第003話


第四章 ラスト・ステージ



 次の日、俺達がセカンド・ステージに向けて準備をしていると――

大「お、おい、みんな、来てみろよ」

 用を足しに行った大が叫ぶので行ってみるとそこには暴行され骸となった虎狼の遺体が投げ捨てられていた。
 虎狼……いや、滝沢の遺体の側には手紙が置いてあった。

 俺達はそれを手にとって見た。
 手紙は黄色い便せんにゴシックの文字ではっきりと書かれていた。


 内容は――

■◇□◆   ◆□◇■

 先日の無様な醜態をさらした滝沢彰人から虎狼の名前とグランドゲームマスターの地位を剥奪するものとする。
 なお、我々ゲームマスターチームとしては仕切り直しをしたいと考えている。
 よって、次のゲームをラスト・ゲームとして、それをクリアした暁には諸君らを解放するものとする。
 ラスト・ゲームはここより北西に三キロ行った地点にて準備している。
 諸君の健闘を祈る。

■◇□◆   ◆□◇■

 ――だった。
 俺の読み通り、逆恨みの復讐鬼の裏で愉快犯的な奴が糸を引いていたんだ。
 誰だ一体?

 そんな不安があったが、俺達はラストステージに向けて黙々と歩き続けた。
 半分くらいまで来た頃、心理が口を開いた。

心理「この中に、虎狼とつるんでいた裏切り者がいる」

尊志「どういう事だ?心理」

心理「おかしいと思わないか?離れた位置に居た虎狼が俺達の様子をあたかも近くにいたと思えるような感じに対応していた。俺は、この中の誰かが、情報を流していたんじゃないかって思っている」

佳桜「だ、誰かって……」

 俺は松里を疑った。
 だって、あいつは佳桜を――
 
 だが、心理は――

大「お、おい、心理、何でこっち見るんだよ」

心理「疑われるような覚えがあるのか?」

小梅「そ、そう言えば、あの手紙を最初に発見したのって大君だったよね」

大「なっ小梅、お前……」

小梅「何よ、疑われる様な事してなきゃ堂々としていればいいんじゃないの?」

大「ふ、ふざけ……」

心理「もう、良いよ。疑いは態度ではらせばすむことだろ?期待しているぜ、大将」

大「お、おう、任せとけ」

 さすが、心理だ。
 怪しい奴を早速見つけたか。
 証拠がないが、大には用心した方が良さそうだ。
 そんな俺に、心理は内緒話をしてきた。

心理「大と小梅には注意しろ……」

尊志「小梅も?何で?あいつは……」

心理「普段の小梅はそんな事を言う奴じゃなかった。恐らく、自分の正体がばれないように大を切り捨てようとしているとも考えられる」

尊志「お、おう、解った。じゃあ、佳桜にも……」

心理「待て、いたずらに話を広めるな、心理戦はもう始まっているんだ。気をつけろ」

尊志「わかった」

 誰が敵で誰が味方か解らなくなる。
 黒幕も誰だか解らない。
 くそっ、また、俺達は混乱してくる。

 だけど、それなら、何で、心理は大を疑ったんだ?
 黒幕をあぶり出すため?
 でも、不安になっただけで、真実は何だか解らない。
 まさか、心理が?
 だめだ、考えれば考える程、誰も彼もが怪しく見えてくる。

 そう思っている内に、俺達は最後の舞台となる場所についた。

 そこには見渡す限りの雑草?が生えていた。
 等間隔に別の雑草が生えていて、成分などが書かれた看板が一つずつ立てかけられていた。
 縦に百、横に百の区切りがある所からみると一万種類の雑草が生えている事になる。
 雑草には色だけ見ても、緑の他にも赤やら青、黄色に白、黒など様々な種類が見えた。
 地球上の植物では無いのでは?と思われるような雑草も数多く茂っていた。

尊志「何だここは?」

 俺がつぶやくのに呼応したかの様に、機械音のアナウンスが流れた。
 声からすると男か女かも解らない。

アナウンス「今からあなた方には草刈りをしていただきます。ただし、一人につき、運べるのは後方にある手押し車に乗る量までとさせていただきます。一度に運べないものは無効とさせていただきます。何種類刈ってもかまいません。ですが、それがあなた方の生命線になることだけはご理解下さい。出来ましたら分別機まで運んで下さい。そこでいくつかの入力をしていただいて運命を共にする仲間が決定します。制限時間は3時間です。それまでに分別機に刈った草を入れなければ生身で戦っていただきます。では、どうぞ」

 アナウンスは一方的に説明するとそのままぷつんと切れて音がしなくなった。
 俺達は訳もわからず、草刈りをする事になった。
 無駄なおしゃべりをする者はいない。
 みんなこれが命に関わるような事だと理解しているからだ。
 しゃべって時間をロスする訳にはいかない。

 俺は試しに適当な場所を選び、そこに立てかけてある看板の成分表らしきものを見た。
 だが、はっきりいってそれはちんぷんかんぷん――
 全くわからなかった。

 他のみんなも看板を見ていたが、理解出来なかったのか見るのを諦めて自らの勘を頼りに適当に刈るのだった。
 だが、大と小梅は周りのみんなが刈っている草を確認した後、看板を見ながら、刈る草を選んでいたように見えた。
 俺は何かあると思って、佳桜にみんなから隠れて草を刈った方が良いと伝えた。

佳桜「何かあるの?」

尊志「いや、ただ、何となく、そうした方が良い気がして……変かな、俺?」

佳桜「ううん、尊志君が何かあるって思ったって事は本当に何かあるんだと思うよ。わかった。別の草を刈るふりをしながら隠れて草を刈るよ」

尊志「悪い、そうしてくれ」

 俺達以外にも何やら動きがあるみたいだけど、俺の目からは確認出来なかった。
 それぞれの思惑を隠したまま、俺達は手押し車いっぱいに草を摘み、分別機まで運んで行った。
 佳桜が重たそうにしていたが、下手に手伝ったら彼女にペナルティーが発生するかも知れないので、俺は自分の手押し車を運ぶのに集中した。

 分別機まで行った時、この草の意味を理解した。
 この分別機は植物モンスターを作り出す装置にもなっていたのだ。
 俺が運んだ草の種類は十九種類。
 つまり、最大、十九種類のモンスターを作り出せる。

 だが、事はそう、単純には行かない。

 まずは、単純に考えて、全て同じ種類の草を運んだとする。
 そうなると運べるだけ全てが同じ草の量を運んで出来たモンスターは他のプレイヤーが仮に二分の一の量で同じ草を運んで作ったモンスターよりも二倍の強さが手に入る。
 が、草の成分には得意な草と苦手な草が存在する。
 例えば、Aの草はBの草には強いがCの草には弱いのだ。
 じゃんけんを考えてもらえばいい。
 グーはチョキには強いがパーには弱いというように組み合わせがあるのだ。
 そして、じゃんけんには三種類だが、これには一万種類もの複雑な強弱関係が存在する。
 何が得意で何が不得意かは解らない。
 いや、成分が書かれた看板に答えが載っていたのだが、俺達には理解することが出来なかったのだ。
 これは複雑なじゃんけんの様なものだったのだ。
 じゃんけんとは全く無関係に見える草を利用して、俺達に選ばせたのだ。
 予想もしないものが出てきて俺達は対応を取れなかった。

 複雑なじゃんけんに運んで来た草の量がモンスターの優劣を決めるというのが基本的なルールだが、更に複雑化させているのは、分別機では、モンスターの要素を三種類まで混ぜる事が出来るらしい。
 簡単な例をあげれば、Aと言う要素がBという要素に苦手な草だと仮定して、このままだと、Bの要素のモンスターにAの要素のモンスターが会えば負けてしまう。
 が、Bという要素に強いCという要素を混ぜていれば、Cの要素がBの要素の量を上回っている場合に限り、倒す事が出来るというものだった。
 おそらく数え切れない程ある組み合わせを選び、相手より有利なモンスターを作り出す事がこのゲームの胆の部分なんだろう。
 作り出したモンスター達は自分を守る壁となり、草を持って行かなかったり、モンスターが全滅したら、生身で相手のモンスターと戦わなくてはならないというサバイバルゲームだ。

 だが、それなら、何故、大と小梅は俺達の方を見たんだ?
 敵はゲームマスターのモンスターじゃないのか?
 まさか、俺達同士がやり合う事も想定しているのか?

 解らない……
 このゲームの意図がわからない。

 解らないまま、俺は自分を守るモンスターを作った。
 十九種類の草は三種類を合わせたモンスター六体と残る一種類の草を混ぜたモンスター一体の合計七体のモンスターへと生まれ変わった。

 作られたモンスターは他のプレイヤーに見られないようにコインへと変わり、必要に応じて、一体ずつ呼び出すという事になった。
 自分の命を守るコインだ。
 誰も、コインがいくつあるというのは言わない。
 お互い同士が疑心暗鬼になっている証拠だ。

 とにかく、七体のモンスターが俺の生命線だ。
 これが無くなったら、モンスターと生身で戦わなくてはならない。

 一通り、モンスターをコインに換える作業が済んだ時、再びアナウンスがなった。

アナウンス「皆さん、準備が整ったようですね。では、ルールを説明します」

 説明されたゲームは簡単に言えば、人生ゲームの様なものだった。
 順番にルーレットを回し、ゴールを目指すというものだ。
 途中には止まったマスに書いてあるイベントをやっていくというものだ。

 ただし、同じマスに止まった同士は戦わなくてはならないというルールも追加されている。
 戦いは自分のコインから一つずつ選び、対戦させる。
 勝てばまたルーレットを回せるが負ければ一回休み。
 もちろん、モンスターがいなくなって自分が戦う事になって死んでしまったらそこでゲームオーバーだ。
 他の誰かより前に進みたければ戦って勝つことを選択していけば良いが、負ければ、その分リスクも背負う。
 他の誰か以外にもマス目によってはゲームマスターの用意したモンスターと戦わなくてはならない。

 あまりごちゃごちゃ考えても俺の頭では整理出来ないが、ファースト・ステージ同様にこれも複雑なゲームになりそうだ。

 スタート地点は十人とも別々な様で、トロッコを選んで乗り、スタート地点まで運んで貰うらしい。
 佳桜とも一旦これでお別れになりそうだ。

佳桜「尊志君……」

尊志「佳桜、生きて、ゴールで会おう」

佳桜「うん……」

 俺は、佳桜を抱きしめたい気持ちを押し殺して、トロッコに乗った。
 彼女を助けてやりたいが、佳桜と近づくという事は彼女との対戦が多くなってしまうという事でもある。
 そんなの勝っても負けても嬉しくない。
 だったら、彼女の生還を信じて離れていた方が良い。
 俺に出来る選択はそれだった。

尊志「俺は行く」

 俺は、トロッコに乗って一番手でスタート地点に向けて先陣を切った。
 トロッコはどんどん、佳桜達のいた場所から離れていき、俺のスタートスタート地点へとついた。
 走り去る時、アナウンスで、トロッコでスタートした順番からルーレットを回せる権利になると言っていた。
 つまり、俺から、ルーレットを回すことになるようだ。
 こういうのは先にスタートした方が、順番が多く回るからほんの僅かに有利にはなる。
 でも、味方を変えれば、誰かに追われる立場というのもプレッシャーにはなる。

 このゲームは生きてゴールまでたどり着けば良いんだ。
 先を競うゲームじゃない。
 だから、俺に出来る事は、なるべく誰かに会わずに、ゴールを目指す事。
 その一点に尽きる。

尊志「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 俺は持ってきたルーレットを回した。
 ルーレットは回転し、五になった。

 辺りを見回すと、別の方向に光る矢印が三つ現れた。
 どうやら、その三つの矢印の内、一つを選ぶようだ。
 これが分岐点という事か。
 選んだ矢印の進む道によってどうなるかが決定されていくみたいだ。

 どれを選んでも不安は消えないので、あみだくじで選択した。
 俺が選んだ道は右端の道だ。

 その矢印の所に進むと矢印は五の数字に変わり、先を見るともう一つ矢印が現れた。
 その新しく現れた矢印の所に進むと四の数字に変わり、また、別の新しい矢印が現れる。

 なるほどね。
 そうやって、出た数字の分だけ矢印の方向に進んで行くって事だな。

 二の矢印を通り過ぎると矢印は二つ現れた。
 どちらかを選択するんだと理解した俺は、左側の矢印を選択した。
 そして、その矢印がまた一になり、新しい矢印が現れ、そこに向かって歩を進めた。

 矢印は〇になり、俺の移動ターンはそこで終了となる。
 止まったマスの指示を見ると――
 【コインの草の要素を一つ提出せよ】
 との指示が……

 おいおい、まさか、止まったマスによって、自分のコインとかの要素も変わっていくのか?
 俺は考える。

 俺が現在所持しているコインは七つ。
 六つが三種類の草の要素を持っていて、一つが一種類の草の要素を持っている。
 一種類の草の要素を渡さないといけないと考えると、戦力的に弱くなってそうな一種類しか要素を持っていないコインから草の要素を渡せば、六つのコインは無事に要素を欠く事なく、保持できるが、一つしか種類を持っていないコインから要素を一つ取り上げられると戦力となる壁を一つ、俺は失ってしまうことになる。

 どうする?
 俺は考えた末、三種類の草の要素を持っているコインの一つから一つ、要素を抜いてもらった。
 つまり、俺は三種類の要素を持つコインが五つ、
 二種類の要素を持つコインが一つ、
 一種類の要素を持つコインが一つ所有している事になる。

 初っぱなからモンスターと戦わなくて済んだのは良いが、草の要素を一つ、失ってしまった。
 あまり、運の良い出だしとは言えない。

 俺のターンが終わったので、ルーレットを見ていると、デジタル表示の部分がついていて、現在プレイしているプレイヤーの名前が表示されていることを知った。
 が、誰がどの位置にいるかは表示されていない。
 だから、プレイヤーとして参加しているという事で生存は確認出来るが、それ以外の情報は入らない。

 仮に、佳桜が対戦に負けて一回休みになったりしたら、表示されないから順番が回って来るまで無事が確認出来ない。
 表示されるという事は無事という証明でもあるが、同時に、何が起きるか解らない危険をその時点で体験しているという事でもある。
 無事を確認したければ、相手が危険な目に遭うしかない……。
 なんて、嫌なゲームだ。
 このゲームを考えたゲームマスターの性格の悪さが窺える。

 滝沢とつるんでいるような奴だ。
 性格が良いわけないのは始めから解っているけど。

 大と小梅の行動も気になる。
 佳桜が奴らとぶつからない事も祈りたい。

 俺は次の自分のターンまで出来るだけの対策を考えた。
 ――が、考えようとすればするほど、残して来た佳桜の事が気になって考えが上手くまとまらなかった。
 時間だけが無情にも過ぎていき、俺の順番が回ってきた。

 再びルーレットを回す。
 出た数字は九だ。

 俺は二カ所の分岐点を二つとも真ん中を選択し、九マス目についた。
 今度の指示は――
 【カスタマイズ指令。草の要素を移動せよ】
 だった。

 要するに、俺のコインの草の要素を一つ、別のコインに移動すれば良い訳か。
 どうするかな――

尊志「移動って事はこんな事も出来るのか?」

 俺は物は試しと、二つの要素を持つコインの内、一つの要素を選択して、既に三つの要素を持っているコインに混ぜてみた。

尊志「や、やった。出来た」

 俺の推測は当たっていた。
 スタート地点では三つの要素までだったコインに四つ目の要素を混ぜる事に成功したんだ。
 これで、俺の手持ちは――
 一種類の要素を持つコインが二つ、
 三種類の要素を持つコインが四つ、
 切り札にもなる四種類の要素を持つコインが一つ、
 という事になった。

 まだ、バトルは経験していないが、これが俺に有利に働くかも知れない。

 運が良いのか悪いのか、しばらく俺は誰とも戦う事なく、自分のコインの設定で一喜一憂していた。
 悪いマスではコインを一つ失い、良いマスではコインを三つ増やせたりもした。
 結果的にはプラス方向で俺は手持ちのコインを増やすことが出来た。

 現在の手持ちは――
 一種類の要素を持つコインが三つ、
 二種類の要素を持つコインが一つ、
 三種類の要素を持つコインが三つ、
 四種類の要素を持つコインが二つ、
 五種類の要素を持つコインが一つ、
 の合計十枚のコインを所有している事になった。

 だが、運が良いのもここまでだった。
 俺はついに対戦の時を迎えてしまった。
 それも一番、戦いたくない佳桜との対戦だ。

佳桜「た、尊志君……」

尊志「か、佳桜……」

 俺達は顔を見合わせ呆然とした。
 戦う気になれないからだ。
 が、勝敗が決まるまで、動けない。
 やるしかないんだ。
 だけど、辛すぎる。

 見ると佳桜の顔は大分、疲弊しているようにも見える。
 多分、辛い戦いを繰り返して来たんだろう。
 そんな彼女を置いてきてしまった後悔が俺に自分が負ける事を選択させる。

 俺は最も弱い、一種類の要素を持つコインを出した。
 勝利は彼女にくれてやるつもりだったからだ。

 彼女はどうやら三つの要素を持つコインを出したようだ。
 順調に行けば、彼女のモンスターが勝つ。

 だが、非情な運命はそれを許さなかった。
 一種類の要素を持つ、俺のコインは彼女の三つの要素のコイン、全ての要素の苦手要素だったのだ。
 そのため、一種類の要素で、彼女の三種類の要素のコインを破壊してしまった。

佳桜「あぁ……」

尊志「ご、ごめ……」

 俺はつい、謝罪しかけた。
 一種類の要素で三種類の要素のコインを倒す事もあるんだと、俺はその時、初めて知った。
 佳桜の顔はより一層、悲壮感が漂ってきた。

尊志「諦めるな、まだ、終わりじゃない。頼む、生きてくれ、大好きなんだ、お前の事がぁ」

 俺は叫んだ。
 彼女には死んで欲しくない。
 俺は、ルーレットを回し、先に進む。
 逆に彼女は一回休みだ。
 俺達はまた、ここで別れる事になる。
 別れる前に俺の気持ちを伝えたかった。

佳桜「尊志君、私……」

 佳桜も何か言った気がしたが、俺は、答えを聞かずに走り出した。
 フラレるのが嫌だったから?――
 答えを聞くのが怖かったから?――
 よく解らなかった。

 とにかく、こんな危ないゲームの途中で答えを聞きたくなかったんだ。
 自分だけ、言いたいこと言って答えを聞かない……。
 何て自分勝手な事をしたんだと思う。
 だけど、混乱していて、自分の行動がよく解らなかった。
 何をしたくて、何をしたくないのかが自分で理解出来てない。
 佳桜が好きな気持ちと命の危険から回避したいという気持ちがない交ぜになってパニックを起こしていた。

 そうとしか思えない。
 俺は彼女を置いて逃げた卑怯者――

 そんな事を考えて押しつぶされそうになる。
 考えれば考える程、涙が止めどなくあふれてきた。
 情けない――
 何、やってんだ俺は……。

 だが、後悔している余裕はろくになかった。
 すぐに、俺のターンが回ってきて、続けて、ゲームマスターの用意したモンスター二体と俺の出すモンスター二体のタッグマッチが行われ――
 俺はコインをいっぺんに二枚失った。

 正気を取り戻さないとこのままでは後悔したまま、殺されてしまう。
 俺は自分で自分を殴りつけ、強引に正気になったつもりになった。

 そうだ、生きていればやり直せる。
 さっきの失態は取り戻せるんだ。
 何が何でも生き残る――
 生き残りたいんだ。

 俺は気持ちを切り替えて、ゲームに集中する事にした。
 冷静になってみれば、俺は色んなゲームをやり込んでいる。
 だから、相手プレイヤーの考えなどが何となく解る部分もある。
 そうだ、これは駆け引きなんだ。

 ファースト・ステージでもそうだったじゃないか。
 一見、複雑そうに見えるゲームでもルールの要点をしっかり把握して、攻略して行けば、攻略不可能なゲームじゃない。
 命こそかかっちゃいるが、これはゲームなんだ。
 ゲームは楽しんだ奴が勝つ。

 死は意識しちゃダメだ。
 忘れるんだ。
 俺はそう割り切り、戦略を練っていった。

 まずは、他のプレイヤーについてだ。
 相手の顔色を見れば、それまで有利にゲームを続けて来ていたかは予想がつく。
 佳桜はおどおどしていた。
 つまり、ゲームを上手く進めていなかったんだ。
 負け越していて、何とか勝ちを拾うために三種類の要素のコインを使ったが、運悪く、俺の一種類のコインと相性の悪いコインを出してしまった。
 だから、負けたんだ。
 俺は勝つつもりじゃなかったから、負けても良いと思って一種類の要素のコインを出した。
 だけど、勝てた。
 それは、数多くの要素を持っていれば勝てるという訳でもないという事を示している。
 マス目によってはコインが増えたりもするんだ。
 佳桜もまだ、ダメになった訳じゃない。
 要素の数で勝敗が決まる訳ではないというのは負けた彼女も知ったはずだ。
 手痛い勉強代を払ってしまったが、彼女も一つ、ルールが理解出来たはずだ。
 俺の言葉で冷静になっていれば気付いたはずだ。
 彼女は聡明な女の子だ。
 だから、彼女も大丈夫だ。

 ある意味、彼女と二人で、お互いが、要素の数で勝敗が決まる訳じゃないというのを理解出来たのは良い事かも知れない。
 裏切り者かも知れない大や小梅に知られるよりよほど良い。

 物事をマイナスに考えたらダメだ。
 プラスに考えるんだ。
 悪い方に考えたら、事態は悪い方に悪い方に進んでしまう。
 ポジティブシンキングだ。
 良い方向に考えて、進むんだ。

 俺は、何となく少し希望が持てた。
 ゲームはまだ、続く。
 生き抜くんだ。
 仲間みんなで生きて帰るんだ。
 それを希望に俺は頑張った。
 ゲームを順調に進めて行った。
 何人かと対戦したが、俺は全勝だった。
 コインを一つも減らすことなく進んでいった。

そして、今度は心理と対戦する事になった。

尊志「心理、親友とは言え、俺は負けるつもりはないぜ」

心理「尊志、俺はお前が四人目だと思っている……」

尊志「四人目?何の話だ?」

心理「虎狼……滝沢が一人目、大が二人目、小梅が三人目だ。そこまで言えばわかるだろ?」

尊志「な、俺が?何言ってんだ、お前、俺はてっきり、お前の方が……」

心理「俺は違う。俺は心理学を勉強するのが好きだから何となく、解ったんだ」

尊志「バカな事言ってんじゃねぇよ、まるっきりデタラメじゃねぇか、何で俺なんだよ」

心理「確かに、俺は最初、お前もグルなんじゃないかって疑った。が、真実は少し、違うようだ。お前、確か、カウンセリング受けてたよな。滝沢の事件の時」

尊志「た、確かに受けたけど、それがなんだって言うんだよ?」

心理「催眠療法だとか言ってそういう類の何かをされなかったか?」

尊志「た、確かに、受けたけど、それは、事件のショックを和らげるためだって」

心理「本当にそうか?俺はお前が自己暗示をかけられてスパイの真似事をさせられていたと見たよ。お前の態度は最近おかしかった。親友の俺だから気付いたんだ」

尊志「な、何言ってんだよ、そんな……」

心理「思い出せ」

尊志「うっ……」

 俺の記憶が混乱する。
 が、次第に記憶の中の霧が少しずつ晴れて来た。

 確かに、おかしい。
 俺が受けた催眠療法は丸一日かかっていた。
 本当にそんなにかかるものなのか?
 その間の記憶が無い。
 それは、辛い記憶が飛んだと思って安心していたんだけど……。

 だとしたら――だとしたら……

心理「島村 里子(しまむら さとこ)――お前に催眠を施した人物だったな」

尊志「し、島村先生が……」

心理「遠い、親戚だそうだ、滝沢の……最初は親戚の滝沢に傷つけられた人を癒すために働いているんだと思っていた。でも違う。滝沢は島村 里子によって作られた異常者だった。俺はそう見ている」

尊志「し、心理……」

心理「そして、島村 里子は政財界にコネの利く小説家 榊 重三(さかき じゅうぞう)の愛人の一人という噂もある。見なかったものが見えてきた気がしないか?」

尊志「まさか、そんな……」

心理「よく考えても見ろ、滝沢がどんな力を持っていたにしろ、たった十五分で地球の光景を変えられるもんか。俺達は宇宙旅行に行くと見せかけて、国ぐるみで別の施設に送られていた。そう考えるのが自然じゃないか?俺達は移動の間、ずっと外の見えないトラックの中で過ごしてたんだぜ、修学旅行にかこつけて何かの実験施設に送られた。俺はそう見たぜ」

尊志「そ、そんな突拍子もないこと」

心理「殺人事件が起きて、そのショックを和らげるための宇宙旅行?馬鹿げていると思わないか?世間をろくに知らない俺達を騙す方が、地球の環境を丸ごと変えるより遙かに簡単だと思うけどな」

尊志「し、信じ……」

心理「られないか?じゃあ、十もあったステージが突然、セカンド・ステージでラスト・ステージになったのは?予定が狂ったんじゃないか?黒幕側の方で?」

尊志「そ、そんな事言われても……」

心理「恐らく、色んな思惑が混ざり合った状態でこの馬鹿げたゲームは始められた。俺んちでは修学旅行の前にA5のステーキとフカヒレスープが出たぜ。親公認なんじゃねぇか?怖い想いはさせるけど、大金が手に入る見たいな事言われてさ。保護者説明会ってあったろ?そん時に……」

尊志「う、嘘だ……嘘だ。何でそんなにてきとーな事言うんだよ」

心理「適当?じゃあ、俺達以外のグループは何処行ったんだ?全然、合わないじゃないか。騙されているのって、ひょっとして俺達だけじゃないのか?」

 親友の言葉の一つ一つが俺の心をかき乱す。
 だが、殺人犯である滝沢が自由に行動していた事等も考えたりしていくと話は俺達が騙されているという方が信憑性があるように思えて来た。

 な、何が正しくて、何が正しくないのか解らない。
 俺はただ、生きて佳桜と再会したいだけなんだ。
 それだけなんだ。

 心をかき乱された俺は心理のモンスターに易々とやられてしまった。
 心理が与えた影響はそれだけ大きかった。
 まだ、あいつが裏切り者だったという方が俺は冷静でいられた。

 それから、俺はスランプの連続だった。
 何となく解っていたコインの配合を間違えたり、大事な所で選択を間違えたりボロボロだった。
 普段の俺から見たら何でこんなバカなミスを連発するんだと鼻で笑えるようなポカを連発する。
 順調に進んでいたのは過去の話、俺のコインは後二つだけになってしまっていた。

 恐らく、終盤には来ているのだろうが、コイン二つで進むにはゴールまでは遠すぎた。
 このままでは俺はおかしくなる。
 次から次へと色んな事が起きて、対処しても対処しても、新たな問題が発生する。

 俺がもうダメだ――

 そう思った時、俺は目を醒ました。

 そこは、研究所の様な施設だった。
 大がかりな機械がたくさん運び込まれてその中の一つで俺は寝ていた。
 見ると、まだ肌寒い季節にもかかわらず、俺の服は汗でぐっしゃりと濡れていた。

 記憶が段々と鮮明になって来た。
 そうだ、俺はテストモニターになっていたんだ。

 新作アーケードゲーム【パニック・サバイバル】の――

 このゲームはあらかじめ設定されているゲーム設定にプレイヤーの記憶から登場人物として知り合いをゲーム内に配置する事からプレイヤーは実際に起きた事件と勘違いする。
 例えどんなにちぐはぐな設定だとしても、コンピューターの演算能力で無理矢理修正して設定に組み込んで来るというものだった。
 まだ試験段階なので、今回はセカンド・ステージまでだけど、通常だと、テンス・ステージまである。
 心理が言っていたのはセカンド・ステージの途中でゲームを終わらせるための複線だった訳だ。

 ゲーム好きの俺は迷うことなく【ベリーハード】を選択し、モニターとして、このゲームに挑戦した。
 俺が密かに想いを寄せている佳桜や親友の心理達にもゲームキャラとして登場してもらっていた。
 佳桜と松里の確執や裏切り者という設定の大や小梅などの設定もゲーム上で作られた架空の設定だった。
 俺の主観も幾分、入っていて、誰がどの設定かというのは俺が勝手に思っていたイメージに過ぎない。
 ゲーム上の登場人物は俺が登場させただけで、実際には喧嘩はおろか、挨拶を交わす程度の知り合いでしかない。
 人間関係も俺の頭が勝手に作り出したものだ。
 ちなみに俺は心理の妹、節理とは話をしたこともない。
 親友の妹という事で、登場してもらっただけだ。
 一種の夢を見ているようなものだな。

 だけど、殺人鬼の滝沢をさせたのが失敗だった。

 奴の異常性がゲームのシステムに違和感を発生させて、どんどん、おかしな方向にストーリーが展開して行った。
 ゲームの方は物語を正しい方向に進めようとルール改変を繰り返し、俺の方はゲームの異常性に気付きながら必死に正気を保とうと必死だった。

店員A「お客様、どうでした?楽しんでいただけましたか?」

尊志「楽しかったって言うか、超怖かったよ」

店員A「そうですか、このゲームはお客様のプライバシーを尊重してゲーム内容はスタッフには解らないようになっているんですが、何か問題、ありましたか?」

尊志「中のゲームが難し過ぎるよ。ルールを脳波に無理矢理ねじ込まれた感じがした。ルールを理解出来ているけど、理解していないような変な気分だったよ。もうちょっと何とかならない?俺、好きな子に対して嫌な想いをさせてしまったよ。ゲームの中でだけど」

店員A「うーん……難しいですね。リアリティーを出すため、お客様の記憶もお借りしていますので、多少の違和感はどうしても……それに、お客様の選択されたのは【ベリーハード】ですので、出来れば【イージー】からやっていただけると……」

尊志「それだと、簡単にクリアできちゃうじゃんか、最低でも【ハード】だな」

 終わってみれば、何のことはない、ただのゲームだった。
 だけど、俺はこのゲームを通して、彼女にアタックする気持ちになった。

 宇崎 佳桜……まだ、ろくにしゃべっていない女の子だけど、出来ればゲームの中の時みたいに、一緒に何か出来れば良いな。

 そんな事を想いながら、俺は家路についた。
 途中、彼女とすれ違ったが、俺は顔を伏せたまま気付いていないふりをして通り過ぎた。

 まだ、彼女に格好いい所見せられてない。
 今度は彼女を守れるようになってから、改めて、話かけよう。

 そう思うのだった。



終章 佳桜とオチ



店員B「どうでした、お客様?」

佳桜「うーん、私にはちょっと難しいゲームかな……」

店員B「テストバージョンではこの【イージー】が一番簡単ですが、【ベリーイージー】も開発中ですので、良かったらそちらもよろしくお願いします」

佳桜「いやいや、私はそんなにゲームは好きじゃないんですけど、気になる人がゲーム好きだって言うから私もちょっとやってみようかなと思って。でも、こんなんじゃダメですね、全然、ついていけないわ、私」

 私が気になる人はいわゆるゲーマーさん。
 このパニックなんとかというゲームも多分、【ベリーハード】っていう一番難しいやつでやると思うんだ。
 仲良くなるきっかけにでもなればと思って私も試してみたんだけど、やっぱりダメね。
 付け焼き刃でどうにかなるようなゲームじゃなかったな〜。

 彼にやり方を聞くって事じゃダメかしらね?

 でも、私なんかが聞いても彼は迷惑がるだろうし……
 もう少し、レベルを上げてからとは思うんだけど。

 どこかに私でも出来るような手頃なゲームって無いかしらね?

 彼を応援しても良いんだけど、ゲームのキャラクターってたくさんあって覚えきれないのよね〜。
 歴史の問題みたいに簡単に覚える方法ってないものかしらね〜。

 ゲーム好きの人と会話するのって大変だわ。
 ゲーム雑誌もたくさん購入したし――
 こっそり氷川君にもゲームの事聞いたし――
 しっかり予習してから声をかけないと。
 恥かいちゃうもんね。
 私、頑張っちゃうよぉ!
 ファイト、佳桜。

 東郷 尊志君――

 私の気になる人。
 得意な物・好きな物 ゲーム。

 宇崎 佳桜――

 私。
 得意な物 料理。
 好きな物 ゲーム……になる予定。

 二人を結ぶ接点は今の所、見あたらない。
 だけど、恋に生きる乙女は諦めません。
 接点が無ければ作れば良いんだもん。
 必ず、彼とのつながりを作ってアプローチしていく所存であります。

 東郷 尊志君、宇崎佳桜さん――

 二人は両思い。
 お互いがお互いの事を気にしている。
 だけど、踏み出すための一歩で躊躇している。
 お互いちょっと勇気が足りない所がある。

 だけど、二人の時間はこれからだ。
 少しずつ歩み寄って、いつかは結ばれる日が来るのかも知れない。

 【パニック・サバイバル】では、そんな二人の架け橋の一つになれればと考えています。
 お近づきの印に一つ、協力プレイ――してみませんか?

スタッフA「――って感じでプロモーションを作ってみようと思うんですけど、どうですかね?」

責任者「どうですかって言われてもねぇ……」

スタッフA「二転三転は当たり前、何が起きるか解らないっていうのがまた……」

責任者「どんでん返しを繰り返せば良いってもんでもないと思うけどね、どう思う君?」

スタッフB「そうですね、Aさんの性格が出てるんじゃないかと……」

スタッフA「そうだろ、Bさんもそう思うよね〜」

スタッフB「いえ、滅茶苦茶さ加減が、Aさんらしいっていうか」

スタッフA「そうなの……」

スタッフB「そうです。もっと上手くまとめないと見ている人がついていけませんよ」

スタッフA「えぇ?」

責任者「とにかく、あれだな、やり直し……練り直してもう一度、提出してね」

スタッフA「そ、そんなぁ……寝ないで考えたのに……」

責任者「どんなに努力しようと、お客さんが理解出来ない作品はダメだって。何かこう、ごちゃごちゃしてて、わかりにくいって言うかねぇ」

スタッフA「面白いと思うんだけどなぁ……」

責任者「面白いのは君だけ。後はついていけてないよ。君はやれば出来る子なんだから、頑張ってやり直して来てね」

スタッフA「はい、やり直してきます」

スタッフB「まぁまぁ、Aさん今日は飲みに行きましょうよ。明日からまた、頑張れば良いんですから、今日は私が奢りますよ。ぱぁーっといきましょう。ぱぁーっと」

スタッフA「び、Bさん……」

責任者「いやいや、私が持とう、今夜は無礼講だ」

スタッフA「良いんですか、はっちゃけちゃいますよ、私」

責任者「うんうん、はっちゃけちゃえ、はっちゃけちゃえ、そして、もっと良い物作ってね、期待してるよぉ君ぃ」

スタッフA「は、はい、頑張ります……」

責任者「テンションあげていこう、テンション」

スタッフA「お、オス」

 ここは、ゲーム制作会社スタッフA――

 当社では、日々、お客様に楽しんでいただけるようにスタッフ一同、一丸となって、ゲーム開発に取り組んでおります。

 終わり。




登場キャラクター紹介

001 東郷 尊志(とうごう たかし)
東郷尊志
 主人公。


















002 宇崎 佳桜(うざき かおう)
宇崎佳桜
 ヒロイン。


















003 片瀬 心理(かたせ しんり)
片瀬心理
 尊志の親友。


















004 片瀬 節理(かたせ せつり)
片瀬節理
 心理の年子の妹。


















005 久住 大(くすみ まさる)
久住大
 尊志の友達。


















006 氷川 忠司(ひかわ ちゅうじ)
氷川忠司
 尊志の友達。


















007 反町 笙(そりまち しょう)
反町笙
 尊志の友達。


















008 山谷 松里(やまたに まつり)
山谷松里
 佳桜の友達。


















009 日向 美竹(ひゅうが みたけ)
日向美竹
 佳桜の友達。


















010 鈴村 小梅(すずむら こうめ)
鈴村小梅
 佳桜の友達。


















011 滝沢 彰人(たきざわ あきと)/虎狼(ころう)
滝沢彰人 虎狼
 殺人鬼。