第004話 抜界(ばつかい)へ

イグニス編004話挿絵

01 抜界(ばつかい)へ……


 私の名前は南条 朱理(なんじょう しゅり)。
 ちょっと前に起きた現象でちょっとビビってる。
 私の身体が分解したのだ。
 細胞の隅々までが一度分解し、ブレた後、また、戻った。
 そんな感じがした。
 まさか、クアンスティータが誕生した?
 とは思ったのだけれど、女神御(めがみ)エテレイン様がきっぱりと否定した。
「いえ、あれはクアンスティータの姉であり、兄でもある双子、クアースリータの誕生によるものでしょう」
 と。
 一瞬、何だ、違うのかとホッとしたけど、すぐに、それが間違いだと気づいた。
 クアースリータが誕生したという事は今日中にその妹であり、弟であるクアンスティータも誕生するという事だ。
 つまり、クアンスティータは存在する。
 現実のものとなるという事を意味する。
 冗談じゃない――
 クアンスティータなんかに誕生されたら、パニックどころじゃない。
 火の神殿ではみんなそれを聞いて意気消沈していた。

 クアンスティータ――
 神話の時代には産まれる事がなかったとされる最強の化獣(ばけもの)だ。
 神話の時代にクアンスティータが産まれていたとしたら、今の歴史は無かったとされている。
 神や悪魔の時代も当然来なかったとされていて、女神御であるエテレイン様はこれを防ぐために、風の惑星ウェントスで冒険をしている芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)君に接触しようとしていたらしい。
 結局、義弟(おとうと)の芦柄 導造(あしがら どうぞう)君と間違えて、この火の惑星イグニスに来ていたんだけど、結局、何も出来ずにクアンスティータの誕生を迎えるという事になる。
 【死の回収者ファイシャ】何て言う想像だにしなかった強大過ぎる敵を相手にする事になって戦々恐々としていた私達だけど、クアンスティータに比べれば遙かにマシ。
 クアンスティータと戦う事に比べれば、【ファイシャ】なんてどれだけ居てもどうって事ないようにさえ思える。
 現に【ファイシャ】は病的にまでクアンスティータを恐れていた。
 それだけ、クアンスティータの誕生という事は何から何まで変わってしまう極端に大きな事だ。
 神や悪魔でさえもその化獣の誕生を極端に恐れている。
 クアンスティータが産まれるとしたら、もはや【ファイシャ】どころではない。
 逃げなくてはと思うけど、何処に逃げれば良いのか皆目検討もつかない。
 どこに行こうがどうしようもないという諦めの気持ちがわき出て来てしまう。
 エテレイン様の表情を見るとガチガチガチ……と震えているのが解る。
 女神御が震えるってどれだけの事よ、と私は思ってしまう。
 とにかく、私も落ち着きたいけど、冷静になればなるほど、恐怖が増しそうなので、色々気が紛れそうな事を探してどうにかしようという気持ちでいっぱいだった。
「く、クアンスティータって本当に居るの?」
 導造君が私に尋ねてくる。
「わ、解る訳ないでしょ、そんなこと……」
 私はこの答えが精一杯だ。
 クアースリータ誕生時に味わった細胞分裂――これを体感してしまうと、何処にも逃げ道は無いというのが感覚的に解る。
 クアースリータが誕生したという事で始まるクアンスティータ誕生までのカウントダウンがどのくらい進んでいるのか、解らないと言う不安で発狂しそうだった。
 怖い――
 とにかく、怖い。
 それが正直な感想だった。

(怖い――クアンスティータ怖い――逃げる……逃げる逃げる逃げる……)
 頭の中に【ファイシャ】の声が木霊する。
 【ファイシャ】は完全な敵だけど、もしも、逃げられるというのであれば、そこに連れて行って欲しい。――そう思うのだった。
 その願いが通じたのか、惑星イグニスに異変が起きているのが体感出来た。
 一体何が起きているの?
 一瞬、何もなくなった。
 何もかもが無くなった。
 そんな感覚を覚えた。
 次の一瞬では元に戻ったように見えたけど、何かが違う。
 何かがおかしい――そう感じた。
(ふふ……ふふふ………これで、私は消え去った。だから、クアンスティータは追って来られない……ふふ……ふふふふふふふふ……)
 という【ファイシャ】声が響く。
 何をしやがったのあの女――
「まさか、抜界?……なんて事を……」
 エテレイン様がつぶやく。
 【抜界】?
 何のこと?
「エテレイン様、何かこの状況の変化をご存じなのですか?私達、不安で、どうか私達にも解る様に説明して下さい」
 と私は彼女に尋ねた。
 エテレイン様は仕方がないと言った顔で重い口を開いたような感じで話してくれた。

 エテレイン様の説明によると、今まで私達が居た宇宙空間を全てまとめて現界(人間界)と呼ばれる宇宙世界となっているらしい。
 また、クアースリータが誕生した事によって、宇宙自体も変化が起きているらしい。
 今居るここは現界とは別の宇宙世界でその理とは外れてしまっているから、解らないけど――今、現界の周りの宇宙が急速にクアースリータが所有する宇宙世界に集まり、ロスト・ネットワールドという宇宙世界になりつつあるとの事。
 これにより、無数にあった宇宙は40にまで数を減らす事になるという出来事は神によりあらかじめ予言されていた事らしい。
 この現象は、クアンスティータを恐れた様々な存在がクアンスティータの兄であり姉でもあるクアースリータに救いを求める行動を指していて、宇宙空間ごと、クアースリータの所有する宇宙世界にひっつくというものだ。
 この宇宙の大変革により、残るのは三四界(さんじゅうよんかい)と呼ばれる宇宙世界と虚無六界(きょむろっかい)と呼ばれる宇宙世界だけになると言う。
 虚無六界はクアンスティータの脅威が及ばない宇宙世界と呼ばれているらしいけど、謎が多く、エテレイン様は解らないという。
 三四界については、化獣(ばけもの)達が所有するとされている合計27の宇宙世界を除けば、神が所有する3つの宇宙世界、悪魔が所有する3つの宇宙世界、私達が今まで存在していた現界の合計7つという事になる。
 そうやって数え上げて見ると【抜界】が無い。
 そう――【抜界】とはさらに別の宇宙世界となる。
 【存在しない事になった者】がたどり着く宇宙世界なのだ。
 存在しないという事はクアンスティータからの脅威からも逃れられるという事なのだろうが、同時に、現界に置いては存在しないという事にされるという事でもある。
 それは、元々、持っていた力や、既に受け取りきった加護、完全所有していたものなどは持ち込む事は出来るが、新たなる加護や、エネルギーなどの供給などは一切が絶たれるという事でもある。
 私達は吟侍君の心臓になっている7番の化獣ルフォスの宇宙世界で力を得て来て自分の力としたけど、それ以外の力の供給は無いという事になる。
 同じように、今まで火の惑星イグニスを支配してきた絶対者アブソルーター達も神御(かみ)や悪空魔(あくま)、化獣(ばけもの)などからのこれからの加護は無いという事にもなる。
 つまり、惑星イグニスごと、抜界に連れて来られた私達はこんな訳のわからない宇宙世界にポツンと取り残される事になってしまった訳だ。
 クアンスティータの脅威と無関係になれたというのは喜ばしい事だとは思うけど、その代償として、現界では私達は元々、存在していなかったという事になってしまった。
 エテレイン様でさえ、その例外にはならず、彼女も存在しなかったという事になってしまうらしい。
 何てバカな事を――
 とも思うが、それによって、どうしようもない絶望からは逃れられたと思う自分も居る。
 だけど、私にとっては吟侍君達から、元々、居なかったという事にされてしまったのが、何より辛かった。
 悲しかった。
 吟侍君達はクアンスティータと向き合って行かなければならない状況なのに、私達はしっぽを巻いて逃げ出してしまった。
 その罪悪感に苛まれた。
 クアンスティータが何より怖かった――そういう言い訳は立つが、クアンスティータが産まれていないかも知れない状態の時に、逃げ出してしまったという現実――、実際に手を下したのは【ファイシャ】ではあるけど、それを望んでしまった自分は確かにいた。
 そして、それは私だけじゃない。
 この場に居る者は恐らく、クアンスティータから逃げ出す事を選択した。
 そう顔に書いてある。
 みんな、戦わず逃げたという罪悪感に押しつぶされそうな顔をしているからだ。
「みんな、これから、どうする?」
 私は聞くだけ聞いた。
 答えはわかっている。
 みんなどうしたら良いのかわからないって事くらいは。
 みんな、クアースリータのパワーのあまりの大きさに次に産まれてくるクアンスティータの力を勝手に想像して萎縮していた。
 それから逃れられたかも知れないという安堵と他の仲間を置いて逃げたという罪悪感で頭がいっぱいなのだ。
 それに、この抜界だって、完全に安全だという保証は何処にもない。
 クアンスティータが追って来れないという証明はされていないのだから。
 クアンスティータならば、出てきてもおかしくないという不安は常に頭の片隅にこびりついている。
 本当の意味での安堵など無いのだ。
 どっちにしろ不安なら、私は現界に戻りたいと思っている。
 居なかった事にされるより、危険でも私は好きな人達に覚えていて貰いたい。
 私の今の望みはそうだ。
 だけど、他の人にそれは、強要は出来ない。
 中には、抜界に来てホッとしたという人が居てもおかしくないからだ。
 現界に戻る前に、一度は本格的に話し合った方が良い。
 私はそう思う。


02 イグニスの調査


 私達は一旦、二班に分かれて行動する事にした。
 まだ、ショックから抜け出ていないメンバーととりあえず前向きに行動しようというメンバーに別れようと思ったのだけど、どうもはっきりしなかったので、私の独断で、目が泳いでいないと感じたメンバーだけ、連れて惑星イグニスの探査チームを作った。
 連れてきたメンバーは私の他は、ブリジット・コルラードとクリスティナ・ラート、西川 虎児(にしかわ とらじ)の三人だ。
 クリスティナは導造君と居たいと言っていたが、メンバーが足りなかったので、強引について来て貰った。
 まさか、あの冷静なハイース・ガメオファルアまで動揺しているとは思わなかったわ。
「なぁなぁ、俺ら何しに行くん?」
 虎児が私に尋ねる。
「とりあえず、惑星イグニスの変化を見ていくわ。虎児、あんたも気づいた事あったら言ってよね。今まで別行動だったんだから、あんただけにしか解らない事だってあるでしょ」
「せやね。まぁあるっていやぁ、あるかな?」
「何よ」
「ほれ、これ」
「何?っぎゃあぁっ」
 私は思わず飛び退いた。
 私が見せられたのは何とも奇妙でウネウネした物体だった。
 何が何だか解らないけど、とにかく生理的に受け付けないくらい気持ちが悪かった。
 ゴスッ
「ってぇ……」
「こんど、そんなもん見せたら殴るからね」
「もう殴っとるやんか」
「うっさい」
「あんま怒るとしわ増えるで」
「黙れ」
「へいへい……」
 うわっ、久しぶりだな、この感覚。
 導造君と旅をするようになってから、導造君をツッコむようになったけど、その前は虎児とこんなやりとりをよくしてたっけ。
 私や虎児はルフォス・ワールドで四聖獣の力を得た。
 本当の四聖獣じゃないけど、心、技、体の三つの核を集めて、地球という星で伝わる四つの獣をイメージして作った。
 その関係で、よく私と虎児、東 龍也(あずま りゅうや)と北島 武(きたじま たけし)の4人はよく連んでいた。
 その影響で、4人で戦うと16倍の強さを発揮するまでになったんだけど、そうでもしないと吟侍君と釣り合わないかなっていう劣等感も当時あったっけな。
 吟侍君にはお花ちゃん(カノン・アナリーゼ・メロディアス第七皇女)っていう恋人が居るんで早々に諦めたけどね。
 そう言えば、その頃から結構簡単に諦める癖がついたのかな。
 なぁんて考えていると、
「ヒューヒューお熱いね、お二人さん」
 って感じでブリジットがからかってきた。
「こいつとはそんなんじゃないわよ。姉弟みたいなもん」
「ムキになって否定するところを見ると……」
「違うって言ってんでしょ。私、他に好きな人……」
「誰やそれ?」
「居るわけないじゃない……」
 私は咄嗟に否定する。
 何よ、気まずくなっちゃったじゃない。
 私達は探査にやってきているのよ。
 もめている時じゃないのに。
 ――っとに、何やってんのかしら、私……
 何となく、イライラしてるのかも知れないな。
 ダメだな、私――

「あれ……」
 一人、私達の事に興味を持っていなかった、クリスティナはしっかり仕事をしてくれていた。
 彼女が見つけたのは砂で出来た花だった。
 砂であったはずの花が普通の花に変わって行く。
 丁度、そんな光景を発見したのだ。
 火山地帯が多い、惑星イグニスにとって、花というのは貴重だった。
 そのため、大輪を夢見て、砂の彫刻などで、大きな花を作るという光景事態は珍しくなかった。
 が、砂の花が実際の花に変わるなんて現象は今まで見たことも無かった。
 疑えば、これは絶対者アブソルーターの能力ではないかという事も考えられるが、ここは元々、上位絶対者、古怪(グーグワイ)の支配地域。
 古怪にこんな力は無いし、他の絶対者アブソルーターが入り込んでいるというのは考えにくい。
 古怪はニアリリス達を使ってネットワークを築いていて、侵入者に対しては何らかのアクションを起こしていたからだ。
つまり、この現象は明らかに、惑星イグニスが抜界に移動してから起きている現象と言えた。
 やはり、同じように見えて、惑星イグニス事態も何らかの変化を伴っていると考えるのが妥当だろう。
 私達はこれをとっかかりにして、更に調査を進めるのだった。
 いくつか解った事もあるが、大きな違いというのは正直解らなかった。
 だけど、この小さな積み重ねが大きな変化に気づく第一歩だと私は思っている。
 私達は一度、戻って相談することにした。
 これはエテレイン様に聞いた方が良いかもしれないわね。
 彼女はかなり動揺していたみたいだけど、少し冷静になっていてくれていると助かるんだけどね。
 女神御だから、私達より、余計に色んな事を感じるのかも知れないわね。
 でも、この状況のままではいられない。
 何とか、この先進むべき道のようなものを模索して行かないといけないと思っている。
 そのためには探査と相談を繰り返す事が第一歩。
 私はそう思う。


03 新体制


 繰り返し調べていくとどうやら、変化はそれだけに済まなかった。
 惑星イグニスを支配している絶対者アブソルーター達は基本的に神御などの加護を受けてその力を振るっていた。
 上位絶対者は化獣の、中位絶対者や下位絶対者は少なからず神御や悪空魔の加護を受けていた。
 加護が得られなくなった絶対者アブソルーター達――
 彼ら彼女らは再編成を余儀なくされていた。
 絶対者アブソルーターであったハイースも同様の事が求められる。
 比較的、冷静であった彼女が動揺していたのもこの事があったからだ。
 得られなくなった加護の供給者、それはすぐに現れた。
 それが【ファイシャ】だった。
 恐怖の対象であるクアンスティータと別の宇宙世界に居るという安心感を得たあの女は自らの強大な力を提供することで惑星イグニスを支配しようとしていた。
 ハイースの夫であるジェンド・ガメオファルアは既に、【ファイシャ】の軍門にくだり、新たなる絶対者となった事が調べで解った。
 上位中位下位とあった絶対者のランクも見直しされ、新たな新体制となった。
 新(しい)絶対者はネクスト・アブソルーターと呼ばれるようになった。
 ランクは最低のレベル1から最大の(レベルマックス)レベル5までに拡大された。
 能力などは、許可制となり、【死の回収者】である【ファイシャ】が死者達から得た能力を再分配する事で新絶対者達の完全支配をする事になった。
 新絶対者ネクスト・アブソルーターの数は、レベル1がおよそ2000名、レベル2が500名、レベル3が300名、レベル4が100名、レベル5が30名と元の数を大幅に上回っている。
 【ファイシャ】が自身の力を使って大変革、大増員させたのだ。
 元は全く違う存在の絶対者も数多く存在する。
 意外だったのはジェンドのランクだ。
 レベル5くらいになるのかと思っていたが、彼に割り振られたランクはレベル3。
 元の絶対者アブソルーターで考えると上位絶対者から中位絶対者に落とされたという事になる。
 原因は妻のハイースだろう。
 彼女は私達と行動を共にしていた。
 つまり、【ファイシャ】に対して悪意を持っていた私達の仲間と判断された。
 そのため、ハイースの新絶対者ネクスト・アブソルーターとしての地位は無い。
 彼女は元々の上位絶対者として受けていた加護の力しか与えられていない。
 新しい絶対者として【ファイシャ】から力を供給されることはないのだ。
 クアンスティータが誕生する前は異常な程、臆病風に吹かれていた【ファイシャ】は私達の体内に侵入し、力を蓄えていたが、いざ、クアンスティータから解放されてしまえば、私達はお払い箱扱い。
 【ファイシャ】に悪意を持つ者として排除する方向で進められていた。
 つまり、せっかく、クアンスティータから逃れたとしてもここは私達にとって安住の地ではないという事になる。
 最大の脅威から逃れた中途半端な強者は我が物顔で、今度は好き勝手をやりだしたという事になる。
 自分の意に添わない者は徹底して排除するという形で。
 逆に、自分に従おうという者には手厚い加護を与えている。
 例えば、私達につきまとっていた、ニアリリス(ニアエヴァ)達は上位絶対者アブソルーターだった古怪の支配下にあった存在だ。
 言ってみれば、ランク的には良くて中位絶対者扱いだった彼女達は私達と敵対していた事を評価され、残り全てを融合し、ニアマリアとして、レベル4にランクされている。
 古怪だった部分は切り離され、古怪自体は役立たずとして、レベル2にランクされた。
 つまり、絶対的優位にいた古怪を飛び越えて、ニアマリアは評価されたという事になる。
 この様に、【ファイシャ】の評価は元々の上位下位は関係ない。
 いかに【ファイシャ】の気に入る事をしそうか、あるいは、好感の持てる立場だったかが、その後の再評価に影響してくるという事になる。
 上位下位の逆転現象が起きるとそれぞれの関係もまた変わってくる。
 今まで顎でこき使っていた相手に今は逆に顎でこき使われるという事にもなるのだ。
 これでは新絶対者ネクスト・アブソルーター同士の信頼関係は育まれないし、如何に、【ファイシャ】に対して媚びを売るかという事がその評価に繋がるという事になる。
 こんなのは健全な関係ではない。
 元々が良かったかというと元もそれなりに問題はあったが、今の状況よりはいくらかマシだ。
 疑心暗鬼が疑心暗鬼を生み、常にギスギスした関係が生まれる。
 いつ、自分のランクが落とされるか解らないから、様々な裏工作が行われる。
 そのいつ殺されるか解らないという不安が支配下にいる者達への不満のはけ口として向かう事になる。
 奴隷達は抑圧され、更なる苦しみが増えるという事にもなる。
 【ファイシャ】が支配する世界とはそういう世界だ。

 私達にとっても生きづらい世界となる。
 なにしろ、ニアマリアがレベル4に居るのだ。
 ニアマリアは私達に対して、強い憎しみを持っているはずだ。
 ニアリリス時代、そして、ニアエヴァ時代と立て続けに同胞を私達に倒されているのだから。
 落ち着いたら、私達に仕掛けてくる可能性が高い。

 今までの私達のスキルアップは【ファイシャ】による所が大きい。
 【ファイシャ】からの影響がストップした今、新たなるスキルアップを果たさないと私達が全滅するのも時間の問題となる。
 また、惑星イグニスは日に日に、膨張をしている。
 【ファイシャ】がエネルギーを送っているからだ。
 惑星イグニスを使って何かをしようとしているのかも知れない。
 私達にとって、【ファイシャ】という存在は大きすぎて遠すぎる存在となった。
 そんなこんなで状況のめまぐるしい変化に対応出来ず右往左往としていた私達の前に尋ねて来た者が居た。


04 ニアマリア


「誰?あなた……」
 私は尋ねてきた女性に声をかける。
 女性はほほえみ、こう答える。
「私の名前はニアマリア――こう言えば解るかしら?」
 その言葉を聞いて私達は身構えた。
 私達を殺しても殺したり無いくらい憎んでいると思われるニアマリアが来たのだから当然だ。
 正直、その姿は意外だった。
 ニアリリスからニアエヴァになった時、3体のニアエヴァ達の身体は肥大化していた。
 そのパワーを得るためには元々あった美しさを維持出来ず、醜い化け物に変身もしたりしていた。
 だが、残る5体のニアエヴァの集合体であるはずのニアマリアの身体はむしろ縮んでいる。
 さらに、ニアリリスの時の様に美しい肢体を得ていると言って良かった。
 元々はオート・ラブドール。
 動くダッチワイフなのだから、美しさというのはある程度は必要なのかも知れないが、その美しさを保ちながら、感じる潜在パワーは5体足したと言うより、それよりも遙かに上回っている。
 元々は8番の化獣、オリウァンコの加護を得ていたニアエヴァだったが、抜界に来た事によって、オリウァンコの加護も切れた。
 だから、むしろ、下がっていなければならない筈のニアマリアの身体からは生命力に満ちあふれていた。
 ニアリリス、ニアエヴァ時代には無かった気品もどこかあるような気がする。
 女としての質も上がったと思える存在となっていた。
 その事に対する余裕からなのか、ニアマリアに戦闘の意志は無かった。
「どういうつもり……?」
 私は尋ねる。
 ニアマリアの意図が読めないからだ。
「どういうつもりも何も、私は感謝の言葉を伝えに来ただけよ」
「感謝?私達を殺したくてたまらないの間違いじゃないの?」
「確かに、以前は八つ裂きにしても飽き足らないくらいの感情は持っていたかも知れないわね。バラバラの時は……」
「どういう事?」
「確かに私達は、あなた方と何度もやりあった――だけどね、それは古怪の強力な支配下にあったという事でもあるのよ。元々は、私達は惑星イグニスに住んでいた女性をモデルに作られた存在。古怪の醜悪なイメージを植え付けられて、強制的に殺戮人形にさせられていた――だけど、あなた方と敵対していたという事を【ファイシャ】様に評価されて、古怪の呪縛から解放された――お陰で私は自由の身となった。ここは素直に感謝しても良いと思うのよ――どう、間違っているかしら?」
「そんな事を言われても簡単に信用はできないわ」
「――でしょうね。私としても【ファイシャ】様の加護を受けている以上、あなた方と敵対しないという訳にもいかない」
「じゃあ、やっぱり私達と戦いに……」
「そうじゃないわ。いずれは戦う事になるかも知れないけど、今はその意志は無いと伝えに来たのよ」
「今は?」
「そう、今は。私はね、どうせなら、トップに立ちたいの。だけど、今はレベル4。その上にはレベル5が有るわ。だから、今の私にとって、重要なのはあなた方と戦う事よりも自分のレベルを上げる事の方が重要なのよ」
「つまり、どうしろと?」
「簡単な事よ、私がレベル5に昇格するまで、お互い無関心でいましょと提案しに来たの。あなた方が私からの襲撃を警戒するように、私もあなた方からの襲撃を警戒している。その関係をとりあえずお休みしましょと言っているの」
「こんな口約束が何の役に立つって言うの」
「そうね、役には立たないかも知れない――でも、私の意志は伝えた訳だから、あなた方の意志が他の新絶対者ネクスト・アブソルーター達に向くという可能性も出てくるでしょ。今までだったら、まず、第一に倒しに向かおうとする相手は私だったわけでしょ。そうなっただけでも随分違うと思うわ」
 確かにその通りだった。
 ニアマリアが直接狙ってこないとするとむしろ、気になるのはニアマリアよりも【ファイシャ】に媚びを売ろうとする他の新絶対者ネクスト・アブソルーター達だ。
「私が言いたかったのはそれだけ。痛い目も見たけど、同時に感謝もしている。今の地位はあなた方と戦っていなかったら、あり得なかった事だからね。それとも、今だけとは言え、戦う意志が無い者と争う様な無頼な輩なの、あなた達って?」
「あんた、怖い存在になりそうね。ここで潰しておいた方が安全かも知れないわね」
「あら、ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ。でも、今の実力でもあなた達に負けるとは思っていないわよ。特に、何も加護を得られなくなった状態のあなた達にはね。それでも、穏便に済む話を蒸し返してここを血の海にでも変える?」
「……ここはあんたの言うことを素直に聞いておいた方が良さそうね。でも、私達もこのままでは居ないわよ。あんたの成長スピードを超えて見せる。次に会うとき楽しみにしてなさいよ」
「それは楽しみね。それが強がりなのか、それとも真実なのかは次に会ったときに確かめて見るわね。ではごきげんよう」
「………」
 私は黙ってニアマリアを見送った。
 このまま逃して良かったかどうかは解らない。
 更なる強大な力を手にしたら、私達の手に負えなくなるかも知れない。
 だけど、今、やりあっても負けていた可能性は高かった。
 それだけ、私達は疲弊し疲れ切っていた。
 エテレイン様でさえも、神の力が上手く使えなくなっていた。
 抜界であるという事がここまで影響してくるとは――
 怖いけど、ニアマリアの提案を受けるしかなかった。
 一つはっきりしているのはすぐにでもこの状況から何かを見出さなければ、私達は全滅する。
 それだけは、解る。
 今は、何も見えて来ない。
 だけど、ニアマリアからの襲撃の可能性が低くなったという事だけでも私達にはありがたいことだった。


05 ジェンド・ガメオファルアからの挑戦状


 ニアマリアが去ってからしばらく経った後、新た来訪者が現れた。
 その者の名前はパース・ガメオファルア。
 ジェンド・ガメオファルアと義兄弟の契りを交わした弟分だった。
 ジェンドと義兄弟という事はハイースとも義姉弟という事になる。
「パース、どうしてあなたが?」
 ハイースが尋ねる。
 パースはジェンドを絶対的に信頼していた。
 自分はジェンドよりも下でなくてはならない。
 だから、上位絶対者並みの力があったにもかかわらず、この男は中位絶対者で居続けたという。
 だから、【ファイシャ】の軍門に下り、共に新絶対者ネクスト・アブソルーターの話が来た時、レベル4への話がパースには来ていた。
 だが、敬愛するジェンドがレベル3だったので、この男はレベル2を選択した。
 自らの力となる加護を拒絶してまで、ジェンドに対する忠誠心を示す男。
 この男がハイースの行動を面白く思わないのも仕方がない事と言えた。
「姉上、なぜ、この様な軽率な行動を」
 パースの言葉には怒気がこもっている。
 怒っているのだろう。
「導造君はとても魅力的な少年……だったとしか言えないわ」
 ハイースも返答に困っている。
 どうしても的確な答えが見つからず、そう答えたという感じだった。
 パースは導造君の方にふり向き、
「芦柄 導造、貴様に兄上、ジェンド・ガメオファルアから決闘を申しつけるとの伝言だ。本来であれば、この俺が相手をするところだが、これは兄上がお決めになった事。俺は兄上の意志を尊重する」
 と言った。
「じぇ、ジェンド・ガメオファルアって、イグニスに来たときに会ったあの怖い人?何か、嫌だなぁ……」
 導造君はそう答えた。
 同じ嫌がるにしても、以前の導造君だったら、もっとおっかながっていた。
 それは【ファイシャ】に取り憑かれていた彼の症状だったのだけど、今は、少し勇気が出てきているのか、ただ、煩わしいなという感じの対応だ。
「その無礼千万な物言い、本来であれば、即刻首を跳ねてやりたいところだが、今やるべき事はただ一つ、姉上、俺は貴女に決闘を申し込む」
「ぱ、パース……」
 その言葉に動揺するハイース。
 義弟が何を言っているのか解らない。
 そんな感じだった。
「姉上、貴女はやり過ぎた。姉上を殺せば、俺は兄上に殺されるだろう。だが、それでかまわない。兄上に害を為した姉上を俺は許すことが出来ん。だから、差し違えても貴女を倒す」
「そんな……」
 みるみる顔が青ざめていくハイース。
 家族同然に過ごして来た者を倒さなくてはならなくなった。
 その事実が彼女を苦しめている。
「兄ちゃん、兄ちゃん、仮でも姉なんだろ?姉弟でやりあうなんて事しないで、やんなら俺が代わりに出るわ」
 見かねた虎児が声をかける。
「雑魚は黙っていろ」
「ざ、雑魚やてぇ、おんどれぇ、奥歯に手ぇ突っ込んでガタガタ言わしたろかぃ」
「虎児さん、お気持ちはありがたく思います。でも、私がやります。私の責任ですから」
「っちっ、なんや、気に入らへんけど、ねーさんがそう言うなら俺の出番はないな」
「ありがとう。パース、あなたとの決闘、承りました。お受けします」
 ハイースは覚悟を決めたようだ。
 これは元はと言えば、【ファイシャ】が割って入った事で起きた事だ。
 【ファイシャ】が絶対者達の新たなる支配者とならなければこんな事にはならなかった。
 義理とは言え、家族同士が戦うなんて間違っている。
 何とかならないのかしら……
「では、姉上、明日の夕刻、磔山(はりつけやま)の山頂にて待ちます。芦柄 導造、貴様は三日後だ。三日後の朝、ジェノサイドパークの時計台前で兄上が待っている。遅れるなよ」
 と言って去っていった。
 ハイースは、
「これは私と弟の問題です。手助けは無用です」
 と言っていた。
 思い詰めている表情だったから、あんまり無理しないと良いんだけど。
 クリスティナは
「ダーリンを苛める悪い奴。私が出る」
 と言っていたが、導造君は、
「良いよ、良いよ、僕が出るから、気にしないで。ハイースさんが一人でやるってのに、僕の時だけ手助けしてもらうって訳には行かないよ」
 と言っていた。
 こんな事を言えるようになったなんて、彼も成長したんだなと思ったわ。
 時が経つのは早いもので、一日なんてあっという間に経ってしまった。
 刻一刻と、パースとの決戦の時が迫る。
 昨日の狼狽えが嘘の様に、平静を保っているハイース。
 義弟を手にかけてしまうかも知れないという事について思うところがあるんだろう。
 また、逆に、負けてしまえば殺されてしまう。
 どっちに転んでも、彼女の望む結果にはならない。
 昨夜はあんまり、寝れて無いみたいだけど、大丈夫かな。

「姉上、お待ちしていました」
「……どうしてもやるの?」
「はい。俺の覚悟見て下さい――ぐっ……」
「パース……」
 パースはなんと切腹した。
 腹を割ったのだ。
 あの男はハイースを殺せば、自分も生きて居られないと思って、自らも死を覚悟したのだ。
 間違っている。
 こんなの絶対間違っている。
 腹から血を流し、いよいよ、時間のなくなったパースはハイースに対して、猛攻猛ラッシュを仕掛けてきた。
 【ファイシャ】から新たな能力が支給されているためか、ハイースはパースの攻撃スタイルをいまいち掴み切れていない。
 かわすだけで精一杯と言った感じだ。
 既に腹から大量の血が出ているパースに対して、攻撃を仕掛ける事が出来ない。
 だが、避けていても再生能力のないパースの体力はどんどん削られ、無くなって行く。
 早急に治療したいところだが、パースはそれをさせてくれない。
 そんなもどかしい状態のまま、戦闘は続く。
 やがて、パースの体力がつき、ついに倒れた。
 すかさず、パースを抱きかかえるハイース。
 治療を試みるがすでに手遅れ。
 とっくに死んでいてもおかしくない程出血していた。
 今は気力で生きている。
 そんな状態だ。
「バカな事を……」
「姉上、手を出して欲しかった。俺を殺して欲しかった……」
「何でこんな事を……」
「今の兄上は見ていられない。――今の兄上は俺が尊敬してやまない兄上ではない……何とかして欲しかった。今の体制では良いことなんて一つもない。それだけは解って欲しかった。姉上、兄上をたの……み……ま……」
 絶命するパース。
「パースぅ!!」
 絶叫するハイース。
 実の弟の様に可愛がっていた、男の死に様に涙する。
 私達は何も出来なかった。
 ただ、見ているしか出来なかった。
 虚しい。
 本当に虚しい。
 【ファイシャ】による支配は不幸しか呼ばない。
 こんなのは無い。
 こんなのは間違っている。
 絶対に間違っている。
 こんな出鱈目な事は正したい。
 正したいけど、私達にはそれを叶えるだけの力が無い。
 途方に暮れる。
 これから、この不幸の連鎖が始まるのだろうか。
 私はおかしくなった、惑星イグニスの空を見た。
 見た目は元居た現界での空と変わらない。
 だけど、違う。
 何もかもが違うのだ。
 何とかしたい。
 吟侍君、君ならどうする?
 元の現界に帰りたいよ。
 何か涙が出てきた。


06 決意


 敵とは言え、実直だった男、パースのお墓を私達は作って、弔った。
 パースの身体からは【死の回収者】である【ファイシャ】が貸し与えていた力を抜き取り、新たなる存在に分け与える事になるだろう。
 レベル2の新絶対者ネクスト・アブソルーターの数は一人減ってしまったが、【ファイシャ】であれば、すぐにまた増やせるだろう。
 【ファイシャ】がいる限り、いくら新絶対者ネクスト・アブソルーターを倒してもいたちごっこになるのは目に見えている。
 【ファイシャ】を倒さない限り、この連鎖は終わらないのだ。
 パースの死を悲しんでばかりもいられない。
 明後日には、今度は導造君とジェンド・ガメオファルアとの戦いが待っているのだ。
 自分が気に入った導造君と夫との戦いはまたしても、ハイースの心を傷つけるだろう。
 どちらに味方をしていいのかも解らない。
 以前のままのジェンドであれば、ハイースは十中八九、夫であるジェンドについただろう。
 だが、今のジェンドに加護を与えているのは化獣ではなく、【ファイシャ】だ。
 今の関係は間違っている。
 だから、ジェンドに味方するという事は間違った事への肯定という事になる。
 だが、導造君に味方をすれば、ジェンドと敵対関係となる。
 恐らくは、どちらにも味方出来ないという立場なのだろう。
 彼女の苦悶するような表情からそれが見て取れる。

 導造君にもジェンドには因縁がある。
 彼の義兄、吟侍君は、ジェンドに一度、殺されかけている。
 私達が子供の頃、ジェンドは惑星テララの絶対者アブソルーターのルゥオ・スタト・ゴォルと共に、孤児院セント・クロスの子供達を拉致しに来ている。
 自分達の惑星で奴隷として使うためにだ。
 それに立ち向かったのがまだ、幼い子供だった吟侍君だった。
 誰もが諦める状況で、唯一、彼は勇敢にも絶対者アブソルーター達と渡り合った。
 だが、所詮は子供、限界があった。
 ジェンドに心臓を貫かれ、絶命するところだった。
 その時、食堂にあった、7番の化獣、ルフォスの核と潰れた心臓を同化させる事によって、強大な力を得て、吟侍君は絶対者アブソルーター達を追い払ったのだ。
 そして、彼は英雄となり、撤退したジェンド達はその悔しさをバネに力をつけ、惑星イグニスを支配する絶対者アブソルーターにまで登り詰めた。
 吟侍君が追い払ったとは言え、セント・クロスでは既に、何人も子供達は攫われてしまっていた。
 だから、大きく成長した私達が、友達を助けに各惑星に救出活動をするという事になったのだ。
 言ってみれば、このジェンドは私達の冒険の切っ掛けとなる事件を起こした因縁深い相手でもある。
 結局、吟侍君はウェントスへ行ってしまったけど、彼の義弟として、吟侍君の代わりに導造君はジェンドと戦うという役割みたいなのが出来た。
 正直、友達はろくに助け出せていないのだけど、ジェンドとの決着は私達がやらなければならないことの一つでもあると言える。
 だから、導造君は逃げるという選択をしないのだろう。
 吟侍君の事だから、恐らくはクアンスティータあたりと向き合う運命を持っているのだろう。
 彼はそういう存在だ。
 強い者には強い者が集まる。
 強い者同士が引き合うような感じでだ。
 だが、それ以外にも吟侍君に向かってくる存在は数多く居るだろう。
 私達はその露払いをする。
 それが、私達に与えられた役割だ。
 吟侍君と導造君の義兄、芦柄 琴太(あしがら きんた)君はその役目を積極的にやっていた印象がある。
 彼らの義弟である導造君もまた、その役割を果たすべき時が来たのかも知れないな。
 なんだか、ヘタレだった時の導造君がちょっと懐かしいな。
 まだ、そんなに時は経ってないのにね。
 短期間で、めまぐるしく状況が変わっていたからちょっとおセンチになったのかも知れないな。。
 そう言えば、抜界に移動してから一日以上経っているから、クアンスティータはもう生まれているはずね。
 現界はどうなっているのかしら?
 まだ、存在しているのかしら?
 吟侍君が居るから大丈夫だとは思っているけど。
 吟侍君とクアンスティータの戦い――ちょっとだけ見てみたかったな。
 でも、今、私達が立ち向かって行くべき存在はジェンドだ。
 そして、後に控える、ニアマリア、更にずっと奥に潜む【ファイシャ】だ。
 先は随分、長いように見えるけど、やるしかない。
 導造君。
 期待してるよ。
 吟侍君は居ないんだから、君に中心になってもらって道を切り開いていかないと行けないんだから。
 私達は勝つ。
 クアンスティータと戦う事に比べれば遙かにマシ。
 そう思えば、相手が【ファイシャ】だろうが、何だろうが何とかなる気がする。
 それに、【ファイシャ】の呪縛が無くなって、ちょっと吟侍君に似てきたかな?
 導造君はそう思える何かがあった。


07 VSジェンド・ガメオファルア


 三日後というのはホント、あっという間に経つわね。
 ジェンド・ガメオファルアとの決戦まで、もう間近になっている。
 待ち合わせのジェノサイドパークの時計台前にて、導造君が待っている。
 敵より早く着いたようだ。
 私達は少し離れた丘陵から、その様子を窺っている。
 勝負は導造君とジェンドの一騎打ち。
 他のメンバーに入り込む余地は無い。
 もし、居るとすれば、それはハイースだけだろう。
 どちらとも関係を持っている彼女だけが、この戦いに割って入る権利を持っている。
 だけど、パースとの死闘を経た彼女は恐らく、最後まで手を出さないだろう。
 答えが出せないからだ。
 パースとの戦いも悩み続け、結局、答えが出せないまま、彼女はパースの死という最悪の結果を招いてしまった。
 何らかの答えを持っているとすれば、ハイースよりもむしろ導造君の方が可能性を持っているように思える。
 吟侍君の義弟だからという贔屓目を差し引いても、何となく何かしてくれるのではないかという期待が今の彼には多少だけど持てる。
 反面、やっぱり導造君だからという事もあるんだけどね。
 彼の事だから、失敗して、情けない結果になるのではないかと言う場合もあり得る気がする。
 どちらとも言えないのだ。
 私はどちらの可能性も五分五分だと思っている。
「………っ……」
 何か言いたげなハイース。
 何かしら言いたいけど、言いたい言葉が見つからない。
 そう言った感じだ。
「あなたらしくもない、落ち着きなよ、ハイースさん」
 私はそう言った。
「う、うん、そう……ね……」
 ハイースはたどたどしく答える。
 落ち着かないのは解る。
 解るけど、私達が慌ててもどうにもならない。
 結果は導造君かジェンドが運んでくるだけだ。
 私達は結果を見て納得するしかない。
 黙って見ているしかないのだ。

 やがて、落ち着かないハイースを余所に、ジェンドも待ち合わせ場所にやってきた。
「あなた……」
 夫を確認するハイース。
「………」
 チラッと、こちらを見た気もしたけど、ジェンドは正面に控えている導造君の方を見た。
「まさか、こんな小僧と一騎打ちをする事になるとはな……」
「僕としては、吟兄の代わりにリベンジ出来るので、ある意味、待ち望んでいた事ではあるけどね」
「たかが、トカゲ(ドラゴン)に怯えていた小僧とは思えん台詞だな」
「僕も成長したって事だね。不思議だよ、おじさんを目の前にしても、何故か怖くない」
「クアンスティータの誕生に影響されたんだよ。クアンスティータは何もかも壊していった。俺が築き上げた栄光や価値観、何もかもな……」
「支配者なんて、そんなもんだよ。更なる支配者に侵略されて、落ちぶれた者の末路なんて哀れなものさ」
「言うようになったな、小僧」
「お陰様で」
「……やるか……」
「そうだね……」
 身構える両者。
 しばしの沈黙。
 一瞬が何年にも感じる緊張が走る。
 ギャラリーが瞬きした、その瞬間、動く。
 ギャギャギャギャギャリギリガリドギャリガリグリャギリャリャリャリャバリガリグリゴリキャカカカカカグリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギュリギョリギュリリリリリリリリリリリギャガガガガガガガガゴリギュリガリギリグリグリゴリゴリゴリゴガキャギャギャギャリギュリギョガリゴリグリギャギュガガゴガガギャギャガギュギュギュババババババドドドドドドドドドドドドドギュリギョヨギュキュギュギュギュガリギギリギガラガガガガガガッゴガゴガゴガガゴガガギャギャガギャギャガギャギャギャギャギャギュリギャガガガガグゴギャドドッドドドドババババババズズズズズズズギョギョギョドドドバババババゴゴゴゴゴゴゴズドゴボドドドバババドズズズギョドズズギョドドドドドドド……
 その音からも様々な攻防があった事が想像出来た。
 五分と五分。
 序盤戦はそんな印象だった。
 今度は、
 ギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュ……
 同じ音が並ぶ。
 力押しでの戦いがあった事が音だけでも区別出来る。
 だが、まだまだ、ジェンドは本気になっていない――
 そんな印象だった。
「おとうとは、パースはどんな最期だった?」
 突然、導造君に尋ねるジェンド。
「正直、あんたに、義理立てしてバカみたいだと思った。だけど、どこかかっこよかった――そうも思ったよ」
 導造君はこう答えた。
「ふっ、お前の様な小僧と互角だと言うことも俺がバカな男だという証拠だな」
「どういう事?」
「やめだ。お前とはまだ戦わんという事だ」
「僕は決着をつけるつもりでいたけど?」
「今のお前じゃ本気になった俺には勝てん。こんな感じでな」
「ぐっ……」
 突然の不意打ちに導造君はダウンした。
 大分スキルは上がったけど、導造君の戦い方は正直過ぎる。
 大人のいやらしさも兼ね備えたジェンドの方がまだ、一枚も二枚も上手のようだ。
 大ピンチ――と一瞬思ったが、ジェンドには言葉通り、戦う意志が無いのか、戦いをやめてしまった。
「【ファイシャ】、俺は降りる」
 ジェンドはそう言った。
 それは、【ファイシャ】の加護を受けないという決意表明だった。
「どういう事?」
 そう尋ねる導造君に、ジェンドは
「俺はお前達と共に動こうとは思わん。だが、【ファイシャ】にしっぽを振るつもりもない。俺は独自に俺の力をアップさせていく。強くなった時、改めて、お前ともやってやる。今はその時じゃない」
 と言って去っていった。
 ――助かったの?
 今までは力は強いけど、精神的には未熟な連中ばかりだったけど、ニアマリアと言い、パースと言い、ジェンドと言い、精神的にも強い敵が現れるようになったという事になるのかしらね。
 私達は強敵になっていくこれまでの敵達の変化を感じ取るのだった。
 私達の方もこのままでは居られない。
 ジェンドじゃないけど、【ファイシャ】の加護以外の何かの力を得ていかないと【ファイシャ】の使徒達に殺されてしまう。
 時は一刻を争う。
 すぐにでも行動しなくては。
 私達はただただ、焦るだけだった。
 明日が見えない。
 希望がまだ見えない。
 だけど、見つけていくしかない。
 あがいてあがいてあがきまくった先に恐らくは希望というのは見えてくるのだろうから。
 少なくとも私はそう信じている。

続く。







登場キャラクター説明


001 芦柄 導造(あしがら どうぞう)
芦柄 導造
 イグニス編の主人公。
 芦柄三兄弟の末っ子で、出涸らしの三男と呼ばれるヘタレな少年だった。
 気弱な状態を作り出していた【ファイシャ】が身体から抜け出て兄二人に近い勇気を持てる様になった。
 ルフォスの宇宙世界で【見えないトリガー】という異能力を身につける。
 スキルアップを果たしているが、【抜界】での更なるスキルアップを求められる。


002 南条 朱理(なんじょう しゅり)
南条朱理
 イグニス編の語り部。
 導造(どうぞう)のパーティーに参加するも彼の暴走で、いきなり、支配者のジェンドに挑み、仲間とはぐれてしまう。
 その後は導造と行動を共にするが、彼が次々と怪しい女性を仲間にしていくのに手を焼いている。
 吟侍(ぎんじ)の心臓、ルフォスの世界で修行を積み、その世界で三つのコアを集めて聖獣朱雀を創造し、自らの力とする。


003 ハイース・ガメオファルア(元ヘスティア)
ハイース・ガメオファルア
 仲間とはぐれた導造(どうぞう)達の前に現れた謎の女性だったが、正体は元、イグニスの支配者ジェンドの妻であることが判明した。
 自らも上位絶対者だったが、【抜界】に来たことで化獣からの加護が絶たれてしまい、早急な対処を必要とする。
 イグニス編のヒロイン。


004 ブリジット・コルラード
ブリジット・コルラード
 導造(どうぞう)がセカンド・アースに居た頃から、彼を【カモネギ君】として利用してきた悪女。
 イグニス編のヒロイン。
 何度も騙される導造はお気に入り。
 導造達とは別の国ニックイニシャル帝国出身で、別のパーティーを組んでイグニスまで来ていたが、仲間とはぐれてしまっている。


005 クリスティナ・ラート
クリスティナ・ラート
 魔薬アブソルートを飲んでしまった特殊絶対者の少女。
 イグニス編のヒロイン。
 元人間で、死にたがっている。
 が、アブソルートの影響で死ねない。
 導造(どうぞう)の事を気に入り、一緒に死のうとする。
 神御、悪空魔、化獣の加護を得ていたが、【抜界】に来たことでその加護の供給が途絶えてしまう。


006 エテレイン
エテレイン
 イグニス編のヒロイン。
 女神御(めがみ)の一柱でドジである。
 火の姫巫女、ビアナに間違えた神託をした。
 本来、最強の化獣、クアンスティータ誕生を防ぐため、自らの力を封印して、吟侍(ぎんじ)に会いに来たが、彼と導造(どうぞう)を間違えたため、吟侍の居るウェントスではなく、導造のいるイグニスに来てしまった。
 力を封印しているため、星を渡る力が無くて困ってしまう。
 力がろくに出せないまま、【抜界】に来てしまったことにより、現界では存在していないという事になってしまう。


007 ファイシャ
ファイシャ
 死の回収者と呼ばれる存在。
 神話の時代、死亡した存在全ての力を吸収していた存在で恐れられていたが、当時、怪物ファーブラ・フィクタに挑み敗れている。
 その時、自身の力を縮小化させられてしまい、触れた者が死亡した時のみ、その力を吸収するという力になっている。
 かなり弱体化してしまったが、導造の中で、少しずつ力をつけてきている。
 クアンスティータを恐れている。
 クアンスティータの誕生前に惑星イグニスごと【抜界】に逃げるという暴挙をした。
 クアンスティータから逃げ切ったと思った彼女は神御や悪空魔、化獣の代わりに絶対者アブソルーター達に加護を与え支配者にのさばろうとしている。


008 西川 虎児(にしかわ とらじ)
西川虎児
 導造達とはぐれていた救出チームの一人。
 朱理と同じく、四聖獣の力を持つ。
 彼の力は白虎。
 この白虎は吟侍のルフォス・ワールドで手に入れた架空の聖獣である。
 朱理達四聖獣の力を持つメンバーと共闘することで、最大16倍の力を発揮する。











009 古怪(グーグワイ)
古怪
 イグニスを支配する上位絶対者・アブソルーターの1名だったが、【ファイシャ】による再編成が行われ、下から二番目のレベル2の新絶対者ネクスト・アブソルーターに降格させられた。
 ニアリリス達を心の深い位置で支配していたが、【ファイシャ】により完全分断されてしまう。
 自身に加護を与えている8番の化獣(ばけもの)オリウァンコの力も遮断されてしまう。
 かなりの変わり者である。










010 ニアマリア
ニアマリア
 元々はニアリリスという古怪の完全支配下にある存在だったが、ニアエヴァという8番の化獣オリウァンコの加護を得る力を得てレベルアップし、今回、【ファイシャ】の加護を得て、レベル4の新絶対者ネクスト・アブソルーターとしての地位を得た。
 古怪からの支配からは完全に無くなった。
 更に上を目指すとして、導造達との戦闘を避けるが、強敵となりそうな予感がする程、大物感を醸し出す。
 残りのニアエヴァ全てを融合させた存在だが、身体の大きかったニアエヴァよりもサイズは縮んでいるが、そのパワーはニアエヴァを足しただけとは思えない程強大になっている。










011 パース・ガメオファルア
パース・ガメオファルア
 ジェンドとハイースの義兄弟で弟分。
 実直な男で、兄上と慕うジェンドよりも自分は下でなくてはならないとして【ファイシャ】からのレベル4の申し入れを断りレベル2の新絶対者ネクスト・アブソルーターとなる。
 表向き、【ファイシャ】に従っているが、内心ではジェンドへの待遇に不満を持っている。
 死を決意し、ハイースに挑戦してくる。















012 ジェンド・ガメオファルア
ジェンド・ガメオファルア
 元、惑星イグニスの支配者だった上位絶対者の男。
 導造達が冒険に出る切っ掛けの人攫い事件を起こした因縁深い男でもある。
 ハイースとは夫婦の仲。
 【ファイシャ】による支配を受け入れ、一度はレベル3の新絶対者ネクスト・アブソルーターとして戦場に立ったが、弟分のパースの死、妻、ハイースの行動、導造との戦いを通して、自らの行動を改める事を決意し、独自に力をつけていく事を選択する。
 プライドの高い男でもある。