第004話


 第七章 五稜郭嬢(ごりょうかくじょう)攻略戦



「はぁ……」
 白衣はため息をついた。
 ため息の理由は太輔の事だ。

 何故、こうも容易く彼は女の子に惚れ、ピエロの様に滑稽に踊り回り、そしてフラれるのだろう…
 それを考えていた。
 それに、何故、ここまで気になるのだろう……
 それは……彼は……太輔とは一度は結婚を考えた仲だからだ。

 と言っても太輔自身はそれを覚えてない。
 白衣もアルバムを見るまで彼が幼馴染みだと気付かなかったくらいだ。
 太輔とは幼い頃、一緒にお風呂に入った仲で、彼女にとって父親の次に結婚すると言った相手でもあるのだ。
 でも、それは、昔の事……小さい頃の事だから……
 最初はそう思っていた。
 だから、葵とうまく行く様に応援もしようと思っていた。

 だが、これまでのこっぴどくフラれ続けている太輔の無様な姿を見ている内に段々、ムカついてきたのだ。
 私の好きになった男性はここまで無様ではない……
 もっと格好いいはずだ。
 誰も付き合わないなら私が……
 そう思う様になってきたのだ。

 葵達が本気になればなるほど、白衣も段々、太輔を他の誰かに取られるのがたまらなく悔しく思うようになっていった。

 だけど、今更、自分は太輔と幼馴染みで結婚の約束もした事があるフィアンセだとは言えない。
 本当に小さい頃の話だし、誰もその頃の事が本気だとは思わない。
 それに太輔が忘れているのに自分だけ覚えているというのも何だか悔しい……
 それで、なかなか素直になれない自分がいた。

 他の七要塞と一緒になって素直になれずに、モヤモヤしている自分を見て何をやっているんだろうと落ち込んでしまう。

 そして、その気持ちを知られてはいけない人間に知られてしまった。

 五稜郭玲奈(ごりょうかくれいな)……白衣のライバルでもある彼女に隠していた気持ちを知られてしまった。

 玲奈は幻の八番目の要塞と呼ばれる女の子で、かなりの美人だった。

 要塞に選ばれなかった理由…
 それは単に彼氏がいたからだ。
 要塞という意味は彼氏を作らないという意味だから、彼女はそれに含まれなかったのだ。

 【鉄壁の七要塞】が美人の代名詞となってしまった時から、自分の事が大好きなナルシストの彼女はライバル視してきた。
 特に雰囲気がどこか似ていた白衣の事をキャラがかぶるとして露骨に敵視していたのだ。

 白衣本人にとって見れば、何処が似ているのか解らなかったが、彼女に言わせると似ているとの事だった。

 ことある毎に勝負を挑まれ正直、鬱陶しいと思っていたのだが、太輔の写真を見つめてため息をついている所を彼女に見られてしまったのだ。
 彼女にだけは見られまいと隠していたのだが、つい、うっかりと油断してしまったのだ。
 慌てて隠したのだが、めざとい彼女は確信したようだった。

「ほほほ……姫路さん、どちらがそのけだものを落とすか勝負よ」
 玲奈はそう白衣に宣言した。

 困った事になってしまった。
 白衣は女の子としては太輔と接触していない。
 女の子として接しては他の七要塞を裏切る事になる……
 何となくではあるが、太輔には女の子であるという事は隠して接するというのが暗黙のルールになっている。

 だから、ため息をついていたのだ。
 他の七要塞のメンバーが太輔に対して何かアクションを起こしていてもどこか他人事だったのだが、まさか、自分にその順番……お鉢がまわってこようとは……

 女の子として接する事が出来ない白衣に対し、女である武器を出して、接する玲奈……
 対象が、太輔という事を考えると……
 勝負はあっさりと玲奈に軍配が上がってしまうだろう……
 彼は惚れっぽいのだから……

 だけど、玲奈に太輔と付き合うつもりなど、毛ほどもないのは明らかだった。
 太輔が玲奈を選べば、彼に待っているのは黒星が一つ増えるという事だけ……

 それは出来れば阻止したいところ。 
 かといって、それを阻止する方法が思い浮かばない。
 でも、彼女は既に動いているかも知れない。

 その不安が白衣を焦らせていた。
 とにかく白仮面として、出来るだけ太輔にはりついて……
 そう思う白衣だった。

 一方――玲奈の方は……

「ほほほ……あなたに栄光をあげるわ……さあ……私に告白なさい!私に触ることは許さないけど告白する事だけは認めてあげるわ」
 高飛車に告白をさせようとしていた。

 だが……

「あの……俺……緩川じゃないんですけど……それに触れられないんじゃ付き合っても……」
「あら……あなたも違うの?一体、どれなの?どれが、緩川太輔だというの……」
 玲奈は人違いを続けていた。
 自分大好きな玲奈は自分以外には基本的に興味がない……
 彼女にとって、太輔はどれでも一緒なのだ。

 所詮は、自分を引き立てるためだけのオマケに過ぎなかった。

 だが、それをやっていく内に、それはしだいに太輔の耳に入る。

「何?……俺の告白を待っている女の子がいると?だ、誰だ?それは……」
 とうとう、太輔の知るところになり、彼は玲奈の元に走っていく。

 恐れていた最悪の事態が近づいていく……
 それを知った、白衣は急いで太輔の元に向かう。

 だが、一足遅かった。
 太輔は玲奈の元にたどり着いてしまった。

「あ、あんたか?あんたが俺を?」
 太輔は興奮する。
 思っていたよりもずっと美人の玲奈が相手だったと知り、気持ちが高ぶる。

 が――

「――何です、あなたは?」
「……いや…だから、緩川太輔です」
「嘘、おっしゃい……あの女の幼馴染みですよ」
「え?……一体なんの事……?」
「とにかく、あなたが緩川太輔のはずがありません。あなたは基準値に達していません。私に近づいていい訳ないでしょ。離れなさい、下がりなさい、消えなさい」
「ちょ……ちょっと待って、だから、俺、緩川たす……」
「えぇい、鬱陶しい。去りなさいゲテモノが。私は緩川太輔というけだものを探しているのです」
 ゲテモノだろうがけだものだろうが、太輔をバカにしている事には違いないのだが、玲奈は決して、太輔の事を緩川太輔と認めようとしなかった。
 自分が太輔だと主張する太輔とそれを認めない玲奈……
 話は平行線をたどり……
「俺は緩川太輔ですらなくなってしまったのか……」
 とトボトボ引き返していった。

 後から、マスクを取って現れた白衣に…
「姫路白衣……あなた、緩川太輔を何処に隠しましたの?卑怯ですわよ」
 と、とんちんかんな事を言っていた。

 太輔に対しての心配は杞憂だったと思いホッとする白衣だった。
 と、同時に心のどこかで太輔の事をまだ、想っている自分がいると自覚するのだった。

 ……五稜郭嬢攻略戦――討ち死に……

 太輔の黒星はまた一つ追加されることになった。
 彼の幸せはいつになったら訪れるのだろう……

 それは、彼が、恋愛に本気で向き合わないとまず、無理だろう。
 誰彼かまわず惚れてしまうような今の状況ではうまくいきようがない。



 第八章 高松嬢(たかまつじょう)攻略戦



「――これでまた、黒星一つっと……それにしても……ああん……良いわぁ……彼の表情……」
 太輔の連敗記録をメモをする女の子がいた。
 紫苑だった。
 彼女は紫仮面として、太輔の恋愛相談をしつつも彼の困った顔に魅せられていた。
 彼女は女王様体質で、男性の困った顔がたまらなく好きだった。
 惨めに見えれば見える程、彼女は性的興奮を覚え、ゾクゾクと来た。
 彼女がもっとも興奮する表情を見せているのは太輔だった。
 太輔の困った表情の写真は彼女にとっての最高のオカズでもあった。
 出来れば、一生の奴隷……下僕として手元に置いておきたい……
 そう思っていた。
 彼女が見つけた最高のオモチャ……
 それが、太輔だった。
 歪んでいるようにも映るが、これが、彼女の愛情でもあった。

「……さてと……今度は彼……どんな表情を見せてくれるのかしら……隠しカメラの準備は……オーケー、完璧だわ……彼の困った表情を逃さず写さないとね……あぁ……彼の事を考えると大事なところがジュンって……あぁ……早く彼に会いたい……」

 紫苑は今日も太輔を観察しに向かう。

「なんスか?紫仮面……俺に用って……」
「太輔、次のターゲットを用意した。次は彼女を狙え!きっと良い表情が……いや、うまく行くかもしれないぞ」
 紫苑こと紫仮面は写真を見せる。
「えー、ホントっスかぁ?何か、うまく行った試しが……」
「太輔よ、疑うのは良くないぞ。何でも信じる事がお前の良いところだ。それを信じて、何処までも突っ走れ!……走って、走って、走って、走って、そして転べ……それがお前だ」
「……最後に転ぶんスか俺……何か嫌だな……」
「疑うな、俺を信じろ!」
「う……うーん…解ったっスけど、どういう娘なんスか、この娘?」
「この娘か?」
「うん、その娘……」
「そうか、この娘はな、高松里子(たかまつさとこ)と言ってな、今まで男と付き合った事がない……お前と一緒で恋愛初心者だ」
「初心者……」
「そうだ、ここは一つ、お前の魅力で引っ張って行ってやれ!お前がリードするんだ」
「俺に出来ますかね…」
「大丈夫だ、お前には色んな女の子にアタックしてきたという経験がある」
「そ……そうっスか?」
(まぁ……全部フラれたんだけどね)
「と、とにかくだな、恋愛経験はお前の方が遙かに豊富なんだよ。自信を持て、自信を……。失敗は成功の母……失敗した分だけ、お前には成功する可能性を秘めているって事だ」
「そ……そうだな……」
 紫仮面の口車にまんまと乗せられていく太輔。

 紫仮面が次のオカズを用意しようと考えているとは夢にも思っていない。

 太輔は紫仮面の言われるままに高松嬢に狙いを定めた。

「で、紫仮面」
「何だ、太輔?」
「彼女の趣味とかわかんないっスか?話すきっかけとか欲しいんスけど……」
「そうか……話すきっかけか……成長したじゃないか太輔、やっぱり、やれば出来る子だ、お前は」
「そ……そっスか……へへっ……何か照れるな……俺、褒められた事が少ないから……」
 ちょっとはにかんでみせる太輔。
 その表情を見て……
「太輔……お前……」
 と紫仮面。
 困った顔にしか興味無いと思っていたが、その表情もなかなか……
 そう思うのだった。

 ポーッと太輔の事を見ていると……
「紫仮面、紫仮面ってば……」
「え……あ……な、何だ、太輔?」
「いや……だから、趣味とか教えて下さいよ。知ってるんでしょ?写真とか持ってきたくらいなんだから……」
「あ……あぁそうだな、趣味だったな……」
「そう、趣味っスよ、趣味、俺との共通の趣味とかあったら、それで……」
「うん……彼女の趣味はな…二次元だ……」
「へぇ……二次元スか……って二次元ってなんスか、二次元って?」
「だから、アニメとか漫画とかゲームとか……彼女はそういうモノが大好きなんだ。三次元の……現実の男には全く興味がない」
「……へ?……」
「解るか?生きている人間には興味無いんだ」
「ちょっと待て……、じゃあどうするんスか?俺も生きている人間っスよ。俺が行っても全然興味無いって事じゃないっスかそれ」
「それをお前の魅力で何とかするんだよ」
「何とかってどうするんスかそれ……?」
「工夫するんだよ、それが出来てはじめて男だ」
「……でも、俺、何をすれば良いのか……」
「何が得意だ?」
「何って……うーん……粘土かな?」
「そう、粘土だ。お前にはそれがある」
「粘土ったって……」
「粘土は何だ?」
「粘土は粘土じゃ…」
「違う!粘土も創作物……違うか?」
「ち……違わない……」
「そうだろ……そして、粘土は何だ?」
「創作物……」
「違う!それはさっき言った!」
「じゃあ一体……」
「粘土は三次元だ!二次元じゃない……」
「そ、そうなんスか?」
「そうだ、三次元とは縦横高さのある世界……つまり、お前と粘土は同じなんだ」
「はぁ……そうなんスか……?」
「そうだ。そして、粘土は漫画やアニメなんかと同じ創作物でもある…」
「………」
「解るか?粘土は立体……三次元という事で、お前との共通点を持ち、創作物という点で、漫画やアニメとの共通点を持つ……つまり、お前と創作物をつなぐ架け橋となるのだ」
「な……なるほど……」
 太輔は納得する。
 紫仮面は得意顔だ。
 もちろんこれは彼女のでっち上げ、適当に屁理屈で無理矢理結びつけているに過ぎない。
 だが、太輔の頭ではそれを疑うだけの知能指数は足りていなかった。

「あぁ……俺、何か、やる気出てきた。や……やるぞ、俺は……」
 太輔が全く根拠の無い自信を取り戻す。
 それを見て紫仮面……紫苑はウットリとするのだった。
 彼女は太輔の一挙手一投足を見るのが嬉しくてたまらなかった。
 ある意味、太輔に恋していると言っても良かった。

 目標を決めた彼は彼女の為に努力を開始した。
 高松嬢の好きな作品を研究し、その中のキャラクターを粘土で作る練習をたくさんした。
 腕はみるみる上がって行き……

「やった……やったぞ……これで彼女は俺のモ……ノ……くかぁ……」

 納得のいく作品をいくつか完成させて、そのまま疲れて寝てしまった。
 出来た作品を紫仮面は確認し、彼女もこれならば……と納得し、部屋を後にした。
 準備は万端。
 後は、高松嬢に作品をプレゼントしつつ、告白するだけとなった。

 たっぷり休養をとり、体力的にも問題なし……

 そして、太輔は高松嬢を呼び出した。
「……何ですか、私……普通の人間に興味ないんですけど……」
「それは、聞いたよ……じ……実は君にプププ……プレゼントがあるんだけど……」
「……いりませんよ、人間からのプレゼントなんて……」
「ぷ、プリンスオブビューティーとロマンスグレーなんだけど……」
「え……ほ、ほんとですかぁ〜」
 高松嬢が食いついてきた。
 【プリンスオブビューティー】と【ロマンスグレー】は彼女が大好きな作品だった。
 それは紫仮面から聞いて調べていた。

「く……苦労したんだ…」
「何ですかぁ〜」
 高松嬢はウキウキしだした。
「ね、粘土で作ってみたんだけど…」
「粘土で?うわぁ……楽しみぃ〜」
「じゃ……じゃあ……これ……」
「うわぁ……ってこれ、何です?」
「何ですって、これは登場しているキャラクターの……」
「……いらないです……持って帰って下さい」
「え?何……で……?」
 太輔は驚いた。
 自分で言うのもなんだが、良くできている。
 お店で売っていてもおかしくないレベルだと思う……

 ただ――

「私、このキャラクターって好きじゃないんですよね……喧嘩売ってます、ひょっとして?」
「い……いや……だって……主人公……」
「だから?」
「だ、だからって……あの……」
 太輔は戸惑った。
 主人公を持ってきたのに何が嫌いなんだと思ってしまった。

 それには理由があった。

 まず、【プリンスオブビューティー】
 これは、一人の女の子に美形の男子がたくさん言い寄ってくるというストーリーだ。
 高松嬢は言い寄ってくる美形の男子が好きなのであって、決して主人公の女の子が好きな訳ではなかった。
 むしろ、色んな男子に媚びを売る主人公の事は嫌いだった。
 つまり、太輔はわざわざ高松嬢の嫌いなキャラクターをせっせと作っていたという事になるのだ。

「わ、わかった……じゃ、じゃあ……これ……」
 太輔は慌てて、もう一つの作品【ロマンスグレー】のキャラクターの粘土を差し出す。

 だが……これも……

「帰る……」
「え……ちょっと……」
「知らない……」
「知らないって……」
「二度と近寄らないで、嫌いです、あなた」
「な……なんで……?」

 二つ目の【ロマンスグレー】も高松嬢の大好きな主人公の老紳士ではなく、彼の助手でちゃらちゃらした性格の女子高生の粘土だった。

 よりにもよって、太輔は高松嬢の好きな作品の一番嫌いなキャラクターの二体の粘土を用意して持っていったのだ。

 これを見ていた紫仮面――紫苑は結果は始めからわかってしまっていた。

 いつもなら大喜びする所だったが、それまで、太輔の努力を見ていた彼女の胸はちょっぴり罪悪感でチクッと痛んだ。
 太輔に対して別の気持ちが芽生えてしまっていたのだ。

 ……高松嬢攻略戦――討ち死に……

「………」
 声も出ない太輔――
「……ゴメン……今回は反省した。俺が悪かった……ホント、ゴメン……」
 紫仮面はただ、太輔に謝る事しか出来なかった。



 第九章 岡山嬢(おかやまじょう)攻略戦



「もう、みんな、何やってるのよ、何が、私に任せてよ、太輔君、めちゃくちゃ落ち込んでるじゃないの」
 葵が、茜達に文句を言った。
「そ……それは……その……」
「えーと……」
 茜達は返答に困った。
 茜達が葵はデンと構えて待っていれば良いというから待ってたら、結果は黒星の量産だった。
 これまでかと言うほど太輔は落ち込んでしまった。

 もう、他のみんなには任せられない……
 やっぱり、自分が士郎として出て行く……
 そう決めた葵だった。

 久しぶりに葵は士郎として、太輔に会いに行った。
 待ち合わせはいつものようにメールで合図。
 会うのは本当に久しぶりだから楽しみだった。

 だがそこには――

「やあ……君が士郎君……?僕の親友が世話になったね」
 待っていたのは太輔ではなく……
 彼の親友、比野本大介だった。

 大介は太輔のスマホを盗み見て、先回りして現れたのだ。
 彼の瞳には敵意が秘められている。
 まるで、太輔は僕のモノだと言わんばかりに……

「た……太輔君は……?」
「彼は来ないよ……僕がメールを消去したからね……」
「そんな……」
 士郎はそこで、目の前の大介が自分に敵意を向けていることに気付いた。

 男性から敵意を向けられたのは大阪で標準語を使っていた時以来である。
「な……なんなんだい君は?……人のメールを勝手に……」
「君こそ……僕の太輔君に何してんだい?……女の子だろ、君?」
「う……」
 士郎はあっさり正体がばれた事に驚愕した。

 そう、ショートカットにしているとは言え、士郎は元々、超美少女の葵だ……
 いつまでも正体に気付かない太輔の方がどうかしているのだ。
 今まで、太輔のアホさ加減に油断していたが、見る人が見れば一発で、士郎は女の子だと気付く。

「それとそこで隠れて見ているネズミ君達……君達も女の子だろ……そんな格好して恥ずかしくないのか?」
「う……なんでそれを…」
 隠れていた茜達も驚く……
 マスクをしているから完全にバレてないと思っていた。

 が、大介に言わせると男にしては、みんな体型が華奢過ぎるのだ。
 女の子だという事は大体想像がつくのだ。
 やはり、太輔がバカだったから、今まで気付かなかったと言わざるを得ないだろう……

「太輔は僕の親友なんだ……ちょっかいかけないでもらえるかな……」
 男の迫力で士郎達をにらみつける。
 士郎達は気圧される。

 だが、士郎達も恋する女の子……
 そんな事に屈する訳にはいかない……

「あ……あなたこそ何なの?ぼ……僕は……僕達は彼の恋愛相談に乗っているだけだ……あなたこそ、親友を名乗るなら……」
「……もういいよ、男のふりは……見苦しい……彼は僕のモノだ……お前達になんか渡してたまるか!」
「な……あなた男でしょ?太輔君は男よ」
「……知ってるよ……だからなんだ?僕は太輔君が大好きだ!愛してる」
「な……何言うて……太輔の奴はそっちの趣味ない言うてたで」
「知ってるさ……彼はノーマルだ……でもそれがなんだ」
「そ、それを知ったら彼はあんたから離れると思うわよ」
 紫苑の言葉に不敵な笑みを浮かべる大介……

「言えばお前達も女だとバラすよ。……今まで、彼を騙して来たことを知ったら彼はどう思うかな……」
「う……」
 言葉に詰まる士郎達……
 どうやら、大介は口が回るようだ。
 士郎達では束になっても大介には勝てそうもない。

 ここは一つ――

「しょ、勝負を申し込むわ……」
「勝負?」
「そ、そうよ、どちらが太輔君に彼女を作ってあげられるかどうかで……」
「……太輔君は仕方ないけど……君らも相当なバカだね……」
「な……」
 士郎達はビックリした…

 今まで面と向かってバカなんて言われた事がないからだ。

「何故、彼に彼女なんか作る必要がある?……そんな事して、この中の誰が得するっていうんだ。彼が他に彼女を作ってもここにいる人間は辛いだけじゃないか……そんな不毛な勝負に何の意味があるっていうんだ?」
「う……」
 大介の言うとおりだった。
 太輔に彼女が出来ても誰も嬉しくない。

 それは、今まで、太輔に対して、恋愛相談という形で彼に関わってきていた自分達の存在を否定された瞬間でもあった。
 士郎達は全員、目に涙を浮かべる。

 悔しいが全くその通り、彼女達の行動に意味なんてまるでない。

 太輔同様……士郎達も恋愛に対してはへたくそと言わざるを得ない。
 何せ今まで自分達の首を絞めるような事(アドバイス)をしてきたのだから…
 元々、異性からは掃いて捨てる程言い寄られてくる彼女達自身の恋愛スキルは高くないのだ。

 勝ち誇ったかの様な大介は……
「オーケー、オーケー、可哀相だから勝負を引き受けてあげるよ、それで、君達が彼を諦めるっていうんならね……ただし、彼女を作るというのは僕は嫌だ。……彼は黙っていてもどうせ、次の女にアタックする。そして、いつものようにフラれるだろう……勝負はその時……誰が、一番、彼を慰められるか……それで決めよう。誰に一番、癒されたか……それは彼自身に決めてもらおうじゃないか……それで良いかい?」
「……の……望む所よ」

 士郎達は了承する。
 ここで、男なんかに負けては女が廃る。
 そう思い、俄然やる気がでる彼女達だった。

 とは言え……大介は士郎達より先に太輔の親友になっている。
 アドバンテージは彼の方にあると言わざるを得ないだろう……

 現に、士郎達に先んじて、大介は太輔から次のターゲットの情報を聞き出して動き出していた。

 次に狙うターゲットの名前は岡山晴美嬢(おかやまはるみじょう)だ。

 太輔が彼女を好きになった理由など、もはやどうでも良いのだが…
 一応、言うのであれば……
 出会い頭にぶつかって血が出た太輔にハンカチを渡してくれたというベタな出来事があり、これは運命の出逢いに違いないのだと思ったとの事だった。

 だが、そんな事よりも……
 問題は太輔が岡山嬢にフラれた瞬間……
 その時、勝負が始まる。
 士郎達は獲物を狙うライオンの様に太輔の行動をチェックした。

 大介の方は……
 余裕があるのか……太輔がフラれる時期が読めるのか……黙って静観していた。
 今の時期に下手に動けば余計な体力を減らして、いざという時、行動が遅れる……
 そう思っているのだ。

 士郎達の方は……
 意外と太輔と岡山嬢の仲が良く……
 一喜一憂を繰り返し、いたずらに体力を消耗していった。
 大介との勝負どころではなく……このまま、岡山嬢と恋人同士になってしまうのではないかと不安で仕方なかったのだ。

 だが、あの太輔である。
 相手側に裏があるのはいつもの事だった。

 やがて、その時が訪れる……

「緩川様、どうされました?」
「あ……あの……お……岡山さん……」
「どうかなさいましたか?顔がちょっと怖いですよ」
 笑顔で笑いかける岡山嬢。
 嫌そうな顔をしていない。
 いける……今度こそいける。
 そう確信する太輔……

 だが、太輔の確信ほど当てにならないものはそう多くない……
 彼はいつものように失恋の坂を転がり始めることになる。

「あの……お……おか……か」
「おかかですか?」
「い……いや、そのおかかは好きですか?」
 思わず滑ってしまった太輔。

「もう……何やってるのよ……」
 影で見ていた士郎達は気が気じゃない。
 応援したい気持ちと上手く行って欲しくない気持ちがないまぜとなり、複雑な気持ちだ。
 乙女の繊細なハートは今にも押しつぶされそうなプレッシャーに支配されていた。

「好きですよ……私は好き嫌いありませんから……」
「す……好きです……か」
 好きという言葉に興奮する太輔……
 もちろんこれは【おかか】が好きと言っただけで、太輔の事を好きと言った訳ではない。
 その言葉に意を決したのか……
「あ……あの……岡山さんは……その……つ……付き合っている人とかいるんですか?」
「い……言ったぁ……」
 士郎達にも緊張が走る。
「えぇ〜何です、突然?……居ませんよ……」
「ほ……ホントっスか?」
「本当です。神に誓って嘘はもうしません……」
「じゃ……じゃあ……ぼっぼぼぼ僕なんてどうっスかね?」
 緊張して、一人称の発音が【俺】から【僕】になってしまっている。
「………」

 しばしの沈黙――
「あ……あの……」
 それに耐えられないのか太輔の声がもれる。
「……私……神学校に行こうと思ってます……」
「進学校?」
「いえ……神学校です。将来、神様の元に嫁ごうと思いまして……」
「え?結婚するんスか?」
「えぇ、神様と……」
「神様……教祖か何かと?」
「いいえ、神様とです」
「………」
 太輔には理解出来なかった。
 誤解したままだが、太輔は宗教家か何かをしている人間と結婚すると思っていたからだ。
 正確にはシスター……修道女になるのだが……

 太輔の頭の中に木枯らしが吹き始める……
 ゴング……試合開始の合図だ。

 士郎達は太輔の元に駆け寄ろうとした。
 が、一足遅く、横から現れた大介が太輔の手を引っ張って彼を連れて走り去って行く。
 フラれたばかりの太輔はショックのあまり、大介の良いように引っ張られている。

「待ちなさい」
 士郎達はすかさず追いかける。
 が、スポーツ万能の大介の…男の体力には及ばない……
 みるみる距離が離されていく……

 二分後には巻かれてしまった。
 何処に消えたか解らない。

「そ……そんな……」
 落ち込む士郎達……
 大介に先を越されたからだ……

 出遅れてしまった。
 このままでは太輔は大介に……

 そんな士郎達の心配をよそに……

「……大介か……」
「太輔君……正気に戻ったようだね……」
「……俺……決めたよ……」
「決めたって何をだい?君には僕が……」
「……俺……神に挑む……」
「あぁ……神様ね……岡山さんだっけ?彼女はもう……」
「違う!――俺にとっての神は……」

 士郎達が大介の姿を確認したのは見失ってから一時間を過ぎた頃だった。
 全てが遅すぎるのか……
 悔しさで涙がこみ上げる……

 だが――

「そんな……僕の太輔君が……僕の太輔君が……僕の……」
 何故か放心状態の大介……
 何かショッキングな出来事でも起きたのだろうか……

 その後、しばらくして、太輔の姿も確認出来た。
「太輔君……一体何が……」
 士郎は恐る恐る聞いてみる。
「あ……先生、俺、神に挑むっス」
「……神って……岡山さんの事……まだ……」
「……違うっス……俺にとって神とは……先生であり、先生のお姉さん……江戸葵の事っスよ」
「!!…」
 士郎は思わずドキッとなった……

 まさか……まさかこんな日が来るとは……

 ついに太輔が葵に挑む日が来るとは……

 ……岡山嬢攻略戦――討ち死に……

 が、江戸嬢攻略戦――出陣……

 士郎は……葵は嬉しさのあまり涙があふれ出た。
 ついに太輔と添い遂げる日がこようとは……
 いや、添い遂げるというのは気が早い……まだ、交際も申し込まれていないのだから……



終章 そして…江戸嬢(えどじょう)攻略へ



「ついにこの日が来ようとはね……」
 と茜……
 葵が相手じゃ仕方ないと半ば諦めているような感じだ。

「あたしらの分まで幸せにならな許さへんからな」
 と碧……
 悔しいけど親友を応援しようというような感じだった。

「【ケス太】の事悲しませないでね…」
 と桃花……
 愛犬【ケス太】がつかめなかった幸せをつかんで欲しいと切に願う気持ちだ。

「お似合いよ……二人とも……」
 と白衣……
 太輔と幼馴染という事は自分の胸にしまって……友を応援する姿勢だ。

「たまにで良いからお邪魔させてね」
 と吉良……
 やはり、太輔の才能が惜しいのか……少し物欲しそうな表情だ。

「ときどき貸してね彼……」
 と紫苑……
 下僕として欲しがったのだが、葵に白い目で見られて訂正する。

 【鉄壁の七要塞】のメンバーの想いはそれぞれだが、晴れて葵も要塞を卒業する事になりそうだ。
 【要塞】とは彼氏を持たないこと……
 彼氏が出来てしまう葵は必然的に卒業という事になる……

「ふん――僕は認めないからな……必ず、横からかっさらってやる……」
 と大介――

「なんであなたがここにいるの?」
 とみんながツッコんだ。
 ……が、太輔を慕う気持ちは一緒だとして在籍することを認めた。

「【要塞】卒業してもウチら友達やからな」
「……うん……ありがとみんな」

 女の友情を確かめ合う。

 後は、太輔が葵に告白をしに来るのを待つのみ――
 一同はそわそわし始めるのだった。

 一方、太輔は、士郎に葵を呼んでもらって(という事になっている)、待ち合わせ場所へと向かっていた。

 待ち合わせ場所では鬘をかぶって葵として、待っている。

 いつものことだが、茂みには茜達が……
 今回は大介もスタンバって待ち構えている。

 ――が……待てど暮らせど太輔は現れない。

 一時間経っても二時間経ってもだ……

「何をやっとるんやあの男は……」
 碧はイライラし始める。
 他の女の子達も同じ気持ちだ。

「ふっ……やっぱりな……心変わりしたんだよ、彼は…」
 と大介……
「そんなはずは……」
 と吉良……
 他の女の子達も同じ気持ちだ。

 太輔は葵の事をずっと最終目標としてきた。
 例え槍が降ったって、やってくるはず……

 なのに何故……?

 しばらくすると救急車のサイレンが……
 女性の声で……
「こっちです。こっちで人が轢かれて……」
 と……。

「ま、まさか……」
 とたんに不安になる葵達……

 待ち合わせ場所を離れ、救急車の止まった辺りにダッシュで向かう。

 悪い予感は的中した。
 顔は見えないが交通事故に会い……男性が即死したと近所の奥様達が噂をしていた。

 呆然と立ち尽くす葵達。

「うわあぁぁぁぁぁぁん……」
 一目もはばからず大泣きする。
 八人の男女が大泣きする姿に周囲は驚いた。

 それから三日後――

「お、みんな見舞いに来てくれたのか?サンキュー」
 士郎達はいつもの変装姿……
 それと大介とで太輔の見舞いに来ていた。

 死亡事故――
 それは太輔じゃなかった。

 他の人が死んだので、喜ぶべきではないのだけど――
 でも……正直、太輔じゃなくてホッとした八人だった。

 太輔はと言うと――

 告白に向かう途中で風で舞い上がったスカートに見とれてドブに足を突っ込み、このままでは告白できないと急いで着替えに戻っていると、慌てすぎてすっ転び、腰を強打して、ぎっくり腰で病院に搬送されていた。

 太輔らしいと言えば太輔らしいのだが――

 肝心の告白はというと……

 神にも等しい葵を待たせてしまったとショックを受けて……
 自分にはやはりふさわしくないとしょげてしまっていた。

 結局、元の木阿弥に戻ってしまった。
 葵の【要塞】卒業はまたの機会に持ち越してしまった。

 拍子抜けする八人……
 だけど、この微妙な関係が続くのかと思うと……
 何だかそれも、悪くないかな……と

 そう思うのだった。

「実はさぁ……俺、ここで白衣(はくい)の天使ってやつを……」
「いい加減にしろー!」
 太輔はみんなに小突かれる。

 太輔がこんななら、みんな変わらないだろう。
 これからも……

 チャンチャン……

登場キャラクター紹介


001 緩川 太輔(ゆるかわ たすけ)
緩川太輔
 この物語の一応、主人公。
 見事なまでにバカっぷりを披露し、フラれつづける少年。
 普通の女の子にはフラれるが、超美少女達には何故か好かれているという事実に気付いていないニブチン。





002 比野本 大介(ひのもと だいすけ)
比野本大介
 主人公をやるのにふさわしいモテモテな少年。
 太輔の親友であり、いつも、鳶が油揚げをさらうがごとく太輔の恋する相手に好かれる。
 実は太輔の事が……












003 江戸 葵(えど あおい)
江戸葵
 この物語のヒロイン。
 鉄壁の七要塞の一人。
 犬が大好きな少女。
 桃仮面。














004 江戸 士郎(えど しろう)
江戸士郎
 葵の双子の弟を名乗る謎の少年。
 太輔の恋愛相談に乗るが実は……
















005 名古屋 茜(なごや あかね)
名古屋茜
 鉄壁の七要塞の一人。
 女の子にモテる格好いい少女。
 赤仮面。















006 大阪 碧(おおさか みどり)
大阪碧
 鉄壁の七要塞の一人。
 なんちゃって関西弁で心の傷を持つ少女。
 碧仮面。














007 姫路 白衣(ひめじ しらい)
姫路白衣
 鉄壁の七要塞の一人。
 太輔の許嫁。
 白仮面。















008 熊本 吉良(くまもと きら)
熊本吉良
 鉄壁の七要塞の一人。
 アイドルをしているフィギュア大好き少女。
 黄仮面。














009 松本 紫苑(まつもと しおん)
松本紫苑
 鉄壁の七要塞の一人。
 太輔が困っている姿が大好きなちょっとヘンタイチックな少女。
 紫仮面。














010 安土 桃花(あづち ももか)
安土桃花
 鉄壁の七要塞の一人。
 犬が大好きな少女。
 桃仮面。















011 館山 早樹(たてやま さき)
館山早樹
 太輔を最初にフル少女。

















012 水戸 汐音(みと しおね)
水戸汐音
 控えめな少女。
 写真に思いをたくす。
















013 松代 由比(まつしろ ゆい)
松代由比
 バカは嫌いな少女。

















014 浜松 優樹(はままつ ゆうき)
浜松優樹
 太輔を誘惑する少女?

















015 彦根 円香(ひこね まどか)
彦根円香
 園田と付き合っている少女。

















016 園田(そのだ)
園田
 円香の彼氏。

















017 小田原 詩織(おだわら しおり)
小田原詩織
 女の子が大好きな少女

















018 岸和田 雅(きしわだ みやび)
岸和田雅
 彼氏と別れて自暴自棄になっている少女。
















019 五稜郭 玲奈(ごりょうかく れいな)
五稜郭玲奈
 プライドが高い少女。

















020 高松 里子(たかまつ さとこ)
高松里子
 二次元大好き少女。

















021 岡山 晴美(おかやま はるみ)
岡山晴美
 博愛主義の神を愛する少女。