第001話


序章 いざ、出陣 恋愛の神様?



「あの……緩川(ゆるかわ)くん……これ……」
「こ、これが…噂に聞く……ららららぶれたぁというやつでは」
「う、うん……」
「たたた、館山(たてやま)さん、おおお俺……」
 緩川太輔(ゆるかわたすけ)は誰もいない音楽室に呼び出されてラブレターを渡された。

 太輔にとってはこれが初めてのラブレター……
 興奮するなと言う方が無理だった。
 彼のボルテージはどんどん上がっていって、マックスを飛び越えていた。

 ――が――

「じゃあ、これ、比野本(ひのもと)君に渡しておいてね〜」
「了解……って、俺のじゃねぇの?」
「うん、俺のじゃねぇの、頼んだわね〜」
「いや、頼んだって……俺の熱くたぎった気持ちは一体、どこへ……」
「そこに川があるから冷やして来れば?」
「いやいや、川でって……」
「良いじゃない名字に川がついてるんだし」
「いや、名字は関係ないから……」
「頼まれたって良いでしょ……同じ【大介(だいすけ)】繋がりだし……」
「いやいや、あいつは【だいすけ】だけど、俺は【たすけ】だし……大体、漢字も違うから……」
「細かいこと気にしないでよ、良いでしょ、別に……」
「良いでしょって……あの……」
「使えない男ね……あんたは」
「えぇ〜何でそうなるのぉ……」
「もう、いい……嫌いよ、あんた」
「………」
 館山早樹(たてやまさき)嬢攻略戦失敗…
 太輔は泣きたくなってきた。
 緩川太輔十五歳……
 いつも、モテる誰かの引き立て役。
 彼の人生はいつもこうだった。
 だけど、彼は諦めない。
 いつか大本命中の大本命、江戸葵(えどあおい)嬢の本丸(ハート)を落とすまで…

 太輔はイケメン――とまでもいかないまでもそこそこの顔立ちだった。
 それなのに彼は全くモテなかった。
 それは何故か?
 それには大きな理由が一つあった。

 昨今の少子高齢化を嘆いた時の政府は様々な発明家にあるものの発明を依頼した。
 それは、若い男女の恋愛をサポートするアイテムだった。

 【運命の赤い糸】――将来添い遂げる運命にある異性の相手と小指と小指が赤い糸でつながれているというあれである。

 【運命の赤い糸】を作り出すために【因果律】を研究していた研究者を中心に、発明家や科学者など多数の専門家の研究チームが組織され、研究に研究を重ねられ、ついにあるアイテムを完成させた。
 それにより出来たアイテムは紐状の様なものであり、【運命の赤い糸】にちなんで一字違いの【運命の誓い糸】と名付けられた。
 この【運命の誓い糸】は恋愛の苦手な高校生以上の男女に配布され、おのおのの恋愛のサポートアイテムとして、活用される事が決まったのだ。
 これは申請のあった生徒に【因果律スキャナ】という装置に入ってもらい、因果律をスキャニングしてもらう。
 そして、生成されるものが約三十センチメートルの糸、すなわち【運命の誓い糸】である。
 使用方法はそのままではなく、何でも良いので何かに結びつけて使う。
 結びつけたものがラブアイテムとなって所有者をサポートしてくれるというものだ。
 糸が太い程、相手と強い結びつきがあるとされていて、【運命の相手】が近づくとラブアイテムは何らかの力を発揮してくれるというものだ。

 太輔も高校に入学して早速、申請し、【運命の誓い糸】を作ってもらった。
 彼は七本、出来た。
 七本も出来たので最初は喜んだのだが――

 これが、問題であった。

 【運命の誓い糸】は基本的に一人一本なのである。
 それが、七本も出てきたとなると問題なのである。
 専門家チームはバグか何かだろうと言ってくれたのだが、彼には【根っからのジゴロ】といいう噂が流れ、女子が警戒しだしたのである。
 糸が七本あるという事で七又をかけるか、七回出会って別れを繰り返すと認識されてしまったのだ。

 どちらにしても、別れる事になるかも知れない相手と一緒になど、なりたくはない。
 恋愛のサポートをしてもらうつもりが逆に女子を遠ざけてしまったのである。

 そのため、太輔は最初落ち込んだが、気持ちを切り替える事にした。
 七本あると言うことは七回チャンスがあるという事かも知れないと…
 手当たり次第、女の子にアタックをしてみたが、それが逆効果となり、チャラ男として定着してしまった。
 別にチャラ男が悪いという訳ではないが、なかなか真剣な恋愛対象として見てくれなくなってしまったのだ。
 更に、悪いことに一番太い糸を紛失してしまった。
 彼の恋愛事情はますます混乱するのだった。

「お前ばかりが何故モテる…」
「そんなの知らないよ……女の子に聞いてくれ。僕は何もしてないよ」

 太輔は館山嬢から預かったラブレターを恨めしそうに大介に渡す。
 比野本大介――ラブコメをやったら、彼が主人公になるだろう……
 なぜなら、女の子が熱い視線を送るのは太輔ではなく、いつも大介の方にだからだ。
 太輔はいつも彼の引き立て役だった。
 スポットライトはいつも大介に当たっていた。
「一人くらい俺にも分けてくれても良いじゃないか」
「物じゃないんだから分けられないって……それに僕も誰からもモテているって訳じゃない……」
「どうだか……」
「本当だって――太輔だって知ってるだろ……鉄壁の要塞……僕だって彼女達からは見向きもされていないよ。あの七人の誰かにモテたってんなら僕も自慢できるけどね」
「そ、それはそうだけど……」
 太輔は鉄壁の要塞という言葉に過剰に反応した。

 鉄壁の要塞――

 それは、太輔達が通う縁(えにし)高校において、別格の女子とされている七人の女生徒達の事だった。
 名古屋茜(なごやあかね)、大阪碧(おおさかみどり)、姫路白衣(ひめじしらい)、熊本吉良(くまもときら)、松本紫苑(まつもとしおん)、安土桃花(あづちももか)……
 そして、不動のセンター……江戸葵の七名の事で、彼女達は特定の彼氏を作らない。
 それは、縁高校に彼女達と釣り合う男子がいないからとされていた。
 彼女達に挑んだものは例外なく玉砕。
 故に【鉄壁の七要塞】と呼ばれていた。
 そして……太輔の大本命は、江戸葵。
 最も攻略が困難とされている女の子だった。
 誰からも憧れられている彼女と女の子に村八分にされている太輔とはまさに【月とすっぽん】のような関係だった。

「太輔は不器用だからな……僕が何となく、アドバイスしてあげようか?」
 大介は哀れみの言葉をかけた。
 友人があまりにも不憫と思ってのことだ。
 だが……
「いや、けっこうだ!俺には恋愛の神様がついてくれたんでな!これからはモテ道を行く」
「モテ道?」
 大介は首をかしげた。
「そうだ、モテ道だ」
「何かあったの?」
「あったのだよ!実は……」
 太輔は得意げに語りだした。

 時間は昨日に戻る。
 館山嬢にこっぴどくフラれた太輔を見ていた人間がいた。
「あ〜っはっはっは……君は面白いね……」
 一人の少年が声をかける。
 可愛らしいな顔立ちだった。
 鬘をかぶって少女と言っても解らないだろう。

「う、うわ…え、江戸葵…」
 太輔は驚きを隠せなかった。
 少年は江戸葵にそっくりだったからだ。

「似ていても無理は無いよ。彼女は僕の双子の姉だからね。僕は……そうだな…江戸士郎(えどしろう)とでも名乗っておこうかな?彼女はロングヘア、僕はショートカットだろ?だから、別人だよ」
「な、なる程……、そう言えばそうだ……」
 太輔は納得した。
 声もそっくりだが、江戸葵は少なくとも自分を僕と言わないし、雰囲気もおしとやかなお嬢様と言った感じだったからだ。

 どこかツンとした感じの美少女で、少なくとも太輔を大笑いするような女の子だという印象はなかった。
「悪いとは思ったけど、ずっと見ていたよ。あんまりガツガツしすぎると女の子は逆に引いちゃうよ。押して駄目なら引いてみなってね」
「な、なるほど……」
「良かったら、僕が手ほどきしてあげようか?君の恋愛」
「ほ、ホントか……い、いや、弟君……君が何者だろうと関係ない……俺は、俺の気持ちをまっすぐにだなぁ……」
「何人目?」
「へ?」
「彼女で何人目なの?君が討ち死にしたのは?」
「う……そ、それはその……」
「僕はこう見えてもモテるよ。僕だったら、君にモテ道を伝授してあげられるんだけど……でも、仕方ないね……君にもプライドとかあるだろうし、僕なんかに……」
 士郎が言い終わらない内に……
「へへぇ〜……神様、仏様、士郎様……私めはあなた様のお導きに従いまするぅ〜」
 瞬時に土下座してへりくだる。
「ぷ、プライドないんだね……君……」
「へぇ、あっしのプライドは今ドブ川に捨てましてございます」
「あ……そぉなの……」
「恋愛成就の為なら靴底もなめ回すのがあっしの恋愛道でごぜぇます…」
「……す、すごいね……君……ある意味で……」
「そいつは俺っちに素質があるってことで?おでぇかんさま」
「……い、いや、そういう意味では……」
「上様にお仕えいたしたからにはこの身にかえても恋愛道を極めてやりやす」
「……なんとなく、君のデタラメな性格が解った気がしたよ……」
「なんと、デタラメにすげぇ才能があると?」
「ま、前向きなのは良い……のかな……?」
「これからは下僕と呼んでくだせぇ親分」
「い、いや、良いから……普通に太輔君って呼ばせてもらうよ」
「どこまでもついていきやすぜ旦那ぁ……」
「………」
 士郎はあっけにとられてしまった。
 ちょっとからかったつもりだったのだが、まさか、こんな事になるとは思ってもみなかったからだ。
 この時点で士郎の彼に対する評価は【てきとーな男】となった。

 色々問題はあったが、士郎と太輔の間に恋愛での師弟関係が成立した。
 丁度、一番太い【運命の誓い糸】を紛失したばかりの太輔は藁にもすがる思いだったのである。

「という様なやりとりがあったのだよ、ワトソン君」
 太輔は大介にそう言った。
「へー……じゃあ、その士郎って人も大変だね」
「何言ってんだよ、大介、大変なのは俺だって」
「いや、多分……君の面倒を見なきゃならない彼の方かと」
「ん?そいつはどういう意味だ?」
「……何でもない……ま……頑張ってね」
「おう、頑張るぜ!参ったなぁ……これからはモテモテだよ、俺ってばさ」
「……はぁ……」
 大介はため息をついた。
 太輔がモテないもう一つの理由。
 それは、このてきとーな性格にあるのだという事を彼自身が理解していないのが、哀れでならなかった。
 恐らく、士郎がどのような方法を用いても、太輔のこの性格を何とかしない限り、彼は、フラれ続けるだろう……

 大介はそう思うのだった。



 第一章 水戸嬢(みとじょう)攻略戦



「やぁ……太輔君、今日も血迷ってる?」
「オス、先生……今日も女の子を求めて、血走ってます」
 太輔は士郎との待ち合わせの公園に来た。
 彼との待ち合わせは公園と決まっていた。

「そう……ところで君は今、誰とつきあいたいんだい?」
「そうっスねぇ……江戸葵……」
「えっ……」
「……と行きたい所なんですが、実は俺、大本命でもある彼女の事を諦めようと思ってるんスよ」
「何で?」
「俺……七本の【運命の誓い糸】を貰ってるんスけど……その中の一番ぶっとい糸を無くしちまったんス……江戸葵……先生のお姉さんが大本命だったんスけど、俺には天の神さんが、本命は無理だから諦めて他行けって言っている様に思えて……」
「何、言ってるんだい?本命が居るなら本命にぶつからないと……」
「ホントは解ってるんスよ……今の俺はお姉さん……彼女に不釣り合いだって……だから……」
「諦めるのかい?見損なっ……」
「いや……だから、恋愛経験を積んでいつかはって……」
「そ、そうなの……い、いやでも……いつかは別れると思って付き合うなんて、女の子にとっては迷惑な話だよ……だから、そんな事しなくて、本命の女の子に……」
「……そうっスよね……俺……何やってんだろ……七本あるから七回付き合うのかと勝手に思って……だったら、江戸葵は最後にって……」
「ホントにバカだな……君は……何だかムカムカして来たよ僕は……」
「すんません……」
「わ、わた……僕に謝られても困るよ……そんなんだから君はモテないんだよ」
「そっスよね……永遠の脇役……それが俺……スね……」
「な、何言ってんだい!人は恋をする事で何時だって主人公になれるんだよ」
「でも……俺、フラれてばっかだし……」
「そんなうじうじする君は嫌いだな!」
「いいっス……俺はダッチワイフとでも恋人同士になりますんで……」

 太輔はトボトボと歩いて行く。
 まるで、捨てられた子犬の様な後ろ姿に…

「ま、待ってくれ、協力するって言ったじゃないか」
 士郎は慌てて呼び止める。

「いいんスよ……俺なんて……」
「と、とりあえず、わた……姉さんにアタックしてみようか……ね?」
「……お姉さんと俺とじゃ……所詮、月とタラバガニっスよ……」
「……それを言うならすっぽん……まぁ、それは置いておいて、とりあえず、気持ちだけ伝えようか?」
「……今の俺じゃ、お姉さんにフラれたらショックで死んでしまうっスよ」
「そ、そんなの解らないじゃないか……そ、そうだ、ぼ、僕が気持ちを聞いて来てあげるよ……」
「……聞きたくないっス」
「じゃあ……どうすれば……」
「……とりあえず……この娘なんスけどね……」
 コロッと態度を変えて太輔は一枚の写真を見せる。
「こ、これは……」
 士郎は驚愕した。

 写真に写っていたのは大介だったからである。

「……その娘とは……」
「……し、知らなかった……君が……君にこんな趣味があったなんて……」
「何言ってんスか?先生、この娘っスよ、この娘!」
 太輔に言われて士郎は写真を目をこらして良く見た。

 見ると小さく女の子が写っている。

「………」
「彼女、水戸汐音(みとしおね)って言うんスよ……その写真、彼女が落としたんスよ」
「……そう……なの?」
「いじらしいっつうか何つうか……彼女、俺に自分の写真を見せてアピールしてきたんですよね……それを知った時、俺の胸はキュンってなったっていうか……」
「……い、いや……どう見ても違うんじゃない……か……な……」
「この小さく写っている所が奥ゆかしいっていうか……控えめっていうか……」
「……君は頭の中に蛆でもわいているのかい?」
「牛っスか?……確かに彼女は牛の様にでっかいおっぱいが……」
「……僕は君の恋愛成就が思ったより大変だと思い知ったよ……」
「そりゃ大変っスよ、大ハッピーじゃないっスか、それって」
「……頭痛くなって来た……」
「……大丈夫っスか?風邪っスか?」
「ちょっと……この件は考えさせて欲しい……」
「オス、お大事にっス」
 太輔は満面の笑みで見送った。
 士郎は太輔の事をバカだバカだとは思っていたが、ここまでバカだとは思わなかった。

 普通に考えれば、これが、太輔を思って、水戸嬢が写真を落としたのだとはサルでも思わない。
 小さい水戸嬢と一緒に大きく大介が写っている…
 この事が物語るのは水戸嬢は大介の事が好きなのだ。
 それで、大介と一緒に自分が写っている写真を大事に取っておいたのだろう。

 彼女が写真を落としたのはあくまでも偶然。

 もちろん、太輔にアピールするためではない。
 どこまで、おめでたく出来ているんだろう。
 頭の中に脳みそのかわりに八丁味噌でも入っているのだろうか?
 士郎はそう思うのだった。

 とにかく、水戸嬢との恋愛関係は成立しない。
 何とか太輔に円満に諦めてもらわなくては……
 そう思う士郎なのだった。

 翌日、公園で待ち合わせをした太輔と士郎。
 二人は今後の恋愛方針を話した。

「……悪いことは言わない……彼女の事は諦めた方が良いと思う」
「何故っスか?せっかく彼女に慕ってもらえているのに……」
「……違うから……君、一歩間違えばストーカーになるよ、このままだと……」
「大丈夫っス!俺、コソコソしたの嫌いっスから!正面からストレートに彼女にアタックするっス」
「君の傷が増えるだけだと思うよ」
「どうしたんスか、先生?やる前から諦めてどうするんスか?」
「――いや、それは、そうなんだけどね……これはやる前から負けが決まっているって言うか……なんて言うか……」
「……確かに、今までの俺を知っている奴が見たらまた、フラれる……そう思うでしょう……だが、しかぁ〜しぃっ!これからの俺は違うんスよ!俺はスーパーになったっスよ、スーパーに……」
「スーパーって、小売店の……」
「それはスーパーマーケットでしょ、ボケはいいんスよ、ボケは……」
「いや、ボケているのは君の方だから……」
「何言ってんスか?先生!……ははぁん……俺が何の勝算も無しに言っているって思ってるんスね!へっへっへ……実は俺には秘密兵器があるんスよ、じゃあぁぁぁん!!」
「じゃーん……って……」
「これです、これ!これが俺の秘密兵器っス」
「何これ?」
「星占いっス」
「だから、何?」
「これ、当たるって有名なんスよ。……で、俺と彼女の星座を調べたら最高の相性だって出てて、俺が八月三十一日で獅子座だから……」
「……ちょっと待って……君、八月三十一日って言ったよね」
「そうっスよ、百獣の王ライオンの獅子座……」
「八月三十一日は乙女座だよ」
「えぇっ?」
「普通、自分の星座を間違える?」
「俺は乙女だったのかぁ……」
「で、乙女座の君と水戸さんの相性はどうなの……?」

 相性は最悪だった。

「うわぁ〜俺の計算が狂ったぁ〜」
「計算してないから、君がマヌケだっただけだから……」
「先生、俺はどうしたら……」
「どうしたらってもう、ここらへんで諦めた方が……」
「諦めたらそこで終わりっスよ……」
「いや……君の場合、始める前から方向を見失っているっていうか……」
「大丈夫っス……俺、別に方向音痴じゃないっスから」
「君は解釈の仕方が間違っているんだって……」
「先生、助けてください!」
「あぁ……僕は何で君なんかに…」
「お願げぇですだ、お代官様ぁ……」
「君の頼み方はふざけているとしか……」
「ふざけてないっス俺はいつでも大まじめっス」

 太輔は士郎にすがりつく。

「……ちょっ……触らないで……スケベ…」
「……スケベって男同士で何言って……」
「そ、そうだったね……ぼ、僕は何を言っているんだろうねぇ……あははは……」
「変な先生っスね」
「む……君に言われたくないんだけどね……」
 士郎は隠している秘密が太輔にばれないかヒヤヒヤした。

 彼は……いや、彼女は女の子だという秘密を……

 太輔と別れた後、士郎はもう一つの待ち合わせ場所に向かった。
 向かった先は、安土家の家だった。
 そこには、【鉄壁の七要塞】の名古屋茜、大阪碧、姫路白衣、熊本吉良、松本紫苑が安土桃花と待っていた。
 そこに、ロングヘアのウィッグをした士郎が本名の江戸葵としてやってきた。

 そう、士郎とは江戸葵の事だったのだ。

 彼女は元々、ショートカットが好きなのだが、江戸葵としてのイメージを重視するためにロングストレートヘアの鬘をかぶって普段、生活していた。
 彼女にとって、江戸葵としての姿は周りの人間のイメージに合わせた虚像にすぎなかった。
 清楚なイメージを気にすること無く、自分の思った通りの行動が取れる江戸士郎としての姿が本来の自分だった。

 この事を知っているのは家族を除いたら【鉄壁の七要塞】の六人だけだった。

「――で?どうなのよ、例の彼とは?」
 名古屋茜が葵に状況を聞く。
 葵が士郎として、太輔の恋愛に協力している事は【鉄壁の七要塞】のメンバーはみんな知っていた。

「……正直……あそこまで鈍いとは思って無かったわ……私の事、完全に男の子だと思っているし……」
「はは、バカで有名やからな、彼は……」
 大阪碧が軽く笑った。
 太輔がおかしいのは学校では有名だった。

「ホントに葵ちゃん、彼のこと……」
 姫路白衣の顔が曇る。
「仕方ないでしょ……好きになっちゃったんだから……」
 葵の顔が桜色に染まる。
 ずっと、告白はされて来たが、人を好きになるのはこれが始めてだからだ。
「でも、今だに信じられないな……あの緩川君が葵の命を助けた恩人だなんて……」
 熊本吉良がつぶやいた。

 彼女を含め、みんな事情を知っている様だった。
 葵は太輔に命を助けられている……
 そして、彼女の中には……太輔の血が混ざってもいるのだ。
 血が混ざっていると言っても輸血した訳ではない……
太輔はまだ、輸血が許されている年齢に達していない。

 彼女は、数年前、暴漢に襲われ、出血した。
 その時、暴漢から太輔は身体を張って守ってくれた。

 雨の日という事もあって、体力が急速に無くなっていくのを感じていた時、太輔は自分の腕を切って、それを葵に舐めさせたのだ。
 彼にとってはそれが、輸血の代わりだった。

 結果的には葵の出血は思ったほど酷くなく、雨も混じっていたので、たくさん出血したように見えていただけだった。
 むしろ、太輔が自分でつけた傷の方が深かった。
 彼は、自分で傷つけた事を正直に話していて両親にこっぴどく叱られていた。
 自分の血を飲ませたからと言ってそれが輸血にはならないという事も知らなかった。
 彼は当時から物知らずだったのだ。

 つまり、太輔は葵の命を助けた訳ではないのだが、彼女にとっては助けてもらったも同然だった。
 彼女は、それ以来、太輔型の抱き枕と彼の心臓に似せた音源を聞かないと夜も眠れなくなるくらい、彼に依存してしまっている。

 一方、太輔の方はと言うと、元々、髪を伸ばし始めていたのだが、暴漢に髪の毛を切られてしまっていて、当時もショートカットみたいな感じになっていたので、その当時も男の子だと思っていたため、彼の記憶に葵はインプットされていない。
 でも、その当時は、血がたくさん出て泣きじゃくる葵に【男ならめそめそするな】と励ましたり等もしていた。

 その事があってから、葵は男性に対して、少なからず恐怖を覚えてしまっていた。
 それが原因で、告白してくる男子を片っ端から断ってきたのだ。
 だけど、太輔だけは別だった。

 彼だけは特別――命の恩人……そして、はじめて好きになった人なのだ……
 だから、彼の事を……
 本当は自分にアタックして貰えれば――との気持ちもあるが……それが駄目なら、せめて彼の恋愛の手助けをしたい……そして、幸せになってもらいたい。

 それが、葵の気持ちだった。

 実は、太輔が無くしたと思っている一番太い【運命の誓い糸】……それは、葵が自分の分と絡めてお守りの中に入れて持っていた。
 彼が落としたのをそっと拾って、持っていたのだ。

 糸の力が本物なら、お守りを持っている彼女こそ、太輔にとっての最高のラブアイテムの代わりとなるはずだ。

 彼女はそう信じている。

 それもあって、葵は、友人である【鉄壁の七要塞】のメンバー達に水戸嬢攻略の相談をしにきたのだ。

 だが、結論から言えば――

 葵一人の時の意見と変わらなかった。
 【鉄壁の七要塞】の七人は元々、モテるので、自分から告白するという経験に乏しい所がある。
 その為、モテない太輔をモテさせる良い妙案が思いつくはずもなく……
 結局相談は徒労に終わった。

 そんなモテる女の子達の影のサポートも匙を投げるような状況にもかかわらず……
「うーん……どの糸を使えばいいんだろーなぁ」
 太輔は自宅で悩んでいた。
 今、手持ちの【運命の誓い糸】を使って水戸嬢攻略を考えていた。
 ちなみに、彼は糸をそのまんま使おうとしていた。
 【この糸はそのままでは使えないので何かにくくりつけてご利用下さい】という説明を受けていたのだが、糸が七本も出てきた喜びに打ち震えていて話をまともに聞いていなかった。

 ここが、彼の持ち味……なのかも知れない。

 翌日、このままでは、埒があかないとして、【鉄壁の七要塞】のメンバーも覆面をして、だぼだぼの服を着て変装し、葵と一緒に太輔に会いに行った。
 葵はもちろん、士郎としてだ。
 超美少女の彼女達が連れ立って行っては目立ちすぎるからだ。

「……先生、何です?この見るからに怪しい六人組は?」
「……そ、そうだね……かのじょ…彼らは僕の弟子……かな?」
「おぉ――さすが、先生、6人も弟子がいるとは……俺、先生についていけて幸せっス。7人目の弟子として、俺にもモテ道を……」
「……いや、それは良いから……とにかく、みんなで相談を」
「おぉ――そうっスか。何だか心強いっス!おー……何だかすげぇ力が沸いてきた」
「……いや、それ、君の勘違いだから……」
 士郎が慌てて訂正する。
「聞きしにまさる天然っぷりだねぇ彼は……」
 松本紫苑扮する紫仮面がつぶやく。

 【鉄壁の七要塞】が集まったのも太輔に諦めて貰えるようにみんなで説得するためだった。
 断じて、サポートに来たわけではない。
 だが、いくらみんなで諭そうとしても、彼は持ち前の変な解釈により、自分が励まされていると受け取っていた。

 そして、説得も虚しく、彼は水戸嬢攻略に向けて動き出すのだった。

 【鉄壁の七要塞】の6人は何とか諦めて貰おうと彼から強引に一本ずつ【運命の誓い糸】を奪い取った。
 それすらも糸が導き出した最高の効果だと考えたようで、諦めるという事はなかった。
 葵達、七人は説得を諦め、彼には何とか傷の浅い内にフラれて貰おうと考えた。
 運命の悪戯かこうして太輔の【運命の誓い糸】は【鉄壁の七要塞】の一人一人に行き渡る事になった。

 それが、どういう事か……
 それは今の時点では何も解らない……

 ただ、太輔と【鉄壁の七要塞】は彼の恋愛事情という事を通して、深く関わって行くことになった。

 太輔は翌日、水戸嬢を呼び出した。
 直接告白しようというのだ。
 心配になって【鉄壁の七要塞】達も草むらに隠れて見守っていた。
「みみみ水戸さん……これ……」
 太輔は彼女の落とした写真を渡した。

「あ……ありがとう……」
「いや、なんの!」
 ただ、写真を拾ってくれたお礼を言われただけなのだが、彼はそれを脈有りと解釈し、士郎達の隠れている草むらに向かってウインクをしてグーと親指を立てた。
「あぁ……ただ、お礼を言われただけでしょうに……」

 士郎はハラハラした。
 自分のことのようで気が気でなかった。

「写真……見られちゃったね……」
「そ、そうだね……」
「解っちゃったよね……」
「うん……何となく……」
 水戸嬢は大介への気持ちの事を言ったのだが、もちろん、太輔は見事に勘違いしている。
「……ずっとね……見てたの……」
「え……ずっと……」

 【ずっと見ていた】という言葉を聞いて、太輔の頬がだらしなく緩む。
 鼻の下も伸びている。
「あぁ……せめて、処刑執行は早くしてあげて……」
 士郎は天に祈った。
 結果は見えている。
 ただ、太輔が何時、その事に気付くかという事の問題だ。

「……かっこいいよね……」
「か、かっこいい……そんなに……」
「でも、ライバルが多そうだから……」
「そそそ、そんなこと無いって……」
「嘘よ、好きな娘、たくさんいるって……」
「いないって、俺が保証する」
「ホント?」
「ホントだって、生まれてこの方モテたためしなんか無いって……」
「嘘……」
「嘘じゃないって……恋愛の神様に誓って……」
「嘘じゃない、言い寄って来る女の子たくさんいるって聞いた事あるし……」
「え?そうなの……照れるな……」
「貴方が照れてどうするの……」
「そ、そうだな、俺が照れても……?……ん?」

 雲行きが怪しくなってきた。

「太輔君は鈍いから、スパッと言っちゃって、スパッと……」

 士郎が水戸嬢に懇願する。

「これ……この写真、私のラブアイテムにするつもりだったの……本当にありがとうね……」
「あ、あぁ……それ……でも、大丈夫じゃない?俺に気持ち、ちゃんと通じたし……」
「だから、貴方に通じてどうするの……」
「あ、あぁ……そうだね……そ、そうなの?」

 太輔の脳裏に疑問符が並びだした。

「この事は内緒ね。貴方だから教えたんだから、比野本君の友達だから……」
「お、おぉう、大介とは友達……って、何で大介が……?」

 デフレならぬ【フラレルスパイラル】の気配がしてきた。
 いくら鈍い太輔でもさすがに気付き始めた。そして、また、大介に鳶に油揚げをさらわれるが如く…

「絶対、このことは比野本君には内緒だからね……じゃあ、ありがとう、比野本君に告る時は宜しくね」
「お、おう、ま、任せとけぃ……」
 そう言う太輔の二つの眼からは涙が滲んでいた。

 水戸嬢攻略戦――討ち死にだった。

 水戸嬢が帰って行き、そこにぽつんと残された太輔のもとに士郎達がかけよる。
「残念やったな……」
碧扮する碧仮面が慰めの言葉をかける。

「うおぉいおぃ……今は、今は……その胸で泣かせてくれぃ!」
「く、くっつくな、このヘンタイ!」
「男同士、慰めあおうじゃないか……うぉぉいおぃ……」
「だれが、男だ」
「ん?なんか柔らかいものが……碧仮面、少しは鍛えた方が良いんじゃないか?まるで女の子のようにふにゃふにゃだぞ、胸……」
「あったり前だろ、あたいは……」
「おおお、男の子だよねぇ……あははは……」
 士郎がすかさずフォローに回る。
 士郎達が女の子だと言うことは太輔には内緒だからだ。

 それを見ていた親子連れが……
「ね〜ね〜、ママぁ〜あれ、何やっているのぉ〜」
「しっ、見るんじゃありません。ヘンタイがうつりますよ」
 と聞こえる声で内緒話をする。
 マスクをかぶった不審人物達が太輔と抱き合っている姿が滑稽に映っているからだ。
 士郎達は恥ずかしくなった。
 本来の自分達では決して体験しないであろう気持ちだ。
 恥ずかしくなかったのはこの厚顔無恥な少年だけだ。

「離れろやボケ!こっちまで一緒に見られる……」
「そんな、冷たい……痛みは分け合おうよ、友よ……それより、この悲しみをどう癒せば……あぁ俺って不幸……」
「何処が不幸だ、お前が勝手に勘違いしただけやろがぁ」
「ま、まぁまぁ碧……仮面……落ち着いて……」
 激昂する碧を落ち着かせようとする士郎……
 解っていた。
 フラれるのは始めから解っていたが……
 好きな人がフラれるのは見ていて辛い士郎だった。

登場キャラクター紹介


001 緩川 太輔(ゆるかわ たすけ)
緩川太輔
 この物語の一応、主人公。
 見事なまでにバカっぷりを披露し、フラれつづける少年。
 普通の女の子にはフラれるが、超美少女達には何故か好かれているという事実に気付いていないニブチン。





002 比野本 大介(ひのもと だいすけ)
比野本大介
 主人公をやるのにふさわしいモテモテな少年。
 太輔の親友であり、いつも、鳶が油揚げをさらうがごとく太輔の恋する相手に好かれる。
 実は太輔の事が……












003 江戸 葵(えど あおい)
江戸葵
 この物語のヒロイン。
 鉄壁の七要塞の一人。
 犬が大好きな少女。
 桃仮面。














004 江戸 士郎(えど しろう)
江戸士郎
 葵の双子の弟を名乗る謎の少年。
 太輔の恋愛相談に乗るが実は……
















005 名古屋 茜(なごや あかね)
名古屋茜
 鉄壁の七要塞の一人。
 女の子にモテる格好いい少女。
 赤仮面。















006 大阪 碧(おおさか みどり)
大阪碧
 鉄壁の七要塞の一人。
 なんちゃって関西弁で心の傷を持つ少女。
 碧仮面。














007 姫路 白衣(ひめじ しらい)
姫路白衣
 鉄壁の七要塞の一人。
 太輔の許嫁。
 白仮面。















008 熊本 吉良(くまもと きら)
熊本吉良
 鉄壁の七要塞の一人。
 アイドルをしているフィギュア大好き少女。
 黄仮面。














009 松本 紫苑(まつもと しおん)
松本紫苑
 鉄壁の七要塞の一人。
 太輔が困っている姿が大好きなちょっとヘンタイチックな少女。
 紫仮面。














010 安土 桃花(あづち ももか)
安土桃花
 鉄壁の七要塞の一人。
 犬が大好きな少女。
 桃仮面。















011 館山 早樹(たてやま さき)
館山早樹
 太輔を最初にフル少女。

















012 水戸 汐音(みと しおね)
水戸汐音
 控えめな少女。
 写真に思いをたくす。
















013 松代 由比(まつしろ ゆい)
松代由比
 バカは嫌いな少女。

















014 浜松 優樹(はままつ ゆうき)
浜松優樹
 太輔を誘惑する少女?

















015 彦根 円香(ひこね まどか)
彦根円香
 園田と付き合っている少女。

















016 園田(そのだ)
園田
 円香の彼氏。

















017 小田原 詩織(おだわら しおり)
小田原詩織
 女の子が大好きな少女

















018 岸和田 雅(きしわだ みやび)
岸和田雅
 彼氏と別れて自暴自棄になっている少女。
















019 五稜郭 玲奈(ごりょうかく れいな)
五稜郭玲奈
 プライドが高い少女。

















020 高松 里子(たかまつ さとこ)
高松里子
 二次元大好き少女。

















021 岡山 晴美(おかやま はるみ)
岡山晴美
 博愛主義の神を愛する少女。