序章 売られた男
「と、友規(とものり)どの、これは一体?」
拙者の名は立花 勇作(たちばな ゆうさく)でござる。
こんなしゃべり方をしているが立派な現代人でござる。
拙者、ただいま、ピンチというやつでござる。
見た目は美しいが、いささか凶暴そうなおなごに詰め寄られているのでござる。
彼女の背後では親友の日下 友規(くさか とものり)殿が両手を合わせて謝罪のポーズをとっているでござる。
彼女の名前は宍戸 百合愛(ししど ゆりあ)という。
友規殿の幼馴染みらしい。
「友規はどうでもいーんだよ。俺はてめーに用があんだからよ」
言葉遣いからも品が感じられない。
「せ、拙者にどのような用件が?こ、ここ、告白とか?」
拙者は勇気を出して、質問した。
「何で、俺がてめーみてーないかくせー奴に告らなきゃなんねーんだよ」
「で、では、どのような?拙者、何もしてないでござるよ」
「何が拙者だ、こらっ、てめーは何時代の人間だ?」
「ひいっ、スマンでござる」
「まぁ、いいや、てめーをどうこうしたいってわけじゃねーんだよ俺は。解るか?」
「解らんでござる」
「いいから、黙って聞けや」
「はい……」
拙者は股間が縮み上がったでござる。
このおなごに殺されないようにするには素直に言うことを聞くしかないと思ったでござるよ。
「はっきり言っておくが、俺はてめーなんかに全く興味ねぇ。だがよ、てめーのこの部屋見て確信した。俺にはてめーが必要だってな」
「あの、おっしゃっている意味が……」
「てめーのこの部屋ははっきり言えば吐き気がする。だが、俺の野望にはその吐き気がする才能が必要なんだ。解るな?」
「さっぱり……」
「解るよな?」
「……解ったでござる」
「解ったところで、【ファースト・クイン】に登録しろ」
「ファースト・クイーン?」
「んなことも知らねぇのか?」
「スマンでござる」
「詳しくは友規から聞け。俺はこのゲロっちまいそうな部屋にいたくねぇから帰る。やることはわかってんだろうな」
そういうと彼女は睨みをきかせた。
拙者は言っている事がさっぱり解らなかったでござるがとりあえず、その場を取り繕うとにっこり笑顔で返した。
「最後に、これだけはきっぱりと言っておく。俺はてめーとは恋愛関係にはぜってーならねー。それだけは覚えとけよ」
「はいっでござる」
「わかりゃいいんだ」
言いたいことだけ言うと、嵐は去っていった。
――さて――
「友規どの、どういう訳でござる」
拙者は友規どのに詰め寄った。
「悪りぃ、勇作。あいつ、言い出したら聞かねーから」
「詳しく、説明をこうでござるよ」
「そうだなぁ、何から説明したら良いかな?じゃあ、まず、【ファースト・クイン】の説明からだな。これは【ファースト・レディー】と【クイーン】を合わせた造語で、女の子のナンバーワンを決める大会みたいなもんだな」
「ミスコンみたいなものでござるか?」
「まぁ、そうだな。そんなもんだ。違うのはシステムだな」
「システム?」
ミスコンと拙者がどう関係あるのかさっぱり解らんでござるな。
システムというのもいまいちピンとこない。
「ミスコンってのは綺麗な女の子しか基本的に活躍できねーだろ?」
「そうでござるな」
「【ファースト・クイン】は別に綺麗じゃなくても、それこそ、女じゃなくても参加出来るんだよ」
「せ、拙者に女装しろと?」
「ちげーよ。百合愛、このオタク部屋、毛嫌いしてたけど必要だっつってたろ?」
「そうでござるな」
「この部屋見てみろよ、至る所に置かれた女の子のイラストとフィギアの山」
「まぁ、おなごが好みそうな部屋ではないでござるな」
「ポイントはそこじゃねぇよ。それらの殆どがお前の自作だってとこだよ」
「照れるでござる。何となく描いてみたもののはまってしまったでござるよ」
「百合愛はその自作出来るデザインの力を借りたいんだよ。自分がてっぺん取るためにな」
「どういう事でござる?」
「【ファースト・クイン】はネットと連動していて、女の子は仮想の世界のアバターとして、自分のイメージを投影したキャラクターを公開しているんだよ。女の子達は当然、殆どが自作では作れないから金払ってアバターをカスタマイズしている」
「架空のキャラクターでござるな?」
「女の子達はその仮想世界で、ナンバーワンになると色々特典がついてくるんで、やっきになってんだよ」
「しかし、百合愛どののアバターはすでにあるのでござろう?」
「あるよ。だけど、ウェイトレスバージョンだけな」
ウェイトレスバージョン?
「【ファースト・クイン】のコンテストは基本的に、普段アバターがしている職業やスポーツが一つ目、普段着が二つ目、ドレスが三つ目、水着とお色直し水着が四つ目と五つ目、自由な服装が六つ目と七つ目の計七つのコスチュームで採点されるんだよ」
「七つ?」
「アバターが一つもねーと顔を売れねーから仕方なくウェイトレスバージョンのアバターを作ったけど、それも気に入ってねーみてーだから、七つ全部作ってくれるデザイナーが欲しいんだよ」
「なんと!」
「噂じゃ、アバターデザイナーと契約するために大金払ったり、身体売ったりする女の子もいるみたいだしな」
「そ、そこまでするものなのでござるか?」
「仕方ねぇんじゃね。大きなコンテストに入賞とかすると本物にCMとかドラマとかの話が来たりするんだからさ。アバター本体は本人のイメージをスキャンしてるから本人が変わらない限りいじれねーし。だとするといじれるのはコスチュームとメイクだろ?メイクは本人が何とかするとして、コスチュームはデザイナーの力を借りるしかねーからな。んで、勇作の出番が来たって訳」
「友規どの拙者を、売ったでござろう、この裏切り者」
「しょうがねーじゃん、あいつ、デザイナー紹介しねーとやらしてくんねーって言ってんだから」
「拙者には全く無関係でござろう」
「いや、だからさ、百合愛をプロデュースして有名になれば、他の女の子がほっとかないって、そうすりゃモテモテよ」
「モテモテって……」
「こいつのすげーとこは七つのコスチュームで一つ百点の七百点満点で採点されるんだけどさ、ピックアップされる子って八百四十点とかなんだぜ。何でか解るか?」
「皆目検討もつかんでござる」
「だろうな。知らなきゃわかんねーだろうからな。何でかっつーと百点以上が出る場合があるからだよ。それまでの審査基準を大きく超えるコスチュームには百点以上つく事もある。上には今の所、一つ、千点まではオッケーって事になってるからそれでつくんだよ。百合愛のやつが勇作じゃなきゃだめなのは飛び抜けたデザインを出来るデザイナーがそう居ないって事なんだよね。まぁ、本人にその素質がなきゃ、いくらデザイナーが良くてもしかたねーけどな」
「買いかぶりでござる。拙者はそんな」
「その道じゃ有名だっつったら一発で食いついたぜ」
「拙者をエサにしたでござるか?」
「そうでござるよ」
「………」
友人だと思っていた友規どのに裏切られ、好きでもないおなごのために、コスチュームを作ることになった不幸な拙者。
時代は拙者に何をしろというのであろうか?
だが、友規どのの言うことが本当であれば、拙者にも……
あり得ない事だとは思いつつも、もしかしたらという期待を抱き、拙者は禁断の世界の扉を開けようとしていたのだった。
鬼の様な悪魔の様なおなごに追いかけ回されながら、拙者の天使達と出会えるような夢を見た。
これは夢かうつつか――
――それはまだわからんでござる。
001立花 勇作(たちばな ゆうさく)
本作の主人公。
女の子のイラストやフィギアを作るのが趣味なオタク。
自分はこれしかないと思い青春を自分の趣味に没頭していたが、ある時、珍客の乱入により【ファースト・クイン】という知らなかった新しい世界に目覚める。
百合愛にアバターデザイナーとして目をつけられる。
002日下 友規(くさか とものり)
勇作の親友で一般ピープル。
恋人の百合愛と関係を持ちたいがために、親友を売る裏切り者でもある。
勇作を【ファースト・クイン】の世界に引き込んだ男。
003宍戸 百合愛(ししど ゆりあ)
友規の彼女で【ファースト・クイン】で荒稼ぎすることをもくろむ邪悪な少女。
気が強く、利用できるものは何でも利用する。
彼氏の友規の友人に女の子の服とかを作るのが得意な変態が居ると聞き、勇作の部屋に乱入する。