第003話


第五章 第四のゲーム




「何が、ハッピーエンドよ……」
 その声は突然した。
 ついに、奈朝が現れたのだ。
 その表情は憎しみに歪んで見えた。
「奈朝ちゃん……」
「夕愛、あなたは、私から出会いを奪い、そして、私の力も次々に潰した。そして、彼方さんの気持ちも独り占め。許せない」
「そんな、これは奈朝ちゃんに会うために……」
「そ、そうだ、奈朝。僕は君とも話がしたい」
「許せない……許せない」
「だめだ、聞いてない。ウイルスが原因だ」
「奈朝ちゃん、聞いて。お願い」
「うるさい、うるさい、うるさーい!」
 首をブンブン振って怒りをあらわにする奈朝。
 そして、知らない内に、何かのダウンロードが始まった。

 未来の真の話ではウイルスに冒されたオンラインゲームは三つだった筈だ。
 四つ目がある訳ない。
 そうたかをくくっていたが。
 甘かった。
 夕愛が三つのゲームをプレイしている間、四つ目のゲームを奈朝自身が作り出していたのだ。
 ゲームが立ち上がる。
 タイトルを見ると――
 【プラネットキングス】
 とあった。
 聞いたこともないタイトルだった。
「時間が無かったから、RPGは作れなかった。だから、これは、格闘ゲーム。惑星戦士達が、お前を倒す、夕愛」
「奈朝ちゃん、何言って……」
 四つ目として登場したのはどうやら格闘ゲームのようだ。
 敵キャラクターと順番に戦って最後にボスキャラを倒せばクリアというものだろう。
 上空三百メートルくらいの所に宇宙空間のようなものが映し出される。
 そこが、戦いの舞台なのだろう。
 夕愛は奈朝と話会うために、上空に飛んだ。
 そして、ミニチュアの地球と思われる惑星に降り立った。
 そこで待っていたのは――
「よく来たな、月の戦士、ハッピーリセ」
「は、ハッピーリセ?」
 夕愛はあっけにとられた。
 彼女の名前が【ハッピーリセ】とやらになっていたからだ。
「私は、地球の王、アースマンだ。侵略者、ハッピーリセ、お前はここで死ぬ」
「え?え?何を言って……」
「問答無用、いくぞ」
「ま、まってくださいって、ちょっと待って」
「逃げるな、戦え、ハッピーリセ」
 どうやら、夕愛は【ハーピーリセ】というキャラクターとして、太陽系の各惑星代表の戦士と格闘する事になったようだ。
 出来損ないのスーパーマンの様な格好のマッチョが夕愛に襲いかかる。
 正体不明の謎のゲームでは攻略法などの情報が全くない。
 そんな状態で戦うのはかなり難しい。
 女学生の様なかっこうをしているのはわかるが、己の能力もよくわかっていないのだ。
「くらえ、アースクラッシャー」
「ぼ、暴力反対」
「プラネットボンバー」
「や、やめて」
「マックスアタック」
「いやん」
「逃げてばかりだと勝てないぞ、戦え、ハッピーリセ」
「私は夕愛ですぅ、ハッピーリセじゃありません」
「何を言うか、サンダータイフーン」
 逃げまどう夕愛だったが、絶えず攻撃を仕掛けてくるアースマンに堪忍袋の緒が切れた。
 その時、真が言っていたワクチンの事を思い出した。
 ワクチンは奈朝の持つウイルスに対する対抗エネルギーでもある。
 イメージだ。
 イメージするのだ。
 今の状態で、出来ること。
 ハッピーリセ――
 ハッピーになれること――
 そうだ、歌だ。
 歌なら今の状態でもできる。
 でも、歌でどうすれば――
 歌――♪音符――
 そうだ、音珠(おとだま)だ。
 それが、私の武器。
 音に反応する珠を作って、私のイメージする攻撃をするんだ。
 そう思った夕愛はイメージを固めていった。
 奈朝にもゲームを作り出す力があったのだ、夕愛にだって、何か力があるはずだ。
 それが、歌の力なんだ。
 イメージが決まり、次々とカラフルな珠が出てくる。
 その珠を一つ割ると中から新体操のリボンの様なものが出てくる。
 これは武器になるかもしれないと思った時、相手を分析する余裕が出てきた。
 アースマンがこれまで繰り出した技は――
 アースクラッシャー、プラネットボンバー、マックスアタック、サンダータイフーンの四つだ。
 技の名前こそ派手だが、全て、遠距離用の放出系攻撃だった。
 サンダータイフーンなど、名前と技の能力が合っていなかった。
 薄く赤みがかった半透明の衝撃波のようなものだったのだ。
 この辺は奈朝が慌てて作ったために起きたバグのようなものだと思える。
 おそらくは、ラスボスに近い程、作り込んでいるのだろうが、末端――初戦などに神経を回す余裕がなかったのだろう。
 作り込みがかなり雑だった。
 マッチョな体型を全然活かしてない攻撃しかしてきていない。
 それが、罠だとも考えられるが、そこまで計算している余裕があったかというとおそらく、無いだろう。
 作り出す時間は夕愛が三つのゲームをクリアするまでの時間しか無かったのだから。
 だとすれば、見た目こそ強そうだが、その実は大した相手ではない。
 夕愛はそう分析した。
 音珠はアースマンは割ることは出来ない。
 割れるのは夕愛だけ。
 その特性を活かして、夕愛は歌いながら、音珠を増やしていき、その音珠を割ってその中から現れたアイテム等を駆使して戦っていった。
 最初は慣れなかったのでかなり、もたついたが、慣れれば、夕愛には合っているバトルスタイルだったのか、あっという間にアースマンを追い詰め、撃破した。

 WINのマークが飛び出す。
 文字通り勝ったという意味なのだろう。
 続けて、夕愛は火星に飛んだ。
 それが次のステージだからだ。
 火星の代表者は――
「我々は火星人だ」
「我々って、あなた一人じゃないですか」
「うるさい、黙れ、このマーズがお前を倒す」
「マーズっていうより、大昔の火星人っていう感じのお姿ですね」
「お前、今、俺をタコと思ったろう」
「いえ、昔の宇宙人と思いました」
「黙れ、俺はタコと言われるのが、一番勘に障るんだ」
「タコとは言ってません、昔の……」
「今、タコと言ったろーが」
「今は、その」
「隙アリ、タコ墨プラズマ」
 マーズは墨の塊を吐いた。
 正直、何処が、プラズマなのかさっぱりわからない。
「タコがお嫌いなのに、タコの名前の入った技を使うんですか?」
「俺は良いんだ。だけど、他人にタコと言われるのが嫌いなんだぁ」
「うーん……よくわかりませんが、あなたとは会話が成立しない気がするので、このまま倒させていただきます」
「そいつはどうかな?」
 悪者のお約束の一つ、巨大化をするマーズ。
 だけど、三つ目のゲームで、巨大モンスターとの戦いは経験済みだ。
 あくまでも事務的に音珠を増やして、音珠の塊をマーズの口に放り込み、中で誘爆させて倒した。

 やはり、WINの文字が出て、次の目的地に飛ばされる。

 次は、木製だ。
 木星はおそらく次の土星と同様に木星型惑星と言われ、巨大なガス惑星なのだが、このゲーム上での木星はちゃんと地面のある地球型惑星になっている。
 この分だと、海王星や天王星の氷惑星も普通の星の様になっていると見ていいだろう。
 木星の代表者は――
「ザワザワザワ、我は木霊」
「……変な方ばかりですね、ザワザワザワってご自分でおっしゃっているのは何かの演出かなにかですか?」
「ザワザワザワ、これは物音」
「えーと……それはおいとくとして、今度は大木型のモンスターさんですね」
「ザワザワザワ、お前は包囲された」
「そのようですね。同じ様な方がびっしり、私の周りに集まって来られている見たいですし」
「ザワザワザワ、どれが本物かわかるまい」
「多分、全部本物なんですよね?」
「ザワザワザワ………」
「図星ですね。では処理させていただきます」
 そう言うと、歌いながら音珠を出して回った。
 正直、前の二戦では音珠を使いこなしていなかったので、今回のたくさんの大木、木霊達を相手に練習をする事にした。
 練習相手としては申し分なかった。
 強さのレベルもその数も経験値稼ぎとしては十分だった。
 多少時間はかかったが、木霊も無事に倒す事が出来た。

 お約束のWINの文字を確認して、次の目的地、土星へと向かう。

 待っていたのは――
「我が輩は土塊(つちくれ)である。いざ、尋常に勝負されたし」
「……これまでのお相手のレベルという訳には行かなくなって来たようですね。何となくお強い気配を感じます」
「やればわかる。さあ、こい」
「迂闊に踏み込めばやられちゃう気がするので、ちょっと間合いを取らせていただきます」
 ジリジリと土塊が間合いを詰めれば、夕愛はその分、引いて交わすという間合いの取り合いが続いた。
 それはまるで、達人同士の死闘の様だった。
 夕愛は解っていた。
 土塊の腕に触れると、夕愛のデータは腐り落ちると言うことが。
「さすがだな」
「何がですか?」
「我が輩の腐拳(ふけん)、見抜いておったか」
「何となく、その手に触ると良くない事が起きるような気がしたので、警戒させていただいてます」
「ほーう……ところで歌わないのか?」
「えぇ。歌いません。もう一つ、何か隠してらっしゃいますよね?」
「バレたか。では、どうする?どうやって戦う?」
「この土星の輪は記録媒体。あなたを倒すのに使った攻撃はコピーされるんですよね?」
「そうだ。仮にこの戦いに勝ってもゲームマスター、奈朝様により解析され、次の天王星から利用されることになる。よく解ったな?」
「土星の輪がDVDの様に見えたので、かまをかけて見ました。当てずっぽうだったんですけど、当たって良かったです」
「当てずっぽうか……なら答えるのではなかったな。我が輩はバカである」
「少し会話を控えていただけるとありがたいのですが。今、あなたの攻略法を考えていますので」
「ならば、こちらから仕掛けるのみ、いくぞ」
「来なくて良いですって訳にもいきませんねって、はいっあぶないです」
「よく避けた。が、次はそうはいかん」
「なんの」
 夕愛と土塊の一進一退の攻防が続いた。
 夕愛は触れられれば負けるという危険な状況でなおかつ、使った技が研究されるという状態での不利な戦いを強いられた。
 が、柔よく剛を制す。
 夕愛は前のゲームでの経験値を活かし、土塊による腐拳、拳の一撃を交わすと同時に、腐食液の及んでない彼の肘を押し、腐拳の腕を土塊の顔にかすらせた。
「ふっ……見事である」
「好敵手と書いてライバルでした、あなたは」
 崩れ落ちて文字通り腐った土塊となる土塊。
 一歩間違えば、こうなっていたのは夕愛の方だった。
 それだけ、ギリギリの戦いだった。

 それを見ていた彼方は――
「もう、いい。もう良いから戻ってこい、夕愛」
 心配で心配でたまらなかった。
 大丈夫です、彼方さん――
 とでも言うかのようにウインクをしてみせて、次の天王星に夕愛は向かった。

 そして、天王星で待ちかまえるのは――
「僕はウラヌス」
「こんにちは。あなたからも強敵風な感じがビンビン感じられますね」
「ありがとうお嬢さん。でも手加減は出来ないな」
「そうでしょうね。あなたも奈朝ちゃんの刺客さんですものね。今回も、勝たせていただきますよ」
「それはどうかな?」
 ウラヌスは雲を操った。
 雲の中から武器の様な物が飛び出す。
 形こそ違うが、夕愛の音珠と同じ種類の力だろう。
 ただ、歌うほど、飛び出す音珠と違って、雲の大きさや数は有限。
 その違いはあった。
 だが、武器の扱いは夕愛より数段レベルが上のようで、夕愛の方は下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦で、絶えず、新しい武器を使って対抗していくしかなかった。
 手数は夕愛の方が上でも武器の扱いは向こうが一枚も二枚も上手。
 夕愛の劣勢は明らかだった。
 せっかくの音珠もこの戦い方ではウラヌスを倒せないというのがはっきりと理解できた。
 それだけ、実力に差があった。
 次第に追い詰められ、もうダメだ――
 そう思ってしまっていて、つい、攻撃が雑になった時、
「うぁ……」
 ウラヌスのこめかみに軽く攻撃がヒットした。
「え?」
 何が起きたのか夕愛は理解出来なかった。
 何で攻撃が当たったのか解らないのだ。
 だけど、しっかり戦いを見ていた彼方が的確なアドバイスをくれた。
「連鎖だ、夕愛、その音珠は連鎖で使う事で本来の力を発揮するんだ」
「連鎖……ですか?」
「させないよ」
 ウラヌスが襲いかかる。
 猛ラッシュを仕掛けてきていた。
 考えさせたら、ウラヌス攻略の糸口を掴む事を解っているため、考えさせないように、間髪入れない攻撃を仕掛けていったのだ。
 夕愛がその答えにたどり着けたら、自分が負けると解っているのだ。
 その部分についてはさすがだというべきである。
 だが、考えられないのなら、既に答えにたどりついている彼方が解説して夕愛に伝えればすむことだ。
「夕愛、今までお前は音珠は単発の攻撃として使って来た。だけど、そうじゃないんだ、それの本当の使い方は。音珠同士の誘爆を防ぐ為にバラバラに使っていたんだろうけど、音球同士はくっつけて使うんだ。だけど、ただくっつけるんじゃ意味がない。同じ色だ。同じ色同士の音珠をくっつけることで連鎖反応が起きる。それで、より、強力な効果が生まれる」
「はいです。サンキュです、彼方さん」
「いけー」
「いっちゃいますよぉ」
「ちっ……」
 彼方に分析され、勢いは一気に、夕愛に傾いた。
 が、ウラヌスもタダではやられない。
 雲から巨大な槍を取り出し、その一撃に全てをかける。

 結果は――

「もうちょっとだったんだけどな……残念、僕の負けだ」
「連鎖に気付かなかったら、私が負けていました」
 ウラヌスは敗れた。

 そして、次の目的地、海王星へ
 待っていたのは――

「お主がハッピーリセか」
「本当は違うんですけど、設定上はそうなっているみたいです。本名の夕愛でお呼びください」
「拙者は海皇(かいおう)、いざ参る」
「すみません。あなたも強敵の匂いがプンプンですが、私は先ほどの戦いで随分レベルアップしましたのであしからず」
「拙者の負けでござる」
 音珠の連鎖を覚えた夕愛は経験値が極端に上がり、本来ならば、ウラヌスと同等のレベルである海皇相手に瞬殺での勝利をおさめた。

 海王星まで来たので、目的地が太陽系の内側へと反転し、今度は金星へと向かう夕愛。
 金星までは距離があるので、天王星、土星、木星へと星を戻っていくイベント映像が流れる。
 そして、火星に近づいた頃――

 ドクン

「え?」
 火星を通り過ぎる時、何かの鼓動のような音が聞こえた。
 思わず、通り過ぎて地球に向かう夕愛は振り返ったが、火星に変化は見られない。
「な、なんだったんだろう?」
 首をかしげながら、地球を通り過ぎて、金星へとたどり着く。
 待っていたのは――

「待っていたわ。私の名前はヴィーナスクイーン」
 初めての女性型敵キャラだった。
 イメージで言うとヴィーナスというよりはキャバ嬢と言った方がしっくりくるだろうか。
 派手な世界の女の子と言ったイメージのキャラクターだ。
「私のお友達にはいないタイプの女性ですね」
「私は敵よ。あなたのお友達になった覚えはないわ」
「そうでした。あなたにはウラヌスさんや海皇さんのようなプレッシャーは感じられません。悪いんですけど。早々に倒させていただきます」
「それは私の特殊能力を破ってから言って欲しいわね。受けなさい、データロスト!」
「?何をしたんですか?行きますよ」
 一瞬光った何かを見た気がした夕愛だが、かまわず攻撃を仕掛けた。
 だが、連鎖は使わない。
 それを見ていた彼方は
「何をしているんだ、夕愛、連鎖だ、連鎖、連鎖を使え」
「………」
 だが、彼方の連鎖という言葉に夕愛は無反応だ。
「どうしたんだ、夕愛、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、彼方さん、頑張っちゃいます」
 連鎖という言葉を言わなかったら普通に反応する夕愛だった。
「そうか、連鎖だ、連鎖を使えば勝てる相手だ」
「………」
 だが、連鎖という言葉を入れるととたんに無反応になってしまう。
「ほほほ、無駄ですよ。野次馬さん。私は彼女から連鎖というデータを抜き取ったのだから。連鎖というキーワードを使えば、彼女はフリーズする。フリーズするという事は、私の格好の餌食って事になるんですよ」
「な……そんな」
 弱いと思って油断したが、とんだ伏兵だった。
 スキルアップにもつながっている連鎖というキーワードを抜かれた夕愛は連鎖が使えない状態に戻ってしまっている。
 そんな状態ではヴィーナスクイーン相手にも苦戦する事になる。
 正直、他の攻撃は大したことないが、データロストだけは厄介だった。
 連射は出来ないようだが、データロストの光を見る度に何かのデータを奪われるようだ。
 二発目を喰らう前に、ヴィーナスクイーンを倒さないと次は音珠自体を奪われたら、攻撃力が0になってしまう。
 打つ手無し――
 そう思われたが、実は、夕愛は海王星から戻る時、土星を通り過ぎた時、土星の輪から、一部データを引き出していた。
 引き出したデータは土星での敵、土塊のデータだった。
 彼の腐拳の元になっていた、両腕だけは、土塊にならずに残っていたので、それをデータ保存して持ってきていたのだ。
 戦意喪失したと思って、トドメを刺しに来たヴィーナスクイーンにカウンターで急遽、データ召喚した土塊の腕を当てた。
「ぎゃあああああああ」
 土塊の腕の効果でみるみる崩れ落ちるヴィーナスクイーン。
 念のために持ってきて良かったと胸をなで下ろす夕愛だった。
 ヴィーナスクイーンが倒れた事によって、夕愛は連鎖の情報を取り戻した。

 そして、次の目的地、水星へと向かう。
 そこで、待っていたのは――

「待ってたクア。ぼっきゅんが水星の守護者、アクアンだクア」
 ゆるキャラ風の敵キャラ、アクアンだった。
 何となくイルカかシャチ辺りを擬人化した様な姿をしている。
 語尾の【クア】はキャラクターの特性だろうか?
 水星は辺り一面、水の星という設定になっているようだ。
 水の中をすいすい泳ぎ回るアクアン。
 対して、夕愛は制服が水を吸って、動きが鈍くなってしまっている。
 音珠を出すには息継ぎをして歌わないといけないので、出しにくい。
 また、水中だと、音珠の動きも遅いので、連鎖が作れても、ヒットさせにくい。
 実力的にはウラヌスや海皇より弱そうだが、場所が水中とあって、アクアンにかなり有利に働いているようだ。
 夕愛にとってはかなり不利な戦いの舞台となる。
 だが、彼女は慌てない。
 呼吸時に、作り出した僅かな音球を使って、大きな空気ポンプをいくつか作り出す。
 空気ポンプから送られてくる空気を吸いながら上手く、熱唱して、水中でも音珠の連鎖を作り出した。
 後は、その音珠の連鎖を駆使して攻撃をすれば、同じ条件になる。
 アクアンはそれに気付いて空気ポンプの破壊を試みたが、少し遅かった。
 見事、夕愛はアクアンを撃破した。

 水星のボスも倒した事により、いよいよ、最終目的地となる太陽に向かう事になった。
 そこで待っていたのは――

「我にはむかいし、愚か者よ、この太陽~がお前に引導を渡してくれる」
「お、おっきいですね、ビックリです」
 地球サイズの大きさの炎の塊、太陽~だった。
「太陽フレア!」
「熱ち、熱ち、熱いです」
「~罰を受け入れよ」
「いやん、音珠が焼き尽くされてしまってます。どうしましょう」
 太陽~の攻撃、太陽フレアの威力は凄まじく避けるだけがやっとだった。
 音珠も割る前に焼き尽くされてしまい、太陽の熱でどんどん、体力が奪われていった。
 早めに決着をつけなくては体力が〇になってしまう絶対絶命の状況だった。
「なにか――なにかないでしょうか……」
 夕愛は考えた。
 考えて、考えて、考えぬいた。
 それで、出した結論は、一旦、離脱して、太陽から離れた。
 そして、酸素の行き届いた地球まで戻って、力の限り歌い、超大型の衝突型円型加速器を作り出した。
 目的はブラックホールを造り出す事だった。
「行っちゃいますよぉ〜」
 ちょっと気の抜けるかけ声と共に、夕愛は作り出した疑似ブラックホールを太陽に解き放った。
 疑似ブラックホールはみるみる太陽を飲み込み、太陽毎、太陽~を吸い込み、倒した。

 お約束のWINの文字が浮かぶ。

「やった、やりましたよ、彼方さん」
「やったな、夕愛」
 空中に作り出された疑似宇宙と地上で喜び合う二人だったが――

「まだ、終わってない」
 と声が聞こえた。
「奈朝ちゃん?ですか?」
「火星で待っているわ」
 奈朝の声は疑似宇宙の火星から聞こえた。
 そこで、さっき、火星を通り過ぎた時、感じた謎の鼓動の意味を確信した。
 奈朝が、火星で最終決戦の準備をしていたのだ。
 火星といえば、ウイルスを送り込んだ人工火星人達の本拠地でもある。
 ウイルスに冒されている奈朝が最後の決戦の地として選択するのも頷ける。
 夕愛は疑似宇宙の火星に再び降り立った。




第六章 夕愛VS奈朝




 待っていたのは――

「待っていたわ、ハッピーリセ、いえ、夕愛。私が最後の相手よ」
「奈朝ちゃん……」
 ついに、奈朝が現れた。
 顔は夕愛にそっくりだった。
 元々、二人とも一日がベースになっているので、当たり前だが、まるで双子の様にそっくりだった。
 違いと言えば、夕愛がロングのストレート、奈朝がポニーテールという所だろうか。
 最愛の一日そっくりなので、彼方はドキドキした。
 夕愛に迫られても、奈朝に迫れれても彼は断りきれないだろう。
 他の部分で解る違いと言えば、夕愛は一日の喜怒哀楽の【喜】の部分が強く出ているのに対し、奈朝は【怒】の部分が色濃く出ている感じがする。
 気性の激しい部分が奈朝に引き継がれているようだ。
 だとすると、まだ、見ていないVRPの二人は、【哀】と【楽】の部分のイメージを強く持っているという事だろうか?
 夕愛も【喜】の部分を多く持っているからと言ってそれだけでは無いのだが、未来の世界の一日達はそれを一人一人のVRPに込めたのだろう。
 【怒】の部分を多く持つ、奈朝は彼方と一緒になれないという運命に対する怒りが行動の原動力になっているのかも知れない。
 もともと、穏やかな性格の一日だから、その怒りの部分は小さいものだったのだろうが、それが、人工火星人達の持ち込んだ、ウイルスによって、それが増幅、強調されてしまったのだろう。

「奈朝ちゃん、考え直そうよ。私達は戦うべきじゃない」
「黙りなさい、夕愛。よくも私から出会いを奪ったわね」
「順番じゃないよ、奈朝ちゃん。私も最高の出会いを知らない人に取られちゃった。だけど、大事なのは出会ってから彼方さんと作る時間だと思うの……」
「私は出会いを司ってたのよぉ〜」
「怒らないで。出会いを取ってしまったのはごめんなさい。だけど、私達、みんなバラバラになっちゃったし、だから……」
「出会いは私なのよぉ〜」
 とても、一日の生き写しとは思えない程、歪んだ表情を浮かべる奈朝。
 一日にこんなに激しい部分があったのかと彼方は驚きを隠せなかった。

 未来の真は夕愛が基点になると言っていた。
 だから、夕愛を守らねば、彼女達に明日は無い。
 だけど、今、夕愛を応援すれば、奈朝は激昂するだろう。
 だから、表立って夕愛の応援は出来ない。
 それに、奈朝にだって負けて欲しくない。
 彼方は悲しい気持ちになった。
 どちらが勝っても虚しい結果になるような戦いだからだ。
 何とか良い落としどころを探さなくては――
 そう思うのだが、何にも良いアイディアは思いつかなかった。
 つくづく無力だという事を思い知らされる彼方だった。
 そんな彼方の苦しみを余所に夕愛と奈朝の戦いは始まった。

 奈朝が次々と異形のモンスターを生み出し、けしかける。
 夕愛は音珠の連鎖を作り出し、それに対抗していく。
 ウイルスとワクチンの戦いが始まったのだ。
 激闘は何時間にも及んだ。
 勝負は互角――とはいかなかった。
 力ではほぼ互角なのだが、それまでに連戦をこなしてきた。夕愛にはかなりの疲労がたまっていた。
 このまま戦い続ければ、先にへばるのは夕愛なのは明白だった。
 現に、段々、夕愛が押されて来ていた。
 何とか、攻撃をかわしているが、それでもチクチクと小さなダメージが蓄積されているのが、わかる。
 夕愛だけでは負ける。
 それだけは確実だった。
 夜通し戦いは続き、ついに朝になってしまった。

「もう、朝だ。二人ともやめてくれ」
 彼方は叫んだが、戦いに夢中の二人に声は届いてないようだった。
「許さない、許さない……」
「彼方さんのために負けられません」
「私の出会いを奪ったんだ、私の出会いを」
 二人が戦いながら、しゃべっていた。
 夕愛は彼方のためにと。
 奈朝は出会いを奪われたという事をひたすらつぶやいていた。
(出会いを奪った?……そうか!)
 改めて、奈朝の恨み節を聞いた彼方は思いついた。
 そして、都合良く、今は朝。
 奈朝の司る時間帯だ。

「すぅ――」
 彼方は息を大きく吸い込んだ。

 そして――

「好きだぁ〜奈朝ぁ〜!」
 大声で叫んだ。
「え?」
「な……」
 戦っていた夕愛と奈朝は動きを止めた。
 何が起きたのか理解出来なかったからだ。

「夕愛は確か、【夕方に告白を受けました】だったな。でも、君は僕に出会ってしまった」
「何を言っているんですか、彼方さん……」
「夕愛、そして、奈朝、これは交換だ。【出会い】は奈朝から夕愛に、【告白】は夕愛から奈朝に。これでおあいこだ。どうだ、文句あるか!」
「ない――無いよ、彼方。大好きだ、私も」
「ちょ、ちょっと、告白は私ですよ」
「だからだ、夕愛。告白は奈朝に譲ってくれ。それで痛み分けだ」
「そんなぁ、彼方さぁん」
「夕愛、お前の悔しい気持ちを奈朝もずっと感じてたんだ。それをウイルスにつけ込まれたんだ。だけど、もう大丈夫、夕愛、奈朝を癒してやってくれ」
「は、はい……」
 彼方に促され、夕愛はレクイエムを奏でた。
 奈朝の中のウイルスは浄化され、彼女の表情から棘が取れた。

「彼方、さっきの言葉は本当か?」
「う、うん」
「ちょっと、奈朝ちゃん、離れて下さい。彼方さんは私と」
「夕愛、ちょっと、今、良いところ何だから、少し黙ってて」
「むきぃー、離れて下さいってば」
「喧嘩するなって」
「だって、奈朝ちゃんが」
「これからは私もだ。半分こだ」
「でもでも、私、まだ、告白されてません」
「告白は私が貰った。お前は出会い。それでオッケー」
「そんなぁ」
「仲良くしろって」
 軽くもめてはいるが、奈朝の件は一件落着と思って良い状態となった。
 その事が確信出来て一安心する彼方だった。




第七章 唯夜(いよ)と真昼(まひる)




「良かった。マジで良かった」
「そうね。一時はどうなることかと思っちゃった」
 彼方達から報告を受けた未来の真と奈留は安堵した。
 一日の手紙にあった最初の脅威、奈朝の事が解決したと思ったからだ。
 だが、まだ、唯夜(いよ)と真昼(まひる)の件もある。
 安心するのはまだ早いと気を引き締め直した。
 一日の手紙が本当なら、次に、夕愛と加わった奈朝の前に立ち塞がるのは【哀】の部分を持つ、【夜】を司る唯夜だ。
 一日は悲しい事があると黙る癖があった。
 それを色濃く受け継いだ、唯夜は感情表現が他のVRPと比べて乏しい。
 その唯夜は時空を渡った時の影響で自由にデータを実体化出来ると手紙に記されていた。
 奈朝の時の人工火星人によるウイルスの指摘と言い、亡き姉の想像力のたくましさには驚かされるが、奈朝の事は本当に起こった。
 今度も本当に起きるかも知れない。
 念には念を入れた方が無難だろう。
 実体化出来るという事は彼方に触れることができるという事だ。
 それは、触れない夕愛や奈朝にとってはかなり不利な状況と言える。
「ふぅ…多少、バグが残っているが、仕方ねえ、あれを送るか…」
「あなた、あれってまさかあれなの?」
「しゃあねぇだろ、時間無ぇいし」
「そうだけど……」
 実体化出来る唯夜への対抗アイテムは既にある。
 だが、真も奈留も気が進まない感じだった。
 そのアイテムの名前は【ヨルトモ】といった。
 元々、一般VRP用に開発された【感触】を得るためのアイテムだった。
 彼方の生きている時代では珍しいが、未来においてはVRPは基本的に一般化した存在だった。
 そのため、生涯の伴侶としてVRPを選ぶ若者も少なくなく、それが社会問題ともなっていた。
 ヴァーチャル・データのVRPを一気に社会問題に引き上げたのは【ヨルトモ】だった。
 VRPは本来、孤独な人間との対話を目的に開発されたデータだった。
 そのため、触感――触る事には対応していなかった。
 夕愛達は別だが、普通のVRPはホストコンピューターと姿形を映すための転写装置。
 最低限、それだけ有れば低スペックのVRPは機能する。
 だが、それに満足しないユーザー達の間で、作られたアイテムが、【夜の共】通称、【ヨルトモ】だった。
 生身の女性の質感を再現するためにかなりの研究が繰り返され、そのアイテムは細部までの感触が再現された。
 それはエッチが出来る所まで表現されていて、それによる妊娠――ではなく、射精による基本データが破壊されるという事態が起きているのだ。
 生身の様に触れるようになるという事は何が起きてもおかしくないのだ。
 突然、暴漢に襲われる事だって無いとは言えないし、彼方と結ばれる事だってあり得る事だ。
 でも、それが、VRPにとって、高い確率で死(データの消滅)につながるという事が懸念材料としてあるのだ。
 真はユーザーから権利を買い取って、【ヨルトモ】の名称を【ヌクモリ】に変更して、さらに、安全性を高める研究を続けていたが、それはまだ、完成とは言えないものだった。
 本当なら【ヨルトモ】の危険性を完全に排除してから【ヌクモリ】として出したかったが、現状はまだ、【ヨルトモ】を改善したレベル止まりとなっていた。

 唯夜には虚像を実体化させる力がある。
 奈朝の時の様に、映像が外の世界で動き出しても触れないという状況ではないのだ。

 そして、後に控えている真昼――
 彼女が現れる前に、唯夜も仲間にしないといけない。
 三人がかりで押さえ込まないと最強の力を持っているとされる真昼は抑えきれないのだ。
 真達は意を決して彼方の時代に、【ヌクモリ(ヨルトモ改、状態)】を送り込んだ。
 そして、そのまま、対真昼用の研究を始めるのだった。

「ちょこりんこ」
その様子を妙なテンションで覗いている影があった。
 真昼だった。
 楽しみを司る【楽】の部分を多く持つ彼女はタイムマシンを逆走して未来の真のいる時代に戻って来ていたのだ。
 キョロキョロ辺りを探ってまたどこかに消えた。

 真昼――
 彼女はとにかく行動が読めなかった。
 一日のVRPプロジェクトで一番手を焼いたのは彼女の行動プログラムだった。
 しょっちゅう暴走し、開発チームを悩ませた。
 プログラムの補強に補強を塗り重ねていく内に、彼女は4名のVRPで最強の力と他の3名よりずっと幼い精神年齢――良く言えば無邪気な心を持っていた。
 悪く言えば、おてんば、いたずらっ子だった。
 素のままで放っておくと危険かもしれないのだ。
 他の3名との共有イメージを持つことで精神バランスを保っていたのだ。
 だが、タイムマシンの事故で4人はバラバラとなり、精神の支えを失った真昼は暴走したとして判断された。
 彼女は楽しい事を探して、とにかく動き回る。
 そして、何かを見つけたら、遊ぶのだ。
 周囲の迷惑などお構いなしに。

 唯夜と真昼――
 奈朝の時、以上の危険性を孕む二人に対抗するためのサポートアイテムをとにかく、送るしかない。
「ぶっ倒れたら、介抱たのむ」
「私もお手伝いします」
「二人とも倒れる訳にはいかねぇ、お前は休んでくれ。俺が倒れたら、代わりに作業を続けてくれ」
「わかりました。あまり、無茶しないでね」
「彼方さんのためとなりゃ、ちょっとやそっとの無理は仕方ないだろ」
「そんなのお兄ちゃんは喜ばないわよ」
「解ってるよ、そんな人だから幸せになってもらいたいんだろうが」
「そうね」
「さてと、早速、始めっか」
 真は老体に鞭打って、徹夜を覚悟した。


 

登場キャラクター紹介

001 春風 彼方(はるか かなた)

春風彼方  愛する一日と永遠の別れを経験してしまった少年。
 生涯にわたって独身を貫くが、それを知った一日にバーチャルリアルパートナーを送られる。















002 大切 一日(おおぎり かずひ)

大切一日  愛する彼方と永遠の別れを経験した少女。
 不治の病にかかり、未来において特効薬が出来ると信じてコールドスリープすることになる。
 40年後、完治するも彼方が独身を通した事を知り、過去に自身を投影した4体のバーチャルリアルパートナーを送ってもらう。









003 大切 真(おおぎり まこと)

大切真  一日の弟。
 40年後には3つの会社のCEOを経験し、悠々自適な生活を送っていたが、姉が目を醒ました事をしり、姉の為にバーチャルリアルパートナーを作り、過去に送る事になる。
 姉が大好きで40年前には彼方に対して、反発していた。


004 大切 奈留(おおぎり なる)

大切奈留  旧姓、春風で、真と結婚した。
 彼方の妹。
 彼方が大好きだったため、40年前は真と犬猿の仲だったが、彼方と一日の悲しい別れを共に悲しむ内、何時しか真と共に歩む人生を選択。
 真同様に彼方と一日の為に未来の世界から協力する。


005 夕愛(ゆうあ)

夕愛  一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
 ロングストレートの女の子。
 夕方と告白を司る。













006 奈朝(なあさ)

奈朝  一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
 ポニーテールの女の子。
 朝と出会いを司る。












007 唯夜(いよ)

唯夜  一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
 ボブカットでボーイッシュな女の子。
 夜と恋人を司る。















008 真昼(まひる)

真昼  一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
 ショートカットで子供の心を持つ女の子。
 昼と友達を司る。