第002話


 第四章 桃色の魔女神




 ファングエリアに行きたかったリグレットだったが、右も左もわからない地下道を行っていたので、どうやら、クラオエエリアの方に出たようだ。

 クラオエエリアと言えば現在、使徒の育成を行っているエリアだ。
 ホルンエリアは生け贄となる獲物をハントするため、大物は影に潜んで出てきていなかったが、このクラオエエリアは別だ。
 猛者と呼べるような者が何名か確認出来た。

 元々、このマリスの使徒達は魔女神の配下としては質が悪い方だ。
 効率の良い、使徒の作り方をしていないからだ。
 だが、中にはリグレットの苦戦しそうな輩もいないという訳ではない。

 リグレット一人で相手をするにはちょっと荷が重い感があった。
 上下関係がはっきりしていれば、何処に所属している奴がどのくらい強いかというのは大体わかるが、三つのグループに上下関係は無い。
 だから、どのグループにどんな大物が潜んでいるかは蓋を開けて見ないとわからない。
 その辺がやりにくかった。

 とにかく、手当たり次第戦う訳にもいかない。
 まずは、一つ一つ目的を果たして行こう――
 そう決めた。

 まずは、桃色の魔女神モドキの確認からだ。
 その女の所在を掴んで、どういう状態で監禁されているか探らなくてはならない。
 リグレットは上手く隠れながら、使徒達の雑談に聞き耳を立てていって情報を少しずつ収集した。

 わかった情報は――

 まず、桃色の魔女神モドキの名前はシリス・パクッターという名前だと言うこと。
 結構な美少女だと言うこと。
 まだ、男を知らない生娘であること。
 下着を二重に重ね着していること。
 等がわかった。

 下世話な情報しか入って来ないのはそういう様な会話しかしてないからだ。
 もっと有力な情報が欲しかった。

 だけど、処女は俺が貰うだの。
 じゃああっちの方は、おれがもらうだの。
 やることしか情報として入らなかった。

 半ば情報収集を諦めた頃、ようやく有力な情報が少し入ってきた。

 魔女神はキスによって人間を使徒に変える力があるらしい。
 それで、ようやく納得がいった。
 なぜ、自分にアエリスの――紫の魔女神の加護が得られたのか。
 元々は婚約者だ。
 キスくらいなら日常的にしていた。

 だから、それらしい事が何もなくても、あの時、リグレットは紫の魔女神の加護を得られたと理解した。
 魔女神については殆ど知らなかったので、その情報が聞けたのはありがたかった。
 もっとも、魔女神が認めた上でのキスじゃないと使徒にはならないらしいが。
 契約の口づけを受けた者が使徒として力を得るようだ。

 だが、それなら、自分が他の魔女神に認められて加護を受ける事など出来ないのではないか。
 他の魔女神の力を得られないなら、アエリスを倒す事など不可能ではないか?
 そんな不安がよぎった。

 だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
 まずは、シリスの確認だ。
 リグレットも男だ。
 シリスが美少女と聞いて、見に行くのが楽しみじゃないと言えば嘘になる。

 だが、アエリスの一件以来、リグレットは女性という存在が信じられなくなっていた。
 女性不信というやつだ。
 見に行くのが楽しみだが、会ってどうこうしたいという気持ちにはならなかった。

 男としてのサガが興味を持ち、逆に、裏切られたという心の傷が、女と深い関係になることを拒絶していた。
 そんな複雑な気持ちのまま、リグレットは今度こそ、ファングエリアを目指して、地下道を渡っていった。


 一方――


「おいおい、シリスちゃんよぉ〜、そろそろ脱ぎ脱ぎしても良いんじゃねぇかぁ〜」
「ひっひっひ、そうだぜ、シミになっちゃうぞぉ〜」
「ぬーげ、ぬーげ」
「死ぬ前に良い思いさせてやっからよ」
「なんだったら、マリス様の使徒に推薦してやっか?」
「あぁ、良いねぇ〜元魔女神の使徒って言ったらハクがつくんじゃね?」
 下卑た男達がシリスの前に陣取って冷やかしている。

「あっち行ってよ、もう」
 シリスが怒鳴る。
 ――が、可愛らしいアニメ声なのでいまいち迫力が出ない。

「可愛いねぇシリスちゃん。俺が最初の男になってあげるよ」
「何、言ってんだ、俺だよ、俺」
「みんなで仲良くやっちまおうぜ、なぁ」
「はじめての男には俺がなりたいねぇ」
 逆に、下品なヤジが飛んでいくだけだった。

「もーう……」
 ぷくぅっと頬を膨らまし怒って見せるが、それも可愛らしい。
 男達はニヤニヤするだけだった。
 シリスは自分の怒り顔が通じないので、涙目になる。

「色っぽいね〜、俺はこの幼さがちょっと残るのが最高に良いんだよなぁ〜」
「俺なんか何度も夢にまで見てるぜぇ」
「俺、興奮しちまったよ」
「ばーか俺なんかなぁ抱き枕つくっちまったぜ」
「俺なんか一分の一フィギュアをだな」
「ぎゃはは、お前のはダッチワイフだろ」
「あ、ばれた」

 なおも、ゲラゲラ笑う男達。
 一緒にいるだけで、気分が悪くなるのだった。

 常に、こういう輩が二、三十名くらい様子を見に来ていた。
 マリスに命令されてなのか自発的になのか。
 どちらにしても迷惑な話だった。

「シリスちゃん、俺の息子見てみる?、ほらこれ」
「俺の方がでかいぜ」
「俺だって」

 男達がいちもつを出して来そうなので、シリスは目を伏せた。
 そんな彼女の反応を見て楽しんでいる男達だった。

 しばらく目を瞑っていたが、男達の声がしなくなった。
 だけど、目を開けたとたんに気持ちの悪いものを見せるのではとビクビクしていた。

 すると、やがて、一つの声が聞こえた。
 シリスの知らない声だ。

「お前か?シリスってのは?」
 との声に、彼女はそーっと目を開けた。

 辺りには下品な男達が消し炭に変わっていくところだった。
 紫の炎を上げている。

 残っている生存者は見慣れない男が一人のみ。
 リグレットだった。
 上手く、ファングエリアに忍び込めていたのだ。

 それらしい塔を見つけて、そのまま地下へ潜入したら、バカな男共がアホな真似をしていたので、とりあえず始末したのだ。
 そしたら、目の前に美少女が残っていたので、とりあえず、質問したのだ。

「あ、あんたは?」
 シリスは恐る恐る質問した。
「質問しているのは俺だ。桃色の魔女神ってのはお前か?」
「だだだ、だとしたらどうだって言うの?あたい、脱がないんだからね、絶対に」
「脱ぎたくなきゃ脱がなきゃいいだろう。俺が知るか」
「本当に誰なの?」
「俺の名はリグレットだ。リグレット・ギルティ。魔女神を殺しに来た」
「あ、あたいは別に魔女神なんかじゃ……」
「お前の噂は聞いている。変わり者の魔女神だそうだな。お前を始末するかどうかは決めていない」
「ほんと?じゃあ助けに来てくれたの?」
「それも決めてない」
「助けて下さい」
「………」
 リグレットはあっけにとられた。

 シリスは今まで魔女神に対して持っていた印象とはまるで違うタイプだったからだ。
 どちらかというとバカっぽいというか、すれてないというか。
 何にしても、悪いことをするようなタイプには見えなかった。

 が、相手は魔女神だ。
 本当の所はどうなのかわかったものではない。

 シリスを見てから助けるかどうか判断するつもりだったが、見たら余計判断に苦しむ所だった。

 が、下着姿で監禁されている女の子を見捨てるというのも後味が悪い感じがしたので、とりあえず、拘束具だけ、取った。

「……後は好きにしろ。何処へなりと行くが良い」
「え〜、こんな所で解放されたって、あたい、何処にも行けないよぉ〜ちゃんと助けてよぉ〜」
「魔女神なら、使徒でも何でも増やせばいいだろうが。兵隊の元なら町の一割が普通の人間として残ってるみたいだぞ。もっとも、それをやったら、その時から俺の獲物になるがな」
「じゃあ、ここから助け出してよぉ〜あたい、こんな所に放置されたら殺されちゃうもん」
「……足手まといになる……」
「そんな事言わないで助けてよぉ〜あなたが、解いたんだよ、これ。最後までちゃんと責任持ってよぉ」
「う……」
 リグレットは失敗したと思った。
 確かに、シリスをこのまま放置したら、マリスの使徒達に殺されるかもしれない。
 かと言って、倫理的にシリスが正式に魔女神になって使徒を増やすのを認める訳にもいかない。
 安全な場所まで彼女を送り届けるのが筋というものだろう。

「お願い……」
 目をキラキラさせて懇願するシリス。
「仕方ない……ついてこい」
「うん、ありがとう」
 リグレットは成り行き上、シリスを助けるために、行動をする事にした。

 マリスの本拠地はわかっているんだ。
 後は、シリスを安全な土地において行ってから、戻って来れば良い。
 シリスがマリスに荷担する可能性はかなり低いように見えるし。
 だったら、シリスに後ろから刺されないように、彼女を遠くに置いてくるべきだ。
 と判断した。

「臭いんですけど……」
「黙ってろ」
「汚ったない……」
「うるさいっ」
 リグレットは通って来た下水道をシリスと一緒に通って行った。

 整備が行き届いていない下水道はかなり臭かった。
 潜入活動において、地下道というのは常套手段なのだが、基本的に女である魔女神達は汚いものに興味がない。
 だから、下水道というのは格好の移動手段と言えた。

 文句は多かったが、何とか、無事にリグレットはシリスを連れてマリスシティーを離れる事に成功した。
 本当なら、マリスを探し出して、攻撃に転じたかったが、お荷物であるシリスを抱えながらじゃ戦えないと判断した。




 第五章 追っ手




 リグレット達は紫の風を使って高速移動をして、かなりマリスシティーと離れた町までやってきていた。
「お、可愛いねぇ君」
「急いでるんだ、悪いが」
「ちっ、男連れか」
 町では男達がシリスに声をかけて来た。
 ――が、かまっている暇はない。

 リグレットは安いホテルを探していた。

 とりあえず、ズタ袋で作った仮の服を着せてはいるが、基本的にシリスは下着姿だ。
 日常に戻すには、洋服を買ってやらなくてはならない。
 服を選ぶにしても、下水道を通ってきた後だから、まず、匂いを落とさなくては服を選ぶ事も出来ない。
 そこで、まず、シャワーが完備されているホテルを探すことにしたのだ。
 シリスは本当に可愛いので、道行く男がしつこくナンパをしてくるので、何とかしたかった。
 ナンパ男を追い払うだけで、神経を使った。
 彼女が下着姿だとバレると魔女神の疑いをもたれて面倒なのだ。

 内心、面倒臭い女に引っ掛かったと思ってしまった。

 ――シャー……

 ようやく見つかった安宿でシャワーを浴びるシリス。
 シャンプーとトリートメントが切れていると言って、買いに行かされた。

 が、そんな面倒な事も服を買ってやれば終わる話だ。
 リグレットは備え付けの水を飲んで一息ついた。

 やがて、シャワールームからシリスが出てきた。

「ふう、さっぱりした。あなたも浴びたら?臭いよ」
「俺は良い」
「あたいが嫌なの。ちゃんと浴びてよ」
「ちっ」
「あ、舌打ちしたぁ〜感じ悪るぅーい」
「わかった、浴びてくれば良いんだろ、浴びてくれば」
「最初から素直にそう言ってよ、もう」
「ふんっ」

 リグレットはブツブツ言いながらもシャワーを浴びて汗を流した。

 後はこの面倒臭い女とさっさと別れるための行動を取るだけだ。
 そう思った。

「さて、本題に入るぞ。お前、魔女神になりたくないんだろ?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、服を一着、買ってやるから、ひっそりと人として生きて生涯を終えろ。以上だ」
「なによ、それ?一方的ぃ!」
「他に何がある?」
「あたい、他の魔女神に狙われてるんだけど」
「だからなんだ?隠れていれば済むことだろ?」
「守って下さい」
「嫌だ。以上」
「何でそんなこと言うの?あたいを助けに来てくれた王子様じゃないの?」
「誰が王子だ。俺は魔女神を二柱同時に相手をするのは得策じゃないから離しただけだ。他に他意は無い」
「やだやだやだ、守ってよぉ」
「だだをこねるな!鬱陶しい」
「責任取ってよ」
「何の責任だ」
「あたいを助けた責任だよ」
「んな責任があるか」
「ある」
「ふざけるな」
「ふざけてない、あたいは本気だもん」
「あぁ言えばこう言う……」
「守ってくれなきゃ魔女神になっちゃうぞ」
「この……」
「お願いだから……」
「………」
 リグレットは口では勝てないと思った。
 これだから、女は……
 自分勝手な理屈をいつも押しつけてくる。

 そんな事を考えていたが、何となく、アエリスとのやりとりを思い出した。
 あの女ともよく痴話喧嘩したな……と。

 それに、シリスの加護なら得られるかも知れない。
 そうすれば、アエリスを倒すために桃色の魔女神の加護が得られる。
 そんな事が脳裏をよぎった。

 だが、シリスが魔女神になるためには後一人分の肝を食べなくてはならない。
 それを肯定するわけにはいかないんだ。
 そう考え、自分の僅かな希望を否定した。

 そんなやりとりをしている中、マリスの追っ手は徐々にリグレット達の居る町にまで迫って来ていた。

 マリスは【クラオエ】を追っ手として差し向けていた。
 【クラオエ】は超兵器【ネーベル(霧)】を持ち出して来ていた。
 茶色い霧が宿場町に迫る。

「おい、あれはなんだ?」
「霧か?ひょっとして?」
「茶色の霧なんて見たことねぇぞ」
 人々が迫って来る霧を見て狼狽える。

 見た目からしても茶色い霧は不気味に映った。

「ぎゃぁあぁ」
「ぐああぁ」
「ひいぃい、ひぎゃあぁあ」

 霧に飲み込まれた人々の悲鳴が木霊する。
 霧の中で何かがあるのだ。

「何だありゃ?」
 渋々、シリスの服を買いに出たリグレットは遠くの方での悲鳴を聞きつけ、宿屋の屋根に上って様子を見た。
 シリスも背中におぶさってついてきている。
「多分、【ネーベル】だよ。霧の超兵器。あいつらが自慢してた」
「【ネーベル】?」
「霧の超兵器の事だよ。あの霧に飲まれた人間は生きていられないって言ってた。使徒もやられちゃうから、扱いが大変だって言ってたよ」
「なるほどな」
 周りが見えない霧の中に何か自由に動ける何かがいると見た。
 霧を発生させながら、相手の視覚を奪い、攻撃するのだろう。

 紫の風を送って見たが、霧が流れる気配はない。
 霧の一部を捕まえて持って来たらその正体が見えた。
 もの凄く細かい液状の生命体の集合体なのだ。

 霧の中にいる何かが攻撃しているのではなく、霧そのものが生きとし生けるものを攻撃しているんだ。
 だとすると厄介だ。
 まともに戦って勝てる術はない。

 あれが、自分達を追ってきたものだとすると町を離れた方が良さそうだ。
 おそらくカルロス達、情報屋もまとめて殺そうということなのだろう。
 マリスは本気だ。
 決着をつけなければならない。
 だが、ここでは被害が大きくなる。
 リグレットはシリスを連れて退避した。

 紫の風で距離を取りながら、リグレットは自らの能力を考えた。
 現在、使える能力は紫の光剣、紫の炎、紫の風の三つだ。
 後はその応用でしかない。

 アエリスに認められて加護を得た部分で使える力はそれだけだった。
 その後、決別したから、アエリスの新たな力は入って来ない。

 紫の炎で焼けるかも知れないが、それでもダメだったら、打つ手はほぼ無いかも知れない。
 リグレットは紫の使徒として中途半端な力しか手にしてないのだ。
 正直、この戦力で魔女神を倒すのは難しいと言わざるを得ない。

 魔女神を倒すには力がいる。
 だけど、今はその力を手にする手段を持たない。
 実際に方法が無くは無いが、それはシリスを魔女神にするという事だ。
 彼女を魔女神にして、彼女の加護を得られれば、新たな力は手に入れられる。
 だが……
 悩む。
 悩むが、それは選択してはならないと首を振る。

 悩んでいても仕方がない。
 とりあえず、紫の炎を試して見ることからだ。
 リグレットは霧に向かって行った。

 ボウッ……

 試して見たら、燃えた。
 燃えたが、炎の勢いに対して、燃えた部分はたかが知れたもの……。
 雀の涙と行ったレベルだった。
 火力が全然足りていなかった。

 紫の風を使って火力をアップさせたがまだまだダメだった。

「リグレット君……」
 背中におぶさったままのシリスが語りかける。
「何だ?、今、忙しいんだ、後にしてくれ」
「あたいね……実は……」
「だから、何だ、言いたい事があるなら早く言え」
「うん……その……」
 もじもじするシリス。
「後で聞く。今は黙ってろ。舌噛むぞ」
「うん。ゴメンね」
 それっきり黙る。
 何か言いたげだったけど、言えない……。
 そんな感じだった。

 だが、そんな事を気にしている余裕はない。
 紫の光、炎、風を駆使して何とか【ネーベル】に対抗しようと様々な手を試みる。

 が、どれも失敗。
 次第に押されはじめて来た。

 リグレットは何度目かの思案をする――

 一つは逃げるという手もある。
 幸い、【ネーベル】の足は遅い。
 これだけ多くの塊が移動するのはそれなりにかかるという事だろう。
 紫の風を使えば、振り切る事は訳ないだろう。

 だが、その後はどうする?

 マリスに喧嘩を売るだけ売っておいて逃げただけじゃないか。
 それに、マリスは情報屋達も始末すると言っている。
 早々に決着をつけなくてはならない相手になってしまっていた。
 だが、手段がない。

 紫の魔女神、アエリスはいつでも自分を呼べば再契約出来ると言っていた。
 だが、自分の中の正義がそれを許さない。

 あいつは仲間達の敵だ。
 倒すべき相手だ。
 例え、死んでも、あの女の力は借りられない。


 だが、それならどうする?


 シリスにも頼れない以上、他に方法が思いつかない。
 このままではカルロス達も殺されてしまう。
 それに、【ネーベル】の被害は拡大している。
 誰かが止めなくてはまた、罪もない命が……

 気持ちだけ焦って来る。
 アエリスに皆殺しにされた時の感覚が蘇る。
 また、自分にはどうすることも出来ないのか――

 そんな絶望感が支配する。
 どうせ、自分には何も残って無いんだ。
 アエリスを倒したら自分も……
 そんな事を思った。

 死を覚悟して、【ネーベル】に特攻をしかけようと思った時――

「シリス、ここでお別れだ。元気でな」
 背に乗せていたシリスを下ろして、別れの言葉を告げる。
 今生の別れを決意した言葉だ。

 対して、シリスの答えは――

「勝たせてあげようか?」
 だった。
「何を言って?……う」
 意味もわからず黙る。
 彼女が自らの唇を合わせて来たからだ。

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……
 紫の光にピンクの光が混ざって行く。

「……やっぱり死ぬ気だったんだね。あたいも最初、そうだった。何も良い事ないからってずっと思ってて……でもね、良い事はあったよ」
「な、何……」
 リグレットは戸惑いを隠せなかった。
 シリスの行動が理解出来なかったから。
 今の状況が理解出来なかったからだ。

 魔女神になれなかったとされていたシリス――

 だが、実際には百人目、彼女の父親の肝を少し食べてしまっていた。
 それでも、魔女神として覚醒しなかったのは彼女が魔女神になりたくなかったからだ。
 百人の肝を食べてしまったという現実を受け止めたくなかったから、拒否していた。
 使徒を作ったりして、他の魔女神の様にならなかったのは人を不幸にしてまでなりたくなかったからだ。

 自分には価値がない。
 自分が魔女神になっているという事がバレたら潔く、他の魔女神の使徒の手にかかって殺されよう――
 そう思ってずっと生きてきた。

 だけど、そんな自分を助けようとしてくれた人がいた。
 魔女神としての力を欲しようとせず、ただ、助ける価値があるかどうかで助けてくれた。
 思わず、それに甘えてしまったけど、ついてきてみて、その人の温かさがちょっとわかった気持ちになった。

 その人はぶっきらぼうだけど、常に人の為に頑張ろうとしていた。
 迷惑そうにしていたけど、本当はとても優しい人。

 それが、わかったから、死のうとしているその人をそのまま死なせる訳にはいかなかった。
 その人を助けたい。
 そして、自分はその人を助けることが出来る力をずっと隠して生きてきた。

 今じゃないのか?
 自分のその力を役立てる時は……

 そう思ったら、自然と身体が前に出た。
 普通、使徒にする者は頬などにキスをする。
 それは、魔女神が本当の意味で使徒の事を信用していないからだ。

 唇に唇を重ねるのは信頼の証。
 その者に全面協力するという証でもある。

 アエリスの時は決して自分の方からは唇にキスはしなかった。
 結婚するまではとはぐらかし、頬やおでこにしていた。
 それは、アエリスが完全にはリグレットを信用していなかったからだ。
 リグレットの方から唇にキスをしたことはあっても、アエリスの方からは決してなかった。
 本当の意味では信頼されていなかったのかも知れない。
 思えば、あの頃から気持ちはすれ違っていたのかも知れない。

 だが、シリスは真っ直ぐに自分にぶつかってきた。
 信頼の証を示して見せた。

「お、お前……」
「ゴメンね、魔女神になってたんだ、あたい……」
「………」
「今のリグレット君ならあんな霧、簡単に晴らせると思うよ」

 そう言うと、シリスは重ね着していた下着を取り、桃色の下着姿になった。
 そして、そのランジェリーがランジェリードレスへと姿を変える。

 それに呼応して、リグレットの中に力が漲る。

「こ、この力は」
「ゴメンね、あまりバリエーション無くて……徐々に増やしていくからさ」
 リグレットは内側からあふれ出るかのようなパワーを感じた。
 身体から漏れた桃色の気を練ってみる。

 練られた気は変化を初め直径五十センチ程の球体の塊となる。
 それをハンドボールのシュートのように【ネーベル】に投げ入れる。

 じゅわわわわわわ……

 すると科学反応を起こし始める。

 茶色の霧がみるみる白くなっていく。
 中和されて、殺人霧がタダの霧に変わっていっているのだ。

 三十分もすると【ネーベル】は九割以上が霧となって霧散していった。
 完全に霧と化すのも時間の問題だろう。

 後は、【ネーベル】を誘導していた【クラオエ】達を始末すれば良い。
 【ネーベル】に比べれば、全然大した事ない。
 【クラオエ】の大物も出張って来ていない。
 リグレットはあっという間に刺客達を倒して見せた。

「やったね、リグレット君」
「……何で黙ってた」
「それは、……その……良いじゃない、助かったんだから」
「俺は、魔女神になってないと思ったから助けたんだ」
「あたいだって、魔女神になりたくてなった訳じゃないよ」
「……話しが違う……」
「そんな事言ったって……」
 リグレットはそっぽを向いた。
 シリスは困った顔だ。

 リグレットも解っている。
 今回はシリスが居なかったら、みんなやられていた。
 彼女が魔女神としての力をリグレットに提供したから、この状況を打破できたのだ。

 それは、解っている。
 解っているが、アエリスと同じ魔女神を信用する事が出来ない。
 内心は感謝をしているが、その力は、百人の犠牲の上にある力だ。
 本意で肝を食べていないとは言え、それを認めてしまったら、自分はアエリスの行動を肯定してしまうことになってしまう。

 だからこそ、認める訳にはいかなかった。
 助かった気持ち、感謝の気持ちはあっても、それを口にして出す事は出来なかった。

 だから、つい、心にもない言葉が出てしまう。

「ふん、魔女神め、やっぱり嘘つきだな」
「つきたくてついた嘘じゃないもん」
「ついてくるな」
「なんで?あたい達、もうパートナーみたいなもんでしょ」
「ふざけるな、俺は一人でもやってやる」
「無理しないで使ってよ、あたいの力」
「魔女神が」
「あたいにはシリスって名前があるもん。しーちゃんって呼んでも良いよ」
「誰が呼ぶか、お前など、魔女神で十分だ」
「それじゃ、他の魔女神と区別つかないじゃない」
「だったら桃魔女神だ」
「それ、言いにくくない?」
「じゃあ、略して桃だ」
「桃か……それならまぁ」
「じゃあな、桃、俺は行く」
「あーん、待ってよぉ」

 シリスは、リグレットの優しさが解っているから、感じているから、本心がわかっているから、ついていく。

 彼女にとっては、リグレットは絶望の中にさした希望の光だから。
 後は何処までも寄り添ってついていくだけだ。

登場キャラクター紹介

001 リグレット・ギルティ
リグレット・ギルティ
 この物語の主人公。
 結婚した女、アエリスに両親を含む知り合い100人の胆を食べられるという過去を持つ。
 その後、紫の魔女神の加護を得るが、紫の魔女神アエリスを殺す為に行動する。
 その後、桃色の魔女神シリスと出会い、行動を共にするようになる。













002 アエリス・ギルティ(紫の魔女神)
紫の魔女神アエリス・ギルティ
 リグレットと結婚した女。
 が、それは、自分が紫の魔女神になるための罠だった。
 リグレットに対し、歪んだ愛情を持っている。















003 サム(ロゴツキー)
サム(ロゴツキー)
 リグレットの友人だった男。
 が、彼の骸は茶色の魔女神マリスの配下であるロゴツキーが乗っ取り、記憶と口調を真似たものだった。
 リグレットをマリスの配下に勧誘するが、この男にそのつもりはなかった。














004 マリス・フカキツミ(茶色の魔女神)
茶色の魔女神マリス・フカキツミ
 リグレットの才能に目をつけ、彼を自分の配下に勧誘する茶色の魔女神。
 が、彼の逆鱗に触れ、リグレットと敵対する事になる。
 自分の配下を手駒として考えていて、他の魔女神を殺すための道具として見ている。
 配下の事も信じ切る事が出来ないし、利口な魔女神とは言えなかった。













005 カルロス(マスター)
カルロス(マスター)
 情報屋として生計を立てていたバーのマスター。
 娘がいて、その娘の為に、危険な情報屋として仕事をしていた。
 その後、魔女神としては未熟なシリスを知り、魔女神に対するイメージを改め彼女を臨時のバイトとして雇うという事もしている。













006 シリス・パクッター(桃色の魔女神)
桃色の魔女神シリス・パクッター
 茶色の魔女神マリスに捕まっていた桃色の魔女神でこの物語のヒロイン。
 父親に無理矢理、100人の胆を食べさせられ、無理矢理魔女神にされたという過去を持つ。
 魔女神としては大変幼く、生娘で、下ネタ一つでも嫌な顔をする。
 ひょんな事からリグレットに助け出され、そのまま彼について行くことを決める。
 彼に桃色の加護を与える事になる。