマリアは新絶対者であることを捨てるみたいな発言もしていたから、新絶対者としてのMAXはレベル5で合っているのかも知れないわね。
私達の前に現れたレベル5は一挙に3名。
名前は、オープンとシンクロ、マナー。
三名とも特技は合体変身能力のようね。
オプションとして持ってきている数十個の専用ボックス。
その専用ボックスと融合合体する事で、バリエーションのある攻撃を可能とするタイプ。
三名とも同種の能力だから、力を合わせて戦った方が有効と考えたんでしょうね。
対するこちらは、新入りのハザード様が一人で相手するみたいね。
神御様の化身に【新入り】なんて失礼な言い方かも知れないけど、私達のパーティーにとっては新参者であることには変わりない。
仲間には加わってくれたけど、まだ、彼の戦いぶりを見たかと言うと、軽い戦闘もどきこそはあったものの、本格的な戦闘は見ていない。
だから、この機会にみせてもらおうと思ったのよね。
彼が遅れたけど、自己紹介代わりに戦うと申し出てくれたというのもあるんだけど。
まさか、神御様にあんた、実力が見たいから戦って見せてとは言えないしね。
エテレイン様と同じ神御様の実力を拝見させていただきましょうか。
オープンとシンクロとマナーは三方向に散り、専用ボックスも十数個から二十数個割り振っている。
ハザード様はその中央で陣取っていて立って居るだけだ。
まだ、何もしていない。
推測するに、三名の新絶対者ネクスト・アブソルーター達の戦い方は、専用ボックスをサイコキネシスで浮かせながら、自分達の背後に位置させて、中央に居るハザード様に向けて、三方向から一直線に向かって来ながら専用ボックスで着替えの様に変身を繰り返し、どんな属性か読ませないようにして攻撃するという感じかしらね。
さしずめ、【トリプルチェンジングアタック】ってところかしらね?
そう考えていると、オープン、シンクロ、マナーの三名は、
「「「行くぞ、【トリプルチェンジングショータイム!!!】」」」
と言った。
あら、ほぼ、正解かしら?
さすがに【ショータイム】までは思いつかなかったけど、【トリプルチェンジング】までは合っていたわね。
敵の技のネーミングをあてちゃうのもあれね、私も……(汗)
三名の新絶対者ネクスト・アブソルーター達による、私の想像した通りの攻撃が中央に立って居るハザード様に向けて開始される。
なるほどね――まるで何かのショーを見ているみたいに派手な演出だわ。
なんかゴチャゴチャしているっていうか。
ちょっとよくわかんない攻撃ね。
何となくあんまり効率の良くない攻撃の様に思えるわ。
察するに、この三名は、【ファイシャ】に気に入られたので、レベル5にしてもらったって口ね。
実力で取ったレベル5じゃないわね。
パワーはレベル5としてふさわしい出力は出ているみたいだけど、技の精度がなっちゃいない。
このわやくちゃな感じ――そうね、本来はせいぜいレベル2が良いとこの力量ね。
でも、かなりというか極めてバランスが悪い攻撃をしかけているから、攻撃パターンも読みづらい。
連携もあまりとれていないから、ところどころ同士討ちをしている感じにもなっているし……
まぁ、決定打になる部分はしっかりハザード様への攻撃につながっているから攻撃として成立しているけど私なら恥ずかしくてレベル5だなんて名乗れないな……
とかなんとか戦闘を解説しちゃったりしている。
その余裕があるのはハザード様がきっちり攻撃を全て避けているからだ。
敵の攻撃を受けていたら、こんな余裕は出ない。
体捌きで言えば、達人……いえ、神業クラスと言っても良いわね。
ほんと、よくよけられるよ、あんなむちゃくちゃな攻撃を。
三名の新絶対者相手に互角以上というより、この三名では相手になっていないというのが私の目からでもはっきりとわかる。
ニアマリアの奴もこんな奴らと同レベルなのが嫌だったのだろうか?
本人はレベル5であることに全く満足していなかったみたいだし……。
ハザード様の回避能力はかなりのもの……そう私は感じた。
次は攻撃ね。
これから神御の御業(みわざ)を目撃する事になるのね。
ハザード様は、41神の1柱でもある。
エテレイン様は神御様だけど、41柱には入っていないとされている。
(されているという説もあったが)
41柱とは神話の時代、2番、3番、4番、5番、6番、8番、9番の7核の化獣を倒したとされる神御様の事を指す。
神話では41柱の神御様と42体の悪空魔の連合軍がその7核の化獣を退治したと伝えられているのだ。
お花ちゃんがその身に宿す、女神御セラピアは41柱の中でも更に七大主神に数えられるが、それは別格として――ハザード様の神御ドクサもちゃんと41柱の1柱に数えられているのだ。
エテレイン様は神御そのものだけど、ハザード様の方は宿っている神御様の質が彼女とは桁違いなのだ。
それは、その力にも期待がかかるというものね。
女神御セラピアは【癒やし】、女神御エテレインは【願い】を司るとされている。
ハザード様の神御ドクサは【栄光】を司るとされている。
果たしてどのうような高次元能力が拝めるのか、今から楽しみね。
ハザード様は右手を頭上にあげ、
「神御の閃光!」
と叫んだ。
と、同時に強烈な光がハザード様を中心に全方位に渡って広がっていく。
爆発物なんかが全方位に広まるみたいな感じね。
それもかなり大規模な。
全方位だから死角は無い。
オマケに属性を見極める意思を光が持っている。
つまり、敵味方という属性を考えれば、味方を避けて敵だけに大ダメージを与える攻撃だった。
しかも、この光――粘着力でも持っているのか、敵から光が抜けて行かない。
敵に絡まった光がどんどん、敵にダメージを加算させていく。
味方だから、良いけど、敵に回したら非常に厄介な力と言えるわね、これは。
味方になってもらえてよかった。
本当に。
三名の新絶対者達は、この【神御の閃光】により、どんどんダメージが拡大。
さすがに、一発で仕留める事は出来なかったみたいだけど、4回、5回と回数を重ねてこの【神御の閃光】を使ってついに、倒す事に成功した。
本当に反則技と言っていいんじゃない?この力……
まぁ、クアンスティータには効きそうもないけどね。
感想としては【もの凄い】というところだわね。
敵ばかりが強くなっていっても仕方ない。
こちらだって、戦力強化出来ていたって事ね。
伊達や酔狂で化獣退治をしてのけた訳じゃ無いって事よ。
頼りになるわぁ〜。
08 魔女ナァニ
ハザード様は続けて、千里眼の様な力を見せてくれた。
千里眼の様なと言ったのは、ハザード様自身だけが見るという力では無く、私達にもその映像を見せてくれるものだ。
ハザード様の作り出した大きな目玉の様なもの――その目玉の様なものを見ると私達もハザード様が覗こうとしている光景が見えるというものだ。
ハザード様が見る対象――それはもちろん、魔女ナァニ達の所在だ。
この抜界における脅威が【ファイシャ】だけですまなくなるというのはジェンドだけでなくニアマリアの口からもそう告げられている。
という事は私達は新たなる脅威、魔女ナァニについて知らなければならない。
導造君の新しい力が魔女ナァニが生み出した王獣の一匹の力によるものだとは聞かされたものの、今のところそれ以外の存在の確証は得ていない。
本当に居るのか、居ないのか?
それだけでも確認したいというのが私達の総意だ。
エテレイン様の話によると抜界というのは存在しない世界であり、抜界とされる宇宙世界はあるとすれば、それはいくつもが点在していると言っていた。
つまり、他の存在がクアンスティータを恐れて、【ファイシャ】と同じように抜界に雲隠れする道を選んだとしても、同じ抜界に行くという事はまずないというのだ。
ラジオなどに例えれば放送する周波数を合わせるようなもので、無数にある抜界同士の周波数を合わせるのはまず不可能。
あり得るとすれば、現界などから来たのでは無く、元々から存在していない、抜界に居たものが手を貸し、他の抜界と周波数をつなぎ合わせて他の抜界からひっぱって来たか、もしくは、私達と同じように【ファイシャ】の手によりこの抜界に連れ込まれたか――そのどちらかだと言う。
後者であれば、【ファイシャ】が自分のお気に入りを人質としてさしださなければならない相手をわざわざ連れ込むか?という疑問が残る。
するとあり得るのは前者である元々、存在していない者の手引きによるものだという事になる。
だとすれば誰が?
考えられるのは二つ。
一つは更に別の存在による手引き。
もう一つは、魔女ナァニ自身が元々存在していない者だと言う事だ。
魔女ナァニ自身が元々存在していないという点では少々合点がいくと言う部分が神話の中にはある。
神話の中での魔女ナァニの存在はとてもあやふやなのだ。
存在しているような存在していないような曖昧な存在で描かれているのが魔女ナァニなのだ。
だから、最悪の魔女とされる魔女ニナの姉でありながら、ある地点で存在がぶっつりと途切れた感じになっていた。
その後で、聖女ネーナの伝説が度々語られるようになったが、魔女ナァニと王獣については神話のある地点を最後に語られる事はなくなっている。
それが、もしも【ファイシャ】と同じく抜界へ入ったというのであれば合点がいくのだ。
抜界とは元々、神話の時代に魔女ニナ達から去って行くためのスポットだとすると抜界とは魔女ナァニが作った存在しない世界では無いかという事が考えられるのだ。
存在しないという事は後に誕生すると言われて恐れられていたクアンスティータとぶつかることもない。
魔女ニナに対して激しい劣等感を持っていた魔女ナァニが自身が生み出した王獣も化獣には勝てないという事実を消すために現界と相容れない宇宙世界を作り出したと考える事も出来るのだ。
もっともこれは私の推理であり、確証を得たという訳では無い。
だけど、可能性はある様な気がするのだ。
神話では王獣は化獣と同じポテンシャルがあるとされている。
だが、それは、魔女ナァニが語っていたとされており、誰もそれを証明出来ていない。
魔女ナァニはそれを証明されることを恐れた?
言うだけならただだしね。
私はその事が引っかかってきたのよね。
何にしても、本人に会ったら確認してみたいわね。
ま、そんな思惑も持ちながら私達は覗いた。
ハザード様の千里眼の様な目玉を覗く私達の目に映ったのは、一人の女。
向こうには見えないはずの隠密の力であるはずなのに、女は、
「何を見ている?」
とこっちを覗き返して来た。
ハザード様は、
「まずい……」
と言って強制的に目玉を閉じた。
だけど、遅かった。
女の幻影が私達の目の前に現れる。
女本人では無い。
ユラユラと揺らめく、幻の様な姿だ。
だが、はっきりとわかる。
この女の力は危険だ。
明らかにわかる。
この女の力は【ファイシャ】のそれを大きく上回る。
ハザード様は、
「何者だ?」
と尋ねる。
女は、
「魔女ナァニ――そう、名乗れば良いのか?」
と言ってきた。
どうやら、魔女ナァニ本人のようだ。
導造君が、
「僕には貴女の子供、王獣の力が宿っているって聞いた。それはどういう意味なのでしょうか?」
と勇気を持って話してくれた。
私達ははっきり言ってこの女の気迫に気圧(けお)されて声を出せなかった。
女――魔女ナァニは、
「――単なる戯れよ――それ以上でもそれ以下でもない」
と言った。
意味がわからない。
導造君は、
「それはどういう意味なのでしょうか?」
と言った。
どうでも良いけど、敵かも知れない相手に丁寧にしゃべってどうするのよ。
魔女ナァニは、
「お前達から僅かに妹の子供の気配がする。だから気になった。ただ、それだけだ」
と言った。
どうやら、クアンスティータか他の化獣の事を言っているんだろう。
一番可能性があるとすれば、私達が修行した7番の化獣ルフォスの存在だ。
ルフォスもまた魔女ニナの子供であるのだから。
化獣から王獣を引きはがしたがっている魔女ナァニにとっては見過ごせない相手とも言えるわね、私達って――
向こうには私達を倒す理由はある。
現時点での私達の戦力ではこの魔女ナァニと王獣に対して勝てる可能性はどう考えても全くない。
なんとかこの場をしのがなければならない。
それだけははっきりしていることだった。
どうする?
何をすればこの場を逃れられる?
全く思いつかない。
何をどうすれば、この場を逃れられるのかわからない。
思考停止。
そんな状態だった。
恐怖が考える力を麻痺させているのだ。
震えが来る。
その震えを相手に悟らせないようにするので手一杯だった。
だが、それも見透かされている。
そんな状態だ。
なすすべ無し。
神御様が2柱いても、魔女ナァニと王獣の戦力には遠く及ばない。
化獣は複数の神御と悪空魔が協力してようやく勝てたレベル。
その化獣と同等の力を持っていると言われている王獣に勝てる保証は全くない。
そもそも、王獣の方が数が多いのだ。
戦力分析をするまでもない。
絶体絶命――そんな言葉がよぎるが不思議と少し余裕がある気がする。
クアンスティータ――その全く別物の化獣の誕生を感じたという事はそれだけ感覚がおかしくなるという事かも知れない。
こんなどうしようもない状況でもクアンスティータと比べれば遙かにましと思えてしまうのが、なんとも不思議と笑えてくる。
自分達でも気づかない内に笑っていたようだ。
が、この笑いが、魔女ナァニを警戒させたようだ。
つまり、好転したという事になる。
魔女ナァニは、
「その余裕――どうやら、作り笑いではないようだ。何故だ?」
と問いかける。
導造君は、
「さ、さぁ、何故か笑いがこみ上げて来て……」
と言った。
彼も私と同じ状況のようだ。
なんとか切り抜けたいという思いが、私達全員に奇跡を生んだのかも知れない。
怖くてたまらないクアンスティータだけど、何故か、私達を助けてくれたように感じる。
クアンスティータをほんのちょっぴり味わったという余裕が、クアンスティータや他の化獣などから逃げている魔女ナァニを僅かにおびえさせる。
この笑いはやろうと思って出来たことではない。
あくまでも自然に出てきた笑いだ。
だからこそ、魔女ナァニは理解出来ず、警戒した。
彼女は恐らく、私達が心の底からおびえるのを感じたかったのだろう。
だが、私達は何故か笑った。
その事が理解出来ない。
理解しようとすると、化獣と関わるかも知れない。
だから、魔女ナァニは一歩引いた。
その警戒心に助けられた感じになっている。
とにかく、この場を逃れるんだ。
なんとかなるかも知れない。
私達は僅かな希望にすがった。
続く。
登場キャラクター説明
001 芦柄 導造(あしがら どうぞう)
イグニス編の主人公。
芦柄三兄弟の末っ子で、出涸らしの三男と呼ばれるヘタレな少年だった。
気弱な状態を作り出していた【ファイシャ】が身体から抜け出て兄二人に近い勇気を持てる様になった。
ルフォスの宇宙世界で【見えないトリガー】という異能力を身につける。
また、音が届く範囲での瞬間移動を可能としている。
スキルアップを果たしているが、【抜界】での更なるスキルアップを求められる。
影に気を送り共に戦うパートナーを影召喚する【シャドウチェンジパートナー】という力を身につけるがそれが王獣(のけもの/能獣)による力だとされている。
002 南条 朱理(なんじょう しゅり)
イグニス編の語り部。
導造(どうぞう)のパーティーに参加するも彼の暴走で、いきなり、支配者のジェンドに挑み、仲間とはぐれてしまう。
その後は導造と行動を共にするが、彼が次々と怪しい女性を仲間にしていくのに手を焼いている。
吟侍(ぎんじ)の心臓、ルフォスの世界で修行を積み、その世界で三つのコアを集めて聖獣朱雀を創造し、自らの力とする。
003 ハイース・ガメオファルア(元ヘスティア)
仲間とはぐれた導造(どうぞう)達の前に現れた謎の女性だったが、正体は元、イグニスの支配者ジェンドの妻であることが判明した。
自らも上位絶対者だったが、【抜界】に来たことで化獣からの加護が絶たれてしまい、早急な対処を必要とする。
イグニス編のヒロイン。
004 ブリジット・コルラード
導造(どうぞう)がセカンド・アースに居た頃から、彼を【カモネギ君】として利用してきた悪女。
イグニス編のヒロイン。
何度も騙される導造はお気に入り。
導造達とは別の国ニックイニシャル帝国出身で、別のパーティーを組んでイグニスまで来ていたが、仲間とはぐれてしまっている。
【アイテムラバー】というアイテムと恋人関係のような状態になり助けてもらうという特殊能力を持つ。
005 クリスティナ・ラート
魔薬アブソルートを飲んでしまった特殊絶対者の少女。
イグニス編のヒロイン。
元人間で、死にたがっている。
が、アブソルートの影響で死ねない。
導造(どうぞう)の事を気に入り、一緒に死のうとする。
神御、悪空魔、化獣の加護を得ていたが、【抜界】に来たことでその加護の供給が途絶えてしまう。
006 エテレイン
イグニス編のヒロイン。
女神御(めがみ)の一柱でドジである。
火の姫巫女、ビアナに間違えた神託をした。
本来、最強の化獣、クアンスティータ誕生を防ぐため、自らの力を封印して、吟侍(ぎんじ)に会いに来たが、彼と導造(どうぞう)を間違えたため、吟侍の居るウェントスではなく、導造のいるイグニスに来てしまった。
力を封印しているため、星を渡る力が無くて困ってしまう。
力がろくに出せないまま、【抜界】に来てしまったことにより、現界では存在していないという事になってしまう。
007 ハザード
惑星アクアでカノンを監視していたが、クアンスティータ誕生事件でエテレインを見つけ連れ戻そうとするが、共に、抜界に引き込まれてしまった。
41柱の1柱である神御(かみ)ドクサの化身である。
普段はメロディアス王家の第四王女シンフォニアの従者をしていた。
【神御の閃光】という全方位に光のエネルギーを送り、敵味方を判別してダメージを与える力を持つ。
この力は粘着質をもっていて、一度とらえた敵に絶えずダメージを与え続ける。
回避が極めて困難な技。
他にも千里眼のような目玉を作り出す力もある。
008 ファイシャ
死の回収者と呼ばれる存在。
神話の時代、死亡した存在全ての力を吸収していた存在で恐れられていたが、当時、怪物ファーブラ・フィクタに挑み敗れている。
その時、自身の力を縮小化させられてしまい、触れた者が死亡した時のみ、その力を吸収するという力になっている。
かなり弱体化してしまったが、導造の中で、少しずつ力をつけてきている。
クアンスティータを恐れている。
クアンスティータの誕生前に惑星イグニスごと【抜界】に逃げるという暴挙をした。
クアンスティータから逃げ切ったと思った彼女は神御や悪空魔、化獣の代わりに絶対者アブソルーター達に加護を与え支配者にのさばろうとしている。
009 ニアマリア
元々はニアリリスという古怪の完全支配下にある存在だったが、ニアエヴァという8番の化獣オリウァンコの加護を得る力を得てレベルアップし、今回、【ファイシャ】の加護を得て、レベル5の新絶対者ネクスト・アブソルーターとしての地位を得た。
古怪からの支配からは完全に無くなった。
更に上を目指すとして、導造達との戦闘を避けるが、強敵となりそうな予感がする程、大物感を醸し出す。
残りのニアエヴァ全てを融合させた存在だが、身体の大きかったニアエヴァよりもサイズは縮んでいるが、そのパワーはニアエヴァを足しただけとは思えない程強大になっている。
更に、王獣との契約により、更に上の力を得ようとしている。
010 ジェンド・ガメオファルア
元、惑星イグニスの支配者だった上位絶対者の男。
導造達が冒険に出る切っ掛けの人攫い事件を起こした因縁深い男でもある。
ハイースとは夫婦の仲。
【ファイシャ】による支配を受け入れ、一度はレベル3の新絶対者ネクスト・アブソルーターとして戦場に立ったが、弟分のパースの死、妻、ハイースの行動、導造との戦いを通して、自らの行動を改める事を決意し、独自に力をつけていく事を選択する。
プライドの高い男でもある。
王獣とコンタクトを取っているらしい。
011 カテゴリ
レベル4の新絶対者ネクスト・アブソルーター。
変身を得意としているのと自分の複製を作り出す力を持っている。
力量としてはレベル4にはふさわしくない。
012 魔女ナァニ
【ファイシャ】をも超える力を持つ存在。
神話では魔女ニナの姉と呼ばれている。
存在が安定しておらず、曖昧な存在。
化獣(ばけもの)に匹敵する力を持つとされる10匹の王獣(のけもの/能獣)を産み落としたとされる。
妹の魔女ニナに強い劣等感を持っている。
他に、【聖女ネーナ】という妹が居るとされている。