第002話
第二章 第一のゲーム
「あなた」
「奈留か。どうした?」
「これ……」
「これは……」
姉の遺品を整理していた真と奈留夫婦だったが一日が大切にしていた箪笥の奥から何通かの手紙を発見した。
それぞれ親しい者にあてた遺書だ。
死期が近い事を悟っていた彼女はあらかじめ用意していたのだ。
真と奈留は自分にあてられた遺書を読み涙した。
自分達への感謝の気持ちが綴られた文面だった。
そして、文章の後半にお願いが書かれていた。
後から追加されたもののようだった。
それはやはり、送り出したVRPの事だった。
生前、一日は夢に見た。
それは、VRP同士が争うという事だった。
最後にはみんな揃うと信じているが、それにはいくつかの壁があり、真達の手助けも必要とするらしかった。
その事に対するお願いだった。
真と奈留はお願いの手紙を一通り読んだ。
「なるほどな」
「どうするの、あなた」
「俺は姉ちゃんの遺志をくみたいと思っている。だけど、それが良いことなのかどうかわからん。俺の自己満足かもしれんしな。だけど、俺はやる。お前は反対か?」
「聞くまでもないでしょ。大好きな兄、そして姉のためになることだったら、何だってやるわよ、愚問よ、それ」
「そうだな」
「まずは、夕愛ちゃんを守る事ね。彼女が倒れたら、四名全員がお兄ちゃんと添い遂げる事なんてないもの」
「で、最初の脅威となるのが、奈朝って事か」
「一日義姉さんの夢が正しいとすれば、ワクチンが必要よ」
「禍は俺が送っちまったみてえだからな。俺が責任持って落とし前つけねぇとな」
「急ぎましょう。時間が無いわ」
「あぁ、手遅れになる前に送り届けねぇとな」
真と奈留は作業に取りかかった。
一日の夢には奈朝が人工火星人が送り込んだウイルスに苦しんでいる姿が映っていた。
人工火星人――
地球人類は発展を続け、人工的に宇宙人を作り出せないかという研究もするようになっていた。
他の星で人間が暮らせる環境を作り出し、やがて、地球人の一部も移住する。
それが、人工宇宙人計画だった。
その第一弾として、地球とそう離れていない星、火星に適合した宇宙人、いわゆる人工火星人を生み出すという計画が立案された。
立て前は人類の進歩の為とされていたが、人工火星人達はその実、モルモットの様に扱われていた。
やがて、彼らの我慢の限界を突破し、地球に反旗を翻した。
人工火星人達は地球の技術を盗み取り、地球に戦争を仕掛けて来ていた。
彼らに対し、人類は千倍以上の戦力を持つため、今は嫌がらせレベルでしかない。
だが、いつかは人工火星人に戦力で追い抜かれる時が来るのではという懸念材料を抱えていた。
最近発表された事例によると孤独者の癒しの象徴たるVRPに対するウイルスを開発したという報告を受けていた。
正直、真は対岸の火事くらいにしか思っていなかった。
が、一日の夢を肯定するなら、タイムマシンの打ち上げの時、人工火星人の乗った、UFOが接触し、奈朝の入ったユニットにウイルスが侵入したという事になるのだ。
ウイルスは奈朝と共に、過去へと渡り、他のVRPに対して、敵対心を持つ様にプログラミングされているらしい。
幸い、過去の地球に対する効果はあまり大きいとは言えないウイルスらしいが、VRPにとってはかなりの脅威となりうるウイルスとなっている。
データを書き換えるという事はVRPがVRPで無くなるという事なのだから、彼女達にとっては死活問題となるのだ。
また、奈朝は彼方との出会いを司るVRPである。
その出会いは、夕愛に取られてしまった。
そのショックは彼女にとって大きなものでもある。
その心の隙間につけ込んで、ウイルスは浸食し、彼女に負の感情を抱かせるようになっているらしい。
真達はワクチンの開発を急ピッチで仕上げ、過去へと送った。
一方、彼方の生きている時代に到着した奈朝は――
「出会いは私のもの……出会いは私のもの……」
一日の予言通り、ウイルスに冒されていた。
夕愛に対して、良くない感情が次々に湧いてきて本当は争いたくないという気持ちとの狭間で彼女は苦しんだ。
奈朝の中のウイルスは力をつける媒体を探し回った。
各地を転々と探し、それを見つけ出した。
ウイルスが目をつけたのはオンラインゲームだった。
デジタルデータである奈朝毎、ネットの中に入り、次々とゲームを浸食して行った。
後から到着した未来の世界のワクチンが浸食を食い止めにかかったが、三つのゲームが間に合わず、浸食を許してしまった。
オンラインゲームの力を得たウイルス奈朝が夕愛の元に向かった。
「許さない夕愛……」
元々は同じ、一日だった、VRP同士の悲しい戦いが始まろうとしていた。
それはネット上の移動なので、あっという間に着いた。
丁度、彼方達は授業でパソコンの勉強をしていた。
「うわっ、何だ?」
「どうかしましたか、彼方さん?……これは――」
突如、彼方のノートパソコンからやってもいないオンラインゲームが立ち上がった。
彼は真面目に授業を受けていたので、デスクトップ上には教材のソフトを立ち上げていたのだが、それが強制終了しての事だった。
ゲームの名前は【ゾンビ☆ゾンビ★ゾンビ】。
文字通り、ゾンビが出まくるというオンラインゲームだった。
モニターが光り出したかと思うと画面の外にゲームのタイトルが映し出される。
サブタイトルには【夕愛、殺す】の文字が。
明らかに何者かに書き換えられているのが見て取れた。
「おいおい、どうなってんだよ、一体」
「何?何なの、これ」
「面白れー」
「うわぁ……」
授業を受けていた生徒達が騒ぎ出す。
無理もなかった。
見慣れた教室の風景が突然、廃墟の様な場面に変わったのだから。
そして、ビルの隙間から、ゾロゾロとゾンビが出てくる。
ゲームの中が実際の世界に映し出されているのだ。
「あー」
「うー」
低い声を出して、ゾンビ達が生徒に襲いかかる。
「うわ、こっち来んな」
「あっち、行って、ってあれ?」
ゾンビ達に襲いかかられて逃げようとする生徒達だったが、当たった筈の攻撃は、身体をすり抜けてしまった。
人体には全くの無害だった。
しいて難をあげるなら、映像によって混乱した者がどこかにぶつけたりして怪我をするくらいのものだった。
つまり、このゾンビ達も夕愛と同じ、ヴァーチャル・データだった。
知ってしまえば、怖くも何ともなかった。
生徒達はその状況を知ると、逆に面白がった。
が、そうも言っていられないのが、夕愛だった。
人体には無害でもデジタル・データである彼女にとっては本物のゾンビが襲いかかって来るのと一緒だった。
彼方はいち早く、その事に気付き、夕愛と共に、逃げ出していた。
その前に、影が一つ現れた。
この時代の真だった。
「ま、真くん?どうしたの?」
彼方はちょっと身構えた。
この時代の真は一日の事が大好きで、その彼氏である彼方に嫉妬して何かとつっかかってきていたからだ。
そんな真に、一日以外の女の子と一緒にいる所を見られるのはちょっと気まずい感じがした。
報告しようにも一日はコールドスリープ中だが、彼女の家族に良く思われない事はしたくなかったからだ。
だが、この真の様子はどこかおかしかった。
いつもなら、出会ったとたんに悪態をついてもおかしくないのに、今日はそれがない。
それに、何かボソボソ言っているようだ。
彼方は耳をそばだてて聞き入った。
「彼方さん、彼方さん、聞こえるか、俺だ、真だ。って言っても、その時代の俺じゃねぇ、遙か遠く未来の俺だって、何言ってんだ俺は」
真は確かにそう言っていた。
何を言っているのかよく解らない。
「ゴメンね、僕は急ぐから」
真を振り切って立ち去ろうとする彼方の腕を真が掴んだ。
「彼方さん、聞いてくれ。大事な事なんだ。今、ワクチンを送った。だが、座標があわねぇ、夕愛にワクチンを受け取りに行かせてくれ」
「どうしたの?」
「今は説明している時間がねぇ。とにかく俺の指示する場所に向かってくれ。後で説明するから」
「よく解らないけど、それが大切な事なら」
正直、真の言っている事は何のことやらさっぱりだったが、夕愛という非日常的な存在を生活を共にしている内に、解らなくてもやらなくてはならないという部分は何となく理解していた。
彼方は夕愛を誘導して、真の指示するポイントに来た。
そこには、曲玉に似た形の発光体があった。
「これをどうするの?」
「時間切れだ。とにかく、夕愛に取り込んで、ボスを倒してく……って何だてめぇはぁ」
真は話している途中で、意識が一瞬飛んで、今度はいつもの真に戻っていた。
いつも通り、彼方に対して怒声を浴びせかけた。
意識が飛ぶ前の真の言葉が真実ならば、答えはボスを倒した先にある。
ゾンビ達は同じヴァーチャルデータである夕愛にしか倒せない。
だから、彼方にとっては待つことしか出来ないが、夕愛ならば倒せる。
そう信じる事にした。
「な、何だ?何がどうなってやがる?」
真は混乱していた。
辺りの景色が廃墟になっていたからだ。
居眠りをしていた筈の自分が何故か、ゾンビがウヨウヨいる世界にいるのが理解できないからだ。
「真くん。多分、答えはその内、解ると思うよ。今は、彼女の勝利を信じよう」
「何だと、何で、てめぇなんかと」
「真くん、お姉ちゃん好きかい?」
「あぁ?何言って……」
「君のお姉さんの本来の姿だと思うよ、彼女は。お姉さんの勇姿を見ておくと良いと思うよ」
「はぁ?寝ぼけてんのか、てめぇは――姉ちゃんは」
「お姉ちゃんだよ、彼女も、君の……」
「何で……」
と言いかけた真は夕愛の雰囲気が自分の大好きな姉のものと同じ事に戸惑った。
「へへへ、頑張っちゃいますよ、お姉ちゃんは。彼方さんも見ていて下さいね。あんなのちょちょいのちょいです」
「怪我しないでくれ」
「はい、じゃあ、行ってきますね」
「行ってらっしゃい。帰り、待ってるよ」
「待ってくれるっていうのは良いものですね。思わずキューンとなっちゃいます」
「君が、ボスを倒してくれないと、その先の答えにはたどり着けない。その発光体は君に力を貸してくれると思う。だけど、気をつけて」
「はい、必ず帰ってきます」
「負けるな」
「はい」
彼方の激励の言葉を受けて、夕愛は戦闘スタイルにクラスチェンジした。
フィギュアスケーターの様な格好だった。
スケート靴のブレードにあたる部分が浮遊素材で出来ているらしく、それで、空中を滑りだした。
左腕にはシールドが、右手にはボウガンと銃を合わせたようなもの、ガンボーガンを装備している。
オンラインゲーム【ゾンビ☆ゾンビ★ゾンビ】の女性用プレイヤー装備では最強に位置するものだった。
夕愛は次々とゾンビ達を倒して行く。
だが、雑魚をいくら倒しても意味が無かった。
真の中の謎の声はボスを倒せと言っていた。
デジタルデータである夕愛はネット上で情報を検索する事が出来る。
彼女は【ゾンビ☆ゾンビ★ゾンビ】のボスキャラの情報をゲットした。
このゲームはクリエイター達がボスをデザインして、次々と登場させているらしい。
だれかが、ボスを倒すとそのボスはゲーム上でも消滅し、全てのボスが仮に倒されるとゲーム上ではボスが存在しないことになるゲームだった。
そのため、ボスと言われているのは無数に存在するが、その中でも最強と言われているのが、【チョコビン】というクリエイターが作った【クレイジーデビル】だった。
デビルと言っても悪魔ではなく、悪魔型のゾンビだったのだが、現在の姿は不明だった。
何せ、このゾンビ、倒されると倒した者が次の【クレイジーデビル】になるのだ。
そのため、倒すのはほぼ不可能。
倒せば倒す程、強いゾンビに生まれ変わる。
まさに不死身のゾンビとして君臨していた。
夕愛はその【クレイジーデビル】を倒すべきボスと断定し、目指した。
途中、他のボスゾンビ達にも何体か出くわしたが、それはスルーして、一点集中、【クレイジーデビル】を目指した。
【クレイジーデビル】の倒し方は、謎とされている。
それを夕愛はどう倒すか――
それは時が知っていた。
今から三年後、【クレイジーデビル】は消滅する事になる。
三百五十九番目になった元【クレイジーデビル】の再生戦士の手によって。
唯一の倒し方――
それは、一度、【クレイジーデビル】となって、他のプレイヤーに倒され、キャラクターの再生手続きをして、再生させた戦士が力をつけて【クレイジーデビル】を倒せば、消滅するのだ。
夕愛は未来の真から受け取っていたメッセージでその答えを知っていた。
彼女のシールドの中には再生戦士のデータが入っていて、それをコードで、ガンボーガンにつなぎ、撃てば再生戦士が倒したと同じ効果がでるのだ。
彼女はそうやって、【クレイジーデビル】を倒した。
ボスの消滅に呼応するように、廃墟だった辺りの景色が普段のものに戻っていった。
それを確認すると夕愛は倒れた。
気がゆるみ、力が抜けたのだ。
「えへへ、倒しましたぁ」
「良かった。無事で」
「あれ?彼方さん、泣いてるんですか」
「ばか、泣いてないよ、泣いてなんかない。ただ、ちょっと目にゴミが入っただけだよ」
「はい、そういうことにしておきます」
「おつかれさま」
「はいです」
雨降って地固まるではないが、今回のトラブルが、夕愛と彼方との距離を少し近づけた感じになった。
問題が解決した後、渋々だったが、真の了解を得て、未来の真との通信が出来た。
通信方法は今の真が寝ることだった。
彼が寝ている間だけ、未来の真と通信が出来るようだ。
彼方は未来の真から一日の最期を聞いた。
「そうか、僕の死後二ヶ月後に目覚めるのか。でも良かった。少しでも元気な彼女が……」
「そうだ、だから、彼方さん――あんたにも幸せになってもらいたい。それが、姉ちゃんの望みだ」
「僕はどうしたら良いんだろうね……」
「今は、夕愛を大切にしてくれ。こっちでフォローして、一人ずつ、あんたと一緒にさせるから。VRPは四人で一つなんだ。姉ちゃんそのものなんだ。だから、一人も取りこぼさないでくれ。一人にさせないで欲しい。」
「夕愛を襲ってきた今のゾンビ達を操っているのも一日の化身だと……そう言うんだよね」
「あぁ、そうだ。だが、奈朝はウイルスにおかされている。それを治療するには夕愛のワクチンが必要だ。とにかく、今は、奈朝が仕掛けてくるゲームのボスキャラを倒してくれ。それが奈朝を解放する近道だ。ワクチンが必要なゲームは後、二つだ。そのボス共を倒したら、奈朝が出てくる。その時が彼女を解放するチャンスになるはずだ」
「僕は、何も出来ないんだね」
「違う、あんたには夕愛の戦いを見るって役目がある。夕愛も奈朝もあんたへの恋慕いを胸に行動している。それは姉ちゃんの気持ちでもある。真っ直ぐに受け止めてくれ」
「僕は無力だ。また、為す術無く、彼女をコールドスリープさせてしまった時と同じく、何も出来ない。とんだでくの坊だ。情けない……」
「気持ちの形に差異はあっても基本は同じ、あんたに対する気持ちは一緒だ。男なら、どーんと構えて待っててくれ」
「ふふ、君に諭される時が来るなんてね」
「俺も成長したって事よ」
「ちょっと変わって。お兄ちゃん」
「奈留?」
「そう、奈留よ。私、この人と一緒になったの。切っ掛けはお兄ちゃんと一日さんの思いの強さに触れた時に何となくね。だから大丈夫、ふたりの気持ちの強さは周りの人にも影響するくらいに強いの。だから、今は夕愛ちゃんの事を信じてあげて」
「そうか、一緒になったのか。あんなに仲違いしていたのに。人生どうなるか解らないな」
今の真を通して、未来の弟妹と話せた彼方は少し吹っ切れた気がした。
解らないことだらけだけど、みんな自分達の為に何かをしてくれていることは感じる。
その暖かさは涙が出るほど嬉しかった。
昔、戦場に向かう夫を送り出した妻はこんな気持ちだったのかも知れないなと思った。
今は男女が逆転しているけど、自分に出来る事は信じて待って彼女が戻って来れる場所を確保する事だと割り切ったのだった。
第三章 第二のゲーム
夕愛の検索で調べた所、既に、ウイルスに冒された二つ目のゲームのダウンロードは始まっているらしい。
ゲームの名は【ヴァンパイア・ロードマスター】だ。
ボスの名前も同じ【ヴァンパイア・ロードマスター】だった。
素人が集まって作ったオンラインゲームで、吸血鬼がテーマだ。
【ゾンビ☆ゾンビ★ゾンビ】のゲームシステムが元になっているだけあって、共通点も多かった。
その一つが、ラスボスは一種類、【ヴァンパイア・ロードマスター】しかいないという事だった。
【ゾンビ☆ゾンビ★ゾンビ】との大きな違いはねずみ算形式が採用されているという事だ。
ラスボスの【ヴァンパイア・ロードマスター】は既に、三代目になっている。
つまり、初代と二代目は駆逐されている状態だった。
【ヴァンパイア・ロードマスター】は気に入ったプレイヤーに対して、吸血する事がある。
そして、吸血鬼を増やしていくのだが、初代が居た頃は初代が真祖として君臨していた。
だが、勇敢な勇者のプレイヤーが真祖を倒した事によって、初代の真祖は消滅した。
が、代わりに初代に血を吸われた二代目達が、それぞれ真祖として、プレイヤー達の前に立ちはだかったのだ。
二代目の真祖となったプレイヤー達は操作権をゲームマスター側に取られてしまって、キャラクターを使うことができないため、ゲームを最初からやり直す必要があった。
奪われたキャラクターはそのままゲームマスターが使用するという事になるのだが、そのプレイヤー泣かせの設定に対して決起した、一千名からなるプレイヤー集団によって、二代目の真祖達も駆逐された。
そして、お約束で、二代目に血を吸われた三代目達が、今の真祖として君臨しているのである。
倒せば倒すほど、ボスの数が増えてくる完全ないたちごっこだった。
今は、八代目くらいまでいるのではないかとさえ言われているゲームだ。
また、吸血鬼化して操作権を奪われたキャラクターは元々のキャラクターが持っていた能力を有しているので、それがさらに攻略を難しくしていた。
【ヴァンパイア・ロードマスター】のボス攻略も【ゾンビ☆ゾンビ★ゾンビ】の時の様に何か方法があるのだろうが、それもやはり不明だった。
夕愛はゴージャスな赤いドレス姿になった。
左手には聖書、右腕には小太刀程の大きさのロザリオ。
腰には聖水の入った聖杯だ。
これも【ヴァンパイア・ロードマスター】では女性用最強装備にあたる。
このゲームはプレイヤーがある程度、キャラクターをカスタマイズ出来るので、そのキャラクターをのっとった【ヴァンパイア・ロードマスター】の力も様々となる。
ネット上では情報が錯綜していて、ボスキャラクターの特定には至っていない。
解っている事は敵は、夜の時間帯の方が力を増す事と、他のプレイヤーに助けを求める事は出来るが、その中に【ヴァンパイア・ロードマスター】に血を吸われているキャラクターが居ても傍目には解らないと言うことだ。
ゲームが現実の世界に飛び出すという事がウケて、各プレイヤー達は続々と強力を申し出てくれている。
キャラクターには触れなくても、ネットからプレイヤーとしてキャラクターを動かして、この現実ゲームに参加する事は可能なのだ。
だから、世界中から応援はやってくる。
その中に姑息な吸血鬼達が混ざってはいるが。
世界中のプレイヤー達の大軍勢が吸血鬼達との死闘を繰り広げる。
それは正に人間対吸血鬼の戦争のようだった。
プレイヤー達はやられても後から後から増援が来る。
戦況は混乱し、しっちゃかめっちゃか状態に陥った。
「うーん、居ませんねぇ……あ、ちょっと、えっち、スカートはやめて」
夕愛はプレイヤーのふりをして襲いかかって来る吸血鬼達を交わしながら、状況分析をしていた。
元々は、未来の世界から来た超ハイスペックなデジタル・データである夕愛にとっては過去の世界にあたる、この時代のゲームのキャラクターレベルの分析など、容易かった。
「現在、残っている第三世代の数は十七。その内、最も弱いボスは三キロ西に居るボルトタイプ。これを残して、残りの十六体を倒します」
攻略手段にたどり着いた夕愛は十六体のボスキャラの所在を突き止めた。
そして、一体、一体、倒しに行った。
レアアイテム、太陽の欠片を見つけ出して、一掃していく。
残るボスキャラはボルトタイプ一体のみとなった状態で、最強装備を脱ぎ捨てた。
「――ちょっとこれはかなり恥ずかしいですね……」
現在の状態は身につけた装備が破壊された時になる下着姿だ。
この状態で、敵の攻撃を喰らうと死んでしまうという何も装備をしていないという状態のものだ。
攻撃力は極端に落ちて、その辺のザコにも大ダメージを喰らってしまう危険性がある。
彼女があえてこの排水の陣になったのには訳があった。
このゲームには自分の力より、相手のスペックが大きい場合のみ仕える裏技があった。
夕愛はそれを使うつもりだった。
「あぁ……穴があったら入りたいですぅ」
下着姿で敵から逃げ回る夕愛。
逃げて、逃げて、逃げまくっていた。
そして、一時間が経った時、月の光に照らされて、彼女の前に月からの贈り物が届く。
【ヴァンパイア・ロードマスター】を封印する【月の女神の呪札】である。
ボルトタイプの【ヴァンパイア・ロードマスター】を倒してしまったら、次の四代目達が【ヴァンパイア・ロードマスター】の真祖となってしまう。
それを防ぐには最も弱い一体を残して、三代目の真祖達を倒し、残った一体を封印すれば、四代目を作る事無く、三代目の真祖達を全滅させた事になるのだ。
これが、このゲームの欠点にして、唯一の攻略法だった。
「やりました。やりましたよ彼方さん」
「お疲れ様。お茶にしよう」
「はいですぅ」
夕愛は二つ目のゲームのボスも倒して見せた。
一つ目同様、不可能と思われた状態からの大逆転劇だった。
残る、ゲームは後、一つ。
そのゲームのボスを倒したら、奈朝が現れる。
決戦の時は近い。
だが、今は夜も更けて来ている。
ゆっくり休める様に、彼方はやさしく夕愛を包み込んだ。
第四章 第三のゲーム
翌朝、起きてみると、既に第三のゲームの現実世界へのダウンロードは終わっていた。
三つ目のゲーム名は【グランドモンスター・パーク】だ。
巨大な怪物達をハントするゲームだ。
ボスと呼ばれているキャラクターは無数にある。
そして、たまに、レアグランドモンスターがイベントとして、攻略対象になる。
夕愛が倒すべき、ボスとしてはそのレアグランドモンスターではないかと一見思えるが、実は、登場が待たれる、スーパーレアグランドモンスターが存在する。
これは【グランドモンスター・パーク】のサービスが終了する再来年の三月を前に、一月から三ヶ月だけ登場するとされていて、倒すのは早い物順で、一番早く倒したプレイヤーには賞金が出るとされている。
夕愛が倒すべきボスとはこのスーパーレアグランドモンスターの事だろう。
スーパーレアは四体存在し、陸、海、空の長と星の主だ。
陸の長の名はベヘモト。
海の長の名はレヴィアタン。
空の長の名はジズとされていて、
星の主の名は不明とされている。
この四体を倒した時、奈朝が姿を現すだろう。
「またまた、いっちゃいますよぉ」
夕愛は気合いを入れた。
このゲームの特徴はプレイヤーキャラは一様にみな、美麗なデザインとなっている。
逆に、ハントする対象のグランドモンスターはどれもこれも醜悪なデザインになっている。
でかくて醜くて怖いモンスターだが、かえってそれが良いとユーザーにウケて、スマッシュヒット作品となっていた。
夕愛のコスチュームは動きやすさを考慮して、女格闘家のスタイルを選択した。
元々は複数のプレイヤーで一体のグランドモンスターを狩るというのが基本スタイルであるこのゲームではとにかく手数がいるのだ。
夕愛だけで、攻略しようと思うと、どうしても、モンスターの攻撃が当たらないように動き回って、ヒットアンドアウェイで攻撃しては離れるというのを繰り返すしかない。
重装備なら、与えるダメージはでかいが、その分、敵の攻撃を喰らう危険性が増すからだ。
通常のグランドモンスターでも一人で倒すとなると十五分前後かかるとされている。
それが、レアを通り越して、スーパーレアともなるといったいいつまでかかるか解ったものじゃない。
それが、四体もいるならなおさらだ。
何とか、検索して、別の攻略方法を探るしかない。
夕愛はまずは腕試しとして、通常のグランドモンスター、ミノタウロスに挑戦する事にした。
現れたミノタウロスは牛の頭をしたモンスターだが、普通考えられるよりもかなり気持ち悪くデザインされている。
かろうじて、牛かな?と思えるような面構えだ。
それが、リアルで現実に現れると思わず吐き気がしてしまうほどだ。
格闘家は攻撃力こそ低く設定されているが、時々、タイミングが合った時に渾身の一撃という通常の百倍の攻撃力の一発がある。
夕愛はタイミングを計って渾身の一撃を連発し、五分で仕留めた。
「ふぅ……なかなか大変です」
「夕愛、油断するな、次来たぞ、次」
「はいですぅ」
夕愛は次に現れたコカトリスと戦った。
このゲームはチャットでプレイヤー同士、プレイ中に会話する事も可能だった。
そのため、彼方の応援が耳元で聞こえるのは彼女にとって、何よりのサポートだった。
続けて、ブロブ、マンティコア、キマイラ、オークなどを倒して行く。
このゲームは巨大モンスターをハントするという設定になっているので、どのモンスターも最低でも十メートル以上はある巨体ばかりだ。
通常のゲームで設定されている様なモンスターの設定と大分異なっている。
他のゲームでの知識はこのゲームには当てはまらない。
この作品自体独特の攻略法があった。
夕愛はクラスチェンジを繰り返して、経験値を貯めていった。
経験値を貯めるのは次の標的のレアグランドモンスターに対抗するコスチュームを手に入れるためだ。
ある程度、倒して行った時、夕愛は王者(チャンピオン)にクラスチェンジした。
最初になった、格闘家の上位バージョンにあたるクラスで、経験値をある程度貯めないとなることが出来ないのだ。
王者となった夕愛は続けて、レアグランドモンスターと戦って行った。
スフィンクス、バジリスク、ゴーレム、タランチュラ、サーペント、ガーゴイルと次々に倒して行った。
このゲームはとにかく経験値が重要だった。
長く戦っているプレイヤーほど、経験値を多く貰えるので強くなるというもので、倒したグランドモンスターの持っている経験値をプレイヤー達が山分けするという形のプレイスタイルだった。
当然、一人で戦っている夕愛はボーナスポイントも含めて、経験値は独り占めしているため、通常より、かなり早いペースで、成長している。
彼女は最短クリアを目指しているのだ。
そして、ついに、スーパーレアの一体、ベヘモトと対戦する事になった。
が、すぐに、離脱した。
計算していた数値より、ベヘモトの戦闘力が高い事が解ったからだ。
「あぶない、あぶない、やられちゃうところでした」
「勝てないのか?」
「はい、ユーザー情報の無いモンスターだったので、大体このくらいだろうという予測の元に最速でクリア出来るように戦って来たつもりでしたけど、予想の五倍ほど強かったみたいで、あのまま行ってたら、私は一撃でぺしゃんこでした」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。これは経験値が物を言うゲームの様です。要はレアグランドモンスターをいっぱい倒して、経験値を貯めればすむ話ですから」
「あ、あぁそうか」
「早く、奈朝ちゃんにも会いたいですしね。チャッチャと倒しちゃいましょう」
「チャッチャか……余裕だな」
「はいです。余裕のよっちゃんです」
「その分なら心配ないか」
「はい、心配ご無用です。こんなのへのかっぱですよ」
「頼もしいな。一日ちゃんにこんな一面があったなんて、新発見だ」
「どんどん、知ってくださいな。私はどんどん、魅せていきますからね」
「期待しているよ」
「じゃ、ひとっ走り、成長して来ます」
「おう、行ってこい」
「ラジャー」
夕愛は彼方の激励を貰い、再び経験値稼ぎに徹した。
そして、あっという間に経験値を貯めて、ベヘモトに挑んだ。
王者は特別必殺技、【フィニッシュブロー】を使える。
その連打でどんどん、ベヘモトの体力を削って行った。
が、それでもベヘモトの体力は信じられない程、あり余っている。
ベヘモトがスーパーレアとされる最大の理由――
それは、体力ヒットポイントが以上に高く、一撃が恐ろしく強いという事にあった。
いかに王者でも、その一撃を食らってしまったら、一発でデッドエンドになってしまう。
とにかく、避けながら、攻撃をするしかなかった。
夕愛のクラス選択は間違っていなかったのだ。
夕愛は隠しトラップと秘密兵器を出し惜しみする事なく、使い切り、七時間かかってようやくベヘモトを倒した。
が、ヘロヘロ状態だった。
「きゅ〜、もう、ダメです」
バタリと倒れる夕愛。
もう、他の三体のスーパーレアと戦うような体力は残っていない。
が、ベヘモトを一人で倒したというスーパーボーナスと、このゲームの裏技、他のプレイヤーからの愛の告白、ラブレターを彼方から受け取り、さっきまでが嘘のようにケロリと回復した。
「さぁ、次行きましょうか。早速、行ってきます」
「大丈夫か?少し休んだ方が……」
「大丈夫です。愛の力で私の力は百万倍です」
「ほんとかよ」
「本当です。それを証明しましょう」
「え?」
「じゅわっち」
夕愛はそのまま、海の長、レヴィアタンに挑戦した。
そして、宣言どおり、一時間で倒して見せた。
ベヘモトを倒した事によるスーパーボーナスで経験値が跳ね上がっていたとは言え、それでも驚きのスピードだった。
続けて、空の長、ジズにも挑みに行った。
途中、危ない所が何回かあったものの、三十分もかからず、倒して見せた。
「し、信じられない。本当に、強くなってる」
「えへへ、どうですか、彼方さん」
「す、凄いよ、夕愛。本当に」
「愛の力です」
「恥ずかしいからそんなこと大声でいうなよ」
「私は恥ずかしくありません。胸をはって言えますよ」
「僕が恥ずかしいんだよ」
「あ、ごめんなさい」
「――気持ちは嬉しい……と思う」
「本当ですかぁ、何だかまたまたパワーアップしてしまったような」
「油断するな。最後のボスは最強だって噂だ」
「はい。星の主でしたっけ?なんでもこいですよ」
調子良く、最後のボスを探す夕愛だった。
だが――
「ぎょえぇ〜怖いぃ〜」
「こら、逃げるな、そいつを倒さないとクリア出来ないんだぞ」
「でも、でも、彼方さん、お化けですよあれ〜」
「見た目は怖いけど、ゲームのキャラクターなんだ。本当のお化けじゃない」
「だって、生首ですよ生首」
「名前は【大祟り(おおたたり)】かぁ確かに怖い、あれは」
「髪の毛振り乱して襲ってくるんですよ。私女の子ですよ。怖いです、あれは」
「うーん……このゲームはグロテスクなボスが売りのゲームだからな。仕方ないと思う」
「心情としては彼方さんの後ろに隠れてキャーと言いたい気分です」
「助けてやりたいけど、相手がデジタル・データじゃ、助けてやれない――僕は応援する事しか出来ないよ」
「ひーん。戦いたくないですぅ」
夕愛も女の子。
お化けの類は苦手だった。
【大祟り】は山の様な大きさの巨大な生首で目玉が無く、髪はぼさぼさ。
肌の一部が溶けて骨が見えている。
腐りかけの死体と言ってもいい感じのデザインだった。
それが、奇声を上げて迫ってくるのだ。
夕愛じゃなくても怖い。
【大祟り】と夕愛の追いかけっこが始まった。
どこまでも追っていく【大祟り】に、どこまでも逃げて行く夕愛。
スピードはほぼ一緒。
追いつかれては引き離すというのを繰り返した。
「いやぁ〜っ」
「むぁてぇ〜っ」
不気味な【大祟り】で怖くて子供が泣き出したという苦情が相次いだ。
ゲームが実際の世界に映るというので一旦は受け入れられたが、やはりやり過ぎたという声も段々出てきた。
このままでは、夕愛自体の評判も悪くなってしまう。
ヴァーチャル・パートナーとして、人々に受け入れられつつあるのに、これでは、今までの積み重ねが全て台無しになってしまう。
それには、一刻も早く【大祟り】を倒す必要があった。
だが、夕愛のあの状態だと、倒せというのは無理があるかも知れない。
だったら、別の方法を模索するだけだ。
彼方は考えた。
そして、結論はすぐにでた。
こういう状況でのよくあるお約束。
最後の手段として、みんなの力というものがある。
強大過ぎる敵を前にみんなの力を集めて倒すという方法だ。
少数に対して、集団で寄って集って倒すというやり方は正直、好きじゃなかったが、背に腹は替えられない。
他に思いつかないので、チャットで、現在、プレイ中のプレイヤー達に呼びかけた。
可愛い夕愛を助ける為に、みんなの力を貸して欲しいというお題目で呼びかけたら、みんな快く承諾してくれた。
中には批判的なプレイヤー達もいたが、完全に全員の意見を一致させるなど、普通は出来ない。
反対意見もあって当然だ。
だけど、【大祟り】を倒すには十分過ぎるエネルギーの元が夕愛の元に送り届けられた。
後はそれを一つにまとめて夕愛が倒すだけ――
だったのだが――
「こ、腰が抜けました」
「へ?何言って」
「こ、怖くて……その……」
肝心の夕愛は恐怖のあまり足が竦み、役に立ちそうもなかった。
「ど、どうすれば……あ……」
考える、彼方。
そして、すぐにあることに気がついた。
彼方は夕愛とチャットで話すために、キャラクターを作っていた。
夕愛がダメなら、彼方の使っているキャラクターを使って、エネルギーをまとめて放てば良いのだ。
何も、彼女に全て任せる必要はなかったのだ。
彼方は、早速、エネルギーをまとめて、【大祟り】にヒットさせて倒した。
夕愛にあげたつもりのエネルギーがどこの馬の骨とも解らない彼方が使ってしまった事によってブーイングが飛び交ったが、それでも、ボスを倒せたのだから良しとした。
「やったな、夕愛」
「――彼方さん」
「最後に見せ場を貰っちゃったな。ごめんな」
「いえいえ。やっぱり、男の人のかっこいい所見たかったんで。それはそれで、嬉しいです」
「ははは、そうか」
「ハッピーエンドですね」
和気藹々としたエンディングだった。
登場キャラクター紹介
001 春風 彼方(はるか かなた)
愛する一日と永遠の別れを経験してしまった少年。
生涯にわたって独身を貫くが、それを知った一日にバーチャルリアルパートナーを送られる。
002 大切 一日(おおぎり かずひ)
愛する彼方と永遠の別れを経験した少女。
不治の病にかかり、未来において特効薬が出来ると信じてコールドスリープすることになる。
40年後、完治するも彼方が独身を通した事を知り、過去に自身を投影した4体のバーチャルリアルパートナーを送ってもらう。
003 大切 真(おおぎり まこと)
一日の弟。
40年後には3つの会社のCEOを経験し、悠々自適な生活を送っていたが、姉が目を醒ました事をしり、姉の為にバーチャルリアルパートナーを作り、過去に送る事になる。
姉が大好きで40年前には彼方に対して、反発していた。
004 大切 奈留(おおぎり なる)
旧姓、春風で、真と結婚した。
彼方の妹。
彼方が大好きだったため、40年前は真と犬猿の仲だったが、彼方と一日の悲しい別れを共に悲しむ内、何時しか真と共に歩む人生を選択。
真同様に彼方と一日の為に未来の世界から協力する。
005 夕愛(ゆうあ)
一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
ロングストレートの女の子。
夕方と告白を司る。
006 奈朝(なあさ)
一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
ポニーテールの女の子。
朝と出会いを司る。
007 唯夜(いよ)
一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
ボブカットでボーイッシュな女の子。
夜と恋人を司る。
008 真昼(まひる)
一日の情報を元に作られたバーチャルリアルパートナー。
ショートカットで子供の心を持つ女の子。
昼と友達を司る。