第003話 ニアエヴァ編


01 ニアリリスDの挑戦


「どうしたものかね……」
 私、南条 朱理(なんじょう しゅり)は悩んでいた。
 行方不明だった仲間、東 龍也(あずま りゅうや)との再会は果たしたものの、彼は、ニアリリスEのフェロモンに当てられて当分、使い物にならない。
 龍也は火の神殿に置いて行く事になり、彼の治療には女神御(めがみ)エテレイン様がつきっきりとなる。
 なので、私達のパーティーは私と導造君、ヘスティアとブリジットという初期のメンバーとなっている。
 ヘスティアとブリジットは何を考えているかいまいち解らないし、導造君は頼りにならない。
 その状態で、ニアリリスと同化した上位絶対者、古怪(グーグワイ)と完全敵対したのだ。
 正直、今の戦力で、対抗出来るとは思えない。
 ニアリリスはニアリリスE以外の25体は健在だし、それに一気に攻めて来られたら、正直、勝てる見込みはちょっとない。
 さらに言えば、私の知らない内に、1番の化獣(ばけもの)ティアグラの使徒、【フォーユー】ともしっかり敵対関係になっているっていうし、この先、不安だらけという状態だ。
 そして、その不安の一つ、ニアリリスDから私達に果たし状が届いている。
 これを受けた方が良いのかどうか、悩むところなのよね。
 恐らく、ニアリリスDはニアリリスEを破壊した導造君を狙ってやってくる。
 その点は、実は心配していない。
 エテレイン様に切り札を用意して貰っているから、1回だけなら、その襲撃を回避出来ると私は考えている。
 ニアリリスEの件で、向こうさんは導造君に、フェロモンの攻撃が無効になっているという事を知っている。
 導造君の欠点、女に弱いという部分を徹底的にカバーするエンジェル・ユニットのお陰で、それは防げたけど、これは時間制限があるアイテムだ。
 いつまでも防げるというものではない。
 だけど、その事は向こうは知らないはず。
 ニアリリスDはそれを警戒してやってくるはずだから、別のトラップをこちらで用意させて貰った。
 恐らく、ニアリリスDはこのトラップにはまるだろう。
 問題はその後だ。
 このトラップは一度きりなのだ。
 このトラップは女神御(めがみ)であるエテレイン様が月に1回だけ、出来る貴重なトラップでもある。
 続けてやりたくてもエネルギーパワーを貯めるのにはまるまる一ヶ月はかかるのだ。
 ニアリリスDはこれで倒せたとして、他のニアリリスに対抗する術が今の所、思いつかないのだ。
 ニアリリスを続けて2体も破壊されたら、中の上位絶対者、古怪(グーグワイ)は更に逆上するだろう。
 残り、24体のニアリリスによる総攻撃なんて食らおうものなら目も当てられない状況に追い込まれる。
 かと言って、オート・ラブドールによる情報網をかいくぐれるかどうかは疑問だった。
 敵は何処に潜んでいるか全くわからない。
 せめて、西川 虎児(にしかわ とらじ)と北島 武(きたじま たけし)と再会できれば、もう少しマシな戦力になるんだけどね。
 とにかく、私の力と導造君の見えないトリガーだけじゃ、戦力として、足りない。
 ヘスティアとブリジットは頼りになるのかならないのか解らない。
 リーダーであるはずの導造君はこういう時、全くリードしてくれないし、決断するのは私という事になるだろう。
 吟侍(ぎんじ)君ならどうするんだろう……?
 私はふと、それを考える。
 だけど、気の利いた様なアイディアは残念ながら思いつかない。
 虎穴に入らずんば虎児を得ず。
 とりあえず、突っ込んでみるか。
 それしか考えつかなかった。
 私達はその果たし状に書かれているブルック大橋に向かった。

「よく、ここまで来たね」
 とニアリリスD。
「あんたが呼び出したんでしょうが」
 と私は突っ込む。
 これは強がりだ。
 半ばやけにもなっている。
 私達が出来る最善の策は――
「いやだぁ〜怖い、怖い」
 と怯える導造君を前に出すこと。
 これはもちろん、エテレイン様のトラップのためだ。
 決して、彼を虐待している訳ではない。
「よくも、私のニアリリスEを破壊してくれましたね。たっぷりいたぶってから殺してあげますよ」
 ニアリリスDは導造君を嬲り殺すつもりだ。
 それは、ちょっと困る。
 一気にトドメをさして貰わないと。
「良い?導造君。長引くと痛いわよ。だから、一気に懐に飛び込みなさい。上手くやるのよ」
「怖いよ、朱理ちゃん」
「怖くても、今はあなたしか出来ないの。男でしょ」
「死んじゃうよ〜」
「死なないためにやっているのよ。バンジージャンプを飛ぶような気持ちでガツンと行きなさい。エテレイン様の加護がついているんだから今回だけは絶対大丈夫」
「でも、怖いよ〜」
「怖いのは百も承知よ。でも、この場を乗り切るには今、この手しかないの。頑張って」
「頑張ってって言われても」
「大事なのは飛び込む勇気よ」
「これ、勇気?」
「死中に活を求めるよ。ためらったらかえって危険なのよ」
「わ、解った」
 ビクビク震えながら、導造君は前に進み出る。
 私だってこんな方法、選択したくない。
 だけど、殺人人形から逃れるには今はこの手しかないの。
 私は導造君の無事を祈る。
 そして、導造君は意を決し、ニアリリスDの元に突っ込んでいった。
 ここでためらえば、かえって苦しむ事になるからだ。
「ふん、そんなに死にたいか」
 不敵に笑う、ニアリリスDは突っ込んでくる導造君の心臓に硬質化させた右腕を突っ込もうとした。
 ガギャンッ……!
 やった!
 この行為は、導造君にトドメを刺す行為だ。
 つまり、エテレイン様のトラップが発動する。
 ――【ゴッド・ルール】――
 このトラップはこう呼ばれている。
 これは禁忌とする行いをあらかじめ決めておくというものだ。
 その行いをした存在を違反者として、天罰が与えられるというものだ。
 今回、エテレイン様に設定して貰った禁忌は【導造君にトドメを刺す行為】だ。
 導造君に強い怨みを持つ、ニアリリスならば、導造君を狙うだろうことは読めていたので、今回はこの設定にしたのだ。
 これにより、違反者ニアリリスDに天罰が下る。
「ぎぎゃがっがががががが……」
 裁きの雷がニアリリスDを襲う。
 やがて、ニアリリスDの身体は燃え始めて、崩れていく。
 この力はもちろん、女神御であるエテレイン様の力が及ばない力の持ち主には効果は期待出来ないが、中位絶対者程度の実力のニアリリスDならば、効果は絶大だ。
 逆にトドメをさされたというところだ。
 これは賭けでもあった。
 理由はクリスティナという他に、導造君の命を狙っている者がいたからだ。
 なんとしても、クリスティナよりも先に、導造君にニアリリスの前に出て欲しかったのだ。
 クリスティナを上手くまけたのが勝因の一つでもある。
 ひとまず、ホッとする。
 だけど、断末魔のニアリリスDは語り出した。
 更なる脅威を。
 非情に聞き取りにくく、解釈に時間がかかったが、ニアリリスDの言っていた事をまとめると――
 ニアリリスDが居なくなった事でニアリリスの数は24体となった。
 が、これは、古怪にとっても都合が良いことでもあるらしかった。
 24と言えば、クアンスティータの数字として考えられるかららしい。
 そして、その24を3で割ると8になる。
 8とは古怪が加護を受けている8番の化獣(ばけもの)オリウァンコの数字でもある。
 それを言うならクアンスティータは13番の化獣だから関係ないのではないかと思うけど、それはご都合主義の敵さんらしく、13を割っても8にはならないから、24の身体を持つとされるクアンスティータを24と無理矢理こじつけたのだろう。
 話は戻るが、オリウァンコというのは24を3で割って8にする行為がとても大好きらしい。
 最弱の化獣とされるオリウァンコは最強の化獣とされるクアンスティータに対して強い劣等感を持っている。
 そのため、24から8に変わるということが大好きだという事だ。
 オリウァンコといえば、確かお花ちゃん(カノン姫)にストーカーをしている化獣だ。
 火の姫巫女ビアナ・カルファンにストーカーをしている古怪と行動がそっくりだ。
 この主にしてこの下僕有りといったところだろうか。
 そのオリウァンコとの契約で、24体となったニアリリス達は3体ずつ融合をするのだという。
 そして8体となったニアリリスは名前をニアエヴァと改名、新たにオリウァンコの肉片を吸収して、遙かに力を増したとの事。
 オリウァンコは変化の化獣と呼ばれる化獣だ。
 その肉片がどんな影響を与えるのかは正直、全くわからない。
 だけど、想像以上のパワーアップを果たしているという事はわかる。
 ――ったく、ティアグラだけじゃなく、オリウァンコまで暗躍しているのかと思うと気が重くなるわね。
 何にしても、このままじゃ絶対にダメというのがはっきりと解ったわ。
 今の戦力で戦ったら、確実に負けてしまう。
 龍也が回復してくれるのを待つしかないのかしらね。
 実は、私と龍也、虎児と武の4人にはある特徴がある。
 それは、戦闘能力の変化だ。
 一人で戦う時よりも、二人で戦った時、戦闘能力は二倍に跳ね上がる。
 つまり、二人で戦っていたら四倍の戦力になる。
 同じように、三人で戦った時、戦闘能力は三倍に跳ね上がる。
 三人で戦っているので九倍の戦力になる。
 そして、四人で戦った時、戦闘能力は四倍に跳ね上がる。
 これで考えると四人で戦っているので十六倍の戦力になる。
 そう、私達は四人で1セットなのだ。
 私達が元気な状態で揃えば、それこそ、中位絶対者くらいには負けることはない。
 上位絶対者とだって何とかやりあう自信はあるのだ。
 それに、導造君の可能性だってある。
 吟侍君の心臓になっている七番の化獣ルフォスの世界で特訓をしていた時、落ちこぼれていた導造君は他の仲間よりも長い間、ルフォスの世界で特訓をしていた事になる。
 また、なかなか、自身の能力というのが目覚めなかった彼は色々な力を試していたのだ。
 それで、何とか物になったのが【見えないトリガー】だったけど、目覚めなかった力を目覚めさせれば、彼は強力な戦力になりうる。
 全ては気の弱い、彼の心の弱さが、その隠れた可能性を拒絶していると私は見ている。
 見た目はヘタレでも彼はずっと一番近くで吟侍君や琴太君を見てきたのだ。
 類は友を呼ぶじゃないけど、彼にだって、隠れた可能性はあるはずなんだ。
 私はそう信じている。
 そう言えば、いつからだったかな、彼が、臆病風に吹かれ出したのは……。
 本当に昔はそうでも無かった気がする。
 吟侍君や琴太君にも負けないくらいバイタリティーのある子供だった気がするな。
 絶対者アブソルーター達に友達が攫われた時にはもう、臆病だったけど、その前はどうだったかな?
 うーん……あんまり覚えてないや。
 でも、彼が変わる、いや、戻る時は今なのかも知れないな。
 戻らなければニアエヴァとかいうのに殺されるだけ。
 後、出来れば、ヘスティアとブリジットの事ももう少し解ればな。
 でも、まずは先に、導造君か。
 やりたくないけど、あれをやるか……
 私は覚悟を決めた。
 背に腹は代えられない。
 まずは、生き残るために何をするかだ。
 犬にかまれたと思えば良い。
 私はそう思いこむ事にした。


02 導造を怯えさせていた者


 その日の晩、近くの宿屋に泊まる事になった。
 二人部屋を二つとった。
 一つはヘスティアとブリジットの正体不明コンビ。
 もう一つは導造君と私だ。
 実はこの宿を取ったのはわざとだ。
 導造君と二人きりになるためのだ。
「どどど、どうしたの、朱理ちゃん?いきなり……」
 導造君が動揺している。
 無理もない。
 私が服を脱ぎだしたからだ。
「しっ……黙ってて。私だってこんな事したくないのよ。良いから、あなたも服をぬぎなさい。そして、これはヘスティアとブリジットには絶対言わないでよ。絶対よ」
「は、はひっ、優しくしてね」
 これから私とエッチでもするかのような期待感を膨らませている導造君。
 だけど、おあいにく様。
 これは、あなたとエッチをするためのものではないのよ。
 私は朱雀の化身でもあるから、服が燃えないように脱いだだけ。
 他に他意はないわ。
 朱雀は朱雀でも本当の朱雀ではなく、ルフォスの世界の三つの核を融合させて生まれた朱雀である私の朱雀は、ルフォスの世界で生まれた力との相性がとても良い。
 だから、同じ、ルフォスの世界で生まれた力を持っている誰かの身体の中に入る事が出来るのだ。
 入ると言っても、同化するようなものだから私としてはこれだと決めた人以外とはしたくなかった。
 出来れば、同じ力を持つ龍也か虎児、武の誰かにやって貰いたかったけど、龍也は治療中、虎児と武は行方不明っていうんじゃ、私がやるしかない。
 私は導造君の身体の中に入って、彼の潜在能力を引き出す事にしたのだ。
 この貸しはでかいぞ、導造君。
 だから、肌を合わせることにはなるけど間違ってもエッチはしませんのであしからず。
 という訳で――
 ガンッ!
「とりあえず、邪魔だから、眠っていてね」
 私はすっぱだかになった導造君を気絶させた。
 後は、夢でも見たんでしょ?という事にしておこうかな。
 私は、朱雀と化し、導造君の身体の中に入っていった。
 見たところ、導造君の身体の中はさして問題はなかった。
 彼の身体は、高位の能力に堪えうる構造をしていた。
 だけど、それをうまく、外に出力として開放できていない。
 どんなに強く練っても、体内の方で、パワーが拡散し、外に出力として開放されない状態になっていた。
 だとすると原因は内面、精神の方の問題か?
 外に本来のパワーを解放するのを極端に恐れている。
 そのため、実際に、外に出ている出力は10分の1どころか100分の1にも満たない。
 表に、力としてうまく放出されないから、自分はこんなもんなんだという気持ちが強くなり、閉じこもった感じになってしまっている。
 それが更に自信を失わせる事になっている。
 つまり、負のスパイラル状態になっている。
 だけど、吟侍君というキーワードで力は一気に解放されるようだ。
 その時、火事場の馬鹿力となって導造君は大きなパワーを発揮するんだけど、それは、秘めた力というよりは、導造君本来の力と言った方が良いみたいだ。
 そんな感じで、しばらく導造君の精神構造を探っていると──
(昔話をしましょうか……)
 私の精神に何か語り掛けるような声が響く。
「だ、誰?」
 私は思わず叫ぶ。
 言い知れぬ恐怖を感じたからだ。
 ここは吟侍君(ルフォス)の世界じゃない。
 だから、他の存在がいるはずがない。
 ここには、導造君の精神世界なのだから。
 私以外に他に存在がいるはずがないのだ。
 だけど、その声は導造君の精神の深いところから響いていた。
(私は死の回収者……存在が死に絶えるほど、私は強くなる……はずだった)
 何?何を言っているの、こいつは?
(存在が死ねば、その力は私の元へ吸収される。そうやって私は強くなっていった。その力があれば今頃は……)
 声はなおも響く。
 死の回収者?
 なんなのそれは?
(芦柄 吟侍──怪物ファーブラ・フィクタの魂を持つ男。その男を近づけるな)
 怪物ファーブラ・フィクタ?
 たしか、ルフォス達、化獣を生み出したとされる存在で、魔女ニナの夫とされる怪物の名前だったかしら……。
 神や悪魔にクアンスティータの恐怖を植え付けたとされる神話の中の男──
 吟侍君がその男の魂を持っていたっていうの?
(怪物ファーブラ・フィクタの力により、私の力はより弱く書き換えられた。あぁ、恨めしい……)
 私は恐怖した。
 少なくとも、こいつには化獣クラスの力がある。
 化獣ではないようだけど、なんでこんなのが居るの?
「あ、あんた何者よ?」
 私は名前を尋ねた。
 導造君の気弱な態度はこいつが原因だ。
 こんなのが、導造君の中に巣食って絶えずプレッシャーをかけていたら、萎縮して、怯えた性格になるのも無理はない。
「私の名前は【ファイシャ】……死の回収者」
 本能的にわかる。
 【ファイシャ】と名乗るこいつは、吟侍君に対するルフォスのように味方になってくれる存在ではない。
 敵だ。
 間違いなく敵だ。
「なんで、導造君の中にいるの?出ていきなさい」
(私はこの男の中が気に入っている。それを出ていけと言うのか?)
「そうよ。彼は、あんたを受け入れるような器じゃない。あんたがずっと居座っていたら、いつか、彼は壊れてしまう。そんなことを認める訳にはいかないわ」
(丁度いい隠れ蓑だったのだ。適度に臆病で、適度に力がある……)
「隠れ蓑?あんたみたいな存在が一体、何から隠れるっていうのよ?」
 化獣クラスの力を持つ存在が隠れる理由なんてない──
 私はそう思ったからだ。
(怪物ファーブラ・フィクタは言った。全ての死の力を受け取ってもクアンスティータには全くかなわない。全てを足しても足りないのだからと)
 クアンスティータ?
 また、出た。
 クアンスティータなんて化獣が存在できる訳がない。
「あんた、クアンスティータなんて絵空事を信じているの?いる訳ないじゃない、そんなの」
(クアンスティータは誕生する。そして、怪物ファーブラ・フィクタの言っている事は間違いじゃなかった。あぁ……恐ろしい……恐ろしい……恐ろしい……)
 ファイシャの怯える感情がこっちにまで伝わってくる。
 本当にクアンスティータの事を恐れているんだ。
 ここは、四連星の一つ、火の惑星イグニス。
 クアンスティータが生まれるとされる謎の惑星ファーブラ・フィクタの近くにある惑星だ。
 そんなに怖ければ、導造君から出て行って、どこか遠くの星に行けばいい。
 なぜ、ここに居るんだ?
「そんなに怖いなら惑星ファーブラ・フィクタから離れれば良いでしょう」
(そうはいかない。ここには、私の手足が揃っている……)
 手足?
 そんな疑問を浮かべていた一瞬の隙をつかれ、私の心臓にどこからともなくやって来た腕が侵入してきた。
 この腕の感じからするとこいつは女か。
「ちょっと、何を……?」
(不思議に思わなんだか?この男と今まで、一緒にいる事が……)
 何を言っているの、こいつは???
「その手をどけなさい」
 私は必死に抵抗する。
 だけど、私の攻撃は全く効いてないようだった。
 そのまま、私の心臓から何かを取り出す。
 それを愛でるかのような声で──
(おぉ……よくぞ、ここまで育ってくれた。長かった。本当に長かった……)
 と言った。
 私の知らない何かをこいつは知っている。
 何なの?
 何が何だか全く分からない。
 とにかく、怖い。
 怖くて仕方がない。
 導造君はいつもこんな不安な状態でいたのか。
 導造君と同化しているはずなのにあたたかいどころか、寒い。
 ガタガタ震えるようだ。
 私は思わず、導造君との同化を解いた。
 分離する私と導造君。
 離れてみてわかったのは導造君の身体から何者かの上半身が顔を出していた。
 いつの間にか様子を見に来ていたのかヘスティアとブリジットも同じ部屋に居た。
 導造君から上半身を出していたそれは彼女たちの心臓にも手を伸ばしていた。
(これで三つ、わが元に……)
 その上半身の女はニタリと笑う。
 ヘスティアもブリジットも恐らく理解していただろう。
 自分達が本気になってもこの女、【ファイシャ】にはかなわないと。
 全く、我ながら、なんて失態かしら。
 導造君をパワーアップさせるつもりが、とんでもないやつをたたき起こしてしまった。
(ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……)
 【ファイシャ】は笑いながら、導造君の身体に戻っていった。
 導造君はまだ、目を覚まさない。
 私はヘスティアとブリジットと今起きた状況を整理することにした。

 ヘスティアの情報から、【ファイシャ】とは1番の化獣ティアグラの恋人とされる怪物であるという事がわかった。
 【ファイシャ】の言っていた通り、神話の時代、存在が死ぬとその力の全ては【ファイシャ】に渡り、その分、【ファイシャ】は強くなっていく。
 つまり、存在が死ねば死ぬほど、【ファイシャ】は強くなる。
 当時としては最強と言われていた怪物だったらしい。
 だが、そんな彼女の前に、怪物ファーブラ・フィクタが現れた。
 その怪物ファーブラ・フィクタはいとも簡単に、【ファイシャ】を倒した。
 【ファイシャ】の能力、存在が死んだら全て【ファイシャ】のものとなるという力を、触れて許可を出せたもののみ、その存在が死んだら力を手にできるという力に縮小させたのだ。
 神と悪魔と人間を恨んでいたという点においては、怪物ファーブラ・フィクタも【ファイシャ】も同じ気持ちだったので、生かされたが、その力がクアンスティータの邪魔になると判断して力を縮小させたのだ。
 クアンスティータは誕生させてしまえば、もはや打つ手無しだが、誕生する前であれば、ある程度、対抗手段というのが打てる。
 その対抗手段の一つとして成立する【ファイシャ】の能力を邪魔だと怪物ファーブラ・フィクタは判断したのだ。
 力をほとんど奪われ、なすすべなく、他の存在に怯えることとなった【ファイシャ】に手を差し伸べた存在が居た。
 それは、怪物ファーブラ・フィクタの息子でもあったティアグラだ。
 ティアグラが【ファイシャ】を拾い、力を増大させることに協力したのだ。
 それで、【ファイシャ】はティアグラの恋人と呼ばれるようになったらしい。
 これはあくまでも神話での話で、その辺りの信ぴょう性とかは私には判断できないけどね。
 ブリジットの推理では、導造君に関わる女性の中で、【ファイシャ】は手足となる部分を育てて来たんじゃないかと言う。
 だとすると、さすがに、女神御エテレイン様にはないとしても、クリスティナも狙われる恐れがある。
 【ファイシャ】はバラバラに成長させる事によって、クアンスティータから自身の力を隠しながらパワーアップを果たしているんだろう。
 でも私はそれを認めたくない。
 認めてしまうと、それはクアンスティータも存在するんだという事を認める事と同義だからだ。
 あんな恐ろしいものが現実に誕生すると思ったら、ぞっとするだけじゃすまされない。
 本当に終わりが来る。
 クアンスティータよりもまずは、目の前に迫ってきている現実問題を解決しないといけないんだ。
 全く、次から次へとなんでこんなに問題が噴き出してくるのかしらね。
 嫌になるわ。
 とにかく、何とか、【ファイシャ】を追い出して、導造君のスキルをアップさせないとヌードになった私は見せ損じゃないの。
 冗談じゃないわ。
 絶対、元は取ってやるんだから。


03 ニアエヴァ来襲


 悩んでいる暇は私達にはなかった。
 少しすると、続けざまに私達の宿屋に襲撃に来た連中がいた。
 【フォーユー】だ。
 ティアグラの使徒である彼らは私達がルフォスの世界で異能力を身につけたと同じように、ティアグラの世界で異能力を得ている人間たちだ。
 ルフォスとティアグラは犬猿の仲。
 当然、それぞれの世界で身に着けた者同士も仲が良いとは言えないだろう。
 絶対者アブソルーターとは違い、生身の人間なので、攻撃の仕方次第では倒すことはそう難しい事ではないと思う。
 だけど、油断はできない。
 敵の人数はざっと29人。
 ティアグラはルフォスと比べて、自身の力の強化よりも配下を増やす事を重視したとされる化獣だ。
 なので、【フォーユー】の人数もやっぱり多い。
 特殊能力者達は様々な力を駆使して、私達を襲う。
 私は導造君をたたき起こして臨戦態勢に入る。
「え?何?どうしたの?」
 と寝ぼけた事を言っている彼に
「敵よ。構えて」
 と私は伝えた。
 それでも寝ぼけている導造君は何故か、自分の両手をパンと叩いた。
 すると導造君の姿はそこから掻き消え、別のところから姿を現した。
 導造君の体内に入った私は解る。
 これは【見えないトリガー】とは別の力だ。
 おそらく、手を叩き、その音が届く範囲で瞬間移動ができるというものだ。
 もし、これが使いこなせるようになったのであれば、【見えないトリガー】で大きな音を立てて、その音が聞こえる範囲で瞬間移動が出来るようになったら、かなり有効な戦術になる。
 【見えないトリガー】は銃口が読まれがちだが、音による瞬間移動と組み合わせれば、戦術の幅は広がるからだ。
 禍を転じて福と為すじゃないけど、導造君の中で何かが変わったのかも知れないと私は感じた。
 また、ほとんど反則的な力を使っていたとは言え、中位絶対者クラスのニアリリスを倒したという自信も後押ししているんじゃないかと思った。
 ティアグラの世界で身につけたと言っても生身の人間。
 それは私達にも言えることだけど、死の恐怖に打ち勝ち、ニアリリスDを倒せた導造君は少し自信がついたのだろう。
 気づけば、私達の中で、一番多くの刺客を撃退していた。
 ティアグラは他者の力をあてにし、ルフォスは自身の力を高めていく。
 それが、それぞれの所有する世界で力を身につけた者にも影響しているのか、【フォーユー】は確かに数は多いが個々の能力者の戦闘能力はそれほど高くない。
 それよりは、私達の方が、戦闘能力は高いみたいだった。
 常に危険と隣り合わせの旅を続けて、成長していった私達は【フォーユー】の力を大きく上回っているのだろう。
 特に、導造君は、少なくともニアリリスくらいのレベルなら対等に渡り合える底力を持っている。
 そんな感じだ。
「あれぇ?どうなっているんだ?」
 当の導造君は自分のレベルアップが理解できていないようだけどね。
 なんにしてもこれは心強い。
 私も負けてられないわね。
 私もなんだか、少しレベルアップしている。
 そんな感じがするわ。
 何故かしら?
 これが【ファイシャ】に関係しているのかと思うと、ちょっと怖いけどね。
 【ファイシャ】としては、私達にまだ、負けてもらっては困るとしてパワーアップさせてくれたのかも知れないわね。
 なんにしてもこれでニアエヴァに対する対抗手段も増えてくるってものね。
 まだ、不安要素は大きいけど、何とか立ち向かえなくもないような気がするわ。
 そんな余裕のある気持ちを持っていた私達だったけど、目の前に現れた影に対して、また、絶望感が沸いてきた。
 ニアエヴァだ。
 1体のニアエヴァが目の前に立っていた。
 その容姿はニアリリスのものとそう大差はない。
 ――が、160から170センチ前後だった、ニアリリスに対して、ニアエヴァの身長は2メートルと大きい。
 そこからくる威圧感もニアリリスのものとは比較にならなかった。
 【ファイシャ】から感じたものよりははるかに劣るものの、それでも、ニアエヴァから感じるそのパワーは上位絶対者から感じるものと大差ない。
 上位絶対者といえば、古怪やジェンドクラスという事だ。
 ジェンドになすすべなく負け、追い立てまわされた記憶がまだ、記憶に新しい今の状況では、上位絶対者とまともに戦う事が出来るのかどうかわからない。
 このニアエヴァが上位絶対者クラスだとすると他の7体のニアエヴァも上位絶対者クラスだという可能性がある。
 そんな8体のニアエヴァと戦う戦力は正直無い。
 そんな事が出来るのであれば、この星での冒険はあっという間に終わっているからだ。
「こんばんは。ニアリリスFGH改めましてニアエヴァ2です。以後お見知りおきを。と言っても、すぐに、記憶出来なくなるでしょうけどね。もうすぐ、お亡くなりになるでしょうからね」
 皮肉を込めたニアエヴァがニタリと笑う。
 この辺りは、ニアリリスと変わらない。
 元の古怪の影響からか、決して美しくない笑みを浮かべる。
 正直、気分の悪くなるようなほほえみと言う感じね。
 自信があるからなのか、1体で来ている。
 私達としてはこれはチャンスと受け取るべきなのだろうか?
 いや、違う……
 後ろにもう1体現れた。
 さらに後ろにもう1体。
「初めまして。ニアリリスIJK改めましてニアエヴァ3です」
「同じく、ニアリリスLMN改めましてニアエヴァ4です」
 ニアエヴァ3体──私は死を覚悟した。
「ハイースさんもいらっしゃいますからね。同じ、上位絶対者同士、実力的に、負けてしまう可能性もありますからねぇ。こちらは3体でやらせていただきますよ」
 とニアエヴァ2が言った。
 ハイース?恐らく、ヘスティアの事だろうけど。
 上位絶対者だったの、この人?
「やれやれ、ばらされてしまいましたね。これでは、今までの様に一緒に旅を続けるという事が難しくなりましたわね」
「ちょっとヘスティアさん、どういうこと?説明して」
「朱理さんがそうおっしゃるなら、しかたありませんね。改めまして。上位絶対者ジェンド・ガメオ・ファルアの妻、ハイース・ガメオ・ファルアと申します。ヘスティアというのは偽名ですね」
「な、あんた、ジェンドの奥さんだったの?」
「はい、そうです」
 敵が増えた……そんな気がした。
「ご心配なさらずに。古怪さんとは敵対していますので、もちろん、朱理さん達をお助けいたしますよ。ニアリリスの1体はお任せください。ただ、さすがの私も3体は相手にできませんので、残る2体はお任せする形になりますが」
「え、え?どういう事?」
 状況が飲み込めていない導造君。
 私達はこのヘスティア改めハイースに騙されていたってことよ。
 敵の親玉の奥さんを連れて歩いていたってこと。
 そのくらい理解しなさいよ。
 とにかく、ハイースが1体を引き受けてくれるっていうのなら、それを信じるしかない。
 残る2体を私と導造君、ブリジットの三人で何とかするしかないわ。
「ブリジット、今回は逃げるの無しよ。わかっているわね」
「了解。死んだら化けて出られそうだから、一緒に協力するわ」
「導造君、ここは、私とブリジットで何とか、ニアエヴァを1体倒すからそれまで、残るニアエヴァ1体をお願いして良いかしら?」
「良くないです。僕、死んじゃいます」
 相変わらずの反応の導造君だったけど、
「頼りにしているから、任せたわ」
 と言って突き放した。
 生き残るには、この方法しかない。
 こうして、
 ニアエヴァ2対導造君、
 ニアエヴァ3対私とブリジット、
 ニアエヴァ4対ハイースの戦闘が始まった。
 不安が残る導造君にはなるべく早く助けに入らないといけないけど、私とブリジットだけで、ニアエヴァ3をそう簡単に倒せるとも思えない。
 大ピンチというところだわ。
 何とか、導造君の潜在能力の開花に期待するしかないわ。
 そう思っていたら──
「ダーリン……何してるの……?」
 とクリスティナがやって来た。
 これは賭けるしかない。
「クリスティナ、あんたのダーリンを横恋慕しようと目の前の女がいいよっているわ。ダーリンと協力して、そいつを倒しなさい」
 と言ってやった。
「ダーリンは私のもの……」
 そういうとニアエヴァ2に向かって行った。
「導造君、クリスティナと連携して、ニアエヴァ2をお願いね」
「え?そんなこと言われても」
「一人で戦うよりましでしょ。やりなさい」
「はい、わかりました」
 と導造君。
 これで、急いでニアエヴァ3を倒さなくても導造君の方は何とかなるかも知れない。
 なら、私達はニアエヴァ3に集中できるってもんよ。
 こうして、私達の闘いが始まった。


04 三様の戦い


 ちょっとここからは、私とブリジットの戦い以外は後から聞いた事を元に事後報告として語ることになるんだけど、私達は三つに分かれて戦う事になったの。
 解りやすい様に、敵であるニアエヴァの数字の若い方から順番に戦いの様子を言うわね。
 まずは、ニアエヴァ2との戦い。
 これには導造君とクリスティナがあたったわ。
 単純計算してもニアエヴァ2はニアリリスの三倍以上の力を持っていると予想されるけど、実際には数十倍はあったと見て良いわね。
 上位絶対者と同レベルだから、中位絶対者クラスのニアリリスとはそれだけ差があるって事ね。
 ただ、ニアエヴァはどうやら、ニアリリスにあったフェロモンで男を惑わす力というのは切り捨てたみたいね。
 それは、ありがたい事だったわ。
 力の差だけでなく、そのままでいたら、既に時間切れでエンジェル・ユニットの効果が無い導造君では骨抜きにされて終わりだったからね。
 吟侍君のように相手の力を作り替える力を持っていたなら話は別だけど、私達にはそこまでの力はないからね。
 ニアリリスが相手である以上、男はあまり役に立たないと思った方がいいからね。
 でも、そのフェロモンの力を捨てたからと言って、ニアエヴァが弱くなったという事にはならない。
 パワーだけで言えば100倍近くアップしている。
 こんなパワーで殴られたら、私達は一溜まりもない。
 現に、軽く撫でられた感じのクリスティナが吹っ飛んだ時、彼女の左肩から先が千切れ飛んだらしいのよね。
 不老不死である彼女だから再生はするのだけれど、どうやら、ポイズン効果も付与されているようで、傷の治りが遅かったらしいわ。
 私達の居るこの世界では不老不死という事は絶対ではない。
 吟侍君であれば、不老不死の能力そのものを破壊し、不老不死を倒す事も出来るからだ。
 当然、敵の中に不老不死に対して効果のある攻撃ができる者が居ても全く不思議じゃない。
 不老不死は決して無敵の能力じゃないって事だ。
 でも、出来れば、その力は欲しいとは思うけどね。
 私達じゃ、そんな攻撃だったら、喰らっちゃったらそれで終わりだからね。
 だけど、傷つけられた事がクリスティナの潜在能力を引き出したみたいね。
 いや、正確には、また、例の手が出たと言うべきかしら。
 一瞬、気がそれたクリスティナに導造君の中から、【ファイシャ】が現れ、クリスティナの心臓部に手を伸ばした。
 そして、私達にした時の様に何かを奪い去り、代わりに何かを置いたようだ。
 それから考えると私達も【ファイシャ】に何かの置きみやげを貰っているようね。
 クリスティナが目覚めた力は分裂だ。
 切り取られた部分から再生し、本体と合わせて2人のクリスティナが現れる。
 そして、波状攻撃でニアエヴァ2に襲いかかった。
 ニアエヴァ2は1人のクリスティナを掴み、もう1人のクリスティナにぶつけたら、また、1人に戻ったという。
 どうやら、分裂したクリスティナ同士が触れるとくっついて元に戻るようだ。
 でも、考えようによっては、有効な能力であると言っていい。
 上手く、不老不死の力と合わせれば、かなり良い戦いができるのではないだろうか。
 これは是非とも、欲しい戦力だわね。
 性格にはちょっと難があるけど、上手く仲間に引き込めれば、貴重な戦力になりそうね。
 導造君もさっき身につけたばかりの音がする範囲での瞬間移動に見えないトリガーを組み合わせて、遠方からクリスティナのサポートをした。
 連携が上手く行ったようで、ニアエヴァ2にダメージを与え続けた。
 だけど、ニアエヴァ2の方も黙ってやられっぱなしという訳ではなく、途中、変化の化獣であるオリウァンコの能力を駆使して、変身した。
 5メートル近くの巨体となり、腕は6本、首からは無数の触手が伸び、全身毛むくじゃらの怪物へと変化した。
 もはや、ラブドールとは呼べない容貌だったらしい。
 スピードがさらに三倍に伸び、パワーも更に倍近く上がって、三半規管に作用する特殊な超音波を発生させたりしたらしい。
 それで、多少、苦戦はしたらしいけど、以外に冷静に対処できたらしい。
 連携攻撃で上手く、ニアエヴァ2を翻弄し、時間はかかったけどついに、倒すことが出来たらしい。
 その場に居た訳じゃないから、詳しくは解らないけど、導造君はまたまた、大金星だったという事ね。

 続いて、私とブリジットが挑んだニアエヴァ3との戦いについて話すわね。
 これは私が実際に戦ったから、もう少し詳しく言えるわね。
 正直、ブリジットとの付き合いは結構長いけど、彼女の力ってあんまり知らなかったのよね。
 のらりくらりと逃げる怪盗気質の女性としか思って居なかったわね。
 でも共闘してみて、なかなかの人材だという事が解ったわ。
 これだけ出来るんなら、最初から協力してよねとも思ったけどね。
 ニアエヴァ3は最初から私達を舐めてかかっていたわね。
 私とブリジットは警戒するに当たらない。
 そういう目で見ていたわ。
 実際、ニアリリスEやニアリリスDを倒したのは導造君で、私はニアリリスEに操られた龍也との戦いで苦戦していたからね。
 また、ブリジットは戦う前に逃げ出したという印象しか無かっただろうから、舐められるのも無理はないけど、今の私はあの時とは全然違うのよね。
 より、強く、朱雀の力を発揮出来るようになっているのよね。
 簡単に言ってしまえば、感度が良くなったのよね。
 今までは、龍也、虎児、武と同じ地域に居ないと力が倍化しないと思っていたけど、どうやら、同じ星くらいなら力を感知できるくらいにまで精度が上がっているらしいのよね。
 私達4人の精度は連動しているから、私がスキルアップするという事は他の3人もスキルアップしているという事。
 どうやら、龍也が回復してきているというのも感じる様になったし、虎児と武も私の気配を感じて、こっちに向かって来ているという感覚がある。
 つまり、近づけば近づく程、私の朱雀の力もアップしているって事になる。
 他の3人との再会も近いって事と、それで、私は更に強くなるっていう事が解ったわ。
 浄化の炎の力も増している。
 そして、ブリジットの特殊能力――【アイテムラバー】
 これも凄い力だわ。
 彼女らしい力と言えばその通りだったわね。
 この力は簡単に言えば、アイテムと恋人同士になるという力。
 心の通わないアイテムの恋人になる、つまり、所有者となる力だ。
 アイテムにキスをする事でその所有者となり、恋人、つまり、ブリジットのピンチにはアイテムの方からまるでナイトの様に助けに来てくれる。
 つまり、彼女は今まで集めたアイテムの数だけ味方になるという事になる。
 数々のレアアイテム達が恋人であるブリジットのために、ニアエヴァ3に攻撃を仕掛けて行く。
 最初は気が合わないと思っていたけど、戦いのペースは彼女の方で私に合わせてくれていたので、気にならなかった。
 だから、連携しやすかった。
 かゆいところに手が届く見たいな感じで、連携攻撃でどんどんニアエヴァ3を追い詰めた。
 途中、ニアエヴァ3はやはり、ラブドールとしての容姿を捨てて、全身から針の様なものが出て、不気味な色に光る巨大な芋虫の様な姿になったが、終始、冷静に判断して、対処出来た。
 恐らく、導造君達もこんな感じだろうか?と思える程、的確に対処し、ニアエヴァ3を追い詰め、時間はかかったが、倒す事が出来た。

 最後にニアエヴァ4とハイースの戦いだけど、気づいた時には終わっていた。
 ハイースは問題ないと言った感じでにっこりと笑い、ニアエヴァ4を倒した後だった。
 残念ながら、詳しくは教えてくれなかったが、上位絶対者である彼女の方がニアエヴァ4の実力よりも上だったのだろう。
 上位絶対者が全員、同じ実力という訳ではない。
 実際、吟侍君が向かった風の惑星ウェントスには上位絶対者が束になっても敵わない最強の上位絶対者がいるという。
 名前はエカテリーナとか言ったかな?
 ハイースから聞いた話だから、どこまで本当か解らないけど。
 この後の事を考えると色々解決しないと行けない事もあるだろうけど、とにかく、私達は3体のニアエヴァの襲撃を見事撃退したことになる。
 私達は勝ったんだ。
 そして、しばらくして、龍也がエテレイン様と現れ、続いて、武、虎児の順番に合流できた。
 私達は全員メンバーが揃った事になる。
 これからの事を考える時が来たのかも知れないな。


05 今後について


 ニアエヴァの襲撃を回避して、仲間とも合流した私達は今後について話し合う事にした。
 話し合いに参加したのは私と導造君、龍也、虎児、武のオリジナルメンバーに加えて、ヘスティア改めハイース、ブリジット、クリスティナ、エテレイン様だ。
 とりあえず、現場に居ても仕方ないので、場所を火の神殿に移し、ビアナ達に席を外してもらい、話し合う事にした。
 まず、私達がこの火の星、イグニスに来た理由。
 それは、友達を助け出すという事だ。
 だけど、まだ、一人も助けていない。
 これでは、目的を果たしたとは言えない。
 だから、オリジナルメンバーが揃った今、ここからが本当の冒険、救出活動が始まるという事になる。
 続いて、同行するメンバーについてだ。
 ハイースはイグニスの親玉であるジェンドの妻という事が解った今、このまま、同行するという事は考えられない。
 やはり、別れて行動すべきなのでは?という問題が出てくる。
 ブリジットについてもどうするか悩む所ではある。
 彼女も私達と同じセカンド・アース出身ではあるが、メロディアス王国が出身である私達とは別の国の所属なのだ。
 彼女はメロディアス王国と同じ三大国家の一つとされているニックイニシャル帝国の高官という立場なのだ。
 このまま、行動を共にするという事はメロディアス王国内の救出活動にニックイニシャル帝国の人間の手助けを借りるという事になり、色々と面倒な問題がセカンド・アースに戻った時にあるかも知れない。
 が、ニックイニシャル帝国の人間は彼女一人。
 そのまま、危険な惑星イグニスに放り出すという訳にもいかない。
 せめて、彼女が自国の仲間と再会するまでは……というのもあるだろう。
 次に、クリスティナだ。
 彼女は導造君に惚れているから、連れて行くというのも考えられるが、彼女には自殺願望があり、導造君を心中に誘おうとする可能性が高い。
 そんな彼女と行動を共にしていたら、導造君の方が疲弊してしまう。
 精神的に弱いところがある導造君に常に緊張していろというのは彼にパニックを起こせと言っているのと同じ意味だ。
 そこで、頼りにしたいのが女神御エテレイン様だ。
 クアンスティータ誕生の刺激になりたくないらしいから、力を制限して来ているみたいだけど、クリスティナの自殺願望を直してくれるとありがたいんだけど、導くというのが本来の役目である彼女がどこまでをサービスとしてやってくれるかが解らない。
 リーダーである導造君に考えて欲しいけど、彼は頼りにならない。
 かといって、龍也達もこのメンバーで一緒に戦ってきた訳じゃないから、状況がよく解っていない。
 だとすると、やっぱり私が決めなきゃなんないのよね、これが。
 うーん……困ったわね。
 ゴチャゴチャしすぎて、どうしたら良いのかさっぱりだわ。
 どうバランスを取ろうとあれこれ考えていると、導造君が――
「まぁ、いろいろあるだろうけど、これも何かの縁だと思うし、みんな一緒に行かない?」
 と言った。
 虎児が、
「とか何とか言って、怖いから、仲間が一人でも多い方が良いっていうのがお前の本音だろ?」
 とかえした。
 でも、考えて見れば、ニアエヴァはまだ5体残っているし、ハイースもニアエヴァに対しては味方になってくれそうだ。
 クリスティナもニアエヴァは恋敵だと思っているから、この古怪のエリアを突破するまではそれで、良いのかも知れないと私は思った。
 それと、この時には話合わなかったけど、【ファイシャ】の問題もある。
 あの女が私達に何をしたのかがよく解っていない。
 同じように、心臓から何かを抜き取られた私とハイース、ブリジットとクリスティナは離れないで行動を共にしていた方が、この先、何かあった時に対処が取りやすいのでは?と思った。
 正直、【ファイシャ】に本格的に動かれたら、この場に居る全員でかかっても勝てない気がする。
 女神御であるエテレイン様の力をも大きく上回っていたからだ。
 明らかに化獣クラスの力をもっていたあれはこの冒険の最大の脅威と言っても良いのかも知れない。
 ティアグラやオリウァンコという化獣も関わってきてはいるけど、どちらも直接ではない。
 それよりは、確実に導造君の中に居る【ファイシャ】が目の前にある最大の脅威と言って良いと私は思う。
 ジョージ神父は言った――
 【クアンスティータには関わるな】と。
 化獣と関わっていたら、いずれはクアンスティータとも関わる事があるかも知れない。
 これは危険な道である可能性が高い。
 だけど、この【ファイシャ】だけは、私も関わっている以上、逃げる訳にもいかない。
 何とか、なるかどうかは解らないけど、しばらくは、この場にいるメンバー全員で行動した方が良いのかも知れない。

 私達はそれぞれ別々の思惑を持ち、今後の相談をしていた。
 その時――
 ドックン……
 その場に居た全員が身構える。
 な、何、これ?
(怖い……怖い……クアンスティータ……怖い……)
 また、あの声だ。
 【ファイシャ】だ。
 あのドックンって音は何だったの?
 クアンスティータの胎動?
 それとも【ファイシャ】の心臓の音?
解らない。
 解らないけど、自分達の想像を超える何かが蠢いている。
 そんな不安をみんな感じていた様だ。
 本心を晒さないハイースやブリジットでさえ、目に見えての不安が伝わってきた。
「な、なんだったんだ、今のは?」
 武がつぶやく。
 その言葉を最後に、私達は全員、言葉を飲み込んだ。
 ニアエヴァの襲撃など、可愛いものだった。
 それだけ、今の鼓動はシャレにならないくらいの脅威を感じた。
 声、【ファイシャ】は怯えていた。
 ただ、クアンスティータが怖いと怯えていた。
 が、その怯えている事自体も怖かった。
 【ファイシャ】自体が怖かった。
 私達は途轍もないものを相手にしようとしているのか――
 そんな言い知れぬ不安と絶望感が私達を支配した。
 こんな時、吟侍君なら……
 最後に頼るのはやはり吟侍君しかいない。
 だけど、この星に吟侍君はいない。
 その事がたまらなく、怖かった。
 それでも私達の冒険は続く。
 逃げる訳にはいかないのだ。

続く。





登場キャラクター説明


001 芦柄 導造(あしがら どうぞう)
芦柄導造
 イグニス編の主人公。
 芦柄三兄弟の末っ子で、出涸らしの三男と呼ばれるヘタレな少年。
 恐がりで女性に弱いが内に秘めた闘志は兄二人にも負けない。
 義兄の次男、吟侍(ぎんじ)の心臓ともなっている七番の化獣(ばけもの)ルフォスの世界で【見えないトリガー】という異能力を身につける。








002 南条 朱理(なんじょう しゅり)
南条朱理
 イグニス編の語り部。
 導造(どうぞう)のパーティーに参加するも彼の暴走で、いきなり、支配者のジェンドに挑み、仲間とはぐれてしまう。
 その後は導造と行動を共にするが、彼が次々と怪しい女性を仲間にしていくのに手を焼いている。
 吟侍(ぎんじ)の心臓、ルフォスの世界で修行を積み、その世界で三つのコアを集めて聖獣朱雀を創造し、自らの力とする。









003 ヘスティア(ハイース・ガメオファルア)
ハイース・ガメオファルア
 仲間とはぐれた導造(どうぞう)達の前に現れた謎の女性。
 イグニス編のヒロイン。
 正体を隠して導造のそばにいたが、正体は上位絶対者ジェンド・ガメオファルアの妻で自らも上位絶対者であるハイース・ガメオファルア。











004 ブリジット・コルラード
ブリジット・コルラード
 導造(どうぞう)がセカンド・アースに居た頃から、彼を【カモネギ君】として利用してきた悪女。
 イグニス編のヒロイン。
 何度も騙される導造はお気に入り。
 導造達とは別の国ニックイニシャル帝国出身で、別のパーティーを組んでイグニスまで来ていたが、仲間とはぐれてしまっている。










005 クリスティナ・ラート
クリスティナ・ラート
 魔薬アブソルートを飲んでしまった特殊絶対者の少女。
 イグニス編のヒロイン。
 元人間で、死にたがっている。
 が、アブソルートの影響で死ねない。
 導造(どうぞう)の事を気に入り、一緒に死のうとする。











006 エテレイン
女神御エテレイン
 イグニス編のヒロイン。
 女神御(めがみ)の一柱でドジである。
 火の姫巫女、ビアナに間違えた神託をした。
 本来、最強の化獣、クアンスティータ誕生を防ぐため、自らの力を封印して、吟侍(ぎんじ)に会いに来たが、彼と導造(どうぞう)を間違えたため、吟侍の居るウェントスではなく、導造のいるイグニスに来てしまった。
 力を封印しているため、星を渡る力が無くて困ってしまう。









007 古怪(グーグワイ)
グーグワイ
 イグニスを支配する上位絶対者・アブソルーターの1名。
 死亡説があったが、ニアリリス達の中で生きていた。
 自身に加護を与えている8番の化獣(ばけもの)オリウァンコの力を得て、ニアエヴァを作り出す。
 かなりの変わり者である。











008 ニアリリスD
ニアリリスD
 古怪お気に入りのオート・ラブドール26体の内の1体。
 普通のオート・ラブドールより高い攻撃能力を与えられている。
 男性に対して、特に有利に事を運べる、触るだけで、エクスタシーに達してしまう程のフェロモンを持っている。
 26体のニアリリス達にはある秘密が施されているが、それは謎である。
 主である古怪を殺したとも言われているが……。









009 ファイシャ
ファイシャ
 死の回収者と呼ばれる存在。
 神話の時代、死亡した存在全ての力を吸収していた存在で恐れられていたが、当時、怪物ファーブラ・フィクタに挑み敗れている。
 その時、自身の力を縮小化させられてしまい、触れた者が死亡した時のみ、その力を吸収するという力になっている。
 かなり弱体化してしまったが、導造の中で、少しずつ力をつけてきている。
 クアンスティータを恐れている。





010 ニアエヴァ2
ニアエヴァ2
 8番の化獣オリウァンコの加護を受け、ニアリリスFからHの3体が融合した、上位種で、身長は2メートルくらいになっている。
 男を虜にする事に特化していたニアリリスの力は失われているが、その分、極端なパワーを得ている。
 5メートル近くの巨体で腕は6本、首から無数の触手が伸びた全身毛むくじゃらの怪物に変身する。









011 ニアエヴァ3
ニアエヴァ3
 8番の化獣オリウァンコの加護を受け、ニアリリスIからKの3体が融合した、上位種で、身長は2メートルくらいになっている。
 男を虜にする事に特化していたニアリリスの力は失われているが、その分、極端なパワーを得ている。
 全身から針が出ている不気味な色に光る巨大な芋虫の様な姿に変身する。









012 ニアエヴァ4
ニアエヴァ4
 8番の化獣オリウァンコの加護を受け、ニアリリスLからNの3体が融合した、上位種で、身長は2メートルくらいになっている。
 男を虜にする事に特化していたニアリリスの力は失われているが、その分、極端なパワーを得ている。











013 東 龍也(あずま りゅうや)
東龍也
 はぐれていた導造達の仲間の一人。
 吟侍(ルフォス)の世界で修行して聖獣青龍を召喚する事が出来るようになっている。
 ニアリリスEの怪しい魅力の虜となった状態で再会することになった。
 助け出すことには成功したが、再び活躍するには少し時間がかかっていたが、今回、西川 虎児(にしかわ とらじ)、北島 武(きたじま たけし)と共に再会する。