序章 告白
「ほ、本当に僕なんかで……?」
「うん。よろしくお願いします」
僕の名前は花霞 八雲(はながすみ やくも)十六才。
二人との会話で二回連続の驚きを経験した所だ。
一つは僕の憧れの人に目の前にいる彼女の事をよろしく頼むと言われた事。
もう一つはその彼女に告白された事だ。
絶対に、憧れているあの人と彼女はつきあうんだと思っていた。
これ以上無いくらいお似合いの二人だからだ。
だけど、憧れの人、幾瀬 光輝(いくせ こうき)君は、彼女は僕の事が好きだから、君が責任を持って、ふさわしい男になってくれと言われ、高嶺の花だった彼女、絶佳 渚(ぜっか なぎさ)さんからの逆告白を受けたんだ。
幾瀬 光輝と絶佳 渚――
二人は言わずと知れた、【ナリカク】のトッププレイヤーだ。
みそっかすの僕とは月とすっぽんだ。
知らない人のために説明すると【ナリカク】とは【なりきり格闘技】の略語で、針の穴を通す程の精度を誇るようになったモーションキャプチャーを利用して、プレイヤー同士が別室に入り、コスチュームを着て仮想世界で戦う新しいスポーツの事だ。
プレイヤー同士は別室に入るために、プレイヤー同士の接触は無い。
スーツに内臓されたバイブレーターとウルトラコンピューターの連携でダメージを計算し、ある一定以上のダメージは絶対に加わらない様にしているし、仮想世界での戦いなので、男女差や体格差などは全く考えなくて良い。
正に男女混合で出来る夢のスポーツだ。
更に、コスチュームにはキャラクター設定がしてあって、仮想世界では、そのキャラクターの能力、武器などが使えるようになっている。
それで、実際に戦ったらか弱い選手でも、戦い方次第では強い選手に勝てる様に、調節されているんだ。
SF・ファンタジーでの世界の能力が仮想世界でのスポーツとして使える事からも人気がもの凄くあって、全世界の競技人口は十億を超えると言われている。
様々な大会があるけど、その中でも十二大大会と呼ばれる世界大会はナリカクの世界での最強を決める大会と呼ばれている。
男性専用大会ジェントルカップと女性専用大会レディースカップも一つずつあるから、最大十一の大会に参加する事が出来る。
プレイヤーにとって、その十一の大会全てのチャンピオンになることが最大の夢でもある。
それが【ナリカク】という世界だ。
光輝君と渚ちゃんはそれぞれ、ジェントルカップとレディースカップの百位圏内に入るトッププロプレイヤーでもあるんだ。
対して、僕は【ナリカク】を初めてまだ、二ヶ月ちょっとの超初心者。
世界大会どころか、地方の大会を勝ち抜く方法すらよく解っていない全く頼りない立場だ。
光輝君と渚ちゃんは仲良し幼馴染み五人組の内の二人だった。
他に、陽炎 時雨(かげろう しぐれ)さん、川霧 銀河(かわぎり ぎんが)君、星霜 烈火(せいそう れっか)君の三人が居て、渚ちゃんは紅一点だ。
みんな、渚ちゃんの事が好きだったみたいで、渚ちゃんが【ナリカク】を始めたのを見て、他のみんなも【ナリカク】を始めたみたいだ。
その中でも、渚ちゃんと光輝君は別格で、他の三人は出遅れてしまったみたいだ。
とは言っても、僕からすれば、他の三人も雲の上の人だけど。
途中で、僕は渚ちゃんの誘いでこの仲良しグループに入れたんだけど、渚ちゃんが好きな他の男子達にとっては招かれざる客と言った感じだった。
ただ一人、光輝君だけは、親切にしてくれたけど、正直、なかなかそこに居場所が無かった。
そんな時、光輝君と渚ちゃんが僕を【ナリカク】の世界に誘ってくれた。
一緒の事をすれば、仲良くなれると思って誘ってくれたんだ。
だけど、初戦は惨敗。
その後も連敗だった。
才能のさの字も無かった僕は、為す術なく敗北を繰り返した。
それを見かねたのか、光輝君と渚ちゃんは忙しい試合の合間に交代で、僕に指導をしてくれた。
そして、ついに、念願の一勝をしたある日、光輝君と渚ちゃんにそれぞれ呼び出されたんだ。
最初は光輝君――
光輝君もやっぱり渚ちゃんの事が大好きなんだけど、彼女は他の男に夢中なようだから、それを応援する事にして、自分はナリカクの世界一を目指す事にした。
一度、フラれたけど、世界一になったら、また、告白する。
愛より夢を一時的に取るけど、世界一になったら、愛を奪いに行くから、君に残されたのは、俺が世界一になるまでの間だけだと思ってもらいたいな、それまでは、渚の事をよろしく――と告げられた。
そして、渚ちゃんにふさわしくないままだったら、遠慮無く奪って行くとも言われた。
何の事を言っているのかよく解らないまま、光輝君と別れ、次に会った渚ちゃんに――
「ずっと良いな、って思ってました。良かったら付き合って下さい」
と告白された。
急過ぎる展開に僕の思考がついていけていなかった。
相手は世界的スター選手だ。
どう考えても僕とじゃ釣り合いが取れない。
そう思っている。
だけど、彼女は――
「それなら、大丈夫。あなたは絶対、光輝君より強く輝くから」
とそう言った。
僕は彼女の期待に応えられるのか?
僕は本当に彼女にふさわしいのか?
戸惑いを隠せない僕に――
「光輝君だって、最初は、へたっぴだったよ。誰でも最初は素人。コツコツやっていけば、みんな最高の舞台に上がれるよ」
と笑顔で言った。
そんな彼女が眩しかった。
渚ちゃんは専用キャラクターコスチュームも作って貰えるようなトッププレイヤー。
僕は量産コスチュームしか着させてもらえないような駆けだしの素人。
彼女にふさわしい男になるための僕の挑戦は始まったばかり。
僕は、彼女の事が大好きだ。
ずっと、彼女の隣に居たい。
彼女と付き合いたい。
だから、どんなに惨めにうつっても、
どんなに無様な醜態をさらしたとしても、
最後には彼女との事を祝福されるような男になりたい。
僕の途方もなく遠い遙かな挑戦はこうして始まった。
僕にできることは遙かな目標では無く、まず、目の前の問題、次の相手に勝つ事だ。
勝って、勝って、勝って、勝ちまくって彼女と一緒に夢を追うんだ。
憧れの人に背中を押され、高嶺の花だった女の子に告白までされて、それに答えなきゃ、僕は男でいる資格はない。
僕はそう、気持ちを奮い立たせた。
今年は記念すべき、【ナリカク】誕生十周年記念イヤー。
この年に僕は大きく羽ばたく予定だ。
001花霞 八雲(はながすみ やくも)
本作の主人公。
気弱で自信がない。
だけど、コツコツと努力する事は昔からやめなかった。
そんな所を渚に認められ告白される。
憧れの人でもある光輝と渚に工夫の仕方を教わり、元々あった努力という才能と合わさりメキメキと力をつけていく。
002幾瀬 光輝(いくせ こうき)
主人公、八雲の憧れの選手。
世界大会の一つ、男性専用大会、ジェントルカップでは世界ランク百位圏内に入っているトップ選手。
渚の事が好きだったが、夢と恋愛は同時に追えないと思い、まずは、夢である、世界一を追うことに決めた。
八雲に渚の事を託して、世界を舞台に活躍していく天才。
003絶佳 渚(ぜっか なぎさ)
八雲に告白した、今作のヒロイン。
レディースカップで世界ランク百位圏内にある天才プレイヤー。
八雲の才能を信じて疑わない。
夢は男女混合大会で、八雲と最高の試合をする事でもある。
004 陽炎 時雨(かげろう しぐれ)
光輝や渚と仲良しの幼馴染み五人組の一人。
五人の中では唯一、一つ年上。
クールを装っているが、中味は熱い心の持ち主。
年上という事もあって、リーダー的な立場を持ちたいが、【ナリカク】のプレイヤーとしての格が光輝や渚より下回っているため、強い劣等感を持っている。
005 川霧 銀河(かわぎり ぎんが)
光輝や渚と仲良しの幼馴染み五人組の一人。
渚の事はアイドルとして見ている。
渚はみんなのものであり、誰か一人のものになることは許されないと思っている。
元々は、光輝の事を警戒していたが、彼女のハートを射止めたのが全くノーマークの八雲だったので、戸惑いを隠せない。
006 星霜 烈火(せいそう れっか)
光輝や渚と仲良しの幼馴染み五人組の一人。
思ったことを口にする熱血漢。
光輝を倒してから渚に告白するつもりだったのが、鳶に油揚げをさらわれるかのように、八雲が渚を射止めたのをよく思っていない。