第003話


 第四章 彦根嬢(ひこねじょう)攻略戦



「……やっぱり私が……」
 葵は士郎になって太輔の恋愛相談に行こうとしていた。
「いや、あたしが行くから、葵は大人しく待っときぃって……」
 それを碧が止める。
「どうしたの、急に……今まで、あんなに嫌がってたじゃない……」
「そ、そんなことあらへん……葵のためやんか……」
「でも……」
 碧の反応に戸惑う葵……
「じゃあ、こうしない?間をとって私が行くってのは?」
 そこに割っては入り、手を挙げる茜。
「ど、どうしたの茜まで……?」
「な……何でもないよ、今度は私の番……って思ったのかな?」
「私の番って……」
「そうや、当番やないんやから」
「そ、そう……当番にしない?こういうのは……」
「こ、こういうのってどういう意味?」
「い、いや、彼の相手は色々とストレスがたまるでしょ?だから、当番制にして一人一人の負担を減らすっていうか……」
「大丈夫よ、私、苦痛に思ってないから……」
「それが危ないのよ、……ね、これは葵の為なんだから……」
「……そう、言われても……」
「なんや、茜、急にどうしたん?」
「み、碧こそどうしたのよ」
「う、ウチは何でも……あらへん……気にせんとき……」
「気にするわよ……ズルいじゃない碧ばかり……」
「ず、ズルいって、ウチは仕方なく……」
「へぇ……そうは見えなかったけどね……」
「ななな何言うてんねん、だ、だれが、あんなとんちき……」
「気になってるんじゃないの……?」
「べ、別に気にしてなんか……」
「ちょっと……どうしたのよ、二人とも……本当にどうしたの?変よ?」
 葵は二人の異変に困惑する。

 今までは太輔の事などバカだのカスだの言っていた二人だったのに、碧が葵の代わりに太輔の恋愛相談をしてきた日からおかしいのだ。

 碧と茜だけじゃない。
 白衣も吉良も紫苑も桃花も……何となく、相手を牽制しているというか何というか……
 何故か、太輔の恋愛相談をしたがっているようにも見える。
 彼の恋愛相談をしても何も良いことなんかあるわけないのに。

 今では何故か彼の恋愛相談を取り合っている。
 そうこうしている内に後から白衣と紫苑がやってきた。
「どうしたのよ?」
 紫苑が尋ねて来た。
「それが……」
 葵がどう言っていいのか迷っていると……
「何でもあらへん……それより、吉良と桃花は?」
 碧が代わりに答え、聞き返した。
「吉良ちゃんはお仕事だけど……桃花ちゃんは……先に行くって……まだ、来てないの?」
 白衣が返答し、聞き返した。
「……まさかあの子……」
 茜がピンと来た。

 そう……桃花は抜け駆けしたのだ。
 相談会に出席するふりをして、太輔に会いにいったのだ。
 桃花は桃仮面として、太輔の恋愛相談をしていた。

「……なるほど……それは思い浮かばなんだ……」
 太輔がうんうん頷いた。
 桃仮面がアドバイスをしたのは……

 フラれたばかりの女の子は気持ちが不安になっているから、慰めてあげると案外コロッと行く事もあるという事だった。

「そう言うことです。さぁ、私達も別れそうなカップルを捜してデー……もとい、追跡をしましょう」
「ふふふ……なるほどな……【漁夫糊】作戦という訳ですな……お代官、いや桃仮面様」
「……おもしろーい【糊】じゃなくて【の利】なんだけどね〜」
「なるほど……くっつける【糊】じゃなくて食べる【海苔】だと……そうおっしゃるんですな」
「ぷーっ……あーはっはっは……全然解ってないよ……おもしろいね〜君はそれで良いよ」
「………えーと、それは…」
「碧ちゃ……仮面だとツッコミたくなるだろうけど、私は放置する方が好きだな〜。面白い答えが返って来て笑える方が良いモン」
「……面白い答え?」
「なんでもな〜い。さあ、行こうか。まずは、遊園地から……私、男の子と二人で観覧車に乗ったことないんだ〜」
「……そりゃ、そうだろうな……ヤローと二人で乗っても楽しかないし……やっぱ、そういうのは女の子と……」
「……そうだったね、今、私、女の子じゃなくて男の子だったもんね〜」
「……今?」
「何でもな〜い。君は何も知らなくて良いの。その方が面白いから〜」
「……そ、そう……」
 首をかしげる太輔……
 桃仮面とどう対応していいのか迷う所だった。

「さぁ、まずは、別れそうなカップルを捜しましょう……ダブルデートなんてのも良いわね〜」
 ウキウキする桃仮面。
 相手が太輔だから気付かないが、普通の人から見れば、口調からも女性だというのがバレバレだった。
 ――が、太輔は桃色という事で、そういうキャラ設定なのだろうと勝手に思いこみ、気にしてなかった。
「ダブルデートって、俺達男同士じゃ……」
「大丈夫、私が女の子にもど……変装してあげるから……それで、カップル成立よ」
「な……なるほど……でも、あんまりくっつかないでくれよ、俺、そっちの趣味はないからさ……」
「解ってるって……でもあんまり離れるのも怪しまれるからそれなりにはくっつくよ、それで良い【ケス太】?」
「ま……まぁそれくらいは……で、【ケス太】って俺の事?」
「あ、あぁ……そう、吉良ちゃ……黄仮面……いや、内緒だった……えーと、よくあるじゃない業界用語で名前を逆に言うってやつ……それよ、それ」
「何で、業界用語が……?」
「私がそう言いたいから、良いの、君は気にしなくて……」
「……よく、わからないけどわかった……」
「楽しいね〜」
「そ、そう……?」
 こうして、桃仮面は女の子として、太輔とデートにこぎつけた。
 難を言えば、マスクをしたままというのが玉に瑕ではあるが…
 正体を知られる訳にはいかないのでそれは桃仮面も我慢した。
 何より、スカートを着たまま、太輔といられるのが、嬉しかった。
 桃仮面……桃花がここまで、太輔に執着するのには訳があった。
 彼女は彼を見ると思い出すのだ……
 忘れようとしても忘れられない思い出を……面影を……

 彼女は一年前まで犬を飼っていた。
 名前はよく消しゴムを食べていた事から【ケス太】とつけていた。
 彼女は間が抜けている【ケス太】を厳しく育てた。
 駄目犬から賢い犬に変えようと思っていたからだ。
 だけど、なかなか、それは思うようにはいかなかった。
 それは、彼女のしつけの仕方に問題があったのかも知れない。
 でも、元々捨て犬だった【ケス太】はその駄目犬っぷりが原因で捨てられたのかも知れない……
 そう思った彼女は彼女の家族にも認めて貰えるように【ケス太】に厳しくあたったのだ。
 だが、厳しくしすぎて、【ケス太】はストレスをため込んでいた。
 それでも主人である桃花に忠誠を尽くすように従おうとする【ケス太】だった。
 そして、衰弱した状態で彼女の言うとおりに従っていた時、不注意で周りを見ていなかった彼女に信号無視のバイクがつっこんできた。
 その時、庇ったのが、フラフラだった【ケス太】だった。
 打ち所が悪かったのか【ケス太】はそのまま帰らぬ人……いや、犬となった。

 桃花は号泣した。
 もっと優しくしてあげれば良かった。
 駄目犬に見えるかも知れないけど、それが【ケス太】の個性なんだと……
 落ち込む彼女が見たのは……
 寝ぼけて、消しゴムを飲み込む太輔の姿だった。

 その時、太輔は亡き【ケス太】とダブって見えた。
 太輔の名前を逆さまから言うと【ケス太】にもなる。
 行動も間が抜けていて……【ケス太】に重なる。
 彼女は太輔を知ったとき、家に持って帰りたい衝動にかられた。

 太輔は周りにバカにされていたから、表向きは関わりにくかったけど、どうしても家に欲しかった。
 今度こそ、甘えさせてやりたかった。
 今度こそ可愛がりたかった。
 それが、彼女が太輔のボケを放置する理由だった。

 彼女は太輔と遊びたくて仕方なかったのだ。

 こうして、太輔と桃仮面は遊園地に来た。
 見るとカップルがあちこちにいる。
 どのカップルも仲が良さそうだ。
 それもそのはず、普通デートで喧嘩する事は少ない。
 お互い、親密に……仲良くなろうとしてデートするのだから。

「ぐぬぬぬぬぬ……どいつもこいつも……なぜ、奴らばかりがモテるんだ……」
 歯ぎしりをする太輔。
 基本的にモテない男子である彼は女の子と付き合っている他の男子が妬ましくて仕方ない。
「まぁまぁ……妬かないの……ほら、【ケス太】、これ取ってきて、それっ!」
 桃仮面は持ってきたフリスビーを投げた。
 反射的に太輔はフリスビーを拾ってくる。
「ちょっと待てぃ!俺は犬じゃない!」
「解ってるよぉ〜そんなこと……おーよしよし、良くできたね〜次はどうかな?それっ」
 再びフリスビーを投げる桃仮面。
 また、反射的にフリスビーを追っていく太輔。
「ぜぃはぁ……だから、俺は犬じゃないって……」
「ごめんごめん……つい……ね……それっもう一回!」
 三度、フリスビーを投げる桃仮面。
 またまた、フリスビーを追いかける太輔。
 その姿はまるで犬のようだ……

 それを見て、桃仮面はウットリする。
 来て良かった。
 そう思うのだった。

「いい加減にしろ……俺は」
「だから、ごめんって……だったら取って来なきゃ良いのに……」
「あ、そっか……」
「さすが、【ケス太】、やることが抜けてるね〜あー楽し!」
「俺で遊ぶな」
「そうだったね、恋愛相談で来てたね。じゃあ、どの娘にしようか?」
「やっと本題に入れそうだな……えーと……どこかに別れそうな……」
「あ、あれだ、あのカップルにしない?」
「あれって……別に別れそうな感じはしないけど……ベタベタしてるし……」
「……そうだろうね〜いや……そう見えるだけかも知れないよ。実はああゆーカップルこそ危ないのよ……」
「そうかな……?」
「まぁ……とりあえず行ってみましょう」

 桃仮面はダブルデートの交渉をした。
 桃仮面はマスクをしているから見るからに怪しい……
 でも、遊園地と言うこともあり、それが、何かのイベントか何かと誤解してくれたようだ。
 二つ返事で了承してくれた。

 こうして、ダブルデートが始まった。
 もっとも、ダブルデートとして認識しているのは桃仮面一人だけだが……
 相手のカップルは何かのイベントだとすっかり思いこんでいるし、太輔は桃仮面を男だと思っている。

 相手のカップルの女性の方……
 つまり、今回の太輔が攻略する予定の女性の名前は彦根円香(ひこねまどか)と言った。
 話を聞くと彼氏である園田(そのだ)とは先日まで別れ話をしていたが、今日は仲直りのためのデートだとの事……

 偶然にも、別れる可能性が少しはあるカップルだった。

「ほほぅ……昨日まで別れ話を……」
 それを聞いた太輔のやる気がグンッと上がる。
 どうやら、桃仮面がてきとーに言った話をそのまま信じたようだ。

 お化け屋敷……ジェットコースター……メリーゴーランド……コーヒーカップ……ゴーカート……
 楽しいダブルデートは進む。

 楽しくないのは太輔だった……
 お化け屋敷では、わざわざ彦根嬢の隣を陣取ったにもかかわらず、彼女は太輔を飛び越えて園田に抱きついた。
 ジェットコースターでは当然、太輔のとなりは桃仮面……
 メリーゴーランドでは、写真係をさせられ……
 コーヒーカップでは目を回し過ぎて酔ってしまった……
 ゴーカートでは女性陣(桃仮面と彦根嬢)は応援に回り、良いところを見せようと園田との一騎打ちを試みるも張り切りすぎてコーナーでスリップ、幼稚園児にも抜かれダントツのビリ……良いとこ無しの状態だった。
 それでも、桃仮面は手放しで喜んだ。
 亡き愛犬が帰ってきたみたいで嬉しかったからだ。

 だが、そんな事、太輔にはわからない。
 完全に園田を引き立てる役のピエロ状態だった。

「うっうっうっ……」
「ほら……泣かない、泣かない……かっこよかったよ」
 ついに泣き出した太輔を桃仮面が慰める。
「どこが……」
「それは、その……見ようによっては……」
「意味わからねぇよ……変な慰めはよしてくれ……」
「どこかに、それが良いと思ってる女の子もいるって……」
「いるんなら連れてきてくれ……」
「……それは……訳あって今は……」
「いないんじゃないか……」
「……いるから、ちゃんと……」
「うっうっうっ……」
「おー、よしよし……頑張った……うん、君は頑張った……」
「うおおいおい……」

「あのぅ……私達……これで……」
 何か気に障る悪いことでも知らない内にしたのかと気の毒に思った彦根嬢カップルが立ち去ろうとする。
 結局、何にもできなかった。

 ただ、カップルを羨ましく思い、妬ましく思っただけだった……
 そう思う太輔だった。

 だが、彼は知らない……
 確実に彼に対し、好感を持った女の子が一人いたことを……
 もっと好きに……男性として気になりだした女の子が他にいたことを……

 彦根嬢攻略戦――討ち死に……

 遊園地でのデートの帰り……
 探しに来た碧仮面と赤仮面がスキップする桃仮面とトボトボ歩く太輔を見つけた。
「あー、おった、桃花……面!何してたんや」
「恋愛指導だよ」
「ど、どんな事したの」
「ふふっ内緒!でも、確実に一人の女の子は彼に好感をもったわ」
「ど、どういう事や?太輔、何があったんや、何されたんや?」
「……俺はもう駄目だ……」
「全然、駄目みたいじゃないの……桃仮面!」
「彼は知らないだけ……でも、確実に一人の女の子の心を射止めたわ」
「誰やそれ?」
「なぁーいしょっ!」
「言いなさい」
「言えやこらっ」
「あー楽しかったなぁ〜帰ってお風呂入ってさっぱりしよっと」
「待ちなさい」
「待てぇ」
 桃仮面を追いかける赤仮面と碧仮面……

 その状況からも誰が誰を……誰達の心を射止めたかは……
 わかると思う。



 第五章 小田原嬢(おだわらじょう)攻略戦



「好きです……どうしようもなく好きなんです……」
「好きって……私達、女の子同士だし……私にも好きな……」
 女の子が女の子に告白をしている。
 告白された方は困っているみたいだが、告白する方は真剣だ。
「好きな人いるんですか?」
「いや……いるっていうか…ねぇ…まぁ、ちょっとは気になるかなっていう……か」
「誰ですか、それ?」
「いや……誰って……言われても……ねぇ……」
 告白された方は困ってしまった。
 こういうのは対応に困る……そう思ったからだ。
 ある男に関する事の方が彼女には重要なのだし……
 その男はバカでアホで鈍感でどうしようもないマヌケだけど……
 彼女にとってその男は気になって仕方ないのだ。

「でへへへへへ……」
「何だ、太輔君……気持ち悪い笑い方して……」
「聞いてくれよ、赤仮面さんよぉ……俺にも……ついに俺にも春が来たんだな、これが……」
「なっ……誰か好きな女性でも出来たのか……また?」
「それが、逆なんだよ……俺……告白されちった!」
「そんなバカな、君に告白なん……て……」
「それが、されたんだな、これが……まだ、会ったことはないんだけどさぁ……明後日、俺に会いに来てくれるってさ……これが笑わずにいられますかぁ……」
「酔ってるのか君は?……」
「酔ってませんよ、俺は、酔ってませんよ」
 にへらと笑う太輔。
 そう、彼はまだ未成年、アルコールは飲んでいない。
 彼はただ、浮かれているだけだ。

 太輔は過去に告白されたと勘違いした事はある…
 だが、はっきり【お付き合いして下さい】と書かれた手紙をもらった事はなかった。
 そう……ラブレターをもらったのだ。

 赤仮面……茜は信じられなかった。
 気持ちを隠しながら抜け駆けしようとする女の子は何人か知っているが……
 少なくとも正面から堂々と太輔に告白するような女の子の心当たりはなかった。

 青天の霹靂とはこのことか……
 ライバルは【鉄壁の七要塞】の内、誰かだと思っていたのだが、別に伏兵が現れるとは……
 茜は焦った。

 茜は、実は重度の匂いフェチ……だった。
 ある匂いがたまらなく好きなのだ。
 その匂いとは太輔の汗の匂いだった。

 偶然、嗅いでしまった彼の匂い……
 それは、彼女を狂わせるにたる程の完全な好みの匂いだった。

 正直、顔は全然好みではない。
 本来ならば、見向きもしないタイプの人間だ。
 だが、匂いは……匂いだけはまるで媚薬のように彼女を惹き付ける。

 こんな事……恥ずかしくて、友達にも言えない。
 言えなくても……彼女は太輔の匂いを嗅ぎたくてたまらないのだ。
 太輔が誰かの彼氏とかになってしまえば、もう彼の匂いを嗅ぐのは難しくなる可能性がある……
 だからこそ、彼には少なくともフリーでいてもらわないと……
 それが、茜の希望だった。
 何処の馬の骨とも解らない女に大好物を持っていかれたくない……
 そう思うのだった。

 だからこそ、確かめなくてはならない……
 一体、どんな女が……

 そう思いながら、葵達を押しのけて今回は赤仮面がついて行く事になった。

「楽しみだなぁ……どんな子が来るんだ?美人だといいなぁ」
 浮かれる太輔。
「そうかな……きっと裏があるよ。用心した方がいい……」
 逆に赤仮面は慎重だ。
 そうそう太輔がモテるはずがない……
 そう思う赤仮面だった。

 茂みに赤仮面は隠れ、告白をしに来るであろう女子を待つ。
 太輔の事だ……
 どうせ、男子か何かがからかって偽のラブレターを出したに違いない……
 そう考えていたのだが……

 女の子は来た……

(そんな、バカな……)
 赤仮面は動揺した。
 まずい……太輔は断らないだろうし、このままではカップルが成立してしまう。
 そう考え飛びだして邪魔をしようと考えたり、いやいや、人として、人の恋路を邪魔するのはと思いとどまったりしている内に、女の子は太輔の前にやってきた。

 間違いない……
 彼女は太輔に告白するつもりだ。

 だが……

(あれ……?彼女は……)
 赤仮面は眉をひそめる。
 現れた女の子……
 それは、赤仮面……茜に告白して来た女の子だからだ。
 またしても雲行きが怪しくなってくる。

「き……君がラブレターをくれた……」
「……はい……そうです」
「……か、可愛いね……君……」
「……ありがとうございます……」
「な、……名前はなんて……」
「……小田原詩織(おだわらしおり)と申します……」
「お……俺とつきたいたいって……」
「はい……」
「ホント?マジ?いやったぁ〜」
「……でも、これだけは言っておきます」
「はいはい、なんでございましょう」
 太輔はにやけすぎてだらしない程、頬が歪んで見える。
 逆に小田原嬢はどこか冷めた感じがする。
 本当に告白をしに来たのか?と疑いたくなるくらいだ。

「私……男なんて……だいっっっ嫌いです」
「はいはい、大嫌い……って……えぇっ?今、何て?」
「男なんて大っ嫌いと言いました」
「えぇ?でも、俺と付き合いたいって……俺、男だよ……」
「……はい、知ってます。吐き気がするくらいの男子ですよね、あなた……」
「吐き気って……あの……」
「私、女の子が好きなんです。だけど、私が好きな人……あなたの事が気になるって……だから、私が先に付き合ってあなたの嫌なところ全部、その人に報告しようと思っています」
「え?それじゃ……」
「そうですね、あなたとつきあえるのは思いっきり我慢して一日、いえ、一時間が限界ですね……いえ、もういいでしょ……十分、あなたとお話、出来ましたから……もう、あなたの嫌な所、もう、百以上は言えます。じゃあ、私はこれで……失礼します」
 言うだけ言うと小田原嬢は去って行った。
 後に残されたのは真っ白になった太輔と茂みで腰を抜かしていた赤仮面……茜だった。

 小田原嬢攻略戦――討ち死に……

「そ……そんな……」
「帰ろっか……今日は僕が奢るよ……」
 何となくホッとする茜だった。
 これで、また、彼の匂いが嗅げる……そう思って密かに喜んだ。



 第六章 岸和田嬢(きしわだじょう)攻略戦



「ちょっとマネージャー……買ってきて欲しいものが……いや……いいわ……やっぱり……」
「そう?、吉良ちゃん、欲しいモノがあるならたいがいのものは私が買ってくるわよ」
「いい……マネージャーには無理だから……」
「そうなの?」
「うん……ゴメン……」
「吉良ちゃんが良いなら私はいいけど……」
 吉良はマネージャーに買ってきて欲しいものを頼めなかった。
 かなりの力を持った芸能人である彼女は欲しいモノはたいがい手に入る。
 だが、その彼女にとっても手に入らないものは存在した。
 彼女にも……いや、イメージを大切にする歌姫でもある彼女だからこそ、逆に表立っては決して買えないものもあるのだ。

 彼女はモノに対する執着が人よりある……
 それは彼女は幼少期、家はお金に困る事が多かったからだ。
 欲しいモノも買えないという事はたくさんあった。
 だから、芸能人として成功した彼女は資金にものを言わせてたくさん色んなものを買いそろえた。

 欲しいモノがどんどん手に入る……
 その状況は彼女を満足させていった。
 だが、ある時、彼女は自分の力を持ってしても手に入らないものにぶつかった。

 美少女フィギュアである……
 女の子の彼女にとってはどうしても買いにくいものであるのだが、幼少期、人形遊びが出来なかった反動で、彼女はフィギュアに魅せられた。

 限定生産品などが出ても彼女は涙を飲んで諦めざるを得なかった。
 欲しいのに手に入らない……
 そのストレスはかなりのモノだった。
 そんな時、彼女は自分が手に出来なかったモノをいくつも手にしている人間に出会った。
 太輔である。
 学校にチャラ娘ちゃんフィギュアを持ってきてうっかり外に出してしまい、先生に怒られていた。
 女子達が軽蔑した目で彼を見る中、彼女だけは瞳をキラキラさせた。
 それで、今まで、黄仮面として、何度か太輔の部屋に上がらせてもらった事があるのだが、その部屋は彼女にとっての夢世界そのものだった。
 チャラ娘ちゃんフィギュアをはじめ、セクシーフィギュアが所狭しと鎮座していたからだ。
 葵達はひいていたが、吉良だけは、大枚はたいてでもその部屋を丸ごと買い取りたかった。

 そして、太輔自身の粘土の才能…
 彼女が好むモノを粘土で容易く作れる太輔の特技は喉から手が出る程、欲しかった。
 部屋だけでなく、太輔自身も買い取りたいくらいの気持ちだった。
 更に、太輔の恋愛アイテムが、【ボンデージチャラ娘ちゃんバージョンパープルポージングM】と聞いた日には……
 何処までも、太輔の恋愛相談に付き合いたい……
 そう思う吉良なのだった。
 そう、太輔と吉良は趣味が一部、ぴったりと一致するのだ。
 太輔が好むものは吉良が好む事も多いのだ。

 太輔が手に入れたコレクションは吉良も欲しいのだ。

 更に言えば、吉良が太輔に憧れるモノが多いだけでなく、太輔も吉良のファンでもある……
 お互いがお互いの才能に憧れてもいるのだ。
 趣味や才能を求めるという事は好きという事でもある。

 そんな訳で、恋愛相談と称し、彼女は黄仮面にふんして、今日も太輔の部屋を訪れた。
「いやぁ……黄仮面と俺の趣味がここまで一致するとは思わなかったよ。もはや、同志って感じだなぁ〜」
「いやぁ……本当に羨ましいよ。僕は欲しくても買えないからね……」
「そうか……じゃあ……友情の印として……一つプレゼントするよ。……じゃあ……これを……これ、二つあるからどっちか黄仮面にあげるよ」
「こここ……これはチャラ娘ちゃんシリーズ、幻の逸品……裸エプロン亀甲プラスじゃないか……良いのか?こんな貴重なものを?」
「あぁいいさ。なかなか俺の趣味を理解してくれる人間は現れなかった。大介にしてもそんなもの捨ててしまえという始末だった……」
「これを捨てろなんて……そいつはバカだな……これの価値をまるでわかってない」
「そうだろ、そう思うだろ」
「あぁ、思う。これは国宝と言っても良いくらいだ」
「よし、勿体ないと思っていたんだが、これを開けよう……俺が作った幻のブレンド……トリプルミックスを」
「何だそれ?」
「三つのミックスジュースを微妙な配合で更にブレンドさせた俺のオリジナルジュースさ。まぁ……飲んで見ろよ」
「ふーん……何だこれ……旨い……ほんとに旨い……何だこれ……」
「そうだろ?そう思うよな……大介の奴、これ、不味いって言うんだぜ」
「味音痴だなそいつは……」
「あんな奴はもう親友じゃない……親友は…お前だ、黄仮面」
「サンキュ!僕も君の事そう思うよ」
「おお……心の友よ……」
 太輔は黄仮面と軽くハグをする。
 まさか、それが国民的アイドルとやっているとは夢にも思っていない。

「ところで君の恋の相談なんだけど……」
 黄仮面は建前上の本題に入った。
 一応、恋愛相談という名目で来ているので相談には乗らないと次から部屋に上がりにくいからだ。
「そうだったな、同志よ、聞いてくれ……」
 太輔は早速、今回の恋愛相談を始めた。
 黄仮面にとってはチャラ娘ちゃんの登場が待ち遠しくもある。

 今回のお相手の名前は岸和田雅(きしわだみやび)と言った。

 桃仮面と行動を共にした時に行って、失敗した彼氏と別れたばかりの女性を狙うという作戦……
 狙っていた時は全然、うまく行かなかったが、偶然、その場に居合わせて……
 何となくうまくいった?かも知れないのだ。

 太輔が大人の参考書をこっそり買うために寄った先で、別れ話があったのだ。
 売り言葉に買い言葉なのか、大人の参考書を手に入れたばかりの太輔の腕をひっぱって……
「じゃあ、良いもん、私、この人と付き合うから……」
 彼女は確かにそう言った。
 太輔は慌てて参考書を隠した。
 それを見て嫌われては元も子もないからだ。
 元彼と思われる男は……
「ふんっ……勝手にしろ……」
 そう言うと去っていったという……
 つまり、桃仮面の時にうまくいかなかった【漁夫の利】作戦が偶然、うまく行った形になるのだ。

「ゆ、夢かこれは…夢なら覚めないでくれ…」
 そうつぶやく太輔に…
 バシッバシッと…
 往復ビンタを浴びせる岸和田嬢。

「……い、痛いんですけど……」
「痛いって事は夢じゃないでしょ?よろしくね、私、岸和田雅……雅って呼んでも良いよ」
「じゃ、じゃあ……雅ちゃんで……よ、よろしく……」
「ふふっ……よろしく……」
 との事だった。

 それを聞いた時、黄仮面……吉良は赤仮面、茜と同じ気持ちになった。
 彼女が出来てしまったら、もう自由に太輔の部屋に行けなくなってしまう……

 そう思った時、彼女は動揺した。
 うろたえた。
 どうしたらいい?
 そう思った。

「……でさ、念のためにチャラ娘ちゃんで計って見たんだよ……って聞いてる?」
「……あぁ……そうだったね……で……何?」
「だからさぁ……計って見たんだよ、恋愛指数ってやつを……そしたら、マイナス二十パーセントって出たんだよ。壊れてんのかなこれ?……全然、正確な数字を出さないんだよな……こいつは……チャラ娘ちゃんだから捨てる訳にもいかないし……どう思う?」
「……そっか、そうだな……うーんどうだろうねぇ……」
 答えをはぐらかす黄仮面だったが、気持ちは晴れていた。
 それを聞いて安心したのだ。
 恐らく、チャラ娘ちゃんの計測は正確だ。
 マイナス二十パーセントという事は上手く行かずに失敗するのだろう。
 後は葵達のように、出来るだけ太輔を傷つけずに岸和田嬢にフッてもらうだけだ。

 そして、黄仮面の予想通り太輔には残念でした劇場が待っていた。

 それは、岸和田嬢との初デートの日。

 太輔は朝からそわそわしていた。
 それもそうだろう……
 桃仮面とのデートは太輔の中ではデートとして認識されていない。

 という事は彼の中ではこれは生まれて初めての初デートという事になる。
 そわそわして落ち着きがなかった。
 浮かれてデレデレして……
 部屋の中で転げ回って喜んだ。

 いよいよ、俺にも彼女が……
 そう思うといてもたってもいられず、彼は約束の時間の三時間前から待っていた。
 三十分遅れで彼女はやってきた。
 という事は三時間三十分、彼は待っていたことになる。
 黄仮面だけなく他の【鉄壁の七要塞】も心配で見に来た。
 みんなうまくいって欲しいという親身になった気持ちとうまくいって欲しくないという心の中の本音が渦巻いてモヤモヤしながら岸和田嬢を待ち続けた。

 そして、彼女とのデートが始まると思われた次の瞬間……
「俺の、雅に触るな、糞野郎!」
 突然、現れた岸和田嬢の元彼に太輔は殴られた。

「……な、なんだぁ……?」
 目をぱちくりさせて驚く太輔。

「ゴメン、雅……俺が悪かった……やっぱりお前じゃないと駄目だ俺……」
「京介……もう……私駄目だと思って……こんな奴に自分を……」
「こ……こんな奴?」
「例え、こんな掃き溜めのような奴に穢されても俺はお前を愛してる」
「私もよ京介……愛してる」
 そのままムードたっぷりに口づけをかわす二人……

 後にはポカンとした太輔だけが取り残される……

「あぁ……太輔君……君って人は……」
 悲しくなって葵が涙を流す。
 吉良達ももらい泣きした。
 太輔があまりにも惨めに映ったからだ。
 恋人同士の痴話喧嘩に巻き込まれたあげく、殴られて罵られて終わりという結末だったのだから……

 結局、さんざん待ったあげく、デート開始五秒で彼はフラれた形となった。

「なんでだぁーっ!!」
 彼の絶叫が木霊する……

 岸和田嬢攻略戦――討ち死に……

「……さて……太輔君と今日も残念会だ……今日は派手にやろう……」
 吉良が音頭を取る。
「うんうん、……そうだね……そうだね……」
 葵達も同意するのだった。

登場キャラクター紹介


001 緩川 太輔(ゆるかわ たすけ)
緩川太輔
 この物語の一応、主人公。
 見事なまでにバカっぷりを披露し、フラれつづける少年。
 普通の女の子にはフラれるが、超美少女達には何故か好かれているという事実に気付いていないニブチン。





002 比野本 大介(ひのもと だいすけ)
比野本大介
 主人公をやるのにふさわしいモテモテな少年。
 太輔の親友であり、いつも、鳶が油揚げをさらうがごとく太輔の恋する相手に好かれる。
 実は太輔の事が……












003 江戸 葵(えど あおい)
江戸葵
 この物語のヒロイン。
 鉄壁の七要塞の一人。
 犬が大好きな少女。
 桃仮面。














004 江戸 士郎(えど しろう)
江戸士郎
 葵の双子の弟を名乗る謎の少年。
 太輔の恋愛相談に乗るが実は……
















005 名古屋 茜(なごや あかね)
名古屋茜
 鉄壁の七要塞の一人。
 女の子にモテる格好いい少女。
 赤仮面。















006 大阪 碧(おおさか みどり)
大阪碧
 鉄壁の七要塞の一人。
 なんちゃって関西弁で心の傷を持つ少女。
 碧仮面。














007 姫路 白衣(ひめじ しらい)
姫路白衣
 鉄壁の七要塞の一人。
 太輔の許嫁。
 白仮面。















008 熊本 吉良(くまもと きら)
熊本吉良
 鉄壁の七要塞の一人。
 アイドルをしているフィギュア大好き少女。
 黄仮面。














009 松本 紫苑(まつもと しおん)
松本紫苑
 鉄壁の七要塞の一人。
 太輔が困っている姿が大好きなちょっとヘンタイチックな少女。
 紫仮面。














010 安土 桃花(あづち ももか)
安土桃花
 鉄壁の七要塞の一人。
 犬が大好きな少女。
 桃仮面。















011 館山 早樹(たてやま さき)
館山早樹
 太輔を最初にフル少女。

















012 水戸 汐音(みと しおね)
水戸汐音
 控えめな少女。
 写真に思いをたくす。
















013 松代 由比(まつしろ ゆい)
松代由比
 バカは嫌いな少女。

















014 浜松 優樹(はままつ ゆうき)
浜松優樹
 太輔を誘惑する少女?

















015 彦根 円香(ひこね まどか)
彦根円香
 園田と付き合っている少女。

















016 園田(そのだ)
園田
 円香の彼氏。

















017 小田原 詩織(おだわら しおり)
小田原詩織
 女の子が大好きな少女

















018 岸和田 雅(きしわだ みやび)
岸和田雅
 彼氏と別れて自暴自棄になっている少女。
















019 五稜郭 玲奈(ごりょうかく れいな)
五稜郭玲奈
 プライドが高い少女。

















020 高松 里子(たかまつ さとこ)
高松里子
 二次元大好き少女。

















021 岡山 晴美(おかやま はるみ)
岡山晴美
 博愛主義の神を愛する少女。