序章タイトル

 序章 キス・オブ・プリンス


「柾稀(まさき)君。正気かね?」
「くどい。僕が愛したのは彼女だけだ。そんな役目、やりたい人間がやればいいだろう。僕は降りる」
 柾稀と呼ばれた少年は突っぱねる。
 非の打ち所のない好青年――若松 柾稀(わかまつ まさき)は誰もが認めた【キス・オブ・プリンス】の座を降りると言った。

 キス・オブ・プリンス――それは人類を未曾有の危機から救う救世主でもある。
 世の乱れは神の逆鱗に触れた。
 神は百八十四名の乙女を永遠の眠りにつかせた。
 眠りについた乙女が核となり、百八十四体の異形の物体が世界を席巻した。
 異形の物体を止める方法は、ただ一つ、内部に進入し、核となっている乙女に目覚めのキスをする事。
 太古の昔より、乙女の目覚めを誘うのは王子様のキスと相場が決まっているからだ。
 だからこそ、核の少女達が不快にならないような誠実な好青年が世界中の中から選ばれた。
 それが、若松 柾稀だった。

 柾稀には、病弱な恋人が居たが、世界政府は世界のためだと彼を説得し、恋人との後押しもあって、仕事と割り切って、【キス・オブ・プリンス】としての任務を遂行していった。
 異形の物体の攻撃をかわしながら内部に進入し、シチュエーションブロックと呼ばれる、眠りについた乙女へのキスを妨げる試練を突破するのは過酷だったが、それでも、多額である恋人の入院費を保証するという世界政府の提案を受けざるを得なかった柾稀は任務を遂行していった。
 適応率、世界最高の九十八・七パーセントを示すだけあって、彼の【キス・オブ・プリンス】としての救出劇は見事だった。

 だが、順調だと思われていた、【キス・オブ・プリンス】としての柾稀の任務だったが、あってはならない事が起きた。
 柾稀の恋人が死亡したのだ。
 柾稀はその時、任務中だった。

 更に最悪な状態にしたのは、柾稀の恋人の死を隠し、更なる任務を次々と与えて誤魔化していたことだった。
 彼が恋人の死を知ったのは四十九日を過ぎてからの事だった。

 真実を知った柾稀は激怒。
 その時、やっていた七十六番目の任務を最後にもう任務はやらないと言った。
 彼にとっては、世界の危機よりも恋人の死の方がショックだったのだ。
 世界政府としては、残り百八体もある状況での任務の放棄は滅亡への道と同意義だった。
 なんとしても、説得し、任務に復帰して貰いたかったが、彼は決して首を縦には振らなかった。

 苦肉の策として、彼に後継者を育てて欲しいと依頼した。
 柾稀は渋々了承したが、彼が指名したのは、なんと、適応率一・三パーセントの少年だった。
 もっとふさわしい人間はいくらでもいるという世界政府に対し、柾稀は彼で無ければ、認めないと言った。
 そう、その少年の適応率は一・三パーセント。
 柾稀の九十八・七パーセントと足すと丁度、百パーセントになるのだ。
 柾稀はその少年に自分に欠けてしまった何かを埋めてもらいたいと思って、使命したのだ。
 適応率の高い低いは関係ない。
 欠けたものを補えるものなら何でも良かったのだ。

 柾稀に選ばれた少年の名前は平尾 統吾(ひらお とうご)。
 【キス・オブ・プリンス】としての要素が極めて少ない人物だった。
 資質が無く、周囲からも期待されていない少年の眠れる少女達を目覚めさせる物語が始まろうとしていた。

「柾稀先生、何で俺、選ばれたんですかね?適応率ってのを計ったら、やたら低くてバカにされてたのに……」
「僕に欠けている何かを補ってくれる――そう思ったから、僕が推薦したんだ」
「先生にない何かって、俺、そんなに才能あったんですか?」
「今の所、見あたらないな……」
「そうですか……」
 師匠となった柾稀に自分が何故、キス・オブ・プリンスとして選ばれたか聞いてみたものの、良いところが見あたらないと言われ、統吾はシュンとなった。
「しいて、あげるなら、僕の適応率が九十八・七パーセントで、君が一・三パーセント。足すと丁度、百パーセントになるだろ?だから、僕はこれも縁かな?と思ったんだよ。選ばれたという事は運は多少はあるって事じゃないか?僕は【キス・オブ・プリンス】が幸せな事だとは思わないけど、なりたい人はいっぱいいると聞いているし、君もなりたかったんだろ?」
「そりゃ、人類の救世主だし、なりたくないって言ったら嘘になるけど、俺はなれると思って無かったから」
「君はまず、自信をつけるところから始めないとだめそうだね。でも、欲望むき出しの人よりかはいくらかましだと思うけどね」
「まし……ですか?」
「そう……まし」
「はぁ……」
 統吾はため息が出た。
 才能があると言って貰った訳ではなく、他よりいくらかマシという評価しかない自分が不甲斐なかったからだ。
 期待されていた柾稀は世界政府のサポートを受けていたが、才能のさの字もない自分には、世界政府のサポートはない。
 それどころか、統吾は頼りにならないと思われていて、【キス・オブ・プリンス】以外の方法を模索し始めているらしい。
 【サクリファイス・エンジェル】計画というもう一つのプランが動きだそうとしているのだ。

 サクリファイス・エンジェル計画――それは、別名、乙女の生け贄計画とされる非人道的計画だった。
 異形の物体に進入して核に接触するというのは変わらないが、進入するのは眠りに就いている乙女と同じ少女なのだ。
 この計画は進入した少女が核になっている少女の変わりに核となり、眠りについている乙女を核の中から追い出す。
 そして、変わりに核となった少女は自力で、脱出するか、死を選ぶというものだ。
 人類のためというお題目のため、罪もない少女が犠牲になるという非人道的計画だ。
 成功率も【キス・オブ・プリンス】と比べて、極めて低いとされる最悪の計画だった。
 柾稀は世界政府のために働く気持ちはさらさらなくなったのだが、それでもそのために、罪もない少女が犠牲になるのは今は亡き恋人が悲しむと思ったから、【キス・オブ・プリンス】の計画を統吾に託す事を選んでいた。

 全ては、人類の悪行が招いてしまった天罰ではあるが、それでも黙って殺される訳にはいかない。
 不幸の連鎖を断ち切るのは適応率の極めて低い、不器用な少年の手にゆだねられるのだった。

 異形の物体サモン・シンボルは残り百八体。
 助ける乙女も百八人。
 二代目【キス・オブ・プリンス】の戦いが始まる。





キャラクタータイトル

001平尾 統吾(ひらお とうご)

 本作の主人公。
 二代目のキス・オブ・シンボルとなった少年。
 適応率は一・三パーセントしかなかったが、柾稀の九十八・七パーセントと足すと丁度百パーセントだという理由から二代目に選ばれる。
 キス・オブ・シンボルの資質はほぼ無いに等しい。



002若松 柾稀(わかまつ まさき)

 初代キス・オブ・プリンスで、世界に対し怒りを示しその座を降りる。
 後継者として、統吾を指名し、彼の師匠となる。
 恋人とは病死による死に別れをしている。




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