序章タイトル

 序章 才媛の姉、オタクの弟


「おはようございます」
「あら、おはよう、紗唯(さゆ)ちゃん。今日も綺麗ねぇ」
「そんなことないです」
「みんな噂してるわよ。文武両道、才色兼備、気遣いもあって家柄も申し分なし。正に完璧超人だってね」
「オーバーですよ。そんなの」
「オーバーでも何でもないわよ。謙遜しないの。私の娘だったらって何度、思ったことか」
「ありがとうございます。私、こちらですので失礼します」
「じゃあね」
「はい」
 長坂 紗唯(ながさか さゆ)十六才。
 近所のおばさん達が言う様に、正に完璧な美少女だった。
 ある一点を除いては。
 その一点とは、彼女の双子の弟、長坂 陽太郎(ながさか ようたろう)の事だった。
 彼女と双子である陽太郎は容姿には全く問題はない。
 だが、彼は生粋の変態として近所では評判だった。
 色々と特殊な趣味を持つ者として、有名だった。
 勉強はおろそかにしていて、成績は下の中。
 運動神経も無かった。
 その全精力を特殊な趣味に使っているという。
 同じ双子で、どうしてここまで違うのか?
 近所では、七不思議の一つとして考えられていた。
 才媛として通っている姉、紗唯は出来るだけ、弟に関わらないで生きていこうと思っていた。
 所詮、自分とは住む世界が違う。
 そう思っていたのだ。

 だが、本音の部分を言えば、姉は弟が羨ましかった。
 自分を装う事無く、欲望のままに生きる弟が。
 実は、紗唯は誰にも秘密にしている事がある。
 自分のイメージではあり得ない事のため、遠ざけていた。
 いや、そもそも、そんな世界があるなんて事は知らなかった。
 偶然、弟の部屋で見つけてしまうまでは――
 最初は何なのか、解らなかった。
 何であんなものがあるのか。
 さりげなく弟に聞いてみようかと思ったが、本題には入らず、何となく、どういう趣味をしているんだと聞くと、出るわ出るわ、弟の特殊な趣向。
 だが、その中に、彼女の求めていたものは存在した。

 ――ガチャガチャ――

 そう、呼ばれるもので手にしたものであるらしい。
 そして、それにはそれの特別な世界も存在するらしい。
 ガチャガチャチャンピオンシップ――
 そう呼ばれる大会があり、出場者はお小遣い三百円を手に参加するらしい。
 勝負は運。
 ただ、それだけ。
 選手は百数十台のガチャガチャの中から好きな所でカラー消しゴムの入ったカプセルを一回出すことが出来る。
 レフェリーとなるのはその場に居たギャラリー。
 選手達はギャラリーの歓声により、その出てきたカラー消しゴムの優劣を競う。
 負けた者は相手にカラー消しゴムを渡さなくてはならない。
 非情なる一発勝負。
 それが、ガチャガチャチャンピオンシップだ。

 その世界大会ともなれば、七百円を手に五千台以上のガチャガチャでの一発勝負をするという。
 出てくる消しゴムフィギュアはそれぞれ専用のプロの細工師さんが、元手七百円で出来る世界でただ一つの品物だと言う。
 世間的には白い目で見られがちなその世界で、弟は世界屈指の選手であると言う。
 彼が世界大会で引き当てた十二体の消しゴムはオリンポスの十二女神と呼ばれているらしい。
 その弟の戦利品である世界で唯一の見事な消しゴムのフィギュア達が所狭しと部屋の中に飾られていた。
 姉はその世界に魅せられていた。
 両親からも期待され、世間の評判もすこぶる良い、今までの自分をかなぐり捨ててでも、足を踏み入れてみたい、魅惑に満ちたその世界がそこにはあった。
 消しゴムをちょっと借りようと思っていた彼女に弟は――
「これ、いっぱあるからあげるよ。ちゃんと消せるんで、大丈夫」
 と言って、マングースのカラー消しゴムをくれた。
 弟にとっては女の子のカラー消しゴム以外は大して価値が無いらしく、どうでも良いと思ってくれただけの話だったのだが、姉は、その渡された物に神の領域を感じた。
 ――そう、消しゴムフィギュアの作り手という見えない神を感じたのだ。
 まるで今にもコブラを食い殺そうかという迫力を感じたのだ。
 きっかけはマングース。
 弟は女の子のばかり紹介する。
 だけど、姉はこの作り物に芸術という領域を感じだのだった。

 姉はタダでさえ、美しく目立ちすぎる。
 だから、変装してガチャガチャをしようと思っていても、目立ってしまう。
 姉の立場ではその世界に足を踏み入れる事が出来ないのだ。
 だが、欲しい。
 どうしても、欲しい。
 姉はこの三百円(世界大会は七百円)に全てを込めた魅力的な世界の虜になりつつあった。
 それを我慢すれば我慢するほど、彼女の欲望を刺激した。
 お父様にガチャガチャをおねだりしてとも思った。
 だが、あれは、三百円に全てを賭けて、手にして初めて輝けるもの。
 弟はその甘美の世界を知っている。
 姉は我慢する。
 我慢するが、我慢できない。
 その内、勉強もスポーツも手がつかなくなって来た。
 このままでは何もかも失ってしまうかもしれない。
 気が狂いそうだ。

 苦しみ続けて、1月が経ち――
 姉はいつものように、才色兼備の仮面を被って、才媛を演じている。
 だが、その顔は晴れやかだ。
 彼女はブサ(イク)メイクを習得し、正体を隠して今日も向かっていた。
 ガチャガチャのある所へと。

 いつしか弟にも負けないくらいの消しゴムフィギュアが姉の部屋を満たしていた。
 姉の目標は弟の活躍する世界を舞台に自分も行くことだ。

 母は言う――
「ちょっと、紗唯ちゃん。最近、お手伝いさんが部屋のお掃除をさせてもらえないと言っているんだけど、どうしたの?あなたの事だから、部屋を散らかしているという事はないでしょうけど」
「えぇ。もちろん、そうですわ、お母様。私も十六才になったのだから、部屋の掃除は自分でしようと思っています」
「そう、なら良いのだけど、お手伝いさんがあなたが、部屋からおかしなかっこうをして出て行ったと聞いたものだから」
「き、気のせいですわ。そのお手伝いさんは疲れているんですわ、きっと。休ませてあげないと」
「そうよねぇ、あなたがおかしな人形を持っていたとも言っていたし」
「い、いやですわ、お母様。わ、私がそんなもの……」
 姉は必死で誤魔化した。
 家の人間に、自分の趣味を知らせる訳にはいかない。
 弟にもだ。
 これは姉だけの秘密。
 姉のガチャ道を極める物語が始まろうとしていた。
 3Dプリンターの進化と共に、この世界も盛り上がっていく。
 これは引きの女神と呼ばれる姉とガチャ界の帝王と呼ばれる弟を描く物語である。



 

キャラクタータイトル

001長坂 紗唯(ながさか さゆ)

 本作の主人公その一。
 文武両道、才色兼備、気遣いもあって家柄も申し分なし。正に完璧超人の超美少女。
 人々からうらやましがられる存在で、本人もそう思われる振る舞ってきた。
 十六才を迎えた彼女はある時、双子の弟の部屋に消しゴムを借りようと思って訪れた時、ガチャガチャの景品に目を奪われ、ガチャ道に目覚める。
 自分には縁のない世界だとは思いつつもその魅力に引き込まれていく。
 引きの女神と呼ばれる異名を持つようになる少女。



002長坂 陽太郎(ながさか ようたろう)の

 本作の主人公その二。
 出来が良すぎる姉を持つ双子の弟では近所では変態で通っている。
 良いところを姉に全部持って行かれたかのような弟だが、ガチャガチャの世界ではレジェンドと呼ばれている。
 姉をこの道に引き込む事になるマングースのカラー消しゴムを渡す。
 ガチャガチャチャンピオンシップ世界大会の常連で、その大会で出した女の子のカラー消しゴムはオリンポスの十二女神と呼ばれている。
 姉と違って欲望に忠実な弟である。



 

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