第一話 利休(としやす)の冒険

01 淺野 利休(あさの としやす)

「リキューくん…」
(やった…やっと彼女の声が聞けた…)
 利休はそう思った。
 ところが…

「リキューくん、リキューくん…」
彼女たちを追って01話01 目が覚めるとそこには彼の舎弟、八田 吉太(はった きった)が彼を呼んでいた。
 ガツン!
「てめぇかぁ、ハチ!」
「痛ぇよ、リキューくん…」
「うるせぇ、てめぇの声がインプットされちまったじゃねーか」
「なんの話?」
「何でもねぇよ」
 ハチ、こと八田を殴ったのはこの物語の主人公、淺野 利休(あさの としやす)。
 淺野を【せんの】と呼び変え、としやすを【りきゅう】と呼び変えれば【千利休】となることから、よく【りきゅう君】と呼ばれていた。

 素行はかなり悪かった。
 利休は小学校に上がった頃から荒れ始め、中学に入る頃にはヤクザも一目おく男にまでのし上がった。
 当然、学校での評判はすこぶる悪かった。
 とは言え、彼なりに筋を通して生きてきた結果ではあるのだった。
彼女たちを追って01話02  彼は、他の生徒を苛めていた生徒を殴り倒したり、人に責任を押しつけていた男をはり倒したりしていた結果、敵が敵を呼び、それを返り討ちにしていく内に、彼の意図しない方向に名前が売れてしまっていたのだった。

 今や喧嘩では向かうところ敵無しだった。
 その度に突っぱねていたのだが、ヤクザのスカウトも度々彼の元を訪れた。
 本来ならば、少年院くらいには入っていてもおかしくない程暴れているのだが、姑息な手段を用いてきたヤクザの事務所を2つ3つ潰しているので温情という形で警察も見過ごしていた。
 とは言え、世間の評価は最悪で、将来、【組のトップに立つ男】、【振り込め詐欺とかをやっているに違いない】、【何人か殺しているよ、きっと…】等、やってもいない噂が広まっていて、将来的にはまともな職に就けそうもない様な状態になっていた。

 高校生になった今、そう言う事は卒業した…
 つもりではあるのだが、世間はなかなかそう見てくれなかった。
 だから、利休も将来は世界中を旅してまわろうと考えていた。
 この物語はそんな少年の冒険を描いたものである。


02 夢に出てくる女の子たち

「ひでぇな、リキューくん、俺、何にもしてねーのに…」
彼女たちを追って01話03 「したんだよ、俺にとってひでぇ事をな。一発ですませてやったんだ、ありがてぇと思え!」
「そりゃねーよ」
「うるせぇっつってんだよ、で、何だよ、起こしやがって」
「あ、そうだ、西高のやつらがさー」
「ち、また、それか…俺はもう、卒業したんだよ、そんなのは…」
「そう言わないでくれよ、あいつらひでぇんだぜ、」
「…解ったよ、後で頭をブッ潰しゃーいーんだろーが」
「ありがてぇ、サンキュー、リキューくん」
「ったく、西高くれぇ、てめぇでやれねぇのか、ハチ」
「リキューくんみてえにバケモンじみた力持ってねぇよ、俺は」
「だれがバケモンだ。それより喉乾いた…」
「あぁ、はい、トマトジュース。好きだね、リキュー君」
「うるせぇな、俺はこの酸味がたまんねーんだよ」
「はいはい…ところで話、変っけど、リキューくん何の夢見てたんだ?何か顔赤いぜ?耳まで…」
「うるせぇっつってんだろ」
「わかったよ、怒鳴らないでくれよ」
 舎弟であるハチにも秘密にしている利休の見る夢…
 それは女の子の夢だった。
 正直、言い寄ってくる女の子がいない訳じゃない。
 ちょっと悪い感じの少年が好きな女の子はいつの時代にもいる。
 敵無しとまで言われた利休に言い寄ってくる女の子は10や20ではなかった。
 数百人単位でいたので、選り取り見取りだったのだが、ある夢を見るようになってからはどうしても現実の女の子と深い仲にはなれなかった。
 利休は夢の中に登場する女の子たちに心を奪われてしまっているかのように、現実の女の子たちに対して、魅力を感じなくなってしまっていたのだ。
 夢の中には七人の女の子が登場していた。
 どの子も魅力的で利休の心を捕らえて放さなかった。
 さっき、ハチを殴る前に見ていたのはその内の一人が登場する夢だったのだ。
 ずっと声が聞けなくて、声を聞きたいと思っていたのだが、やっと聞けたと思った声が彼を起こしていたハチの声として認識してしまい。
 夢の中の女の子に淡い恋心を持っていた利休は腹を立ててハチを殴ったのだ。
 利休にとって、夢を台無しにされる事が何より腹立たしかったのだ。
 ハチはうっかり逆鱗に触れてしまったという事だったのだ。


03 東高と西高 利休を含めた5人の少年

 夢の中の女の子達の事を誤魔化すために、利休はハチの言うことを詳しく聞いた。
 利休が通っている東高と長い間対立していた西高…
 どちらも色んな面で競い合って来た。
 勉強でも…スポーツでも…ヤンキー同士の抗争でもだ。
 だが、利休が東高に入学してからはバランスが崩れた。
 勉強やスポーツでは変わらずの互角の勝負をするものの、ヤンキー同士の抗争では西高は完全に東高に押されてしまっていた。
 東高に手を出せば、利休が出てくる…
 そのため、西高は苦虫を噛みつぶしたような思いをしばらく味わっていたのだ。

 だが、ハチの話によると西高の理事長は三人の生徒を編入させたという…。
 その三人の生徒は来てそれぞれ、すぐに生徒会長、副会長、風紀委員長に就任したという話だった…
彼女たちを追って01話04 それは、ヤンキーである利休とは何の関係も無い話のように聞こえる…
 だが、その三人の編入生達は喧嘩がめっぽう強く、既に、西高の頭も彼らの軍門に下っているという…
 つまり、西高のトップが変わったという事だった。
 そして、編入生のナンバー3、風紀委員長の少年が粛清と称して東高のヤンキー達を潰して回っているという事だった。
 病院送りにされたヤンキーはすでに10人以上にのぼるという…

「つまり、なんだ…その西高の編入生三人をぶっ潰せばいいわけか…」
「そう、なんスよ、ただ、そいつらリキューくんの事眼中にねぇって言ってんスよね、ムカつきますよね!」
「…それだけ、腕に自信があるってか、おもしれーじゃねぇか」
「そっスか。…それと、そいつら妙な事、嘴ってんスよね…」
「妙な事?」
「リキューくんの事はそいつらの末席くらいには置いてやっても良いとか何とか…後、うちには別に気になっているやつがいるって言ってんスよ。…へへ、それって俺の事っスかね?」
「ボケ、てめぇの訳あるか」
「へへ、そっスよね。するってぇと誰なんスかね?」
「知るか!とにかく、気にいらねぇ奴が、うちにもいるかもしれねぇって事だろーが」
 利休は胸糞が悪くなった。

 利休、西高の生徒会長、副会長、風紀委員長、そして東高にいる正体のわからない男…五人の少年が動き出そうとしていた。

「俺を忘れるなって!」
 オマケでハチも…


04 敗北と屈辱

 西高の編入生三人はそれからまもなく東高にやってきた。
 利休は迎え撃つべく三人の前に出てきた。
「てめぇらか?西高のイカレた編入生ってのは?」
「君は?」
「てめぇらリキューくんも知らねぇで来たってぇのか」
「リキュー…?知らないな」
「てめぇ!!」
「よせ、ハチ、要はこいつでわからせりゃいーんだ、こいつでな!」
 利休は握り拳を作って見せる。
 だが、三人の編入生達の反応は…
「彼は?」
「こいつが例の淺野 利休です宗次(そうじ)さん」
「あぁ…例の…ふーん…」
「………」
 風紀委員長の腕章をした男は知っていたみたいだが、生徒会長にいたっては存在すら知らなかったようだった。
 副会長は無反応だった。
「てめぇが頭か…俺は別にタイマンじゃなくたって良いんだぜ。三人まとめてかかってこいよ!」
「君は色々と勘違いをしているみたいだね。私達は別に、君と何かするために来た訳じゃないよ」
「あぁっ?何が勘違いなんだよ。言ってみろや、こら」
「…好戦的だね、君は…良いだろう…君の間違えを色々指摘してあげよう…」
「なめてんのか、てめぇ!」
「…一つ目は君は私を頭と呼んだが、西高最強の生徒は私ではないよ。この副会長、諸瞳 秋司(しょどう しゅうじ)なんだけどね。この私、会長を務める片漬 宗次(かたづけ そうじ)は実力ではbQだ。」
「何だと?」
「で、風紀委員長をつとめるこの俺、見 学(けん まなぶ)がbRだ。間違えるなよ」
「んなこたぁどうでも良いんだよ。ぶちのめす頭がてめぇからそいつに変わったってだけだ」
「…二つ目…耶科居 詠稀(やしない えいき)…窓からこちらを見ている彼をスカウトするのが私達の目的だ」
「あぁん?」
 生徒会長、宗次が言う方向を見ると記憶にさえ残っていない男子生徒がこちらを見ていた。
 そして、興味ないものを見たかのようにすぐに目を背けた。
「あの野郎か…」
 利休は正体のわからなかった東高の生徒、詠稀の顔と名前を確認した。
 そして、詠稀は後でもどうにかなるとふんでまずは、目の前の三人に集中する事にした。
「…さて、やっか…」
 編入生三人に向かって指をボキボキと鳴らして見せる。
 戦闘準備万全といった状態だった。
「…なんだ…彼とはやらないのか…君は彼の実力を見る上で良いかませ犬になると思ったんだが…」
「ぶっ殺す!」
 生徒会長、宗次に向かって殴りかかる利休。
 それを片手で軽く受け止めたのが風紀委員長の学だった。
「て、てめぇ…」
 驚く利休。
 今まで、彼の一撃を止めた人間には出会った事が無かったからだ。
「三つ目、それは、我々の力を見誤っているって事だよ、りきゅー君だっけ?」
 宗次がしれっと言った。
「お前なんぞが宗次さんや秋司さんの相手になるか。俺でも片手で十分だ」
「こ、このやろ…」
 学は宣言通り、片手で利休をねじ伏せて見せた。
 利休にとってこれが生まれてはじめての敗北…そして屈辱だった。
「いらない邪魔が入ったから出直すよ。またね、りきゅー君」
 編入生三人は去って言った。
 帰り際、ずっと口を閉ざしたままの副会長、秋司が風気委員長、学の唇を指さした。
「何スか、秋司さん?…あれ、あいつ、いつの間に…」
 学の口元には何時、切ったのか血が滲んでいた。
 やられはしたが、利休の一撃は学にヒットしていたのだ。


05 宗次の言い残した言葉と昨夜のショック

 編入生達三人は利休に対して、奇妙な事を聞いた。
 それは…
「君は【希世姫(きせき)】の…美しい女の子達の夢を見ないかい?」
 という事だった。
 悔しさで涙が滲み、何も答えられなかったし【希世姫】という単語に心当たりは無かったが、美しい女の子の夢は毎日の様に見ていた。
 舎弟のハチにも内緒にしていたので、それを編入生達が知るはずがない…。
 利休の反応を見て宗次は納得したように…
「…どうやら、君も、ほんの僅かだけど、資格があるみたいだね。でも、君には勧めないよ。あそこは我々や耶科居君みたいな人だから、渡り合える世界だ。君ではすぐに死んじゃうよ」
 と言った。
 もちろん、何の事だか解らない。
 だが、宗次達は何か事情を知っているようだ。
 それが、彼らと利休の実力の差なのだろう…
 かなり悔しいがそれが何なのか、今の利休には解らない…。

 利休が学に負けたという噂は東高ではあっという間に広まった。
 翌日には生徒達がひそひそとうわさ話をはじめていた。
 取り柄と呼べるかどうか解らないがそれでも自慢できる事と言えば喧嘩で負けない事くらいだったのに負けてしまった。
 それも、相手高のbPにでは無く、bRに…
 さらに、自分の高校にも自分より上らしい少年がいた…
 そして、自分がひた隠しにしていた夢の中の女の子達の事を知るものがいた。
 自分の大切な何かを穢された気分だった。
 何もかもが最悪の結果だった。
 昨日の夜は恥も外聞もなく、大泣きした。
 それだけショックだったのだ。
 一瞬ではあるが、自殺も考えた…
 だが、それでは負けたままだとリベンジを誓い考えを改めた。
 一瞬とは言え、自分が自殺を考えるとは思っていなかった。
 何かが自分に囁いた…
 そんな感じがした…。
 自分にはあらがえない何かが死へと向かって背中を押す…
 そんな感覚があった…。
 その感覚こそ、利休が旅立つ事になる切っ掛けになるとはその時、夢にも思わなかった。
 彼女たちを追って冒険に出る事になるとは…


06 【ウツ】という名の怪物

 昨日の敗北のショックから立ち直れない利休は授業をさぼって屋上の給水塔の上で昼寝をしていた。
 しばらく、誰にも顔を見られたく無かった。
 昨晩、泣き腫らした顔だからだ。
 幸い、ハチも姿を見せない。
 案外、最強という座を引きずり下ろされた自分に愛想を尽かして誰かの下につきにいったのかも知れない…
 詠稀という男の元にしっぽでもふりに行ったのかも知れない…
 そんな風に思っていた。
 利休は午前中、ずっと考え事をしていた。
 色んな事だ。
 これからの事、自分の価値、西高の編入生三人、耶科居 詠稀…考える事はたくさんあった。
 今までの人生で、こんなに考えた事があるだろうか…
 いや、無いだろう…。
 それくらい考えた。
 そして、持ってきていた弁当を食べてボーッとしていると女生徒が一人、屋上に上がってきた。
 さして興味なさそうに何となく見ているとその女生徒は金網を昇り始めた。
「な、何してんだ、てめぇは!!」
 とっさに止めに走る利休。
 何とか自殺は食い止めた。
 女生徒の反応は…
「………」
 無反応だった。
 どこか目が虚ろで焦点が合っていないような感じだった。
 女生徒の頬をパチパチ叩いてみたが、反応がおかしい…
 そうこうしている内に他の生徒が屋上に上ってきた。
「あ、おい、こいつ、おかしいんだ。保健室に…って、おい、お前、何やってんだ?」
 もう一人の上がってきた生徒に保健室に女生徒を運ぶように言おうと思った利休が目にしたのはその生徒も別の場所から金網をよじのぼりはじめたのだ。
 慌てて、その生徒も止めに走る利休だが、更に三人、生徒が屋上に上がって来て、全員が金網をよじのぼりはじめた。
 その中の一人はハチだった。
 ハチも見るからに正気とは思えない表情だった。
(ま、間に合わねぇ…)
 同時に四人が別々の場所で金網をよじのぼりはじめていて、利休一人ではどうしようもなかった。
 それを助けたのは…
 昨日、窓から、利休達を見ていた少年…詠稀だった。
彼女たちを追って01話05 彼が、生徒達の額にデコピンをしていくと耳の穴から黒い煙のようなものが立ちこめて生徒達は次々と気を失っていった。
 利休が最初に助けた女生徒も含めて5人にデコピンして出てきた煙をパパっと祓ってみせた。
「お、お前…何を…」
「…この黒い煙は【ウツ】という名前の怪物の栄養になる…」
 状況が解らない利休に詠稀はそれだけ伝えて去っていった。
 最後に、利休の額にもデコピンをしてやはり耳から出てきた小さな黒い煙を祓って。
「【ウツ】…?」
 残された利休はそうつぶやくのが精一杯だった。


07 彼女たちを追って〜いざ異世界へ〜

「いやぁ〜助かったよ、リキューくん」
「ハチ、お前、何も覚えて無いのか?助けたのは俺じゃねぇ、耶科居って奴だ」
「…そうなんスか?でも、俺、リキューくんの事しか覚えてないけど?」
「どうなってやがんだ…ハチ、話せ、何があった?」
「痛ぇってリキューくん。それが、俺にも何が何だか…リキューくんが負けた夢見ちゃってそれから意識が無くなって…気付いたらここに…」
 ハチから事情を聞き出そうとしたが、ハチでは状況がよく解らなかった。
 やはり、詠稀に聞くのが一番…。
 そう、思った利休は他のクラスを片っ端から回った。
 が、詠稀は見つからない。
 意外にも、詠稀は同じクラスだったのだ。
 クラスメイトの名前なんてろくに覚えていない利休はそんなことも解らなかった。
 やっとの思いで詠稀を探しあてた利休は彼の机の上に仁王立ちして…
「教えろ、ウツってのは何だ?それと、てめぇが耶科居か?」
 と凄んで見せた。
 詠稀は冷静に
「他の生徒が怖がっている…降りてくれ…」
 と答えた。
 他の生徒と違い、詠稀は利休に対して怯えたようなしぐさはしなかった。
 西高の三人の言うように、詠稀は利休より、実力は上かも知れない。
 少なくとも、五人の生徒の自殺を食い止めた手際は見事だった。
 利休には真似できない…。
 利休は素直に詠稀の言う通り、机から床に降りた。
「答えろ!」
「放課後、校舎裏で…」
「わかった」
 利休は素直にそれにしたがった。
 放課後になって詠稀と待ち合わせした利休は彼の口から今起こっている事態などの説明を受けた。
 それは利休にとって衝撃だった。

 おそらく、西高の三人もだが、詠稀も利休同様に女の子の夢を見るという…。
 その女の子達を【希世姫(きせき)】と呼び、いずれ、彼女達を追って異世界に旅立つとも言っていた。
 そして、その希世姫達の現る所には何かしら事件等があり、その内の一つが、黒い煙の怪物【ウツ】なのだと言う…。
 【ウツ】は異世界からこの現実の世界に一部が来ていて、それが、人々の気持ちを沈めさせ、死へと向かわせるのだと言う…。
 少なくとも、誰かがこの【ウツ】を退治しなくてはならない…
 そして、それは西高の三人か詠稀がやることになるだろう…
 そう伝えた。
 それを聞いた利休は…
「冗談じゃねぇ、そいつは俺が殺る!俺も舎弟のハチも世話になったことだしな…てめぇらの出番はねぇと思え!」
 と言った。
「わかった。【ウツ】については俺はあんたに任せるよ。あんたが負けたら俺が後始末する…。気にせず思いっきりやってくれ」
「ざけんな、てめぇらに出番なんか一切やるか。俺が全部片付ける」
「…好きにしてくれ…」
「あぁ、好きにさせてもらうぜ、うぉぉぉぉ、燃えて来たぜぇ!!」
 利休は両頬をパチンと叩いて、気合いを入れる。
 いけ好かない四人より早く【ウツ】をぶちのめす。
 とりあえずの目標が出来た。
 それに、その冒険をすれば、夢の中の彼女たちに会えるかも知れない。
 断然、やる気が出てきた。
「リキューくん、俺も連れてってくれよ」
「おぉ、ハチか、おめぇも来るか。行こうぜ、冒険ってやつに…」
 そっと後ろから聞いていたハチもついてくると言ってくれた。
「…俺はそこのあんたが参加するのには反対だけどな…」
「うるせーな、耶科居、俺は何処までもリキューくんについて行くんだよ。リキューくんが良いっつってんだから、いーんだよ。てめぇにとやかく言われたかねーんだよ」
「…俺は忠告したよ…」
「うるせぇ!」
「…あんたらに話をしたのちょっと後悔したよ…」
「てめぇの不幸は俺らの幸福なんだよ。なっ、ハチ」
「そっスよ。俺とリキューくんには切っても切れねぇ絆があんだよ」
「…やれやれ…好きにしてくれ…」
「だから、好きにするっつってんだろ、しつけーなてめぇも…」
「…解ったじゃあ、はい、これ…」
 半ば、呆れたように嘆息した詠稀は利休達にあるものを手渡した。
「何だよ、こりゃ…」
「…トラベル・フェザーさ。それが無きゃ、空の上にある異世界の入り口には入れない…」
「こいつがあれば飛べるってか?」
「…その世界での一日に対して、30分だけ飛べるよ。その間に出口を行き来するしかない…」
「へーこいつは良いや。返せっつっても返さねぇぜ!こいつはもう俺たちのもんだ」
「…かまわないさ…その羽根の持ち主はもう、この世に居ないし…」
「あぁ?どういう事だ?」
「命がけって事だよ。命が惜しかったら止めとくんだな」
「ざけんな、命くれぇいつでもかけてやんよ」
「俺だってそうだ」
「じゃあまぁ、頑張って…」
「へっ、てめぇに言われるまでもねぇんだよ」
 利休達は命がけの生き甲斐を見つけた。
 気分は冒険に出たくてうずうずしていた。


08 【千種(ちぐさ)】

 所変わり、とある異世界の入り口付近では、利休の夢に出てくる女の子達…
 【希世姫】達が飛び回っていた。
 そんな中に、夢の世界で利休が声を聞きそびれた女の子もいた。
 彼女の名前は【千種(ちぐさ)】…。
彼女たちを追って01話06 夢多き人間に夢を叶えるチャンスをあげる少女である。
 彼女達は夢を追う人間に近づいては離れ、また、近づいては離れを繰り返し、夢追い人を冒険へと誘う存在だった。
 夢追い人達は夢の化身である彼女達を追い求め、彼女達を追いかける。
 彼女達を捕まえた時、その夢は叶うだろう…
 夢が多い分、追う【希世姫】の数も増える…。
 利休が追う【希世姫】の人数は7人…。
 つまり、七つの夢を持っているという事だ。
 だから、七又をかけるというような事とは違う。
 純粋に七つの夢を追っているのだ。
 夢を追っている感じで彼女たちを見ているため、彼女たちと関係を持ちたいという気持ちとは違っていた。
 ただ、追いたい。
 彼女たちを捕まえたい。
 【恋】や【愛】とは違う【夢】を追っている感じだ。
 その事からも彼女は人間ではないというのは何となくわかっていた。
 【千種】はそんな利休の夢の化身の一つ。
 彼女は利休の【歌いたい】という夢が身体を得たものだ。
 だから、利休の望む彼女の【声】をなかなか聴き取る事が出来ない。
 何となく、彼女はとても美しい美声で歌う…
 そんな気がするのだが、利休にはその声を聴けないでいた。
 なかなかかなえられないからこそ、彼女は利休の【夢】なのだ。

 彼女を含め、【希世姫】たちの名前にはみんな【千】の文字がつく。
 利休と足せば【千利休】になるのだ。
 その事からも何となく、利休と希世姫たちの間には不思議な【縁】のようなものを感じさせた。
 利休の追う、他の6人の【希世姫】達にもやはり【千】の文字はつく。
 彼は呼ばれるべくして呼ばれるのかも知れない…

 【千種】を捕まえるにはまず、その前に立ち塞がる怪物、【ウツ】を何とかするしかない…。
 彼女達を追うに当たって最初の壁となるのが、怪物、【ウツ】なのだ。
 この物語は数々の難関を突破して、彼女達を捕まえるというストーリーである。


09 利休たちの挑戦

「ひー…リキューくん、高い、高いって」
「うるせーな、ハチ、入り口は空にあるっつってたろーが」
「でも、高けぇってば、落ちたら死んじまうって…」
「くぅるぁ〜ハチ、命賭けるっつったろーが」
「ここで死んだら犬死にだって…俺、こんなとこで死にたかねーよー」
「俺だってそうだ。まだ、なんもしてねぇんだからよぉ!」
「ひー、怖えぇ…」
 出発を一週間後と決めて、毎日、30分、高さに慣れるためにトラベル・フェザーを使って空高く飛び上がる練習をしていた。
 異世界への入り口は上空1000メートル以上にあり、まずは、この高さに慣れる訓練からはじめていたのだ。
 実際に飛び上がって見ると上空の方ではチラッチラッと希世姫達の姿も見えた。
 彼女達は短いスカートを履いているので、いつもの利休達なら下からパンツでも覗いている所だが、あまりにも高い位置にいるので、その余裕は無かった。
 実は、二人とも高所恐怖症だった。
 まずは、この高所恐怖症の克服をすることからはじめるしかなかった。
 一日30分しか飛べないので、降りてくると二人の腰はガクガクくだけ、ヘロヘロになって地面に尻餅をついていた。
 下で待っていた詠稀が
「…情けないな…そんなんでよく…」
 と嘆息したが…
「ううう、うるせぇ〜、これでも上で【希世姫】のねーちゃん達のパンツ覗いてくるくれぇの余裕はあったぜ、ありゃ〜黒だな、うん、そうに違いねぇ…」
彼女たちを追って01話07 と答えた。
 もちろん、ハッタリ、嘘である。
「そ、そっスよね…あれは派手な下着してたな〜なんてね…赤もいたかも…」
 ハチもつられてハッタリを言う。
「…一応、他で恥をかかないように教えておいてやるけど…【希世姫】がしている下着はたいがい白だよ。もちろん例外はいるけどね…」
 と詠稀が付け足した。
「て、てめぇ見たこと…」
「見たというより見えたんだよ、それよりほんとに黒だったのか?」
「そそそ、そうなんだよな、珍しい【希世姫】だったんだよ…そうだ、そうに違いねぇ…」
「…そういう事にしておくか…パンツの話なんてどうでも良いし…」
「んだとぉ〜パンツは男のロマンだろうが!」
「…あんたと一緒にするなよ。俺はそんなロマンなんて持った覚えはないね」
「う、うるせ、明日こそは白パンツも拝んできてやるよ」
「はいはい…言っておくけど、付き合うのは出発するまでだ。後はあんたらで好きにやれよ」
「て、てめぇに言われなくてもわかってんだよ、んなこたぁ…よし、ハチ、ちょっと休憩したら次の特訓だ」
「お、おう…」
 詠稀は結局、西高の三人のスカウトを断り、利休たちに付き合ってくれた。
 利休達にとってはそれは、かなりありがたい事だったが、素直に感謝の気持ちを伝える事は苦手だった。
 せめて、真面目に特訓をする事が彼らに出来る詠稀への感謝の印だった。


10 出発

 利休たちは珍しく真面目に特訓に取り組み、あっという間に出発の前日になった。
「りきゅーくん、俺、三人もパンツ見れたぜ!」
「へっ、俺なんか割れ目まで確認出来たぜ!ありゃ、すげぇ食い込みだったな」
 相変わらず、ハッタリをかましていた。
 だが、高さにも大分慣れ、自由にとまではいかないが、かなりの範囲を飛び回る事ができるようになっていた。
「それだけ出来れば、後は自分達でやれるな…」
「けっ、てめぇに借り作ったまんまだと面白くねぇから、一回だけ、ピンチになったら助けてやんよ。感謝しろ」
「…いらないよ。あんたに助けてもらうようになったらおしまいだよ」
「…そう、言うなよ。俺に助けてもらえるなんざ、なかなかねぇ事だぜ」
「なれなれしいな…俺は一足先に行かせてもらう。本当に冒険に行くか行かないかは一晩よく考えるんだな」
「へっ、今更、止められっかよ!命がけぇ?上等だこらぁ!!」
「口先だけは立派だな。せいぜい、頑張んな」
「すぐにてめぇも抜いてやる」
 利休たちと詠稀…
 決して馴れ合うという事は無かったが不思議な絆のような感覚が芽生えていた。
 舌を出し、中指を立てて先に行く詠稀を見送った。
 利休達は親や知り合い等に旅に出ると別れを告げ、学校に退学届けを出して明日に備えた。

 そして、翌日、詠稀を見送った場所に利休とハチは待ち合わせをした。
 遅刻など当たり前の二人だったが、この日は30分前には来ていた。
「何だ、ハチ、ピクニックに行くんじゃねーんだぞ。んーだよ、その大荷物は?浮かれてんのか?」
「リキューくんこそ、大きなバック持ってきてるじゃねーか」
「俺は、その…いろいろあんだよ」
「俺だっていろいろあんだよ」
「…ぷっ…らしくねーな、俺ら」
「…だな」
 まるで遠足に浮かれる子供の様にウキウキとしていた二人。
 学校行事でこんなに積極的に参加した事など記憶にない…。
 これは遊びじゃない…
 命がけの冒険だ…
 その事が二人の気持ちを引き締めていた。

 二人は30分間、話をして待ち合わせの時間になった。
 時計を見て時間を確認すると…
「じゃ、行くか…後悔すんなよ」
「そっちこそ…」
 二人はトラベル・フェザーで空を飛んだ。
 持ってきた大荷物は置いて来た。
 二人の冒険には必要ない…
 そう、判断したからだ。
 利休とハチ、凸凹コンビの冒険はたった今、始まった。


11 その名は【ウツ】

 ここは、とある世界…
 一年前までは活気あふれる世界だったが…
 今は至る所に自殺の名所が存在し、出生率を自殺者の数が上回ってしまっていた。
 原因は【疫病神 ウツ】の存在だった。
 【ウツ】の存在が、人々の心を荒ませ、人の心が傷つきやすい環境を作り出しているのだった。
 苛めや殺人なども既に社会問題の域を超えてしまっていた。

「おい、君、そこも自殺の名所なんだ。危ないからこっちに来なさい」
 親切なお年寄りが崖に立っている男性に声をかける。
 霧が立ちこめるそこは人を飛び込ませる怪しい魔力の様なものがあった。
 お年寄りはそこを毎日の様に訪れ、自殺者を思いとどまらせている。
 僅かではあるが、まだ、【ウツ】の影響に負けないで頑張っている人達もいた。
 このお年寄りはその内の一人だった。
「………」
 声をかけられた男性の反応は無い。
「早まるなよ、君、生きていれば必ず良いことに巡り会える。死んでしまってはそれもなくなってしまうぞ…」
 お年寄りは男性を諭すように声をかけながらゆっくりと近づく。
「………」
 やはり、男性に反応はない…。
 だが、飛び降りるという気配は無い…
 ゆっくりと話しかければきっと自殺を思いとどまってくれる…。
 そう信じて、お年寄りは近づきながら声をかけ続けた。
 そして、男性の近くまで来たとき…
「だ、誰じゃ…」
 お年寄りはその男性が人間では無いことを知った。
 真っ黒な肌をしていたからだ。
 黒人のそれとは違う黒い肌…
 長い灰色の髪を三つ編みにまとめたその姿は人間とは異なっていた。
彼女たちを追って01話08
 その名は【ウツ】…
 この世界を不幸のどん底に追い込んだ元凶だった。
 【ウツ】はお年寄りに直接黒い息を吹きかけた。
 するとお年寄りの気持ちは打ち砕かれそのまま崖を飛び降りてしまった。

「るははははははははは…」
 後には【ウツ】の高笑いが響いた。
 人々を自殺に追い込む邪悪な存在。
 その【ウツ】が静かに動きだそうとしていた。
 

12 ついた先 ここじゃない

 利休達は異次元空間を渡り、最初の世界についた。
「こ、怖ぇ〜」
「バカ、ハチ、ビビんなって」
「だ、だけどよ、リキューくん、ここ砂漠じゃねーの?」
「飛び降りやすそうだから飛び降りたんだろーが、何か文句でもあんのか?」
「だ、だけどよ、リキューくん、ここ砂漠だろ?」
「何度も言うな、んなことわかってんだよ」
「そうじゃねぇよ、ここ昼間の砂漠なのに暑くねーんだよ。むしろちょっと、寒みーじゃねぇか」
「良いじゃねーか。何も持ってきてねーんだからよ。暑かったらどうしようもねーじゃねーか」
「いや、地球とは違うんだなって思ってさ」
「何でもかんでも地球と同じだってんなら面白くねーじゃねーか。地球と違う?結構じゃねーか。何でもこいよ!」
「何が起きるかわからねぇって事じゃねーか」
「うるせーなぁ、んじゃ、とっとと【ウツ】ってクソ野郎をぶちのめして俺の女に会いに行きゃーいーんだよ」
「会ってどーすんだ?」
「そりゃ、おめぇ男と女がする事っつったら一つだろうが」
「あぁ、やるって事ね」
「生々しく言うな、ボケ、そういうのとはちょっと違げーんだよ」
「何、今更純情ぶってんだよ、リキューくん」
「ぶってねーよ。普通の女とは違う感じなんだよ。俺が追ってる女達は…」
「女達?初耳だぜ…一人じゃねーの?」
「う、うるせー」
「痛ぇなー殴んなって」
「は、早く行くぞ」
「その話になるとすぐ誤魔化すな…」
「うるせー」
 異世界の雰囲気に若干飲まれつつもいつもの利休とハチだった。
 希世姫の話になると何となく恥ずかしくなってしまう利休はハチになかなか話せないでいた。
 自分の恥ずかしい部分を見られている…
 そんな気がするのだ。
 そんな時はいつも誤魔化してハチを殴ってしまう。
 そんな利休だった。

 そんな会話を続けながら、二人はあちこちを捜し回った。
 まずは、各地の様子をうかがってみた。
 すると砂漠地帯にもかかわらず結構な人々がいた。
 ただ…
「ちょっと話があんだけどよ…」
「おい、お前、ちょっとこっちこい…」
 等、とても人に物を聞く態度ではないため、捜査は難航した。
 だが、そんな感じでも少しずつではあるが情報を聞く事ができた。
 それで解ったことは…
「ちっ、ハズレか…ここじゃねーな、どうも…」
 この世界に【ウツ】らしき怪物はいないという事だった。
 正確にはこの砂漠地帯だけの情報なので世界全ての情報ではないのだが、それでも、情報を集めて何かを考える何てことをしたことがない利休達はここに【ウツ】は居ないと判断した。
 考え方こそ間違ってはいたもののその回答は正解だった。
 利休達がたどり着いた最初の世界には【ウツ】は居なかった。
 【ウツ】は別の世界で猛威を振るっていたのだ。


13 【疫病神 ダボク】

 では、この世界には何も居ないのかというとそうでは無かった。
 人々は【疫病神 ダボク】を恐れていた。
 よく見ると人々にはあちこち痣だらけ…
 死ぬという事は無いものの、毎日痛くて眠れない日々が続いているという…。
「ちっ、チンケな野郎だな…」
 それが、利休の感想だった。
 利休は今まで人々を死に追い詰める【ウツ】を追って来た。
 それが打撲だぁ?
 ざけんな、んなカスどうでも良いわ!
 それが、正直な気持ちだった。
 だが、それでも、人々を苦しめる【疫病神】である事には変わりないのだ。
 利休達は【疫病神】を舐めすぎていた。
 全身打撲は十分重い症状だという事に気付いていない…。

「お願いします。【疫病神 ダボク】を倒して下され」
「うるせーなー、俺達はそれほど暇じゃねーんだよ…」
「勇者様ではないのですか?」
「勇者だぁ〜?…あぁ…それも悪くねーな、【ウツ】のバカをブッ倒す前の肩慣らしにその【ダボク】とかいうカスを片付けてやっても良いぜ。ただ、わかってんよなぁ?」
「はい、もちろんでございます。出来る限りの接待をさせていただきますとも」
「そーか、そーか、くるしゅーない。ちこーよれ…なんてな、はっはっははは」
「いーねー、リキューくん、それ、俺も俺も…」
「ハチ、やんのは俺なんだからよぉ、一番可愛い子は俺だぜ」
「解ってるよ。俺は二番でも三番でも良いぜ」
 困っている村人におだてられどんちゃん騒ぎをした利休達は翌日、やってきた【ダボク】を前にして考えを改めざるを得なかった。
 牛の様な角を生やした大きな身体を持つ【ダボク】の迫力に押されてしまった。
「な、舐めてんじゃねーぞ、くるぁぁ」
 舐めてたのは利休達だとつっこみたくなるが利休は果敢に立ち向かった。
 が、結果は…

「…情けない…何が勇者だ…」
「ホント、昨日の晩の時間を返して欲しいわ」
「二度と来るな、嘘つきめ…」
 村人達から罵声を浴びせられる。
 体中が痛い。
 どうやら打撲のようだ。
 舐めてかかっての惨敗…
 見事にかっこ悪い醜態をさらしてしまった。
「ちくしょう…」
「りきゅーくん…」
 利休の頬に伝わる涙…
 見ていたハチもかける言葉が見つからなかった。

 無敵を誇っていた元の世界での武勇伝は遠い過去のように思えた。
 西高の三人に虚仮にされてから負け癖がついてしまっているようだった。
 その後も詠稀に情けをかけられ、初戦である対【ダボク】戦は無様な負けっぷりを披露してしまった。
 正直、冒険に行くと決まってからの修行と呼んでいた行動もどこかお遊びの様なものだった。
 本気でやっていなかった…

 今回の負けで自分は弱いと思い知らされた利休は人が変わったように修行を開始した。
 冒険に向かう前のモドキ修行とは違う、身体をいじめ抜いた本気の修行だった。
 それを見ていたハチも触発されたのか、気持ちを切り替え、情報収集を頑張った。
 門前払いが多かったが、それでも土下座をし、取引をして少しずつ情報集めをしていった。
 冒険前の浮かれていた二人じゃない…
 もう、立派な冒険者の目をしていた。
 負ける事は決して悪いことばかりじゃない…
 見えなかった物も見えてくる事もある…。
 失うこともあるが、逆に得ることだってあるのだ。
 二人は信頼こそ失ったが冒険者にとって大切な事を得た。

 二人は運が無い訳ではない…
 この初戦が【ウツ】だったならば、二人の命は無かっただろう…
 【ダボク】が相手だったからこそ、自らを改め、冒険者となることが出来たのだ。


14 救いの手

 利休達が修行を初めて一ヶ月が経とうとしていた。
 頑張ったとは言ってもたかが一ヶ月…
 基礎体力などはしっかりついたがそれでも【疫病神】達と戦う戦闘能力がついたかと言うとそれはイエスとは言えなかった。
 苦しむ利休達だったが、それをずっと見ていた影があった。
彼女たちを追って01話09
 その影は女の子だった。
 彼女の名前は【千桐(ちぎり)】…
 彼女も【希世姫(きせき)】の一人だった。
 残念ながら、利休の追っている七人の希世姫では無いが、それでも紛れもない希世姫の一人だった。
 【千桐】は【ダボク】の周りに居る希世姫で、【ダボク】が猛威を振るうこの世界にも当然、来ていたのだ。

「…大変そうだね…」
 【千桐】は修行中の利休に声をかけた。
「…悪いが、ねーちゃんは俺が追ってる女じゃねぇな…忙しいんだ。放っておいてもらおうか…」
「つれないね…せっかく私は良いことしにやって来たのに…」
「修行中なんだ…つまんねぇ冗談に付き合っている暇はねぇんだよ」
「知っているよ。一ヶ月、ずっと見ていたからね。真面目に取り組んでいるのを見たから預かり物を届けに来たんだし…」
「どういう事だ?話せ…」
「…基礎体力はついた見たいだけどそれでは【疫病神】に勝てない…そう、思っているでしょ」
「………」
「有ることと引き替えに【疫病神】に対抗する力をある人から預かって来たわ。君の追っている女の子の一人、【千種(ちぐさ)】からね」
「なっ…」
 【千桐】の言葉に利休は驚いた。
 まさか、向こうから何かをしてくるとは思っていなかったからだ。
「特効薬拳(とっこうやっけん)…それが君が覚える能力だよ…」
「特攻殺拳(とっこうやっけん)…強そうな名前だな…」
「今、違う意味でとらえたでしょ。…特効薬拳…薬のこぶしだよ」
「薬?」
「そう、薬。【疫病神】は病気のようなものでもあるからね。病気には薬がつきものでしょ。」
「…なるほど…何となくわかった…そいつを身につければ【ウツ】も【ダボク】もブッ倒せるって事だな」
「…簡単にはいかないけどね。それに、何かを手に入れるという事は何かを犠牲にしないといけない…」
「?どういう事だ?」
「特効薬拳は両手両足に薬のエナジーを宿らせるという事なんだよ。だから、それを宿した手や足にはある特性が出る」
「…意味わかんねぇよ」
「要するに【疫病神】や【疫病神】に犯された人には効果があるけど、それ以外の人などに殴った場合、殴られた人も痛いけど、殴った君は殴られた人が痛がる場所と同じ場所に3倍の痛みとなって帰ってくるんだよ。これを【副作用】と呼んでいるんだ」
「んだとぉ〜?」
「もちろん、両手両足、頭で攻撃するなら頭もそうだけど、全部に薬のエナジーを宿す必要はないからね。例えば、右腕だけ宿して他は普通のままにすれば、右腕だけ、対【疫病神】にして他は普通にしていればすむことだしね。でも当然、戦闘力は格段に落ちるよ」
「…決まってんだろ両手両足にしてもらおうか。俺はそれでかまわねぇ。後の事なんか知ったことか」
「…だろうね〜君ならそういうと思ったよ」
 利休は迷わず、両手両足に薬のエナジーを宿らせた。

「あれ?リキューくん、どうしたんすか?誰っスか、その綺麗な人?」
「ハチ、スマン、試させろ」
「痛っ、何すんすかってあれ?」
「ぐおぉぉぉぉぉ…痛ぇ…」
「どうしたんだよ、リキューくん?」
 情報収集から帰ってきたハチの頭を軽くこづいた利休は自分の頭に三倍の痛みになって帰って来たのを確認した。
 今までの様にハチを殴れば自分に三倍の痛みになって帰って来るという不便な点はあるが、対【疫病神】用の強力な能力を手に入れる事が出来た。
 しかもそれが好きな女からの最高のプレゼント…
 嬉しくないはずがなかった。
「うぉぉぉぉぉぉ…俺はやるぜ!」
「何が?」
 意味がよく解っていないハチだったが、利休の方は戦闘準備万端。
 いつでも来い、【疫病神】共という状態だった。


15 そして、次の世界へ

「がぁぁぁぁぁあっ!」
彼女たちを追って01話10 【ダボク】をふっ飛ばす利休。
 力の差を感じた【ダボク】はたじろぐ。
 完全な形勢逆転だった。
 もう、【ダボク】は怖くない…
 いつもなら調子に乗る所だが…
「一応、言っておく。てめぇは決して弱くはねぇ…強敵だった…だから、俺はここまで成長出来た。てめぇには感謝してる!【疫病神】に言うのもなんだが…サンキュー、ありがとな」
 利休は敵に感謝をしてみせた。
 今まででは決してあり得なかった事だ。
 その点からも彼の心の成長が伺えた。
 【ダボク】は別の世界へと逃げていった。
 利休はそれを追わなかった。
 【ダボク】は別の世界でも暴れるのだろう…
 だが、【ダボク】を倒すのは【千桐】を追って異世界を回っている勇者の仕事だ。
 利休がやることではない…。
 彼はそう思った。
 【疫病神】を見逃す事がどんな災厄を巻き起こすのかは解らない…。
 だが、他の勇者の可能性を奪ってしまう事は彼には出来なかった。
 利休も【希世姫】を追って世界を渡る者だから…

 利休は粋がっていた少し前の自分では無かった…
 ちゃんと自分の考えで行動し、自分の正しいと思った結果になるように努力する…
 立派な戦士に…勇者になっていた。
 【ウツ】と【千種】を追って来たのだけれど…
 最初は間違って来てしまったと思った世界だけれど…
 利休にとっては必要な寄り道だった。
 いや、寄り道なんかではない…
 必要なルートだった。

「んじゃ、ハチ、行っか」
彼女たちを追って01話11 「今度こそ、【ウツ】の野郎をブッ倒しにな」
「なるようになるさ…」
 勇者、利休はお供のハチと共に次の世界に進むため、トラベル・フェザーで異世界の出入り口に向かって飛んでいった。

登場キャラクター説明

001 淺野 利休(あさの としやす)

淺野利休 この物語の主人公。
ニックネームはリキュー君。
東高の生徒で無敵を誇っていたが、負けてしまう。
人生の挫折と共に、希世姫(きせき)を追って、異世界に旅をする事になる。











002 八田 吉太(はった きった)

八田吉太 利休の舎弟。
利休について異世界を旅することになる。
喧嘩はあまり得意ではない。













003 希世姫(きせき)千種(ちぐさ)

千種 利休が追っている七人の希世姫(きせき)の1人。
声を聴くことがなかなか出来ない。
利休に特効薬拳を授ける。













004 諸瞳 秋司(しょどう しゅうじ)

諸瞳秋司 西高の生徒会副会長。
西高のbPの実力者。
利休同様、希世姫(きせき)を追う。













005 片漬 宗次(かたづけ そうじ)

片漬宗次 西高の生徒会長。
西高のbQの実力者。
利休同様、希世姫(きせき)を追う。













006 見 学(けん まなぶ)

見学 西高の風紀委員長。
西高のbRの実力者。
利休同様、希世姫(きせき)を追う。













007 耶科居 詠稀(やしない えいき)

耶科居詠稀 東高の隠れた実力者。
利休の面倒を見る。
利休同様、希世姫(きせき)を追う。













008 疫病神 ウツ

疫病神ウツ 希世姫(きせき)を追う者に立ち塞がる疫病神の一柱。
千種(ちぐさ)の周りにいるとされている。
ウツの名を持つ通り、人々を落ち込ませる力を持つ厄介な相手。












009 疫病神 ダボク

疫病神ダボク 希世姫(きせき)を追う者に立ち塞がる疫病神の一柱。
千桐(ちぎり)の周りにいるとされている。
ダボクの名を持つ通り、人々に打撲を負わせる。
疫病神の中では利休の最初の敵でもある。











010 希世姫(きせき)千桐(ちぎり)

千桐 希世姫(きせき)の1人ではあるが、利休が追っている希世姫ではない。
利休の努力を見て、千種(ちぐさ)から預かった特効薬拳を授ける。